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2話「赤ずきんと灰被り」
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グリモ大陸には多くの国が存在する。
自然に囲まれ資源に富んだ国、大商人が作り上げた小国、人々を支える発明品を生産する国、森の中に存在し、獣人やエルフなどが身を寄せている国。その国々によって特色が違っておりその中でとある機関を設立した国――ヒルムエルゼは大陸中に広がる大きな問題を解決したことによって、大陸一の大国へと変化していった。
その機関は『妖精配達局《フェアリーテイル》』と呼ばれ、そこで働いている配達屋《フェアリーズ》達によって、大陸各地へ荷物を運ぶ役割を担っていた。
なぜこのような機関が出来たのかーーそれにはグリモ大陸内で、とある大きな問題を抱えていたことが関係する。それは、グリモ大陸の中で統治される国と国との狭間に、多くの危険地帯《ダンジョン》が点在していることであった。
例えば、生物の生存を拒む毒霧で覆われた谷、獰猛かつ狡猾な生物が群雄割拠している暗黒地帯、一歩踏み入れれば二度と生きて出ることができないと言われている迷いの森などが各地至るところに確認されている。
そこを迂回するルートを選んでいこうとすると、どうしても大陸中の流通が滞ってしまうのだ。
それを改善するため、大陸の中心部に妖精配達局を設け、そこに所属をする配達の専門家達が大陸各地に飛び回っている。配達までの時間を危険地帯を通り抜けることにより、大幅に短縮できる彼らは、すぐに人々にとって無くてはならない存在になっていったのだった。
とある街に設立された妖精配達局の支部の前に、一ツ星配達屋となったばかりの新人コンビが降り立った。少女は相棒である竜の背から飛び降りて軽やかに着地する。レンガ床の隙間から、細かな砂煙が空中に舞った。
「ここで待ってて。報告してくるから」
「うん。なるべく早めにね。僕もうお腹ペコペコだよ~」
「分かってるよ」
空腹により立てなくなり寝そべってしまう相棒へ待機するように指示を出した少女は、人が行き交う正面の大きな玄関ではなく、関係者用の裏手の道へと回った。そこに構えている重厚な鉄製の扉を、全身を使ってゆっくりと押し開ける。
「ふぅ、ホントにこれ、どうにかならないかな」
彼女にとって中に入るだけで一苦労である。
顔を上げると、眼前には机の上に大量の書類が積み重なり、縦横無尽に幾重もの人がバタバタと慌ただしく入り交じる職場が広がっていた。
誰一人、少女が入ってきていることに気づかない。しかしこれはもう、慣れたものである。
彼女はすいすいと人混みの間を抜けていき、奥へと進んでいく。右からは呼び鈴が鳴り響く音、左側ではカウンターに訪れた人へ案内をしている声で騒々しい。
そこを通り抜ると、奥の部屋に通じる場所があり、その扉の前には一人の女性が待ち構えていた。
彼女は切れ長の鋭い目付きで少女の姿を捉えるやいなや、ふわりと優しく微笑んだ。
「あら、エラさん。どうされましたか?」
物腰の柔らかい、落ち着いた気品のある声に、エラは少しだけ緊張する。
「一ツ星配達屋として振り分けられた配達仕事の報告に参りました。ハンス局長はいますか?」
エラの返答に女性は少しだけ驚いたような顔を見せる。
「期間はまだ1週間ほどありますが……報告書の制作も終わっているのですか?」
「はい。もちろんです」
エラは鞄の中から紙の束が入ったファイルを取り出す。中身を開くと、そこにはびっしりと文字が埋められていた。
「本当のようですね。もちろん、局長は中にいらっしゃいますよ。どうぞ」
「ありがとうございます」
彼女は小さく頭を下げ、素早く身を引いた。
エラは扉の前に立つ。
ごくりと喉を鳴らす。
ノブを掴み、ゆっくりと捻る。キィ、と音がした。
扉が開く。大きな机の上には、これまた沢山の書類が積み重なっていて、向こう側が見えない。
扉を閉じる。先ほどいた部屋の音がうんと小さくなる。きっと音を遮断する特殊な壁を使っているのだろう。代わりに、ベタ、ベタと判子を押す定期的な音が部屋に響く。
