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第二十三話 邪神討伐の真相

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 カズキ達四人はワイバーン討伐の依頼を受け、校舎を出て荒野へ足を踏み出した。
 昨日ランキング戦を行ったあの場所である。

「朝早くからご苦労だな」

 そこでは、教官が面倒臭そうに生徒の指導をしていた。
 人に物を教える態度ではないのだが、生徒たちは気付いていない。
 誰もが必死の形相で素振りをしている。剣術の講義なのだろうか。

「カズキはそう言うけどさ。みんな必死なんだよ。この学院を卒業出来ればエリートの仲間入りなんだから」

 ラクトは無駄だと思ったが、一応彼らの立場を説明する。

「そうかもしれないけど、努力の方向性がずれてると思うんだよなぁ。奴らは最低でも一年以上はここにいるんだろ?なのに、今更素振りしてるのがなぁ。見ろよ、教官のやる気のない顔を」

 カズキの言う通りに教官を見てみると、丁度欠伸を噛み殺している所だった。

「ホントだ。でも基礎は大事って言うじゃない?」

 ラクトは納得できない様だった。

「そりゃあ基礎は大事だろうよ。でも、素振りなんて一人でも出来るだろ?」
「うん」
「なのに、どうして集団で素振りする必要がある?」
「そういう講義だから?」
「ないわー。この学院は戦闘のプロを養成する所だろ?実戦もしないで、素振りで敵を倒せると思うか?」
「・・・無理だね」
「だろ?ここは学院だから、講義を受けていれば卒業できるって妄信してるのがあいつらなんだろうな。ギルドで受ける依頼も、危険が少ないのを選んでいるんだろう。きっと、金持ちのボンボンの集団だぜ?」

 カズキがそう言ったのを、その教官が聞き取ったらしい。振り返ってニヤリと笑ってきた。

「な?」
「ホントだ。何で分かったの?」
「弱そうなのに、装備が良いから。それを考えると、昨日の連中はマシな部類に入るのかもな。あいつら良く入学出来たよなー」

 カズキの疑問には、エルザが答えた。

「ここ二年は、邪神の影響で受験者が少なかったのよ。下手に外を出歩くと、増えた魔物に襲われるから。そのお陰で冒険者への護衛依頼が増えて、金持ちしか旅ができなかったという訳ね」
「それで一般の優秀な奴が少なかったと。確かに今年は俺たち以外はリタイアしたもんな」
「そうね。どうせ残っても、あいつらに合流したんでしょうけど」
「だな。ラクトには残念だったかもしれないけど」

 カズキがそう言うと、ラクトがキョトンとした。

「何の事?」
「この学院でコネを作るのも目的の一つとか言ってなかったか?」
「ああ、それね。もう目的は達成したような物だから」
「そうなのか?」
「カズキ、エルザ様、フローネさんに学院長。後はクリスさんもかな?みんな超VIPじゃない。これ以上のコネは無いよ?」
「俺がVIP?どうして?」

 カズキは本気で言っていた。

「邪神を倒した英雄でしょ!?なんで自覚がないの!?」
「弱かったから?」
「なんで疑問形!?まだ一ヶ月も立ってないんだけど!」
「・・・そうだっけ?」
「そうね。二週間位だったかしら」
「二週間・・・」

 そう呟いて、カズキは急に落ち着かなくなった。当時の事を思い出したらしい。

「そうだ!ナンシーは!?」
「ニャー」

 カズキが叫ぶと、足元を歩いていたナンシーが律義に返事をした。

「良かった・・・。ちゃんといた」

 そう言ってナンシーを抱き上げ、頬ずりするカズキ。ナンシーはされるがままだ。

「・・・これが禁断症状ですか?」
「そうよ」
「大変だったんですね」
「まあね。こんな調子だったから、称号の事も覚えてないのよ」
「凄く納得できました」

 それからはカズキの発作も起きなかった。
 一行は途中で休憩を挟みつつ、日が暮れるまで歩く。

「そろそろ野営の準備でもしますか?」

 ラクトがそう言ったのは、左右が森に挟まれた街道を歩いている時だった。
 森の一角に木を切り倒して拓いた場所がある。
 旅をする人々が休憩出来るように作られた場所で、街道沿いにはこういう場所がそれなりの数存在した。

