竜の子と灰かぶりの配達屋

さばちゃそ

文字の大きさ
5 / 21

1ー5

しおりを挟む
「ねね、なんて書いてあったの? ねぇねぇ」

 ボロは書き置きの内容に興味津々きょうみしんしんらしく、ズイとエラの目の前に顔を上げて問い詰めてくる。エラはそれを軽くいなし、鞄から包装紙ほうそうしに包まれた飴玉を取り出して口に放り込む。フルーティでひたすらに甘ったるい味。疲れに良く効く。エラの好物の一つであった。

「うわっ、またそれ食べてる」

 ボロはあからさまに嫌そうな顔をする。たて食欲旺盛《しょくよくおうせい》なボロでもこの飴玉を食べる気にはならないようだ。

「おいしいよ」
「それは甘過ぎるんだよ。体に悪そう……」
「いいの。そもそもボロがクッキーを全部食べちゃったせいだし。私だって食べたかったんだから」
「それはごめんなさぁい。でも、最初遠慮えんりょしてたのに、いざ目の前に出されたらエラも食べたくなっちゃうんだねぇ」

 クッキーを一人で平らげてしまった食いしん坊はにやりと笑う。
 エラは横目でそれをじっと見据えながら口の中で飴玉を転がしていた。

「……それにしても、何でこんなところにいるんだろうねぇ。あんな優しいおばあさんの所に帰らないで何してるんだろう?」

 ボロは退屈なのか、尻尾をびたびたと地面に打ち鳴らす。

「別に詮索せんさくしなくてもいいの。このまま手紙と一輪の花を貰ってそれをおばあさんに送り届けるだけ。そもそも、何か理由があるからここに留まっているんでしょ。もし動けない状況だったら救助隊とか、私達配達屋におばあさんの家まで自分自身の配達を要請ようせいすればいいはず。それをしないでいるんだから、何かあるんだと思う。だから別に気にしない。あくまで私達は配達物を送り届けるだけ」

 そう淡々と言い、三つ目の飴玉を舐めようとしたが、鞄の中にはもう無いことに気づく。少しだけ悲しそうに眉が下がる。
 また買い溜めしなくては、とエラは肩を落とした。

「あ、紙が出てきたよ」

 ボロはふいに小屋の方に顔を向けると落ち込む彼女に伝えた。顔を上げ両頬にぺちぺちと手で気合いを入れ、勢い良く立ち上がる。

「受け取ったらさっさと戻って、金剛コンゴウミルクアメを買いに行くよ」

 はいはい、と軽返事をするボロもゆっくりとその後ろを着いていく。
 扉の前には先程と同じ書き置きと、その横には一輪の薄紫色の花……そして手紙が入っているだろう封筒が添えてあった。
 雑に綴じられている。書き置き用の紙の質も悪かった。おそらく物資の流通もまともに無い閉鎖的な空間だからだろう。
 そういえば、食料や水源の確保はどうしているのだろうか。危険な生物に囲まれた峡谷で長年暮らす方法など、エラには全く考えがつかなかった。

「ご利用ありがとうございます。必ず届けますので」

 まぁ、考えるだけ無駄だろう。
 エラは律儀に頭を下げる。もちろん返答は無い。書き置きをまた扉の下へ滑り通し、鞄の中からファイルと、ある程度の大きさの物なら安全に保管ができるケースを取り出した。花をケースに入れ手紙をファイルにしまおうとした時、エラは切手が無いことに気づく。

「あの、切手がありませんね。それがないと受領じゅりょうできませんが」

 応答は無い。代わりに焦っているのかバタバタと物音がした。
 するとすぐにメモを渡してきた。
 エラの後ろにいたボロが首を伸ばし、ゆっくりと読み上げる。

「もう無い。でも頼む……?」
「いえ、できません。それが規則ですので」

 間髪いれずに次のメモが出てくる。
 そこにはよれた文字でお願いします、とだけ書かれていた。

「……一応、現金で支払ってもらうこともできます。私が中央局セントラルに処理申請をしますので」

 エラは違和感を感じるも、すぐさま別の提案をする。
 また、紙が渡された。それを拾い上げると、エラはうーんと唸った。

「お金も無いですか……」

 エラの反応に対し、閉じ籠っている家主は返事こそしないが、その代わりに謎の石や更に追加の薄紫色の花を渡してきた。もちろんそんなものを受け取るわけにもいかず、エラは溜め息をついてしまった。