「すみません、一ツ星配達屋のエラです。仕事達成の報告に参りました」
「…………」
返事がない。声が小さかったのだろうか。判子のインクが紙に張り付く音だけが聞こえる。
「あの……」
戸惑うエラはもう一度話しかけようとすると、ふいに後ろからあの女性が現れた。
「えっ?」
彼女は無言でかつかつとヒールの靴音を鳴らし、机の裏側へと進んでいく。そして、バシン! と、何かを叩くような音と、呻き声のようなものが聞こえてきた。
「局長、大切な書類をインクで塗りつぶさないでください。それと局長へ用事のある職員が来ていますので、対応を」
女性は驚いているエラの横をするりと通り抜ける瞬間、軽い会釈をして扉の向こうへと消えていく。男性の苦しむ声だけが聞こえてくる。
このままどうしたら良いのだろうかと考えていると、壁になっている紙束の横からのそのそと姿を表した。
紺色のシャツは皺がつき、よれてしまっている。手入れがてんでされていないボサボサの髪。やけに大きな眼鏡と無精髭は――正直似合ってはいない。
猫背で表情はやけに暗いが、大柄な体つきをしており、圧迫感でつい後退りしてしまう。
彼の名はハンス=テオドール。エラが所属する妖精配達局ケルト街支部『妖精猫』の支部長を勤めている。
「んー、えっと、なんだい? おや、エラ君か。どうした? 何か分からないことでもあったのかい?」
低く掠れた声だが、くだけた口調のおかげで恐さは感じられない。エラは端的に話す。
「仕事の報告へ参りました」
「ほぅ……すごいね。じゃあ、その手に持っているのは報告書ということかな?」
ハンスはエラが持っているファイルに目線を落とす。それに気づいた彼女はこくりと頷き、すかさず彼へと手渡す。
それを受け取ったハンスは、その重みに感嘆の息を漏らす。
「はは、これは中々。ちょっと失礼」
彼はファイルを開き、ペラペラとページを捲り始めた。そしてそのまま流れるように捲られていき、そう時間もかからず閉じられた。
顎髭を擦りながら、満足そうに頷いている。
(今のでちゃんと、中身を見れてるの……?)
時間をかけて製作した報告書なので、間違えている所や抜けている所は無いはずだが、そこまでさらりと読まれると中身に目を通しているのか少しだけ不安になる。
しかし、そんな考えは杞憂に終わる。
「9つ目の依頼の報告が興味深い。あの穏やかで優しいおばあさんと冒険家の旦那さんの手紙の交換配達が実は、こんなことになっていたとはね……まぁ対面を拒否されたらそれを断ることは基本的できないから仕方ないのかな? でもまぁ一応、これは僕の責任でもあるから今度謝罪しにいかないとね。あーあと5つ目の依頼も最速のルートに気づけてすごいね。臆すること無く先輩達に話を聞いている証拠だ。ほんとに優秀だね。言うことが特に無い」
「は、はい。ありがとうございます」
エラは驚きで瞬きを繰り返す。
あの一瞬できっちりと内容を把握していたのだ。やはり、流石は局長を任されている男である。ただのやる気の無い中年男性のわけがない。
「じゃあ評価のレポートは僕が後で書いておくからこれは僕の方で保管させてもらうよ」
そう言うと、ハンスは新人の報告書ファイルを自身の机の上に置いて、エラの元へまた戻ってくる。
「さてと、ある程度仕事のやり方は分かってきたと思う。これからは段々仕事をこなしていく毎に配達可能な地域も増えて行くし、そしたらエラ君の左胸に取り付けられた記章の星が増えていくことになる。……確か君はなるべく早く五ツ星配達屋になりたいんだったよね?」
「はい、そのつもりです」
「ふむ。それなら次は……この支部に所属する先輩の付き人をやってもらっても良いかもしれないね」
「付き人……ですか?」
エラは首をかしげる。
ハンスは気だるそうに頷く。
「そうそう。基本的には下積みとして、一ツ星の新人達はとにかくがむしゃらに配達仕事をこなして貰うことになってるんだけどね。君のような非常に優秀で、なおかつ貪欲に上を目指している子達にはね、先に二ツ星以上の先輩の付き人として仕事を一緒にやって貰う方が、遥かに学べることが多いんだよ」
