春 かすか

文字の大きさ
上 下
29 / 75
第三部

うみのそこ

しおりを挟む
 ⚠︎閲覧自己責任

 二人で砂浜に靴を並べて、僕は微笑んでコーデリアと手を繋いだ。

「ーー何か恋人っぽくていいね」

「……恋人っぽいだなんて、言わないで。ゆき……」

「何で?」

「さ、最期、位は、恋人でいてっ……お願いよっ」

 泣き出しそうな目でコーデリアは、僕を縋るように抱き締めた。僕は、彼女を抱き締め返す。ーーよしのとは違う、等身大の彼女を今やっと見つめる事が出来た。

 手を繋いで、二人で一緒に海水に足を入れた。海の奥までゆっくりと歩いて行く。コーデリアは、心細そうだった。

「……い、嫌よ……私だけ死ぬの。ーー絶対に嫌ッ」

「そんな事はしないよ。コーデリア……」

 足がつけない深さまで来ると。ーー気付けば、海の中にいた。

 いつの間にか、コーデリアと繋いでいた手が離れている。コーデリアの姿も遠くへ行き、見えなくなった。

 海水の中で目を開けた。ーー僕は、はっとする。

 口から酸素が漏れて、泡となり、海面に泡が上がって行く。海の中で、がむしゃらにもがいた。もがき続けた。ゴボゴボと泡の音がする。

 僕は、今になって、自分の本当の気持ちに気付かされる。

 ーー死にたくないッ……!

 ーー死にたくない。死にたくない。死にたくない。

 ーー僕は、死にたくはない。……生きたいッ……!

 ーー誰かッ……助けてっ……助けてくれッ!!

 ーー……よしのっ……!

 ♡

 誰かの叫び声が聞こえる。僕は、目を開けると、太陽の光が視界に入り、飲んだ海水を噎せながら吐いた。

「ーーゲホゲホゲホッ!!!」

「ーーオイッ! 息を吹き返したぞッ!」

「そっちはどうだっ!?」

 見知らぬ男性数人が叫ぶ。地元の人間らしき人達は、何かをしているようだった。

「……こっちの女は……駄目だ……ッ」

 僕は、諦めた声のする方へと首をゆっくりと横にやる。そこには、コーデリアが仰向けになって砂浜に倒れていた。ーー死後硬直をしていて。

「あ……」

 か細い声を出して、コーデリアを見る僕。不思議と涙は出なかった。太陽の光でコーデリアのブロンドの髪はキラキラと輝いていて、まるで彼女の姿は天使のようだった。

 ーー彼女は死に、僕は生き残った。

 ♡

 ーーゆきちゃん。

 何処からか、よしのの声が聞こえて来たような気がした。

 僕は、あのよしのの家の中に立っていて、お腹の大きいよしのは、ソファに座って、自分のお腹を微笑みながら、愛おしそうに撫でている。

「……ねぇ、ゆきちゃん。お腹の子の名前ね、決まったよ。私が考えたの」

「ーー何て名前にしたの?」

「かすかって、名前にしようと思って。ふふ」

「……綺麗な名前だね」

 ーーこんな時に、気が付けば、僕は、よしのの子供である、かすかの事をぼんやりと考えていた。

「か……すか……」

 僕は、かすかの名前を反芻するように呟く。

 そして、視界は暗転し、意識を失った。

【第三部完】
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

極道の密にされる健気少年

BL / 連載中 24h.ポイント:3,075pt お気に入り:1,716

双子の番は希う

BL / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:51

【BL R18】欠陥Ωの淫らな記録

BL / 連載中 24h.ポイント:134pt お気に入り:391

たとえば僕が死んだら

BL / 連載中 24h.ポイント:1,115pt お気に入り:42

[深海の森〜凌辱の果て〜]現代ファンタジーBL

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:142

処理中です...