「開けてもらえますか」

 このままでは埒が明かない。どんな理由であれ、やることはしてもらわないと仕事として成り立たない。
 配達屋は慈善事業じぜんじぎょうではないのだ。
 相手に届けるためには配送料として切手が必須。無ければ最悪現金。でなければ配達屋を利用することは出来ないのだ。
 特例こそあれど、今回は適用されることはない。

「……やっぱり返事がないですか」

 呆れてしまったエラはその場を去ろうとする。トルデおばあさんには悪いが、一度帰った方が良さそうである。
 郵送人ではなく受取人が料金を払う仕組みも存在しているが、それにも手続きが必要なのだ。それにこれまではちゃんと切手を貼っていたそうで、このケースは今回が初めてであり、予想していなかった。

「ボロ、行くよ」

 手紙と花を鞄から取り出して、扉の前に置く。そして物音がしなくなった小屋から背を向ける。

「えー! お金が無いなら自分達が立て替えればいいのに。それから、トルデおばあさんに払ってもらうとか」
「規則は規則。手続き無しでそれをやったら違反でどんな処分になるか分からないもの。折角順調にここまで来たんだから変な所でミスするのはイヤ」
「そうだけど……」

 どうやらボロは納得行かないらしい。のそのそと扉の前にまで歩いて行き、扉のノブを爪の先で掴み捻る。

「ねぇ、僕もこの家の中に何かあるか探すから開けてよ」

 優しく問い掛けるも、やはり無言を貫いている。その光景を見ていたエラは諦めなさい、と声をかける。

「ボロ、行くよ」
「でも……」
「ボロは優しすぎるの。ダメなものはダメ。大丈夫、一旦戻るだけだから。その代わり、ボロにたくさん頑張ってもらわないとだけどね」
「……うん、そうだね。さっきより速く飛んで行けば何とかなるかも!」

 迷っていたボロはエラの説得により決心がついたようで、ぐっと拳を握った。

「あれ以上は禁止。私が耐えきれない」
「ええっ!? 間に合わなくなっちゃう!」
「だから、ちょっとだけ駆け足で戻ろう」
「そうだね! 早く行こう!」

 一人と一匹は先程通り抜けてきた道へ引き返そうとする。

――――しかし、足が止まってしまう。

「うそ……!」

 エラは目を大きく見開いた。
 その視線の先には異様な気配を纏った大型の獣が、入口に進む道を塞ぐ形で現れたのだ。

「グゥルルルルル」

 威嚇いかくしているのか喉を低く鳴らしている。明らかに顔がこちら側に向けられていた。狙われているのだろう。冷や汗がどっと額から吹き出す。
 エラは鉛のように重くなった足を無理やり叱咤して、その生物の視界から外れようとした。しかし、それが逆効果だった。

「エラ!! 危ない!」

 ボロはその生物が体勢を低くした瞬間を確認するやいなや、エラの襟首を口で掴みその場で上に飛翔した。
 そして先程まで立ち尽くしていた後に鋭い牙が突き刺さる。めり込んだ爪跡を見て背筋が凍る。逃げ遅れていれば、命は無かっただろう。

「よかったぁ」

 翼をはためかせながらボロは安堵する。

「ありがと。今の直撃してたら死んでたね」

 ボロの腕に包まれたエラはこつんと額をボロの胸に当てた。

「良くそんなこと冷静に言えるね!?」

 何てことの無いように言うエラに思わずツッコんでしまう。
 そんなことは気にせずエラは指で下唇をなぞりながら独り言のように呟き始める。唸り声を上げながら威嚇してくる四足獣。尻尾は鞭のようにしなり、ぴしゃりと地面を叩きつけている。