「いいんじゃない?何故か、火を起こしている人がいるみたいだし」

 エルザが言うように、そこには先客がいた。

「遅かったな」

 そう声を掛けて来たのは、学院に置き去りにした筈のクリスだった。

「「あ」」

 声を上げたのは、フローネとラクトである。
 ワイバーンの事で頭が一杯で、すっかり忘れていたらしい。

「カズキとエルザはともかく、フローネとラクト君は酷いんじゃないか?」
「「すいません」」

 言葉とは裏腹に、余り怒っている様子はない。

「でも、よくここを通ると分かりましたね」

 フローネの言葉に、クリスは何でもないような顔で言った。

「荒野を抜けていっただろ?ってことは、使う街道はこの一つだけだからな」
「なるほど。流石ですね」

 感心したように頷くラクト。
 だが、彼は間違っていた。

「「騙されてるぞ(わよ)」」
「え?」
「何かっこつけてんだ。街道はその通りだろうが、東か西かは分からなかっただろ」
「どうせ最初は西に向かったんでしょ?それで追い付けなかったから、慌てて引き返してきた癖に」
「そうそう。それでギリギリだと恰好悪いから、先回りして火を起こしていたと」
「さっき森の中で盗賊を襲ってたのも知っているわよ。お金を巻き上げたんでしょ?」
「・・・バラすなよ」

 カズキとエルザにあっさり見抜かれて、クリスは肩を落とした。

「そうやってせこい真似をするから、剣帝モードとかジュリアンに言われるんだ」
「うっ」

 カズキのダメ押しに、クリスは胸を抑えた。
 ラクトはそんな事よりも気になる事があったので、クリスを放置してカズキに聞いた。

「盗賊がいたって本当?」
「ああ。反対側の森の中にいた。俺たちを襲うつもりだったみたいだな」
「・・・そうなんだ。全然気づかなかったよ」
「仕方無いさ。俺も最初はさっぱりだったからな」
「カズキでもそうなの?」
「当たり前だろ?二年前までただのガキだったんだから。経験を積めば、ラクトだって分かるようになるさ」
「そっか、そうだよね」

 自信を無くしかけていたラクトは、カズキの言葉に救われた気がした。
 そもそも比較対象が間違っているのだが、そこはラクトも男である。悔しいと思うのは仕方がなかった。
 それに、今回はまたとないチャンスである。普通なら、直接話す事が出来るかどうかも分からない英雄たちとパーティを組んでいるのだから。
 彼らから盗めるところは徹底的に盗んでやろうと、ラクトは決意した。
 だが、その考えは早くも暗礁に乗り上げる。
 クリスが火を消してしまったのだ。

「あれ?どうして火を消したんですか?」
「ん?もう必要ないからな」
「それはどういう・・・」

 ラクトが最後まで言う前に、その答えは出た。
 カズキが手を伸ばして、ドアを手前に開けるような仕草をすると、そのまま前進して姿が消えてしまったのだ。
 ナンシーとクレアも後に続く。やはり姿は見えなくなった。

「え?え?」

 混乱するラクト。

「ラクト君は初めてよね?私の後について来て。驚くわよ?」

 言われるがままにエルザの後ろを歩くと、ようやく絡繰りが見えて来た。

「次元ポスト?」
「正解だ。それを大きくしたのがこれだな。【次元ハウス+ニャン】という魔法だ」
「ぷらすにゃん・・・」

 ニャンは間違いなく猫の事だろう。
 という事は、カズキが創った魔法だという事だ。

「この魔法のお陰で、旅が楽になったんだよなぁ。野宿の必要もないし、見張りを立てる必要もないし」

 そう言いながらクリスが入って来る。最後にフローネが入ると、カズキがドア?を閉めた。
 中は五人が入っても十分な広さで、中央に大きなテーブルがあり、椅子も揃っている。
 壁際には、これまた大きなソファが置いてあり、ナンシーとクレアはその上でじゃれ合っていた。
 キッチンもある。食器や調理道具、調味料も揃っていて、食材を保管するためであろう箱は冷気が漂っていた。

