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Ⅰ - 傲慢の檻 -
使徒邂逅
しおりを挟む夕刻には嵐は収まり、家屋には深刻な被害も出なかった。
良司は家族と無事を確認し合いながら、いつも通りの団らんの時を過ごしていた。
しかし、その夜。確かに暖かい布団に入って眠りについたはずが、身体を伝う冷たい感触に良司は驚き、目を覚ます。
彼が目覚めた場所は、何故か教会の固い床の上だった。
「……!?私はなぜこんな所に…確か部屋で寝てたはずじゃ」
嵐の通り過ぎた庭は、異様な静寂に包まれ、周囲の草原や木々は静かに凪いでいる。
いつもと違う空気に包まれた教会は、何だか不安を煽り薄気味悪く感じる。
落ち着かず子窓から外の様子覗いていた良司だったが、その刹那、背後に視線を感じた。
良司は驚き、後ろを振り返る。
「誰かいるのか…!?」
振り返った良司の目に飛び込んだのは、
”紅”
月明かりしかない教会の闇の中に浮かんだ、深紅に輝くガーネットの様な宝石の瞳。
その瞳の持ち主は頭に大きなフードを被っており、顔の全貌は分からない。しかしフードの下から見える顔の一部分だけでも、造り物かと見間違う程、異様に美しく整って見える。
また、 外套から少しだけ覗いた純白の羽は、所々が淡く多彩な光を纏う様に輝いていた。
その美しくも非現実的な光景を目の前に、良司は混乱しだ頭で言葉を絞り出す。
「まさか!貴方は、天使様…?本物の……!」
良司はよろける様にその天使の前に跪き、祈りの姿勢を取る。
その様子を見た天使がくすりと笑う。
「ああ、別にそういうのは結構ですから 」
「え……!?」
目の前の天使から発せられた言葉に、良司は耳を疑った。
厳粛に神の啓示を告げる天使のイメージとは異なり、丁寧ではあるがフランクとも取れる言葉を話す目の前の天使に、多少の違和感はあったが、何よりこの姿は天使と形容する他ない。
「あの、天使様はこのような小さな教会にどの様な…」
良司は本物の天使が、何故こんな知名度も浅い教会に訪れたのか、意図が掴めずしどろもどろになる。
その天使は、極めて恐縮しているのか、または得体のしれない存在を前に怯えているとも取れる良司の様子を眺めると目を細めて微笑んだ。
「ええ、実は貴方に手伝って欲しい事があり、此処に来ました 」
その言葉に、良司はパッと顔を上げ即答する。
「え、ええ!私に出来ることなら何なりと! 」
良司の力強い返答に、天使は間を置きこう告げた。
「では、私から求める事はたった一つ。それは、この教会を、もっと大きくして欲しいという事、ただそれだけです 」
天使からの要求を耳にした良司は、その場でピタリと固まり、肩を震わせる。
「えっ、この教会をですか……!?いや…それは少し難しいお話でして……申し訳ございませんが 」
頭を下げ声を小さくして良司に、天使は講壇に腰掛けると頬杖をつき笑う。
「ああ、資金の問題ですよね 」
直後に理由を言い当てられた良司はビクリと肩を震わせる。
実の所、良司はこの教会を建てるにあたり多額の借金を負っていた。おまけに同じ敷地内にあるペンションの経営もある。こちらもシーズンでも無ければ思う様な収入は得られず、膨大な借金は日々生活を圧迫していた。
だが、この二つの建物は良司の長年の夢であり、妻がそれを受け入れたからこそ叶った夢だ。
「私はこの教会が、これから人々の救済する拠点になるべき場所だと思って此処に来たのですが。どうやら状況は思わしくない様ですね 」
「はい。喜ばしいお話ですが、ご覧の通りこの教会には……」
確かに、築年数はまだ10年ばかりといったところだが、一部は手入れが行き届かずに、取り替えられていない備品も多く見られる。
良司はこの先をどう答えて良いか分からず、沈黙してしまう。
その様子を見た天使は、良司を見据えて笑顔を見せた。
「そうでしょうか?ほら、居るじゃないですか。貴方にとっての天からの祝福である、大事なご子息が 」
その言葉に、ふと昼間の出来事を思い出す。
「……まさか、あの子……ミツルですか?」
「はい。彼は敬虔なる神の子である貴方の元に遣わされた、天啓の受け皿。貴方はその力を正しく使い、人々に救いの手を差し伸べるべきです 」
思ってもみない天からの助言に、良司は目を輝かせる。
「なんと、本当にあの子が……!」
ああ、神は私に試練を与えるだけではなく、祝福も下さっていた。良司は神に感謝し、目に涙を浮かべた。
それを見て微笑む天使は、講壇から腰を下ろすと、良司の横をすり抜け の中央へと歩き出す。
「そうですね、その試練を乗り越えた先には…… 」
天使はゆっくりと中庭を指さす。
その細い指先で指された場所を目で追うと、良司はサァッと顔を青ざめさせる。
「あなたの罪も、きっと赦されることでしょう 」
その瞬間、教会内にあった古びて動かなくなっていた時計の針が0時を指し、教会内にボーン、ボーンという時計の大きな音が鳴り響いた。
その音に心臓が止まりそうなほど驚いた良司は、反射的に背後の時計を確認する。
そして直ぐに天使のいた方向へ向き直ったが、そこには静寂だけが残され、天使の姿は何処にも見当らない。
ドッ ドッ ドッ
心臓の音が身体中に響き、喉がやけに乾く。
念の為と辺りをくまなく探したが、教会内にはもう良司以外の何者の気配も感じられなかった。
今のは夢か幻か。そう思いかけた良司の足元に、水色に偏光した綺麗な白い羽が一枚落ちているのを見つける。
その羽の存在が、良司に今の出来事が現実だと言う事を自覚させた。
良司は落ちていた白い羽根を机の引き出しに保管しようと、拾い上げた。
重さなどないと言っていい程に軽いその羽根を間近で観察していると、付け根の硬い部分は随分と茶褐色に見える。
「……なんだろう?汚れかな」
まるで酸化して黒ずんだ血のようなその色は、翼から抜け落ちたと言うより、無理矢理手折られたとイメージできる。
その瞬間、ゾクリと全身が粟立つ。
先程、天使が指さした先には、良司の知られてはいけない秘密が眠っている。
もしかしたらそれを咎める為に、あの方は姿を現したのかもしれない。
そう思うと、良司の心臓はまた急速に鼓動を速める。
良司は左胸を抑え、深呼吸をしながらその場に蹲る。
「ああ、落ち着け。天使様は試練を乗り越えた先に赦しを獲られると言われたんだ…… 」
蹲ったままぎゅっと目を閉じた良司は、そのまま意識を手放した。
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