「あの速度と威力。これで上の森から敗走した生物なの? うーん、逃げれるかな……いや、難しそう」

 標的を逃したくないのだろう、狩人の様に眼を光らせている。ギラリと怪しく輝く琥珀色こはくいろの瞳はエラ達を完全に捉えていた。

「どうするの? 取り敢えず空は飛んでこなさそ――――」

 油断していたボロは目の色を変えてその場から無理やり体を捻り飛び退いた。
 鋭く太い牙が空を切る。何とか避けきるも、ボロはすっかり怯えてしまった。

「と、跳ぶのは無しだよっ!?」
「足腰のバネが凄いね。このままじゃ食べられちゃうのは時間の問題かも」
「やだ! 食べられたくない!」

 猛獣の追撃を辛うじてさばくボロだが、ドンドンと高度が落ちてきている。体力の限界を迎えつつあるのだろう。
 エラはボロの身体をつたいよじ登って背中に乗る。猛獣は涎を垂らしながらこちら側を見上げていた。完全に餌だと思われている。

「うーん……どうしよう」

 冷や汗が頬に流れ落ち、ボロの背中で弾ける。
 倒す方法など無い。しかし先程抜けてきた路地道に逃げても、むしろこちら側の逃げ道が失われるだけだ。
 それにこのままでは―――。

「いつ小屋を狙われてもおかしくはないよね」

 そう。それが問題点だ。エラはちらりと小屋の方へ視線を送る。
 猛獣が小屋の中にいる住人に気づく可能性だって大いにあるだろう。せめて一般人に被害が及ばないように、この空間からは離れないようにしなければならない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

おっさん冒険者のおいしいダンジョン攻略

神崎あら
ファンタジー
冒険者歴20年以上のおっさんは、若い冒険者達のように地位や権威を得るためにダンジョンには行かない。 そう、おっさんは生活のためにダンジョンに行く。 これはそんなおっさんの冒険者ライフを描いた生活記である。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

私は私で幸せになりますので

あんど もあ
ファンタジー
子爵家令嬢オーレリーの両親は、六歳年下の可憐で病弱なクラリスにかかりっきりだった。 ある日、クラリスが「オーレリーが池に落ちる夢を見た」と予言をした。 それから三年。今日オーレリーは、クラリスの予言に従い、北の果ての領地に住む伯爵令息と結婚する。 最後にオーレリーが皆に告げた真実とは。

巻き込まれ異世界召喚、なぜか俺だけ竜皇女の推しになった

ノラクラ
ファンタジー
俺、霧島悠斗は筋金入りの陰キャ高校生。 学校が終わったら即帰宅して、ゲームライフを満喫するのが至福の時間――のはずだった。 だがある日の帰り道、玄関前で学園トップスターたちの修羅場に遭遇してしまう。 暴君・赤城獅童、王子様系イケメン・天条院義孝、清楚系美少女・柊奏、その親友・羽里友莉。 よりによって学園の顔ぶれが勢ぞろいして大口論!? ……陰キャ代表の俺に混ざる理由なんて一ミリもない。見なかったことにしてゲームしに帰りたい! そう願った矢先――空気が変わり、街に巨大な魔法陣が出現。 赤城たちは光に呑まれ、異世界へと召喚されてしまった。 「お~、異世界召喚ね。ラノベあるあるだな」 そう、他人事のように見送った俺だったが……。 直後、俺の足元にも魔法陣が浮かび上がる。 「ちょ、待て待て待て! 俺は陰キャだぞ!? 勇者じゃないんだぞ!?」 ――かくして、ゲームライフを愛する陰キャ高校生の異世界行きが始まる。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

ダンジョンを拾ったので、スキル〈ホームセンター〉で好き勝手リフォームします

ランド犬
ファンタジー
 異世界に転移した佐々木悠人は、召喚でも勇者でもなかった。ただ迷い込んだ先で見つけたのは、王都を望む郊外にひっそりと口を開けるダンジョン。足を踏み入れた瞬間、発動したスキルは ――〈ホームセンター〉 壁を張り替え、部屋を増やし、畑や牧場、カフェまで作れる不可思議な力だった。 気ままに始めたリフォームは、もふもふなネコミミ獣人の少女との出会いをきっかけに、思わぬ変化を呼び始める。 拡張され続けるダンジョンの先で、悠人が作り上げる“住める迷宮”とは――?

処理中です...