「なるほど……。それで、その付き人になる先輩方は自分が決めるものなのですか? それともハンス局長が選ぶんですか?」
「基本的には僕が決めさせてもらうよ。その先輩達も後輩と一緒に動くことで、彼らもまた色んなことを学ぶことができるしね。ということで、決まるまでとりあえず数日間は通常の業務をしてほしい。もし見つかったらすぐに僕から通告するよ」
「分かりました。よろしくお願いします」
エラは丁寧に頭を下げ、部屋を後にしようと扉の取っ手に手をかける。
「あ、そうだ」
ハンスが何かを思い出したかのように声をあげる。
「……?」
何だろうと振り向くと、彼はズボンのポケットから取り出し、貨幣を数枚選ぶ。そして不思議そうに見上げるエラに差し出した。
「これは、一体……?」
「これでお昼ご飯でも食べてくるといい」
「いや、そんな、受け取れないです」
腕を突き出して断ろうとする。
特に何をしたわけでもないので、簡単に受けとるわけにはいかない。
「ううん。これは新人の懸命な仕事に対するささやかな労いだよ。ちなみに断れば断るほど、僕はこれを上乗せしてくから」
ハンスはにこりと笑う。
彼の言うことは嘘ではないと、エラは無意識に感じ取り、やむなくそれを受けとることにした。
エラはもう一度ぴしりと腰から上半身を曲げる。受け取ったお金を金銭用の巾着袋に入れて鞄にしまう。
「色々とありがとうございました。これからもよろしくお願いします」
「ははは、僕の方こそよろしくね。じゃあ、また」
エラは呑気に手を振って送り出すハンスに向け、最後に小さく頭を下げた後、部屋を後にする。
エラは扉を閉めると、ほっと胸を撫で下ろした。ハンス局長は良い人ではあるが、どこか空雲のように掴めない男であり、無意識に緊張してしまうのだ。
ハンスの付き人である女性にも深く礼をし、エラは裏口から外へ出る。
「あ、ボロは大丈夫かな」
鞄から小型の時計を取り出すと、時間帯は昼時になっていた。きっと相棒も空腹で限界を感じている頃に違いない。
局長からの施しのおかげでここら辺の店であれば選びたい放題だ。局長に会うまでは安い食堂でご飯を済ませようとしていたが、受け取ってしまった以上は、その金額分贅沢するのが礼儀だろう。
そう思い、路地を抜けだそうとする。
その時だった。
自然に囲まれ資源に富んだ国、大商人が作り上げた小国、人々を支える発明品を生産する国、森の中に存在し、獣人やエルフなどが身を寄せている国。その国々によって特色が違っておりその中でとある機関を設立した国――ヒルムエルゼは大陸中に広がる大きな問題を解決したことによって、大陸一の大国へと変化していった。
その機関は『妖精配達局《フェアリーテイル》』と呼ばれ、そこで働いている配達屋《フェアリーズ》達によって、大陸各地へ荷物を運ぶ役割を担っていた。
なぜこのような機関が出来たのかーーそれにはグリモ大陸内で、とある大きな問題を抱えていたことが関係する。それは、グリモ大陸の中で統治される国と国との狭間に、多くの危険地帯《ダンジョン》が点在していることであった。
例えば、生物の生存を拒む毒霧で覆われた谷、獰猛かつ狡猾な生物が群雄割拠している暗黒地帯、一歩踏み入れれば二度と生きて出ることができないと言われている迷いの森などが各地至るところに確認されている。
そこを迂回するルートを選んでいこうとすると、どうしても大陸中の流通が滞ってしまうのだ。
それを改善するため、大陸の中心部に妖精配達局を設け、そこに所属をする配達の専門家達が大陸各地に飛び回っている。配達までの時間を危険地帯を通り抜けることにより、大幅に短縮できる彼らは、すぐに人々にとって無くてはならない存在になっていったのだった。
とある街に設立された妖精配達局の支部の前に、一ツ星配達屋となったばかりの新人コンビが降り立った。少女は相棒である竜の背から飛び降りて軽やかに着地する。レンガ床の隙間から、細かな砂煙が空中に舞った。
「ここで待ってて。報告してくるから」
「うん。なるべく早めにね。僕もうお腹ペコペコだよ~」
「分かってるよ」
