2 / 21
1ー2
しおりを挟む
老婆は語る。
普通、竜とは獰猛かつ神聖な種族であり、唯我独尊を貫く孤高な存在として言い伝えられてきた。地域によっては神の使いとして祀っている所もあるのだと言う。
それなのに目の前の竜はそれが嘘だと言わんばかりにかなり人懐っこく、雄々しい体付きこそしているが、先ほどから少女に睨まれてちんまりと縮こまっている。力関係では圧倒的に華奢で可憐な少女に勝っている筈なのに、どうやら彼女には頭が上がらないようである。その不思議な関係に思わず穏やかな笑いが込み上げてきてしまったのだ。
「あなたも入っても大丈夫よ。その大きさなら頑張れば入れると思うわ。二人とも上がってくださいな」
「やったぁ! ありがとう!」
竜は受け入れてくれた喜びで老婆に抱きつこうとしたが、それを少女が制止する。
「あなたは全身凶器なのを忘れないで」
「えへ、ごめんなさぁい」
「うふふ、いいのよ」
少女は老婆にもう一度謝った後、お邪魔します、と一言言ってから中に入る。後ろにいた竜も壊さないように器用に体を上手く使いながら入り口を通り抜ける。
「なんだかいい匂いがするね。安心するよ」
竜は鼻をひくつかせた後、うっとりとした表情を見せる。
「あまり人様の家の匂いを嗅がないの」
「いいのよ。そう言ってくれて嬉しいわ。この匂いはね、とある場所で咲いているお花のおかげなの」
老婆は先ほど執筆作業を行おうとした机に向かう。手作りのクッションを敷いた椅子に座ると、陶器の花瓶に挿れられた淡い紫色の花へ視線を向けた。
「うわぁ、ほんとだ、この花からするね」
竜は床を傷つけないようにゆっくりと机の元まで向かうと、鼻を近づかせ顔を緩ませた。少女も和んでいるように思えた。
老婆は花を一本抜き取り、少女の前に持ち出した。
「これはね、シヴィル峡谷で取れるものなのよ。名前は分からないけど、私の夫が半年に一度送ってきてくれるの。普通の草花よりもずうっと長持ちするの。不思議なお花なのよ。香りもずっと残っていてね……これは一年前のものだったかしらね」
軽く左右に振ると、ふわりと日だまりの香りがした。
「この香りで一年前ですか……凄いですね。そんな聞いたことありません」
流石に驚いたのか少女は大きく目を見開いていた。どうやら彼女は感情の起伏が小さいだけで、しっかり見ていれば心境の変化が分かるようだ。
竜と少女の反応に満足した老婆は花を花瓶へと戻した。
「さてと、こっちよ」
老婆は少女と竜を客間に案内する。小さな部屋で少し埃っぽい。客が訪れることが殆ど無いのと、足を痛めてからは掃除することが難しくなったからだ。それでもたまに掃除の請負人などに頼み、比較的綺麗にはしてもらっていた。
大きな木製の机に黒い革製の長椅子のみの簡素な客間だが、その机の中央にも先ほどの花が一輪置かれおり殺風景な部屋にわずかながら彩りを加えていた。
「ここで待っていてくれるかしら? お茶とお菓子を用意するわ」
「そこまでして貰わなくても……」
少女は遠慮がちにしていたが、老婆がじっと見つめると観念したのかちょこんと端に腰を下ろした。
「ありがとうございます」
「ふふ、かしこまらなくていいの。竜さんも」
「ボロでいいよっ」
床をぺしぺしと尻尾で叩く竜はずいと老婆の前へと押し寄せる。最初こそ驚いたが、今ではもうやんちゃな男の子にしか思えない。
「じゃあ、ボロさん、それと――」
「そうでした。すみません、名乗り忘れてしまいましたね。私はエランド=バートリーと申します。エラと呼んでください」
少女は荷物がパンパンに詰まった鞄のポケットから名刺を取り出した。中の荷物に圧迫されているのだろう、少しだけくたびれている。
老婆はその名刺を受け取り、顔に近づける。
「ありがとね。おや、つい最近一人前になったのね」
「はい、そうです」
その名刺には少女の顔写真と名前の他に、大きな文字で『一ツ星配達屋』と判子を押されている。
「でもね、僕たちならすぐに五ツ星になっちゃうよ。そしたらあっちこっち引っ張りだこになるから、格安で頼めてラッキーだよ!」
ボロは誇らしそうに胸を張る。
老婆は自信満々のボロに対してくすくすと笑う。
「ふふ、そうね。頼りにさせてもらうわ」
「精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ。さて、色々と用意してくるわね。あなたたちとゆっくりお話するのも楽しいけど、まだ配達してもらいたい手紙を書いていないの。ごめんなさいね。少し、待たせてしまうかも」
少女は小さく首を振る。
「大丈夫です。今日の仕事はこれで終わりですので。いくらでも待ちます」
「ありがたいわねぇ。とりあえずそこで待っててくださいな」
老婆は客間を後にしようとしたが、足を止めて振り返った。
