竜の子と灰かぶりの配達屋

さばちゃそ

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(このままやり過ごせば大丈夫そう。来た道を引き返せば何とかなりそうね)

 エラは小さな溜め息を吐く。まさか、人の声を真似する生物がいるなんて思いもしなかった。三ツ星サード級の危険地帯に住まう生物は、今まで出会ってきたもの達と同じとは考えてはいけないということをエラは理解した。
 スライムがずりずりと体を引きずりながら遠ざかっていくのを確認して動き出す。他にも似た個体が潜んでいる可能性は充分あるため、警戒をおこたらず元の道まで戻る。
 しばらく歩いていると、木の幹に鋭利なもので十字に掘られた印を発見した。これはエラが道を外した際に戻ってこられるように、手持ちのサバイバルナイフで切りつけたものである。つまりこれが確認できたということは、順調にルート修正ができているということだ。
 この目印は等間隔で三つ程つけている。更に進んでいくとまた同じ目印を発見できた。

「森や迷路とか風景が代わり映えの無い場所は、この方法を使うといいって聞いていたけど、確かに迷いにくくなるね」

 今後もこういった場所に向かうことも増えてくるだろう。目印の有用性に感心しながら、エラは三つ目の目印を目指そうとする。

(……はぁ。ここにも……)

 しかし、視線の先に大きな物体の影が見え、足を止めた。どうやら先程とは違う個体のようだ。更にそれは一匹どころではない。視界の端々に薄緑の物体が蠢うごめいているのが分かる。どうやら、ここら一帯を住処にしているのだろう。であれば早く通り抜けるのが正解だ。それにもう、人の声を真似するというまさに初見殺しの特徴を持っているのを目の当たりにしている。
 
 もう、あれには騙されてはやらない。

 即座に身を隠したエラは、別の獣の声真似をしているスライムをやり過ごそうとする。だが、他にも同じ気配を感じ、思うように進むことができなかった。早くここを抜けなければならないというのに、非常にもどかしい。だがここで駆け出してしまえばきっと囲まれてしまうだろう。
 はやる気持ちを押さえつけながらスライムの集団の間をかい潜っていく。
 足元の木屑きくずを踏み抜かないように注意しつつゆっくりと、されど一歩ずつ。バレないように最低限の呼吸を。
 酸素が足りず次第に頭がクラクラとしてくる。あとどのくらい進めばいいのだろう。そんな不安に押し潰されてしまいそうだ。

 こういう時、ブランのような強さがあれば無理矢理突破することができただろうか。いや、自分には無いものをねだったところで仕方がない。元々自身に戦闘能力が備わっていないことなど分かっている。だが、それでも仕事をこなさなければならない。例え一人でも、配達物を届けるくらいならできるはずだ。この程度の障害に足を止めているようでは、目指している五ツ星配達屋マスター・フェアリーズになどなれるはずもないのだから。
 
(ふぅ……どうやら抜けたみたい)

 スライムの群集をくぐり抜けたエラはへたりと座り込む。耳の奥まで響くほど高鳴り続けていた心臓音は、徐々に小さくなっていく。
 しばらくは、スライムを遠目から見るのも嫌になりそうだ。だが、ようやくこれで先に進める。
 そう思った時、左側の方から声が聞こえてきた。喚き声や叫び声ではない。誰かを呼び掛けているような声。

「おーい! どこにいる!?」

 エラはその声の主が、誰なのかすぐに分かった。間違いなく、あれはブランだ。どうやら敵を全て追い払い、別のルートから追い付いてきたらしい。
 だが、この辺りは危険なスライムが徘徊はいかいしている場所だ。このままだとブランの掛け声にスライム達が反応し集まってしまうかもしれない。まずいと思ったエラは駆け足で向かう。木々を通り抜け、ブランの声がする場所へ近づいていく。

「ブラン先輩、とりあえずここは危険なのでーーッ!?」

 エラは硬直してしまう。
 なんと、そこにはブランの姿は無かった。その代わりに立っていたのは、あのスライムだった。
 
「イタ。イタナァ」

 スライムは獲物の少女の両手を瞬時に拘束し、見下ろしながら飲み込もうと大きく口のようなもの広げる。

「私の……馬鹿……」

 まさかブランの声すらも真似てしまうなど思ってもいなかった。いや、それは言い訳だ。スライムの特徴を理解しておきながら、警戒を怠ってしまったのだ。
 目の前には暗い闇が見える。両手は毒で痺れ、振りほどこうにもまとわりつかれてしまいそれも敵わない。せめて閃光石を持っていればよかったが、それもポーチの中だ。
 服や髪にスライムの体液が振りかかる。エラは悟った。もう、こうなってしまったら無理だ、と。
 諦めかけたエラだったが、ぼやけた視界の端に何かが映った。

ーーガルルルッッ!!!

 なんと、雄々しい唸り声と共に突然獣が現れた。それは一直線にエラの頭上に覆い被さろうとしていたスライムに向けて突撃してきた。

「ジャマァ! ジャマァ!」
 
 獲物を奪われたスライムは吹き飛ばされながらも無定形の体を生かし、縦に伸びて姿を大きく見せつける。勢いに気圧されたエラは思わず尻餅しりもちをつき、その場で二匹の闘争とうそうを見守るしかなかった。
 あの四足獣はどうやら自分達を襲ってきたものと一緒の個体のようだ。
 助けてくれた、など甘い考えはしない。きっと獲物を横取りしようとしているだけなのだろう。であれば注意が逸れている今しかない。
 エラは力を振り絞り立ち上がろうとする。
 しかしーーーー。

「うっ、体が……」

 膝に力が入らない。
 疲労ではない。全身に広がる痺れによって動けなくなっているのだ。エラはその時、襲われた瞬間に体液をかけられたことを思い出した。おそらくそのせいで全身に毒が回ってしまったのだろう。
 このままではいずれ呼吸困難に陥ってしまうことも考えられる。だが、エラはこの毒を打ち消す薬を持ち合わせていなかった。二匹の争いを眺めながら、徐々に意識が薄らいでいくのを感じる。浅くなる呼吸。強くなっていく痺れ。
 
(このままじゃ……もう……)

 視界がぼやけていく。死、というものが脳裏に過った。このまま意識を手放せば、もう二度と目覚めることはないだろう。

「さてと、ここら辺が限界だな。一ツ星新人の割にはよく頑張った」

 突如、聞きなれた声が耳元で聞こえてきた。その声の方へ、吸い込まれるように視線を向ける。
 なんとそこには、猟銃を構えたブランがにやりと笑っている姿が写っていた。

「ヴァイス! 退け!」

 ーーーーダンッッッ!!!!
 ブランの声と共に発砲音が力強く鳴り響く。その銃弾は掛け声によってスライムから離れた獣の横をすり抜け、スライムの体を貫いた。 
 
「アアアア゛!!!!!」

 色んなものが入り交じったおぞましい叫び声をあげたスライムは、瞬く間に溶けていく。エラはその様子を薄目で確認し終えると、そのまま地面に倒れてしまう。助かったのだろうか。それともこれは毒の進行による幻覚なのか。エラはそれを判断することすらできず、わずかに残っていた意識を完全に手放したのであったーーーー。
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