竜の子と灰かぶりの配達屋

さばちゃそ

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1ー6

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「つ、つかれてきたぁ」

 ゆっくりと高度が落ちていく。このまま考えていても埒が明かない。
 エラは小屋に意識を向けさせないように指示を出す。

「分かったよ、とりあえずこっち側に誘導すればいいねっ」

 ボロは小屋のある場所と反対方向へ旋回せんかいする。相手は確実に獲物を捉えるつもりなのか、直ぐには飛びかかることはなく体勢を低くしながら頭だけ動かしている。脚に力を溜めているのだろう。

「よし、私達に意識を向けてるね」

 鋭いナイフで突き刺すような視線を向けられる。どうにか小屋から意識を外せたようだ。
 しかし、問題はここからである。

「これからどうするの?」
「どうって言われても、無理やりさっきの道を引き返すしか無さそう。この騒ぎで他の生物に出くわしちゃうかも知れないけど」
「うへぇ、でも僕、もう道分かんないよ?」
「私が覚えてる。だから指示通り進んでほしい。もちろんノンストップでね」
「大丈夫かなぁ」

 不安がるボロの背中をポンポンと叩く。

「やるしかないよ。頑張って。ボロが諦めたら二人とも仲良くあの猛獣の栄養分になっちゃうから」
「そ、それはイヤだぁ!」

 ボロは半泣きになりながら細道へと逃げ込もうとする。それを逃さまいと猛獣は雄叫びを上げた。

「ウオオオオン!」

 来る。猛々たけだけしい圧力を感じる。反射的にボロの背中に気合いの張り手を叩き込む。
 エラは振り落とされないようにボロの背中にしがみついた。

「くるよ!」
「あわわわわ」

 情けない声を上げるボロだったが、持ち前の加速力で飛び付いてきた猛獣の一撃を躱す。
 獣はひどく怒ったように唸る。怯えるボロは一目散に出口に向かう道へ飛んでいく。

「グルルルル……ガァア!」
「うわぁ!」

 しかし、目にも止まらぬ速さで回り込まれてしまった。細道が塞がれ、通ることができない。

「通せんぼされちゃったよ!」
「その巨体で何て身のこなしなの……!?」

 焦りながら辺りを見渡す。他に抜け道が無いか探したが、どうやらエラ達が抜けてきた所にしか無さそうだ。この大きな空間は行き止まりになっている場所らしい。そして現在その道も通ることができない。つまり、残る出口は――――。

「上くらい……」
「ええっ、でも上の森はホントにヤバイって」
「うん。目の前のコイツ以上の生物がうじゃうじゃいるはず」

 そんな危険な森に準備も無く入り込んだら大変な目に遭うだろう。とは言えこのまま目の前の猛獣に補食されたくもない。無謀に立ち向かうか、奇跡を望み上に逃げるか。どちらも生き残る確率は非常に低い。
 上か、正面突破か。エラは答えを出せずにいた。
 そして判断を下せずに思考が止まってしまったエラと、戸惑うボロに対し猛獣が牙を向く。

「――ッ!?」

 気づくのが遅かった。
 目の前に鋭い爪。このままだと当たる。容易に引き裂かれる光景が頭の中によぎった。
 エラはぐっと目を瞑る。

「ハァァァァァッッ!!!」

 幼い子供のような叫び声と、ガキンと重たい金属音が鳴った。

(だ、誰?)
 
 エラは薄く目を開けると、その正体に驚きを隠せない、といった表情を見せた。

「ここ、こ、子供!?」

 ボロは目を見開いて顎を外したような、大きな口を開けていた。
 
 年端も行かない小さな背中。年齢は同じくらいか、エラよりも少し下。
 振り返り、顔を見せる。不思議な顔立ち。目はギョロりと大きく、肌色もくすんでおり、ただの人間の色素ではないと分かる。何よりひついに生えた一本角が、人とは別の種族なのだと物語っていた。
 エラが言葉を発しようとした瞬間、こちら側に突進してきた。ボロの尻尾を掴み、下に引っ張ってくる。

「イテテテテッ!!」
「きゃっ!」

 状況を整理する暇もない。なすがままに地上へと下ろされ、更に彼はボロの背中にしがみついていたエラを担いで走り出した。

「ま、待って!!」

 ボロもその背中を追う。そして少年が向かった先は何と、あの小屋だった。頑なに閉ざされていた扉が開かれている。少年は何も言わず乱暴にエラを小屋の中にあるベッドに放り投げた後、少年だけ外に出て行き、扉を閉められてしまう。扉の外からはエラの安否を確かめるボロの声が聞こえる。

「エラ!? 大丈夫!?」

 エラは直ぐに起き上がり、扉を開けようとする。隙間からボロの腕が伸びてきて引き寄せられる。心配そうにエラの身体中を隅々まで見回し、怪我をしていないか確かめたボロは、どこにも外傷が無いことに安堵していた。

「うん、大丈夫みたい。でも……何で子供がこんなところに……?」

 エラが不思議がっていると、ボロは叫んだ。

「あそこ! あそこにいるよ!」

 突如現れた少年は、何と危険な猛獣の前で仁王立におうだちしていた。体格差は言わずもがな圧倒的に向こうが勝っており、大きな口に丸飲みされてもおかしくはない。あまりにも危険である。
 状況を把握しきれていないが放っておくわけにもいかない。エラは素早くボロの背中に登り、もう一度戦場に戻ろうとする。
 彼を連れて逃げなくては。
 そう思い少年の元に駆けつけようとする。

「来るナ!!!」

 力強い制止に気圧された。肩がピクリと跳ね、無意識にボロの飛行を止めさせる。
 救援を拒んだ少年は再び猛獣へ向き直り、腕を組んでじっと睨み付ける。そして叱りつけるかのように猛獣に向かって叫んだ。

「ーーッ!!」

 エラは耳を塞いで踞《うずくま》る。頭の中で甲高い声が反射する。小さな体のどこからこんな声量が出せるのだろうか。
 とても長い咆哮。まるで、獣のように。
 広い空間に響き渡る。やがて収まってくる。苦しい時間がようやく終わる。
 顔をしかめながらなんとか頭を上げた、エラは大きく目を見開いた。

「グルルルル……キュウン……」

 なんと、あれだけ殺意に満ち溢れていた猛獣が、体を丸めて怯えきってしまっているではないか。ふるふると震えながら頭を手で抑え伏せていた。
 彼が一歩近づくと、すっかり弱気になってしまった獣は情けない鳴き声を上げて逃げ去っていく。あんな獰猛だった生物が、あんな小さな子供に恐れをなすなんて。信じられない光景だった。

「うわっ、こっちを見てるよ」

 ボロはエラの腕にしがみつく。二人は目を合わせたまま動かなかった。

「ねぇ、おじいさんは何処にいるの?」

 しばらくして、エラは少年に問いかけた。

「君が何者かは知らないけど、私はおじいさんに手紙を渡さないといけないの」
「あウ……」

 少年は躊躇ためらっていたが、何も言わずじっと見据えるエラに負けたのか、顔をうつむけながら話しだした。

「おじいさん、は、もう……いなイ。ごめんなサい」

 カタコトながらも必死に喋っていることが伺える。そんなことは気にせず、他に気になった部分を追求した。
 それはもういない、という言葉。どこかに行ってしまったのか、何故いないのか。他の場所に移っているのか、それとも、もうこの世にはいないという意味なのか。
 どんな理由であれ、依頼主であるトルデには伝えなければならない。何故なら受け取り相手が本人ではなかったからだ。場合によっては、大きな問題になってしまうだろう。
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