「まあ最後の旅は勇者がいたから使わなかったがな。あいつらさえいなければ、野宿しなくて済んだのに」
「いや、それは無理だ」

 クリスの言葉を、カズキが否定した。

「どうして?」
「ナンシーがいなかったからな」
「どういう事だ?」

 カズキは、【猫】という属性について説明した。

「・・・そういう事か。お前らしいな」
「あ。やっぱりそれで済ませちゃうんだ」

 クリスがエルザと同じ反応をした事に、ラクトは思わずそう呟いた。

「そういう奴だからな。もう諦めた。それよりも、飯はどうする?」
「ねーさん。頼んでいいか?」
「良いわよ。食材は?」
「なんかあったっけ?」
「これなんかどうだ?」

 クリスがそう言って取り出したのは、学院の寮にあったパンと干し肉であった。

「「却下」」
「なんでだ!これだって立派な食材だろ!」

 カズキとエルザに却下されて、クリスが抗議する。
 ラクトはそれを見て、同じ物を取り出そうとしていた手を止めた。

「じゃあ、クリスはそれで。俺たちはどうしようか?」
「野菜とお米は残ってたから、後は肉ね。準備しておくから、適当に獲ってきてくれる?」
「分かった。ラクトも行くか?」
「うん」
「クリスは?」
「行く!干し肉は嫌だ!」
「本音が出たな」

 外に出てカズキがドアを閉めると、そこにはやはり何もなかった。

「凄い魔法だね。古代魔法に似たような魔法があるの?」
「さあ?あるのかもしれないけど、覚えた魔法には無かったな。次元ポストはあったから、それをベースに創ったんだ」
「創ろうと思って創れる物なんだ」
「結構大変だぞ?無地のジグソーパズルを延々組み合わせるようなもんだ。しかも、何ピースあるのかも分からないんだからな」
「なにそれ!?凄い面倒臭そう!」
「まあ、詠唱すればすぐなんだけどな」
「そうなの!?じゃあ、なんでわざわざ創る必要が?」

 カズキが古代魔法の秘密を明かしてくれる事に、ラクトは興奮していた。

「そうだなぁ。例えば【レーヴァテイン】という魔法があるんだが」
「例えが神話級なんだ・・・」
「この魔法って、昔の奴は詠唱してたんだろ?」
「うん。文献ではそうなってるね。それだけ発動が難しいんだろうってのが、有力な説だったけど」
「それが違うんだよ。ただ単に、完成してないだけなんだ」
「どういう事?」
「さっきの話だ。ジグソーパズル。それを組めなかったから詠唱してたんだ」
「でも詠唱すれば使えるんだよね?」

 ラクトは、何故頑なに無詠唱に拘るのかが分からなかった。

「そうなんだが、完成していない魔法は魔力の消費が酷い」
「そうなの?」
「ああ。完成している魔法を使う時の魔力を2とすると、詠唱中は魔力が一秒毎に二失っていく」
「え?発動するまで?」
「そう。垂れ流しだ」
「じゃあ、詠唱している間に魔力が尽きたら・・・」
「発動しないで魔力切れを起こす。全くの無駄骨だな。なんでそんな魔法を使おうとしたんだか」
「格好いいからじゃない?」
「あり得るな・・・」

 何故か納得してしまうカズキであった。

「邪神と戦った時に長々と詠唱していたのは、完成してなかったからか?」

 それまで黙っていたクリスが、疑問が解けたような顔をしてそう言った。

「少し違うな。あの魔法は、その場の思い付きで使ったから、完成どころか存在もしてなかったぞ?」
「「え!?」」

 カズキの言葉に絶句する二人。
 それもそうだろう。人類の存亡が懸かった戦いで、思い付きで魔法を使う人間がいるとは思っていなかったのだ。
 その場にいたクリスにしても、邪神に通用する魔法をあらかじめ考えていたと思っていたのである。

「お前なぁ・・・」
「しょうがないだろー。魔法が効かなかったんだから」

 最初は、カズキの魔法は効くのではないかと思われていたのだ。
 なぜなら、カズキは初代勇者と同じ世界から来た存在だったから。
 フローネにカズキを召喚させた女神が、そんな無意味な事をするはずがないと。

「結局、どうやって邪神を倒したの?エルザ様は新作を待て、とか言って教えてくれないし」
「ああ、フローネのか。でもあれは本当の事を書くとは限らないしなぁ」
「そうだな。エルザの意見がかなり入るから、別物にもなりかねない」

