春 かすか

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第二部

あまいわな

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 ⚠︎閲覧自己責任・性的描写あり・胸糞表現注意

 ーーえりかは生きている。だけど、こころが死んでいる。

 ぼくは、彼女のように壊れる事が出来ない。だけど、彼女は自分の心が壊れる事でこの閉ざされた屋敷から解放されたのだ。

   ♡

 自室のベッドにえりかは仰向けに寝かされていた。規則正しい寝息をたてて眠っている。包帯と腕から生える点滴が痛々しかった。

 えりかの命に別状はない事を把握するとゆきは主治医を帰らせた。

 じっとゆきは、人形のようになったえりかを一瞥すると、いつもの笑顔で世間話をするような口調である提案をする。

「……もう、これは使い物にならないし、剥製にでもして、部屋に飾ろうかな」

「ーーやめて下さいッッッ!」

 ぼくはゆきに向かって叫んでいた。ゆきはそんなぼくを見て、意外そうな顔をする。

「……随分とムキになるね。かすか。そんなに感情を露わにするなんて……珍しいじゃないか」

「……っ」

 ぼくは頭の中が怒りの感情で支配され、冷静さを失っていた。ゆきは、いつも通り、何食わぬ顔で微笑む。ゆきの側に控えている使用人から起動されているノートパソコンを受け取りながら、いつもと違う声音で続けた。

「ーー君は、えりかの事が好きなんだろう?」

「!」

 ゆきに図星を突かれて、ぼくは息を呑む。えりかの事をチェルシーとは呼ばないゆき。ノートパソコンのキーボードを叩き、指である一つのファイルをクリックする。ファイルが開き、画面一杯に、ある映像が表示された。

「ぎぃぃっ……か、すか……いたぃよっ」

「息、吐いて下さい……」

「ーーッッッ!!?」

 そこには、ぼくとえりかが自室で交わっている先日の映像だった。消灯していた薄暗い空間で行為をしていた筈なのに、映像はハッキリと録画されていた。暗所でも使える特殊なカメラを、ゆきは予め、用意していたのだ。今になって、ぼくは気付く。ぼくの自室はゆきによって常に監視されていたのだ。

 幼い男女の裸体がベッドの上で睦み合っている。自分が映し出されている筈なのに、ぼくは、こんな顔をしてえりかの体を貪っていたのかと改めて気付かされたのだ。羞恥と共に、背中に氷を落とされた気分になり、顔面蒼白になる。ぼくの頭の中は警鐘が鳴り響いていた。

 ゆきは、ノートパソコンをいじると映像を早送りした。映像が早送りによって、切り替わる。

「……えりか。全部はいりましたよ」

「痛い……うぅ……かすか、抜いてよ」

「まだ動いてないです。これで終わりじゃないですよ」

「え……? ぃ、いたっ……! ぁやめてっ……んぎっ……!」

「ーーここら辺とか結構、見てて楽しいよね」

 映画鑑賞の感想を述べるようにゆきは淡々と答える。映像の中のぼくは、えりかの体と繋がり、貪るように腰を一心不乱に振っていた。

 ゆきの側にいる使用人は、無表情のまま控えている。女性の使用人に、この映像を見られているぼくは、わなわなと屈辱で体が震えた。外見はぼくよりも年上そうだが、見ず知らずの異性に自分の痴態を見られた事で言い知れぬ、羞恥心が芽生えたのだ。

「ーーやめろッ!」

 ぼくは、叫び、かっとなってゆきに向かって襲い掛かろうとした。力では大人のゆきに敵わない事は理解していたが、ぼくはそんな事よりも今、流れている映像をこの場から消し去りたかった。ーーもう、何も見たくはない。そう思った。

 ゆきは、椅子に腰掛けて膝の上にノートパソコンを乗せている。だが、ゆきは微動だにせず、微笑んでいた。そして、襲い掛かるぼくよりも先に動いた人間がいた。ーーゆきの側に控えていた使用人だ。ロングスカートの裾をめくり上げて、足を出し、動き易くすると、ぼくの足に自分の足を引っ掛けて払った。

 ぼくは床に転がる。一瞬、何が起こったのか分からなかった。だけど、この使用人は、素人ではない。先程の無駄のない動きで武闘の技術を持っている事を把握する。ぼくは、使用人を見上げながら睨むと使用人に冷たい眼差しで見下ろされた。

 動悸が激しいぼくは、肩で呼吸をする。無力な惨めさに視界が涙で滲んだ。そんなぼくを見下ろしながらゆきは、微笑し、話を続けた。

「ーーえりかを助けたいかい? かすか」

「……」

「君が身代わりになれば、今回は君に免じて、えりかの事は見逃してあげよう」

「……っ」

「だけど、君が僕の提案を拒否した場合、彼女は手足の腱を切られて、寝たきりのお人形さんになるだろうね。ーーああ、それか。そうだな。えりかのご両親のお家へこのデータを匿名で郵送してみようかな? ーーえりかの親御さん。この娘の晴れ舞台を見て、きっと、びっくりして歓喜でうち震えるだろうねえ」

「……分かり、ました。ぼくは、何をすればいいですか?」

 床で蹲りながら、ぼくはゆきに憎悪の色を込めた目で睨み上げながら答える。そんなぼくに、ゆきは綺麗ににっこりと笑った。
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