竜の子と灰かぶりの配達屋

さばちゃそ

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1話『夫からの手紙』

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 か細くしわだらけになった指を眺める。
 随分ずいぶんと更けてしまった。自分の意思とは裏腹うらはらに、手が小刻みに震えていた。
 しかし、今日だけは――――いや、この時間だけは。
 老婆は大きく深呼吸をして、机の上に置いたペン立てから万年筆を手に取る。
 普段使うものよりも、高価で品のある純白の用紙に、ペンの先を押し当てようとする。力が入る。ちょっとだけにじんでしまう。
 
「あら……」

 たった一枚でも、およそ半日分の食事代となるため、無駄にはできない。予備にもう一枚だけ買ってあるものの、最初からこんな失敗をしていては先を思いやられる。数年前まではさらさらと紙の上を滑らせていたのに、今では一文字書くのにも苦労してしまう。

 衰えてしまった。
 そう、実感する。

 少しいた表情を見せる老婆は、気分転換に外の空気を吸おうかとゆっくりと椅子から立ち上がる。机の横に置いておいた木製の杖を使い、転ばないように足を擦らせながら玄関を目指した。
 扉の前にたどり着く。
 扉の取っ手を捻ろうとした時、外に誰かがいる気配がした。
 コンコンと小さなノックが聴こえてくる。
 丁度よかった。先ほどの机の所にいればこの音を耳が拾ってくれなかっただろう。
 扉をゆっくりと開ける。入り口で待っていたのは――――。

「すみません。思っていたよりも早く着いてしまいました」

 礼儀正しく深く一礼するのは、まだ年端も行かぬ一人の少女だった。腰がすっかり曲がってしまった老婆と目線がぴったりと合う。
 くりっとした大きな目。その瞳は薄緑はくりょく色の宝石の様に輝いて見えた。まだ汚れを知らない目をしている。

「あの……」

 怪訝けげんそうに首を傾げる少女の声に、ハッとした老婆はにこりと笑い、室内へ案内しようとする。

「ごめんなさいね。かわいらしい子で、つい、見惚みほれてしまったの」
「……そうですか」

 淡々としている彼女の特徴的な部分は他にもあった。それは紺色の耳当て付き飛行帽フライトキャップから覗かせている、背中まで届く程のさらりとした長髪は、灰を被っているかのような淡い薄墨うすずみ色をしている。白にも黒にも染まりそうな絶妙な色合い。それは、太陽光に当てられて煌めいていた。
 どこか不思議な雰囲気ふんいきまとう少女。
 愛らしい見た目だが、年相応としそうおうではない淡白な性格をしているようだ。

「まぁ、家のなかに入りなさいな」
「大丈夫です。待ちます。指定された時間まで」
「私が指定した時間まで……となるとかなり待たせることになるわ。それに、客人なんてそうそう来ないもの。おもてなしをさせてくださいな」
「えっと……はい」

 少女は戸惑いつつも数秒後に首を縦に振った。   
 そしてふいに後ろを向く。

「ボロ、あなたは外で待っていて」

 ボロとは誰だろう。
 誰か、もう一人いるのだろうか。
 そう思った矢先、玄関前から風が吹き荒れる。

「ええーっ、ここまで運んできてそれはないよ!! 僕だっておもてなしされたい!!」
「ひゃあっ」

 ドスンと重々しい音を立てて降り立った黒い影に驚き、老婆は小さな悲鳴を上げた。杖を落としそうになったが、少女の素早いフォローによってどうにか転ばずにすんだ。

「すみません。でもこの子は大丈夫です。私の相棒バディですので」

 後ろで支えてくれた少女は申し訳なさそうに言い、軽くその声の主をにらみ付けた。

「そ、そうなのね……」

 老婆は恐る恐るその全体像を見渡す。ギョロリとした瞳。漆黒のうろこを全身にまとい、額の部分には二本角が生えている。鋭そうな牙に加え、雄々しい体つきをしているが、体の大きさ自体はそこまで巨大でもない。ガタイの良い大男と同じくらいのサイズだろうか。
 どうやら彼女の相棒とは人ではなく、竜《ドラゴン》のようだった。

「僕はボロ! まだまだ小さいけど竜《ドラゴン》なんだよ! おばあさんよろしくね!」

 ――ーーそれも、少年のような声色で人間の言語を話す、一際珍しい竜の子供。

「え、ええ。よろしくね」

 せわしなく翼を動かす竜は、嬉しそうに目を細めた。どうやら少女と比べ、彼は感情が豊かそうである。依然として表情の変わらない少女は老婆を驚かせたことを謝る。

「ごめんなさい、驚かせてしまって。一ツ星配達屋《ファーストフェアリーズ》になったばかりなので、興奮しているんです」

 少女の制服の胸襟きょうきんに付けられた大きな一つ星がキラリと反射する。これこそが配達屋としての証であり、老婆は確かに彼女が配達屋であることを再度理解した。
 そして少女は軽く説明する。
 指定した時間よりも早く訪れたのは、ボロの気合いが入りすぎて飛ばしてきてしまったから、ということだった。バツが悪そうな顔をする竜に、冷たい視線を送る少女を見て、老婆は笑いが込み上げてきてしまう。

「……何か、おかしなことありましたか?」
「僕の愛らしさに笑いが止まらないのかな!」
「あなたは静かにしてて」

 表情こそ変わらないが、不可解そうに頭にはてなを浮かべている少女。そしてその横でキラキラとした笑顔を見せる竜。

「ごめんなさいね、ふふ。私ね、竜なんて初めて見たのだけれど……書物で見たものとは全然違うんだもの」

 
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