竜の子と灰かぶりの配達屋

さばちゃそ

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 あの銃声は、恐らくブランが羽織はおるフードの下に隠し持っている猟銃りょうじゅうだ。あの猟銃は護身用ごしんようではなく、敵をほふるために設計されたものであり、絶大ぜつだいな威力を誇るものの重量もあり扱いが難しく、配達屋の中で使っているのはおそらくブランだけだろう。
 そもそも配達屋の本分は、預けられた荷物を受け取り主に無事に届けることだ。基本的に戦闘は避けるべきものであり、わざわざ轟音ごうおんが鳴り響く猟銃を使う必要はない。なぜなら周りの生物が、その音によって引き寄せられてしまうからである。
 
 しかし、ブランはそれを理解した上で猟銃を愛用している。むしろ彼女にとって、人に害なす生物は全て討伐対象とうばつたいしょうである。ブランが他の配達屋から異端者と呼ばれているのは、配達屋として働く前は狩人屋ハンターをしていたという点からだった。
 狩人屋ハンターとは名の通り狩りを生業なりわいとする職業であり、近隣を荒らす猛獣の狩猟しゅりょうや、危険地帯に住まう生き物から採取できる素材の納品によって生計を立てており、配達屋と同じく人々が豊かな生活をしていく上で重要な職業なのだ。

(また発砲音……)

 しかし、いくら戦闘を得意分野とする狩人屋を営んでいたとはいえ、あまりにも戦い方が雑である。けたたましい音を間髪かんぱつ入れずに乱発すればその音に危険生物が引き寄せられてしまうだろう。

「もしかして……」

周りを見渡す。視界の端に、大きな黒い影が過ぎ去るのが見えた。きっと音を聞き付けてきたのだろう。
 エラはブランがわざと音を出していることに気づく。一人になった自分が狙われないように、あえて音を鳴らしているのだ。
 であれば、なおさら早く荷物を届けなければならない。エラは次々と鳴り響く銃声を聞きながら目的地へと目指す。

 奥へと進んで行けば行く程、頭上が枝葉に覆われ薄暗くなっていく。
 どんよりとした重々しい空気が肌にまとわりつく。樹海の深層に近づいているのだろう。
 しかし、こんな不気味で危険な場所で一体何を研究しているのだろうか。こんな所で研究所など建てても、樹海に潜む危険生物に襲われでもしたら、ひとたまりも無さそうなのだが……。
 
「まぁ、考えても無駄だね」

 それは研究所の人間に教えてもらえばいいことだろう。今は何より、襲われることを回避しながら無事に到着することが大切だ。
 エラは息を潜めながら周囲の警戒を怠らず慎重に進んでいく。荷物を背負い、愛用のポーチから緊急用に使用する閃光石フラッシュ・ストーンを2つ取り出して両手で一つずつ握りしめる。これは、強襲され接敵してきた時に打ちならすことで、非常に強い光を生み出す道具の一つである。殺傷能力は無いものの、敵を足止めするには最適の道具だ。
 ブランのように危険生物を倒す手段を持ち合わせていないエラは、少しでも危険な雰囲気を感じたらその瞬間にこういった道具使ってやり過ごすしか方法は無い。

(……? なんの音?)

 微かな異音が耳を掠める。自然と閃光石を握りしめる力が強くなる。即座に足を止め、身を屈める。わずかな違和感もおろそかにしてはいけない。ここは危険地帯ダンジョンのど真ん中。一瞬の油断が命取りになってしまう。息を殺し聞き耳を立てる。
 しばらく無音が続く。気のせいだったのかと思った瞬間、また聞こえてきた。

 エラの顔色が変わる。それは、獣の鳴き声ではなかった。
 
「誰か襲われてるの……!?」

 エラは動揺しつつも音の方向に向かっていく。近づいていくごとに、更にその声は鮮明に聞こえてくる。

あれは、人の声だ。それも、助けを乞う呻き声。男性の苦しそうな声だった。
 もしかしたら研究所の関係者かもしれない。エラは気配を消しながら、更にその声の出所まで進んでいく。