空腹により立てなくなり寝そべってしまう相棒へ待機するように指示を出した少女は、人が行き交う正面の大きな玄関ではなく、関係者用の裏手の道へと回った。そこに構えている重厚な鉄製の扉を、全身を使ってゆっくりと押し開ける。
「ふぅ、ホントにこれ、どうにかならないかな」
彼女にとって中に入るだけで一苦労である。
顔を上げると、眼前には机の上に大量の書類が積み重なり、縦横無尽に幾重もの人がバタバタと慌ただしく入り交じる職場が広がっていた。
誰一人、少女が入ってきていることに気づかない。しかしこれはもう、慣れたものである。
彼女はすいすいと人混みの間を抜けていき、奥へと進んでいく。右からは呼び鈴が鳴り響く音、左側ではカウンターに訪れた人へ案内をしている声で騒々しい。
そこを通り抜ると、奥の部屋に通じる場所があり、その扉の前には一人の女性が待ち構えていた。
彼女は切れ長の鋭い目付きで少女の姿を捉えるやいなや、ふわりと優しく微笑んだ。
「あら、エラさん。どうされましたか?」
物腰の柔らかい、落ち着いた気品のある声に、エラは少しだけ緊張する。
「一ツ星配達屋として振り分けられた配達仕事の報告に参りました。ハンス局長はいますか?」
エラの返答に女性は少しだけ驚いたような顔を見せる。
「期間はまだ1週間ほどありますが……報告書の制作も終わっているのですか?」
「はい。もちろんです」
エラは鞄の中から紙の束が入ったファイルを取り出す。中身を開くと、そこにはびっしりと文字が埋められていた。
「本当のようですね。もちろん、局長は中にいらっしゃいますよ。どうぞ」
「ありがとうございます」
彼女は小さく頭を下げ、素早く身を引いた。
エラは扉の前に立つ。
ごくりと喉を鳴らす。
ノブを掴み、ゆっくりと捻る。キィ、と音がした。
扉が開く。大きな机の上には、これまた沢山の書類が積み重なっていて、向こう側が見えない。
扉を閉じる。先ほどいた部屋の音がうんと小さくなる。きっと音を遮断する特殊な壁を使っているのだろう。代わりに、ベタ、ベタと判子を押す定期的な音が部屋に響く。
「すみません、一ツ星配達屋のエラです。仕事達成の報告に参りました」
「…………」
返事がない。声が小さかったのだろうか。判子のインクが紙に張り付く音だけが聞こえる。
「あの……」
戸惑うエラはもう一度話しかけようとすると、ふいに後ろからあの女性が現れた。
「えっ?」
彼女は無言でかつかつとヒールの靴音を鳴らし、机の裏側へと進んでいく。そして、バシン! と、何かを叩くような音と、呻き声のようなものが聞こえてきた。
「局長、大切な書類をインクで塗りつぶさないでください。それと局長へ用事のある職員が来ていますので、対応を」
女性は驚いているエラの横をするりと通り抜ける瞬間、軽い会釈をして扉の向こうへと消えていく。男性の苦しむ声だけが聞こえてくる。
このままどうしたら良いのだろうかと考えていると、壁になっている紙束の横からのそのそと姿を表した。
紺色のシャツは皺がつき、よれてしまっている。手入れがてんでされていないボサボサの髪。やけに大きな眼鏡と無精髭は――正直似合ってはいない。
猫背で表情はやけに暗いが、大柄な体つきをしており、圧迫感でつい後退りしてしまう。
彼の名はハンス=テオドール。エラが所属する妖精配達局ケルト街支部『妖精猫』の支部長を勤めている。
「んー、えっと、なんだい? おや、エラ君か。どうした? 何か分からないことでもあったのかい?」
低く掠れた声だが、くだけた口調のおかげで恐さは感じられない。エラは端的に話す。
「仕事の報告へ参りました」
「ほぅ……すごいね。じゃあ、その手に持っているのは報告書ということかな?」
ハンスはエラが持っているファイルに目線を落とす。それに気づいた彼女はこくりと頷き、すかさず彼へと手渡す。
それを受け取ったハンスは、その重みに感嘆の息を漏らす。
「はは、これは中々。ちょっと失礼」
彼はファイルを開き、ペラペラとページを捲り始めた。そしてそのまま流れるように捲られていき、そう時間もかからず閉じられた。
顎髭を擦りながら、満足そうに頷いている。
(今のでちゃんと、中身を見れてるの……?)
