リタイア賢者の猫ファーストな余生

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第三十七話 炸裂!新魔法!

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 再び山へ踏み入った三人は、前回襲撃された場所を避け、順調に進んでいた。

「そろそろ野営の準備をしましょう」

 一番後ろを歩いていたラクトが、前の二人に声を掛けた。
 道なき道を延々登り続けて、今日で二日目。そろそろ辺りも暗くなり始めている。

「そうですね、私も賛成です」

 マイネも同じことを考えていたのだろう。すぐに同意の声が上がる。
 フローネも賛成したので、手近にある木の根元に全員の荷物を降ろす。
 その後、手分けして周囲を捜索した時に、フローネが洞窟を見つけた。

「まだ先がある様です。風も通っているようですし、明日はこの奥を探索してみませんか?」

 一人で様子を見に行っていたマイネが、戻ってきてそう提案した。

「そうですね・・・。どうせ今まで手掛かりを発見できなかったんだ。それなら先輩の言う通り、この奥を探索するのもアリだと思います。フローネさんはどう思いますか?」
「私も賛成です。この洞窟を抜けると切り立った崖になっていて、そこにグリフォンが巣を作っているに違いありません」

 自信満々に断言するフローネを見ると、その手にはノートとペン。
 今日の出来事を、物語のネタ帳兼日記帳に記しているらしかった。
 妙に具体的な事を口走ったのは、そういう理由があったようだ。

「今回の事も物語にするんですか?」

 先日、邪神との戦いの様子を描いた物語が発売された。
 ローラン・フリード=フローネというのは、半ば公然の秘密となっている。
 その彼女が出版した物語は、三人の英雄に近い人間が執筆したとあって、世界中でベストセラーになった。
 その事を知っているマイネは、自分が登場人物となる物語も発表されるのかと、興味深々な様子で尋ねる。

「そのつもりです。許可を頂けますか?」
「もちろん構いません。楽しみにしています」
「ありがとうございます」
「・・・カズキの正体がバレる日も近いんだろうなー」

 二人の会話を聞くとはなしに聞いていたラクトは、そんな事を独り言ちた。
 フローネの書く物語の登場人物は、名前を変えただけの実在の人物である。
 次に発表される物語には、大賢者が学院に入ったという描写が入る筈だ。
 そうなると注目されるのは、必然的にカズキという事になる。
 特に学院では、コエン・ザイムとの決闘のお陰で、カズキの実力が知れ渡ってしまった。
 古代魔法【レーヴァテイン】をあっさりと防ぐ魔法使いで、『聖女』エルザやフローネと親密な関係にある男。
 学院では間違いなく一発でバレるだろう。

「まあ、カズキや学院長が気付いていない訳がないか。それでも何も言わないんだから、僕が気にしても仕方ないよね」

 ラクトはそれ以上考えるのを止めた。
 今は目の前の事に集中するべきだと思ったからだ。



 翌日、一行は昨日の方針通り、洞窟の奥へと進んでいた。
 明かりはラクトが【ライト】の魔法で作り出し、三人の得物にそれぞれ灯してあった。
 分断された時の事を考えた結果である(トイレ休憩とか)。
 一時間程して、一応罠を警戒する為に先頭を歩いていたラクトが立ち止まった。
 道が左右に分かれていたのだ。
 どちらも人が三人並んで歩ける位の幅で、特筆するような事は何もない。
 当然、どちらに進めば良いのかも分からなかった。

「どっちに行きましょうか?」

 後続の二人を振り返って、ラクトは聞いてみた。
 マイネは肩を竦めるだけで答えなかった。
 ラクトに任せるという事らしい。

「フローネさんは?」
「私が決めていいんですか?」

 フローネは何故か嬉しそうだった。
 ラクトが頷くと、メイスの先端を地面に付ける。そして、手を放した。

「右です!」

 メイスは左に倒れたのに、右と言って歩き出すフローネ。

「「なんで!?」」  

 後を追った二人は、顔を見合わせてからフローネの後を追う。
 二人の疑問の声が聞こえていたのか、振り返ったフローネが答えた。

「私が好きな物語に、同じようなシーンがあるんです。棒が倒れた方の反対の道に行くという。せっかくなので、真似してみました」
「因みにですが、その後どうなるんです?」

 興味が湧いたのか、マイネがそんな事をきいた。

「暫くは順調に進むんですけど、そのうち魔物の群れに遭遇して激闘を繰り広げたり、戦いで疲れ切った状態で歩いていたら落とし穴に落ちたり、他には・・・」

 などと、不安を掻き立てるようなことばかりを言うフローネ。
 その所為なのか、ただの偶然か、順調に進んでいた三人の進行方向から妙な音が聞こえてきた。

「「「・・・・・・」」」

 その場に立ち止まり、顔を見合わせる三人。
 ラクトが合図をして、音が聞こえないところまで一旦引き返した。

「なんか、ギチギチって音が聞こえましたね」
「はい。一体何なのでしょう?」
「・・・恐らく、ジャイアント・アントではないかと。一体一体は強くありませんが、厄介なのは群れで行動する事です。どうやら、ここは彼らの巣だったようですね」

 要はでっかい蟻である。マイネは駆け出しの頃に戦った事があった。
 その時は学院の卒業生が同行していて(初めて受ける依頼には、卒業生が同行することになっている。ラクト達の場合は、エルザが同行したワイバーン退治)、物量に押されたマイネのパーティを助けてくれた。
 死の恐怖を感じたのは、あれが初めてだったとマイネは語る。

