竜の子と灰かぶりの配達屋

さばちゃそ

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 エラはトルデが用意したホットミルクをすすりながら考えていた。
 横では依頼主が持ってきた自家製の菓子を食べ、その美味しさに夢中になっているボロが騒いでいる。

「私のは?」
「ん? あっ、もう食べちゃった……」

 ベロリと長い舌で口の周りを舐めとるボロに向けてじとりと目を据える。

「ご、ごめん。だっておいしかったんだもん」
「……はぁ、まぁいいや」

 元々お邪魔するつもりでは無かった。飲み物を提供して貰っているだけでも充分ありがたい。
 それに、都市から随分と離れた辺境の地まで運んでもらったのは他でもない、横にいるボロのおかげなのだ。その褒美ほうびを与えたと思えばいい。

「それにしても、何でおじいさんは帰ってこないんだろうね」

 ボロはエラの側に顔を近づけ、こそこそと話しかける。   
 ほのかに甘いクッキーの匂いがした。

「私に聞いても知らないよ。……でも、おじいさんから貰った花を大切に飾っているから、仲が悪いわけでは無いみたい」

 エラは目の前に一輪、小さな花瓶にけられている名も知らぬ花を見つめる。
 老婆の作業台らしき机にも飾られていたが、どれも綺麗に形を残していた。半年ずつ一輪くれると言うのだから、大切にしてきたのだろう。
 とはいえ、流石に長期間置いておけば枯れてしまうと思われるので、花に加工処理をほどしているには違いない。げんに正面にある花瓶には、水が注がれていなかった。

「じゃあなんでだろう?」
「気にするだけ無駄だよ。私達は仕事をこなすだけ。前もって聞いてると思うけど、依頼内容はトルデさんの手紙を旦那さんへと届けること。手紙が完成したら直ぐに出発しないとね。どうやら受取人のいる場所は、夜が更けるともっと危険になるらしいから」

 エラはぎゅうぎゅうに詰めてある鞄の中から器用に一枚の紙を取り出した。
 それはグリモ大陸の地図だった。
 現在地を指差す。

「ここから……ここね」

 続いてエラが示したのはシヴィル峡谷。人里離れた場所に建っている老婦の家から、北に進んだ所にそびえ立つけわしい谷である。そう遠くは無いが、シヴィル峡谷は危険な地域であり、許可証が無ければ通ることは基本的に出来ない。

「ここには危険な猛獣が潜んでいるらしい。だから用心しないとね。ボロがいつもみたいにうるさくしてると、すぐにパクっていかれちゃうよ」
「ひえっ! わ、分かったよ。でもどうしてそんな所におじいさんが……」

 ボロはふるふると体を震わせる。
 その時、客間と居間が通じる扉がぎぃ、と音を鳴らして開かれた。
 トルデだった。

「根っからの冒険家だったからねぇ」

 どうやら話を聞いていたらしい。

「冒険家……?」
「そう、冒険家。誰も踏み入れることの無い地域を開拓する人よ。そして、シヴィル峡谷の奥底にもきっと何かがあるんだ! ……って、飛び込んでいったのが、もう10年前の話になるわねぇ」
「10年前!?」

 ボロは大袈裟おおげさに体を仰向けに倒し驚いていた。

「凄いですね……それで、10年間待ち続けているということですか」
「ええ、そうよ。そういう人なの。昔っから変わらないわ。ふっと居なくなっては、また気づいた時には帰ってきてるの。動物みたいで、気まぐれな人よ」

 トルデは懐かしそうな顔をして、そっとエラに手紙が入った封筒を差し出した。

「書けたのですね」

 封筒を受け取る。非常に軽いものだが、決して適当に扱っていいものではない。この配達物は、必ず受取人に届けなくてはならないのだ。
 ほんの少しだけ、エラの手に力が入る。

「書き出すと筆が止まらなくなるものね。最初が難しいんだけれどねぇ。ああ、あと、切手よね」

 一瞬席を外し、またすぐに戻ってくる。その手の平には特徴的なマークが印字されている小さな紙が乗せられていた。
 配達屋のエラ達にとっては、この切手がとても重要なものであった。

「ありがとうございます」

 受け取ると紙の裏を舌で舐め、慣れた手つきで封筒にペたりと張り付ける。濡れると粘着するという特殊な加工が入っていた。そして鞄から汚れと外傷を防止する特別製のファイルケースを取り出し、そこに入れてから鞄の奧に詰め込んだ。

「それ、後で取り出せるの?」

 ボロが野暮やぼなことを言う。

「当たり前でしょ」  

 エラは少しだけムッとした表情でボロの額を指で弾いた。

「いたっ、も~エラは乱暴なんだから」

 ボロは不満そうに口を尖らせた。

「では、そろそろ出発させていただきます」

 エラは底に残ったミルクをしっかりと飲み干してから立ち上がる。

「待たせてごめんなさいね。それじゃお願いね。それを渡すと返信用の手紙と、あのお花が貰えると思うから、それを受け取ってまた戻ってきてくださいな。急がなくてもいいからね。お気をつけて」

 トルデは深く頭を下げる。

「まっかせて! ビュンッ! ていってまたビュビュン! って戻ってくるからねっ」
 
 自信満々に胸を張る。トルデは「頼もしいわね」とくすくすと笑った。
 玄関を出て、エラはトルデに丁寧に頭を下げてから身体を屈める相棒に跨がる。帽子に掛けられていた遮光性の高いゴーグルをはめ、ボロに合図を出す。
 
「よーーっし」

 気合いを入れているのかいつもよりも翼を上下に動かす。じわじわと浮いていく。その光景に感嘆かんたんの声を上げるトルデにエラは少しだけ誇らしそうに笑った。

「北東の方面だよ」

 トルデが豆粒大になる程に飛翔ひしょうした後、エラは目的地の方向へ指を向けた。

「分かってるよ! トルデおばあさ~ん! いってくるねぇ!」

 おそらく聴こえていないだろうが、ボロは満足そうな表情をして、目的地の方角へ体を向ける。エラは背中を屈め、ボロの背中に取り付けてある安全帯をグッと握る。気を付けていないと、簡単に振り落とされてしまう。

「疲れたら休憩をとるから言ってね」 
「大丈夫だよ、この距離なら余裕だからね」
「そう。それならよろしくね」
「うん! よっし、行くぞ~っ!」

 竜は深く息を吸う。すると、ボロのほんわかとした雰囲気から一変し、目つきが変わった。
 その瞬間、エラの顔に突風が押し寄せた。
 ボロの翼は風を切り裂き、全てを置き去りにしていく。
 目指すはシヴィル峡谷。
 エラは快調に飛ばすボロに必死にしがみつきながら、クッキーを食べれなかったことを今さら後悔していた。

(まったく……全部食べちゃうなんてあり得ない)

 帰ってきたらまたクッキーを用意してくれているのだろうか。エラは自分のがめつさに少しだけ嫌気を感じながら、ちょっとだけ、期待していた。

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