時間をかけて製作した報告書なので、間違えている所や抜けている所は無いはずだが、そこまでさらりと読まれると中身に目を通しているのか少しだけ不安になる。
しかし、そんな考えは杞憂に終わる。
「9つ目の依頼の報告が興味深い。あの穏やかで優しいおばあさんと冒険家の旦那さんの手紙の交換配達が実は、こんなことになっていたとはね……まぁ対面を拒否されたらそれを断ることは基本的できないから仕方ないのかな? でもまぁ一応、これは僕の責任でもあるから今度謝罪しにいかないとね。あーあと5つ目の依頼も最速のルートに気づけてすごいね。臆すること無く先輩達に話を聞いている証拠だ。ほんとに優秀だね。言うことが特に無い」
「は、はい。ありがとうございます」
エラは驚きで瞬きを繰り返す。
あの一瞬できっちりと内容を把握していたのだ。やはり、流石は局長を任されている男である。ただのやる気の無い中年男性のわけがない。
「じゃあ評価のレポートは僕が後で書いておくからこれは僕の方で保管させてもらうよ」
そう言うと、ハンスは新人の報告書ファイルを自身の机の上に置いて、エラの元へまた戻ってくる。
「さてと、ある程度仕事のやり方は分かってきたと思う。これからは段々仕事をこなしていく毎に配達可能な地域も増えて行くし、そしたらエラ君の左胸に取り付けられた記章の星が増えていくことになる。……確か君はなるべく早く五ツ星配達屋になりたいんだったよね?」
「はい、そのつもりです」
「ふむ。それなら次は……この支部に所属する先輩の付き人をやってもらっても良いかもしれないね」
「付き人……ですか?」
エラは首をかしげる。
ハンスは気だるそうに頷く。
「そうそう。基本的には下積みとして、一ツ星の新人達はとにかくがむしゃらに配達仕事をこなして貰うことになってるんだけどね。君のような非常に優秀で、なおかつ貪欲に上を目指している子達にはね、先に二ツ星以上の先輩の付き人として仕事を一緒にやって貰う方が、遥かに学べることが多いんだよ」
「なるほど……。それで、その付き人になる先輩方は自分が決めるものなのですか? それともハンス局長が選ぶんですか?」
「基本的には僕が決めさせてもらうよ。その先輩達も後輩と一緒に動くことで、彼らもまた色んなことを学ぶことができるしね。ということで、決まるまでとりあえず数日間は通常の業務をしてほしい。もし見つかったらすぐに僕から通告するよ」
「分かりました。よろしくお願いします」
エラは丁寧に頭を下げ、部屋を後にしようと扉の取っ手に手をかける。
「あ、そうだ」
ハンスが何かを思い出したかのように声をあげる。
「……?」
何だろうと振り向くと、彼はズボンのポケットから取り出し、貨幣を数枚選ぶ。そして不思議そうに見上げるエラに差し出した。
「これは、一体……?」
「これでお昼ご飯でも食べてくるといい」
「いや、そんな、受け取れないです」
腕を突き出して断ろうとする。
特に何をしたわけでもないので、簡単に受けとるわけにはいかない。
「ううん。これは新人の懸命な仕事に対するささやかな労いだよ。ちなみに断れば断るほど、僕はこれを上乗せしてくから」
ハンスはにこりと笑う。
彼の言うことは嘘ではないと、エラは無意識に感じ取り、やむなくそれを受けとることにした。
エラはもう一度ぴしりと腰から上半身を曲げる。受け取ったお金を金銭用の巾着袋に入れて鞄にしまう。
「色々とありがとうございました。これからもよろしくお願いします」
「ははは、僕の方こそよろしくね。じゃあ、また」
エラは呑気に手を振って送り出すハンスに向け、最後に小さく頭を下げた後、部屋を後にする。
エラは扉を閉めると、ほっと胸を撫で下ろした。ハンス局長は良い人ではあるが、どこか空雲のように掴めない男であり、無意識に緊張してしまうのだ。
ハンスの付き人である女性にも深く礼をし、エラは裏口から外へ出る。
「あ、ボロは大丈夫かな」
鞄から小型の時計を取り出すと、時間帯は昼時になっていた。きっと相棒も空腹で限界を感じている頃に違いない。
局長からの施しのおかげでここら辺の店であれば選びたい放題だ。局長に会うまでは安い食堂でご飯を済ませようとしていたが、受け取ってしまった以上は、その金額分贅沢するのが礼儀だろう。
そう思い、路地を抜けだそうとする。
その時だった。
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