「問題は、何匹いるのか? という事ですね。場合によっては、引き返すことも考えないと」

 マイネの話を聞いて、ラクトがそんな事を言った。
 だが、それは叶わない事となる。

「・・・どうやら、それも難しいようです。後ろからも音が聞こえてきました」

 後方を警戒していたフローネは、そう言って盾を構えた。

「・・・やるしかないですね。ここで迎え撃ちましょう。前は先輩で、後ろは僕が。フローネさんはフォローをお願いします」
「「分かりました」」

 素早く指示を出したラクトは、杖を構えて精神を集中し始めた。
 黄色い光が全身から立ち上る。土属性の魔法を使うつもりのようだ。
 彼が使おうとしている魔法は、最近ジュリアンとソフィアによって開発されたばかりのものである(監修カズキ)。
 古代魔法の簡易版だというそれは、学院に所属している事で優先的に教わる事が出来た魔法だが、その難易度から、使えるようになったのは最近の事であった。
 それも、かなりな時間を集中に費やさなければならない程で、実戦では使えないと諦めていた魔法である。
 幸い、今回は距離が離れていたので、集中する時間を確保する事が出来た。
 やがて、暗闇の向こうから黒光りする装甲に包まれたモノが姿を現した。
 マイネの予想通り、ジャイアント・アントである。
 体長一メートル程の大きさの蟻たちは、地上を歩くだけではなく、壁や天井を這いまわっていた。何匹いるのかも分からないが、十や二十といった数ではないだろう。
 魔法の効果を最大限に発揮する為に、ラクトはギリギリまで引き寄せる。
 先頭の蟻たちの頑丈な顎がラクトを捉えようと殺到してくるが、ラクトは微動だにしなった。心強い仲間が初撃を必ず防ぐ事を知っていたからだ。

「【ホーリーシールド】!」

 ラクトを捉えようとしていた蟻たちは、フローネの魔法によって完全に阻まれた。
 そして、次の瞬間。

「打ち貫け!【ブリューナク】!」

 ラクトが魔法を発動した。
 洞窟の通路の幅一杯に出現した大きな槍は、進路上のジャイアント・アントを根こそぎ粉砕してから、唐突に消滅した。 
 フローネの障壁が解除されると同時に発動したその魔法は、神話級と呼ばれている古代魔法の同名の魔法を簡略化したもので、その威力は既存の現代魔法とは一線を画す。
 この魔法を使えるのは、学院生ではラクト位なものであろう。
 ワイバーンの生肉を食べた事で急激に上がった魔力と、依頼の度に倒れるまで魔法を使った事で、ラクトの魔力はマイネと遜色ないレベルに達していた。
 これも、カズキがいるからこそ出来る無茶である。

「凄い威力です。敵が全滅しちゃいました」

 フローネが目を丸くしていた。
 練習でラクトが使っているのを見たことはあったが、これ程の物とは思わなかったのだ。

「・・・ありがとうございます。でも、まだまだ実戦では使えませんね。隙が大きすぎるし、魔力の消耗も酷い。もっと上手く制御しないと」

 肩で息をしながら言って、ラクトはその場に座り込んだ。

「少し休憩します。フローネさんは、先輩のフォローを」
「はい」



 マイネが前方を警戒していると、後ろから轟音が聞こえてきた。
 好奇心を抑えられずチラッと確認してみると、巨大な槍がジャイアント・アントを粉砕しながら突き進んでいく所だった。

「【ブリューナク】。簡易版でこれだけの威力ですか。悔しいですが今の私には使えませんね。制御力ではラクトさんに敵いませんから」

 カズキに出会うまでのラクトは、魔力が少なかった。
 その欠点を克服する為に制御力を磨いてきたラクトは、効率よく魔法を使う術を知っている。
 それが【ブリューナク】の習得に役立った。
 マイネは生まれつきの魔力が高く、更に炎の加護を持っていた為、制御力を磨かなくても大抵の事はどうにかなってきた。
 途中で剣の修行も始めたため、魔法制御の訓練を疎かにしがちだったのが、ここにきて響いている。
 現在の目標は、簡易版【レーヴァテイン】を習得する事。
 炎の加護を持つマイネならば、古代魔法の【レーヴァテイン】に匹敵する威力を出せるかもしれない。とは、ジュリアンの言葉である。
 Sランクになるのが目標のマイネにとって、魔法の制御は喫緊の課題と言えた。
 何しろ、Sランクになれる冒険者は、殆どが魔法使いだからである。
 純粋な戦士には、それだけ難しい事なのだ。
 例外は、クリスやカズキの様な、一部の変態だけである(カズキはキマイラを蹴り一発で沈めた。魔法なしでもSランクは確実であろう)。

「マイネさん?」

 フローネに声を掛けられて、マイネは我に返った。いつの間にか物思いに耽ってしまっていたのだ。

「すいません。少し考え事を」

 マイネにそんな時間があったのは、前方のジャイアント・アントに動きがなかったからであった。

「もしかしてラクトさんの魔法のお陰でしょうか?」

 フローネも同様の疑問を持ったのか、前方を透かし見るような仕草をする。

「そうかもしれません。群れを一撃で撃退するような相手と戦う事の危険を、本能で察したのかも」

 そう言いながらも警戒を解かない二人であったが、いつまで経ってもジャイアント・アントは姿を見せなかった。

「先に進んでみますか?」

 漸く息が整ったラクトが、立ち上がりながら言った。

「・・・そうですね。ここまで来たんです。今から戻っても時間の無駄ですし、それならば先に進む方が良いかもしれません」
「後ろから襲われたことを考えると、どっちに進んでもジャイアント・アントがいるのでしょう?私も先に進む方がいいと思います。この先にグリフォンがいるんですから」

 フローネの中で、洞窟を抜けた先にグリフォンがいるのは確定事項だったらしい。
 そして、その考えが間違っていなかった事が証明されたのは、それから一日後の事であった。
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