 ーー実の所、配達屋は危険地帯内の救助活動というものは仕事内容に含まれていない。このまま見捨てることもできるが、心優しきエラにはそのような選択肢は存在していなかった。

 耳を澄ましていると人の呻き声の他には、生物の鳴き声は聞こえてこなかった。まだ手遅れで無ければ、助けることができるはずだ。しかし、ここで焦って走ってしまえば自身も危険な目にってしまうかもしれない。急ぎはするが、慎重に。丁寧に。樹海の中に足を踏み入れてからは、常に危険とは隣り合わせの状況なのを忘れてはいけない。

 しばらく進むと視界の先に、開けた空間があるのが見えた。頭上の枝葉も少なくなり、やや明るくなってきている。エラは木の影に身を隠し様子を伺う。そういえば声が聞こえない。開けた場所にも人どころか生物の姿すら確認できない。


 手遅れだったか。それともーーーー。


「タスケテェ。タスケテェ」

 背後から突然、あの声が聞こえてきた。
 エラはその異常性に一瞬で気付き、その場から飛び退きながら、閃光石を打ち鳴らし後方に投げた。
 空中に放り出された閃光石は、即座に周囲に眩い光を撒き散らす。

「ギャァァア!!!」

 助けを求めていた男性の声が、甲高い別の声に変わった。
 受け身をとったエラは間髪かんぱついれずに立ち上がり、すぐさま別の木の後ろに身を隠す。顔だけ出して相手の風貌を確認すると、エラはあからさまに嫌そうな顔をした。

「あれは……スライム……」

 その正体は人でも獣でもなく、ゼリー状の生物であるスライムだった。薄い緑色をしており、全身はぬらりと粘液で濡れている。どこが顔なのかは把握することができないが、閃光石が効いたということは、目という器官は存在しているのだろう。
 だがしかし、見た目こそはよく知られているスライムではあるのだが、おそらくまた別の種類の個体だろう。あの声は獲物を誘き寄せるために出した罠だったのだろう。非常に狡猾こうかつな生物だ。閃光石が無ければ、あのまま飲み込まれてしまっていた。
 スライムのゼリーには筋肉を弛緩させる神経毒が含まれており、それに包まれてしまったが最後、呼吸困難に陥りそのまま補食されてしまう。もしあれが通常のスライムと同じ特性を持っているのなら、不用意に近づいてはいけない。

「アア……ドコ……ドコォ……?」

 エラは眉をしかめる。どうやら混乱しているのか、先ほどの男性の声と生物本来の声が重なりあって非常に不快に聞こえる。流動性のある体の一部を鞭のように伸ばし、周囲を探りだす。
 それにしても、顔が分からないというのはとても厄介やっかいだ。まだ目は治っていないのか、それとも苦しんでいるふりをしているのか、全く検討けんとうがつかない。感情が表情から読めないというのは、次に起こすべき行動の判断を鈍らせてしまう。
 エラは標的を視界に納めながら、ポーチの中に残っている閃光石を一つ取り出し、なるべく遠くの木に当たるように投げる。
 コツン、という音が鳴った瞬間、スライムとは思えない俊敏な速度で反応し飛び付いた。どうやら聴力も高いらしい。下手に物音を立ててはいけないと、エラは自身の口を手で抑えた。
 動けないでいると、スライムは補食対象えものを見失ったのか、唐突とうとつに体を膨らませ大きな空洞を作りだした。

「助けてぇ。こっちだぁ。早く来てくれぇ」

 男性の声。なるほど、とエラは顔をしかめながら生物を観察する。擬似的に口のような器官を作り出しているらしい。
 しかし間近で見ると、おぞましさで身の毛がよだつ。
 
「助けてくれぇ。襲われるぅ」

 獲物を見失ったのだろう。次の獲物に切り替え、再び声で誘き寄せようとしている。どうやら逃げた獲物に執着するようなタイプではないらしい。

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