 カズキとクリスはそう言って頷きあった。

「まあ、別に秘密にするものでもないし、いいか」

 カズキはそう言って、説明を始めた。

「まず前提として、邪神には勇者の攻撃しか効かないってのがあるんだが・・・」
「うん。それは知ってるよ。有名な話だからね」

 何故有名なのかと言えば、その事実を盾に勇者の子孫達が好き放題したからである。

「だから、最初は攻撃していたんだが・・・」
「・・・ん?勇者に攻撃させたんじゃなくて?」
「ああ。あいつらが自力で倒せるならそれで良かったんだが、全く歯が立たなくてさ。仕方ないから、あいつらを武器にして戦ったんだが」
「どうやって?」
「強化魔法を掛けて魔法で飛ばした。どうせ死なないし」
「いい気味だね」

 嬉しそうな顔をするラクト。酷い話だが、それだけ勇者は嫌われているのである。

「だろ?まあ、死なれちゃ困るから、ねーさんが回復魔法をかけながらだけどな」
「クリスさんは何を?」
「俺はあいつらの逃亡を阻止する役だ。手足を切り落としても死なないし、武器にするのに支障はないからな」
「それは素晴らしい考えですね!」

 ラクトは三人の策を手放しで称賛した。それだけ勇者は(以下略)。

「その内、カズキが気付いたんだ。勇者の血が付いていれば、攻撃が通るかもしれないとな」
「血ですか?」
「そう、血だ。勇者だけが邪神にダメージを与えられるのは、その身に流れている初代勇者の血のおかげではないかとカズキは推測した。その考えは当たっていて、それからは俺も攻撃に参加したんだが、一回斬りつけると効果が無くなってしまう。そして気付いたら勇者は一人しか残ってなかった」
「邪神もかなりダメージを受けていたんだが、その前に勇者の回復が追い付かなくなったんだ。邪神も馬鹿じゃないから、勇者を優先的に始末し始めてな」
「それで?」
「しょうがねえから封印しようかと思ったんだが、どうせ封印するなら実験だけでもしようと思ってな」
「何でその状況で、そういう発想になるんだ・・・」

 クリスがげんなりとした顔で言った。

「早く帰りたかったからだ」
「「はあ!?」」

 二人は、カズキの言っている事が理解できなかった。が、次の言葉で納得できてしまった。

「ナンシーと離れて三日も経ってたんだぞ!?早く帰りたいのは当たり前の話だ!」

 大声を出すカズキ。ラクトは発作を心配したが、幸いカズキは持ち堪えた。

「俺が悪かったから、説明してくれ。結局、何をどうしたんだ?」
瞬間移動テレポートを試した。いきなり自分で試すと、どんな結果になるか分からないからな。自称直系の勇者と邪神を同じ場所に瞬間移動させて、一緒に封印しちまおうかと」
「【テレポート】!そんな魔法を試したんだ!?」

 ラクトは興奮していた。空間魔法の究極は【テレポート】だと言われているからだ。
 だが、古代の魔法使いたちにもに使えなかった魔法である。概念だけはあったが。

「まあ、失敗だったけどな。封印の為に距離を取ろうとして、邪神も一緒に移動させたんだが・・・」
「邪神に魔法が効いたの?」
「いや?俺が魔法を掛けたのは邪神のいるだ。邪神に掛けた訳じゃないから魔法は発動した」
「成功じゃないか!」
「失敗だって。同時に掛けた魔法は、確かに同じ位置に奴らを移動させた。に」
「・・・え?それってどうなったの?」
「なんか融合してた。試しに攻撃魔法を使ってみたら効いたから、すり潰して火葬にした。まあ結果オーライって事で」

 邪神討伐の真相は、早く帰りたいカズキの、自己中な実験の失敗だった。
 ラクトの想像と余りにもかけ離れていたが、邪神を倒したのは事実なので責める事も出来ない。

「「ナンシーありがとう。世界を救ってくれて」」

 クリスとラクトは、うつろな顔で異口同音にそう呟いた。
 カズキと関わると、行き着く結論はいつもナンシー。それを再確認した二人であった。
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