「ああ、ごめんなさいね。私の名前も伝えていなかったわ。私はトルデよ」
「トルデおばあさんだね! これからよろしくね!」
「お願いします」
元気が有り余ったやんちゃな男の子に、やけに礼儀正しい女の子。まるで姉弟である。
トルデはそんなことを思いながら、穏やかな顔をして客間を後にした。
普通、竜とは獰猛かつ神聖な種族であり、唯我独尊を貫く孤高な存在として言い伝えられてきた。地域によっては神の使いとして祀っている所もあるのだと言う。
それなのに目の前の竜はそれが嘘だと言わんばかりにかなり人懐っこく、雄々しい体付きこそしているが、先ほどから少女に睨まれてちんまりと縮こまっている。力関係では圧倒的に華奢で可憐な少女に勝っている筈なのに、どうやら彼女には頭が上がらないようである。その不思議な関係に思わず穏やかな笑いが込み上げてきてしまったのだ。
「あなたも入っても大丈夫よ。その大きさなら頑張れば入れると思うわ。二人とも上がってくださいな」
「やったぁ! ありがとう!」
竜は受け入れてくれた喜びで老婆に抱きつこうとしたが、それを少女が制止する。
「あなたは全身凶器なのを忘れないで」
「えへ、ごめんなさぁい」
「うふふ、いいのよ」
少女は老婆にもう一度謝った後、お邪魔します、と一言言ってから中に入る。後ろにいた竜も壊さないように器用に体を上手く使いながら入り口を通り抜ける。
「なんだかいい匂いがするね。安心するよ」
竜は鼻をひくつかせた後、うっとりとした表情を見せる。
「あまり人様の家の匂いを嗅がないの」
「いいのよ。そう言ってくれて嬉しいわ。この匂いはね、とある場所で咲いているお花のおかげなの」
老婆は先ほど執筆作業を行おうとした机に向かう。手作りのクッションを敷いた椅子に座ると、陶器の花瓶に挿れられた淡い紫色の花へ視線を向けた。
「うわぁ、ほんとだ、この花からするね」
竜は床を傷つけないようにゆっくりと机の元まで向かうと、鼻を近づかせ顔を緩ませた。少女も和んでいるように思えた。
老婆は花を一本抜き取り、少女の前に持ち出した。
「これはね、シヴィル峡谷で取れるものなのよ。名前は分からないけど、私の夫が半年に一度送ってきてくれるの。普通の草花よりもずうっと長持ちするの。不思議なお花なのよ。香りもずっと残っていてね……これは一年前のものだったかしらね」
軽く左右に振ると、ふわりと日だまりの香りがした。
「この香りで一年前ですか……凄いですね。そんな聞いたことありません」
流石に驚いたのか少女は大きく目を見開いていた。どうやら彼女は感情の起伏が小さいだけで、しっかり見ていれば心境の変化が分かるようだ。
竜と少女の反応に満足した老婆は花を花瓶へと戻した。
「さてと、こっちよ」
老婆は少女と竜を客間に案内する。小さな部屋で少し埃っぽい。客が訪れることが殆ど無いのと、足を痛めてからは掃除することが難しくなったからだ。それでもたまに掃除の請負人などに頼み、比較的綺麗にはしてもらっていた。
大きな木製の机に黒い革製の長椅子のみの簡素な客間だが、その机の中央にも先ほどの花が一輪置かれおり殺風景な部屋にわずかながら彩りを加えていた。
「ここで待っていてくれるかしら? お茶とお菓子を用意するわ」
「そこまでして貰わなくても……」
少女は遠慮がちにしていたが、老婆がじっと見つめると観念したのかちょこんと端に腰を下ろした。
「ありがとうございます」
「ふふ、かしこまらなくていいの。竜さんも」
「ボロでいいよっ」
床をぺしぺしと尻尾で叩く竜はずいと老婆の前へと押し寄せる。最初こそ驚いたが、今ではもうやんちゃな男の子にしか思えない。
「じゃあ、ボロさん、それと――」
「そうでした。すみません、名乗り忘れてしまいましたね。私はエランド=バートリーと申します。エラと呼んでください」
少女は荷物がパンパンに詰まった鞄のポケットから名刺を取り出した。中の荷物に圧迫されているのだろう、少しだけくたびれている。
老婆はその名刺を受け取り、顔に近づける。
「ありがとね。おや、つい最近一人前になったのね」
「はい、そうです」
その名刺には少女の顔写真と名前の他に、大きな文字で『一ツ星配達屋』と判子を押されている。
「でもね、僕たちならすぐに五ツ星になっちゃうよ。そしたらあっちこっち引っ張りだこになるから、格安で頼めてラッキーだよ!」
ボロは誇らしそうに胸を張る。
老婆は自信満々のボロに対してくすくすと笑う。
「ふふ、そうね。頼りにさせてもらうわ」
「精一杯頑張りますので、よろしくお願いします」
「ええ、こちらこそ。さて、色々と用意してくるわね。あなたたちとゆっくりお話するのも楽しいけど、まだ配達してもらいたい手紙を書いていないの。ごめんなさいね。少し、待たせてしまうかも」
少女は小さく首を振る。
