惡魔の序章

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とくべつなもの

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 体が重い。吐き気がする。倦怠感の中、私は目を開けた。夢の中の余韻が残っていて、意識はぼんやりとしていた。

 此処は、自室ではない。そうだ。私は、かすかと一緒にゆきに誘拐されたんだ。もうこの屋敷に来て、何日経ったのかが分からなかった。日付の感覚が麻痺しているのは、ゆきに薬を盛られたからだと思う私。

「ーーあ、起きたかい? おはよう。よく」

 金属が軋む音がする。それが拘束具による、鎖の音だと気付いた時には私の意識が覚醒していた。両手を後ろ手に拘束されて、私はベッドに横たわっていた。

 ゆきは変わらず明るい笑顔を顔に貼り付けて、私に挨拶をして来た。今、何時なのかが分からない。そんな事よりも、目の前の光景に絶句した。

 目隠しと猿轡をされたかすかがベッドの上で全裸に仰向けになっていた。両手は頭上でまとめ上げられるように拘束されていて、強制的に開脚する拘束具をつけられていて、尻を上げている姿勢。身動きが取れない状態のかすかは、不規則な呼吸を胸でしていた。

 ーーッッッ!?

 此処からの距離でも分かった。かすかの男性器の尿道を拡張する器具がつけられていて、尿道口は無理矢理、広げられていた。ゆきは、薬品のような液体が入った瓶から長い綿棒を出すと、その綿棒をかすかの尿道口の中へと入れて、綿棒をぐりぐりと左右に動かし、かすかの中を犯す。かすかは苦悶の声を上げたが、口を塞がれている為、何を言っているのかが分からなかった。

「ーーんぐっ!? ふむむうんんんんンッッッ!?」

「ーー体は大丈夫かい? よく。意識が覚醒しているという事は、薬は完全に抜けたみたいだね」

 世間話を流れるように話す、ゆきの言葉と行動が合っていない。私は、全身を震わせて暴れるかすかを視界に入れる事が耐えきれなくて、ぎゅっと目を瞑って叫んだ。

「ーーやめてっ! やめて下さいッ! かすかに、酷い事をしないで下さいッッッ!」

 私は、ボロボロと涙を零しながら吠えた。ガチャガチャと私の拘束具の金属音が軋む。だけど、ゆきは私の言葉に振り返ると、にっこりと微笑んで、綿棒を引き抜いた。

「……ああ、これの事かい? この薬を男性器の尿道口に入れて塗ると、男性器自体の感度が上がるんだよ」

「ーーッッッ!!?」

「……ふっ……ふっ……ふぅっ……」

「よくが眠っている間に、後ろの穴はもう既に拡張して、開発してみたんだけど。かすかが従順になるまで……。ーー結構な時間が掛かったね」

「……っ」

「結構な精神力だと思うよ。子供のわりに、自尊心は強いみたいだね。かすかは」

「……」

「ずっとずっと、君の事を庇っていたよ。必死に君の事を守ろうとしてた。ーーまあ、もう手遅れだけどねえ」

「!?」

「よくは薬が効いてて覚えてないだろうけど。かすかが意識が戻った時に、僕と君が一つになったのを覚えてないかい?」

「……やめてッ!」

 全然、記憶になかった。かすかが意識がない時に、ゆきから薬を手渡されて飲んでから、ゆきとの行為に及んだが。途中からの記憶がすとんと抜け落ちていた。

「かすかは、君の事が好き、みたいなんだね。君はかすかの事が好きなのかい?」

「……」

 ゆきは淡々と饒舌に喋り続ける。淡々としているが、じわじわと責め立てるように畳み掛けて来る。私の精神を蝕まれているようで、今直ぐにでも耳を塞ぎたくなった。

「ーー僕もね。……かすかの事が好きなんだ」

「!?」

 そのゆきの言葉に息を呑む。ゆきもかすかも男性だ。そのゆきの好きという言葉には、どう言った意味合いなのかが、私にははかれなかった。だけど、ゆきは私に絵本を読み聞かせるように優しく語り掛ける。

「ーーかすかはね、僕の最愛の人である、よしのさんの忘れ形見なんだ」

「……?」

 ゆきからよしのという人名を聞いて、誰の事だか分からなかった。だけど、忘れ形見と言われた事で、かすかの実の母親の名前だと言う事に察しがつく私。

 このゆきという男は、かすかの生前の実母との関係者だという事を把握する。だけど、かすかからは、かすかの実母の話もゆきの話も聞いた事はなかった。

「だからね。かすかが、君自身の所有物モノになる事は。ーー絶対に、絶対に許されない事なんだ」

「……?」

 どう言う意味なのだろう? と思う。ゆきの言う言葉は、簡潔で淡々としているが、その言葉の裏に隠された意図まではかる事は出来ない。それは、私が通常の人間だからなのかもしれない。

 ーーこの男は頭が可笑しい。そして、壊れていて、狂っている。根本から。

 率直に、そう思った。

「ーーかすかの記憶から、君の事を消すよ。どんな手段を使っても、ね」

 ゆきは、にっこりと綺麗に、冷酷に笑う。私は、目の前の大人が人間とは違う、別の不気味な何かに映った。

 意識が朦朧とする中、ぐにゃりと視界は歪む。脂汗が背中をじっとり伝うのが分かった。室内は通常の室温な筈なのに、異様に暑い。そうして、私の意識は暗転し、そこで意識は途切れた。

   ♡

 翌日の朝、私はベッドの上で目を覚ました。拘束具はなくなっていて、ベッドの上に寝かされていた。隣のベッドには、かすかがパジャマ姿で眠っている。私は、はっとして瞬時に意識は覚醒し、勢い良くベッドから身を起こした。

「ーーかすかっ!」

 咄嗟にかすかの名を呼んで、体を揺さぶり、かすかを起こした。かすかは、薄らと目を開けて、ぼんやりとした表情をして、私を一瞥する。そうして、ぽつりとある言葉を呟いた。

「……貴女、誰、ですか?」

「ーーッッッ!?」

「?」

 かすかは不思議そうに目を指で擦っている。私の顔を見て、本当に私が誰なのかが分からないようだった。見るからに、寝ぼけている訳でもない。私はそんなかすかを目の当たりにして、息を飲み、絶句する他なかった。

 ーーかすかの記憶から、君の事を消すよ。どんな手段を使っても、ね

 意識を失う前のゆきの言葉を思い出し、反芻する。ーーその言葉の意味合いが漸く、今になって分かる私。

 私は、かすかの肩から手を外し、だらんとした右手をぎゅっと握り締める。そうして、作り笑いを浮かべた。

「私は、たかなし、よくと言います。よろしく。ーーかすか」

「かす……か……?」

 妙なイントネーションだった。かすかという名前を自分の名前だという事に理解を示していない。かすかの意識は覚醒しているが、ぼんやりと定まっていない様子で、私は内心、穏やかではなかった。

「……ちょっと、お手洗に行って来ます。……急に起こしてごめんなさい」

「……はい」

 そう言って、かすかはベッドに横になる。私は掛け布団をかすかに掛けてあげると、部屋から静かに退室した。ゆきからは屋敷の中を自由に出歩いていいと許可を得ている為、扉はすんなりと開く。そうして、廊下に出た私は、その場で立ち尽くして声を殺して泣き崩れた。

 今になって、気付かされる。私はかすかに対して、幼馴染で年下の男の子だと思っていた。ーーだが、違った。私は、本当に本当の意味でかすかが大切で、大事で、かすかの事が、好きだったのだ。
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