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うれしさのツボミ
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わたしと目が合うと、後藤さんはとってもとってもゆっくりとこちらに身体を向け、気をつかうようにわたしに向かって歩いてきた。
ぱっと見、やさしそうな人に見える。表情もやわらかい。
でも、言いようのない恐怖がジワジワと迫ってくるようで、少しだけ背中がひんやりした。
壁にもたれ、体育座りをしていたわたしはちょっとだけ背筋を伸ばす。
スー、ふゥ~。
大きく息を吸って、
鼻の穴を広げてぶわ~っと吐いた。
自分でも目を大きく見開いてバキバキになっているのがわかる。
まばたきをせずにずっと後藤さんの方を見ていた。
後藤さんはおだやかな顔でこっちに近づいてくる。あきらかにわたしを見ている。
手にはピンクの猫じゃらし。わたしと後藤さんの間には美しい毛並みをした猫カフェ自慢の猫もいるし、おそらく猫になってもかわいいであろう美穂ちゃんも近くのソファに座っている。
(ちなみに、わたしからは美穂ちゃんも人間に見えるけどお客さんたちは猫のわたしも美穂ちゃんも猫に見えてるらしいんだけど…ややこしくてすまん)
わたしは、近づいてくる「基本的で正統派で純真無垢なおじさん」という物体を前にドキドキして肩に力が入り、くちびるも乾いてカサカサになっていたんだけど、徐々に近づいてくると自然と体が動き、いかにも猫らしいふるまいをしていることに気付いた。
体育座りから前かがみになり、わずかにあとずさりしながら、耳を横にピンと張ってお尻を上げる。口からはウ~ッという声まで出ている。
ヤバい、わたし、猫じゃん。猫、やってるじゃん。
恐怖の途中に猫に近づいている自分をちょっとだけ誇りに思った。猫になりきっていてちょっと嬉しい。猫好きたるゆえん、というか猫好きすぎる不具合。
しかし、わたしが猫に近づいているにつれ、後藤さんもわたしに近づいている。
おじさんのカゲがどんどん大きくなってくる。
そのうち、手にしていた猫じゃらしがわたしの鼻先にたどり着いた。
「よっこいしょ」
後藤さんはわたしの前に腰を下ろすと「こんにちは」とあいさつをした。だいぶおじさんでちょっと低い声。あまり得意じゃないタイプだ。こう言うと、じゃあお前の得意なタイプはなんなんだ?とSNSで叩かれそうだが、わたしはSNSをやっていないので関係ない。あしからず。
「キミはなんでこんな隅っこにいるの?向こうでみんなと一緒に遊べばいいのに」
低い声だけどやわらかい。
「まあ、俺もすみっこが好きだけどな」
笑うと顔のパーツ全部がくしゃっと曲がって顔全体がまるくなる。わたしはなんか平和を感じた。
最初の印象はあんまり良くなかったけど、雰囲気の良さがそのマイナスを若干埋めてくれた。
近づいてもわたしが逃げないことに安心したのか、後藤さんはあぐらをかいて、ふーっとため息をついた。
それから後藤さんは一方的にわたしに話しかけてくれた。
「黒猫は夏の暑い時期とか大変だろ?・・・・・そうだよな。わかるわかる」
なにがわかるのかわからないが、なにかがわかったらしい。
それよりも、わたしは黒猫に見えているらしい。
おしゃれでゴージャスな感じがするから全然うれしい。
ただ、初対面なのに口調がなれなれしい気がして、ちょっとイヤだった。
悪い人じゃなさそうだけど、わたしはまだ後藤さんほど安心していないので、座りながらもすぐに逃げられるような体勢を崩さなかった。
「ここが君の特等席なんだね。でも、今まで全然会ったことなかったよね?なんでだろ?そうか、俺がきなこちゃんに夢中になってて、目に入らなかったんだな、あははは」
自分で質問しておきながら自分で答えを出して自分で話をまとめる。そういえば猫好きな友達もそんな人だった。猫好きは自分で完結する性質なのかも。
「ふ~ん、そうか、キミはあんこちゃんて言うのか。もしかしたら黒猫ってキミだけかな?いいね~かわいいね~。へ~。そっかそっか。ふーん。なーるほどね」
そこで初めて知った。わたしは「あんこ」という名前の猫になったらしい。
「猫っていろんな模様が毛色があるから楽しいよね。人間はみんな同じような感じだけど猫は生まれつき個性があって華やかでなんかうらやましいんだよねぇ、アハハ…」
・・・・・。
「いや~俺も華やかに生まれたかったな~。そうしたらもっと友達も知り合いも増えただろうし、奥さんだってね、、、アハハ…」
もう30分ぐらい、後藤さんはずっとわたしに話しかけていた。ひとりごとのように。
あるいは自分に言っているかのように。
わたしは猫だからなんにも言えなかったけど少しだけ後藤さんの人柄、意外なやさしさを感じた。
別に楽しい話で盛り上がったわけでもない。普通に聞いたらまったく盛り上がらない話題ばっかりだったし、他の人が聞いたら暗くなるような話だった。緊張もしてたし何もかもが初めてで心がぐちゃぐちゃだったけど、わたしのことを分かってくれる人に会えたような気がした。とおいとおい昔にどこかの世界で出会ったことがあるような親近感。もう一つの世界で親子か兄妹として過ごしているんじゃないかと思える心の距離感。
なんか、わたしと似てるかも。
ふわっとうれしさのツボミみたいなものが心の中で芽を出した、気がした。
「じゃあ、あんこちゃん、またね。おじさんはそろそろ帰るね」
ぱっと見、やさしそうな人に見える。表情もやわらかい。
でも、言いようのない恐怖がジワジワと迫ってくるようで、少しだけ背中がひんやりした。
壁にもたれ、体育座りをしていたわたしはちょっとだけ背筋を伸ばす。
スー、ふゥ~。
大きく息を吸って、
鼻の穴を広げてぶわ~っと吐いた。
自分でも目を大きく見開いてバキバキになっているのがわかる。
まばたきをせずにずっと後藤さんの方を見ていた。
後藤さんはおだやかな顔でこっちに近づいてくる。あきらかにわたしを見ている。
手にはピンクの猫じゃらし。わたしと後藤さんの間には美しい毛並みをした猫カフェ自慢の猫もいるし、おそらく猫になってもかわいいであろう美穂ちゃんも近くのソファに座っている。
(ちなみに、わたしからは美穂ちゃんも人間に見えるけどお客さんたちは猫のわたしも美穂ちゃんも猫に見えてるらしいんだけど…ややこしくてすまん)
わたしは、近づいてくる「基本的で正統派で純真無垢なおじさん」という物体を前にドキドキして肩に力が入り、くちびるも乾いてカサカサになっていたんだけど、徐々に近づいてくると自然と体が動き、いかにも猫らしいふるまいをしていることに気付いた。
体育座りから前かがみになり、わずかにあとずさりしながら、耳を横にピンと張ってお尻を上げる。口からはウ~ッという声まで出ている。
ヤバい、わたし、猫じゃん。猫、やってるじゃん。
恐怖の途中に猫に近づいている自分をちょっとだけ誇りに思った。猫になりきっていてちょっと嬉しい。猫好きたるゆえん、というか猫好きすぎる不具合。
しかし、わたしが猫に近づいているにつれ、後藤さんもわたしに近づいている。
おじさんのカゲがどんどん大きくなってくる。
そのうち、手にしていた猫じゃらしがわたしの鼻先にたどり着いた。
「よっこいしょ」
後藤さんはわたしの前に腰を下ろすと「こんにちは」とあいさつをした。だいぶおじさんでちょっと低い声。あまり得意じゃないタイプだ。こう言うと、じゃあお前の得意なタイプはなんなんだ?とSNSで叩かれそうだが、わたしはSNSをやっていないので関係ない。あしからず。
「キミはなんでこんな隅っこにいるの?向こうでみんなと一緒に遊べばいいのに」
低い声だけどやわらかい。
「まあ、俺もすみっこが好きだけどな」
笑うと顔のパーツ全部がくしゃっと曲がって顔全体がまるくなる。わたしはなんか平和を感じた。
最初の印象はあんまり良くなかったけど、雰囲気の良さがそのマイナスを若干埋めてくれた。
近づいてもわたしが逃げないことに安心したのか、後藤さんはあぐらをかいて、ふーっとため息をついた。
それから後藤さんは一方的にわたしに話しかけてくれた。
「黒猫は夏の暑い時期とか大変だろ?・・・・・そうだよな。わかるわかる」
なにがわかるのかわからないが、なにかがわかったらしい。
それよりも、わたしは黒猫に見えているらしい。
おしゃれでゴージャスな感じがするから全然うれしい。
ただ、初対面なのに口調がなれなれしい気がして、ちょっとイヤだった。
悪い人じゃなさそうだけど、わたしはまだ後藤さんほど安心していないので、座りながらもすぐに逃げられるような体勢を崩さなかった。
「ここが君の特等席なんだね。でも、今まで全然会ったことなかったよね?なんでだろ?そうか、俺がきなこちゃんに夢中になってて、目に入らなかったんだな、あははは」
自分で質問しておきながら自分で答えを出して自分で話をまとめる。そういえば猫好きな友達もそんな人だった。猫好きは自分で完結する性質なのかも。
「ふ~ん、そうか、キミはあんこちゃんて言うのか。もしかしたら黒猫ってキミだけかな?いいね~かわいいね~。へ~。そっかそっか。ふーん。なーるほどね」
そこで初めて知った。わたしは「あんこ」という名前の猫になったらしい。
「猫っていろんな模様が毛色があるから楽しいよね。人間はみんな同じような感じだけど猫は生まれつき個性があって華やかでなんかうらやましいんだよねぇ、アハハ…」
・・・・・。
「いや~俺も華やかに生まれたかったな~。そうしたらもっと友達も知り合いも増えただろうし、奥さんだってね、、、アハハ…」
もう30分ぐらい、後藤さんはずっとわたしに話しかけていた。ひとりごとのように。
あるいは自分に言っているかのように。
わたしは猫だからなんにも言えなかったけど少しだけ後藤さんの人柄、意外なやさしさを感じた。
別に楽しい話で盛り上がったわけでもない。普通に聞いたらまったく盛り上がらない話題ばっかりだったし、他の人が聞いたら暗くなるような話だった。緊張もしてたし何もかもが初めてで心がぐちゃぐちゃだったけど、わたしのことを分かってくれる人に会えたような気がした。とおいとおい昔にどこかの世界で出会ったことがあるような親近感。もう一つの世界で親子か兄妹として過ごしているんじゃないかと思える心の距離感。
なんか、わたしと似てるかも。
ふわっとうれしさのツボミみたいなものが心の中で芽を出した、気がした。
「じゃあ、あんこちゃん、またね。おじさんはそろそろ帰るね」
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