「大丈夫です。今日の仕事はこれで終わりですので。いくらでも待ちます」
「ありがたいわねぇ。とりあえずそこで待っててくださいな」
老婆は客間を後にしようとしたが、足を止めて振り返った。
「ああ、ごめんなさいね。私の名前も伝えていなかったわ。私はトルデよ」
「トルデおばあさんだね! これからよろしくね!」
「お願いします」
元気が有り余ったやんちゃな男の子に、やけに礼儀正しい女の子。まるで姉弟である。
トルデはそんなことを思いながら、穏やかな顔をして客間を後にした。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
おっさん冒険者のおいしいダンジョン攻略
神崎あら
ファンタジー
冒険者歴20年以上のおっさんは、若い冒険者達のように地位や権威を得るためにダンジョンには行かない。
そう、おっさんは生活のためにダンジョンに行く。
これはそんなおっさんの冒険者ライフを描いた生活記である。
軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います
こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!===
ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。
でも別に最強なんて目指さない。
それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。
フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。
これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。
私は私で幸せになりますので
あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。
ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。
それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。
最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。
巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった
ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。
学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。
だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。
暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。
よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!?
……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい!
そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。
赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。
「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」
そう、他人事のように見送った俺だったが……。
直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。
「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」
――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします
ランド犬
ファンタジー
異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは
――〈ホームセンター〉
壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。
気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。
拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる