瑠菜の生活日記

黒岩 姫

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瑠菜はリナを弟子にするそうです

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 「おいしかったです!一週間ありがとうございました。また会いましょうね。サクラちゃん。」
 「はい!」
 「真保子さん、一週間ありがとうございました。あとは自信を持つことが大切です。」
 「そうね。ありがとう、瑠菜ちゃん。」

 真保子がいなくなるのをしっかり見送ってから、瑠菜とサクラは反対側へと歩きだした。

 「ありがとうございました。おいしかったです。」
 「あれ、楓李が払ったんだ。だからあいつにお礼は言っとけ。」
 「あ、そうなんですね。ありがとうございます。楓李兄さん。」
 「いや、お前らのは別に……。」

 楓李はそう言いながら九千円と書かれたレシートを見る。
   やはりカフェなだけあって、食べ物を頼んでしまうと高くついてしまうらしい。

 「かえ、はい。」
 「え?いや、いいよ。」
 「半分だけよ。さっさともらっておきなさい。」

 瑠菜はそういって楓李にそう言ってお金を渡す。
 雪紀とサクラはもうすでに歩き出していて龍子もサクラの後ろをゆっくりと歩いているため、瑠菜と楓李のことは誰も見ていない。
 楓李はもらっても格好はつくかと思い、瑠菜からお金を受け取った。
 別に格好をつけるために払ったのではないが、もらっている姿をみんなに見せるのはどうしても男のプライドが許さない。

 「お前のこういうことができるところ、本当に尊敬するな。」
 「男を立てられる女ってこと?」
 「まぁな。」
 「さすがに一人で一万円はいじめでしょう?ま、あたしはあとでお兄から搾り取るつもりだから。」
 「……本当、尊敬するわ。」

 瑠菜が幼く笑うと楓李は苦笑いでそう言った。

 「龍子。」
 「ひっ……は、はい。」

 楓李は瑠菜を置いてとぼとぼと歩く龍子に声をかけた。
 あまりにも元気がなく挙動不審な姿を見て楓李は早めに声をかけようと思ったのだ。

 「別にもう大丈夫だから、気にすんな。」
 「すいません。最後に……失敗して……。」
 「明日は一日休暇をやるから、ゆっくり休めよ。」
 「そうですよね。僕なんてもう……。」
 「明後日から、またよろしくな。」

 楓李は龍子の頭をなでて少し笑った。

(本当にお気に入りなんだ。めっずらしい。)

 瑠菜はそう思いながら周りを見た。

 「うるさいなぁ。何?」

 瑠菜が音のほうを見ると、「止まれ」と叫ぶ人々とトラックの上の部分が見えた。
 雪紀と楓李も気づいたようで、雪紀はサクラを細い道へと入らせて龍子もそれに続く。
 トラックは、まっすぐ瑠菜のいる信号のない交差点へと向かっている。

 「瑠菜、早く。」
 「瑠菜さん!」
 「……やっぱり。」

 楓李に手を引っ張られて、路地へと入る前に瑠菜は髪の中に隠していたとげのついたものを道路に置きながらそうつぶやいた。

 「危ねぇーだろ?」

 雪紀はそう言いながらトラックを見た。
 すると、瑠菜が置いたとげのついたものはトラックの大きなタイヤをパンクさせ、コントロールを失ったトラックが電柱にぶつかっているところだった。
 電柱は折れていたがほかにけが人もいないように見える。

 「あれ、お前のか?」
 「うん。」

 瑠菜は少しやりすぎたなと思ったが、あまり後悔はしていなかった。

 「すごいです。瑠菜さん。」
 「とりあえず、警察来る前に帰るぞ。」

 瑠菜に尊敬のまなざしを向けるサクラを抱えて、雪紀は走り出した。
 悪いことをしたつもりはないが、雪紀も瑠菜も警察にはかかわりたくないと思っている。



 「おかえり、近くで事故があったらしいけど……バリバリ関係ありそうだね。」

 雪紀の家につくと、ケイがリナとソファーに座ってニュースを見ていた。

 「速報か?」
 「今流れてきたんだ。あんまり目立たないようにしてよ?もみ消すのも大変だから。」
 「瑠菜に言え、瑠菜に!」

 雪紀が冷蔵庫からお茶を取り出してコップに注ぎながら怒ったように言う。

 「リナやっと退院できたんだ。」
 「はい、ケイさんに迎えに来てもって今着いたところです。」
 「お疲れさま。じゃあ、今日から弟子として働いてもらおうかしら?」
 「え?き、今日からですか?」
 「嘘よ。冗談、冗談。」

 瑠菜は雪紀の言葉を無視して、リナに声をかけた。
 瑠菜の発した言葉一つ一つにコロコロと表情を変えるリナがかわいらしいと思っていると、雪紀が瑠菜に話があると言いながら自室へと入っていった。

 「……行ってくるか。」
 「俺も行く。」

 瑠菜がため息交じりに言うと、なぜか楓李もついてきた。
 瑠菜は一人で行くのも嫌なので、楓李には何も言わずに雪紀の部屋へと入った。

 「なんでお前もいる?」
 「別にいいだろ?」

 当たり前のように瑠菜の横に立つ楓李へ雪紀は文句を言った。

 「瑠菜に話がある。お前は出て行け。」
 「話なら二人っきりじゃなくてもできるだろ?それとも、体と体の会話っ!」

 ペシッという音と一緒に楓李は声を跳ね上がらえた。

 「かえがいてだめなことはないでしょう?お兄。私は今日もそういう気分にはなれないし。」

 瑠菜がにっこりと笑って楓李を叩いたてをぐーにしながら雪紀のほうを見ると、雪紀はあきらめたように息を吐いた。

 「……リナのこと、お前本気で言ってんのか?」
 「弟子は何人でも作っていいって言われてるからね。」
 「あいつが誰の子供か知ってんのか?」
 「いいえ。」

 雪紀は楓李のほうを見たが、目が合った瞬間に首を横に振ったので楓李も知らないらしい。

 「……ならいい。」

 雪紀はぶっきらぼうに言ってそっぽを向いてしまった。

 「本人も親は知らないって言ってたけど、何か問題があるの?」

 雪紀は瑠菜の問いを無視しようと思ったが、瑠菜の真剣な表情を見て答えることにした。

 「いや、ない。」
 「え?無いの?」
 「あぁ、……あってほしいが、全くないな。」

 雪紀は軽く鼻で笑ってからきっぱり言い切った。

 「じゃあ、なんで?……なんでそんなこと聞いたの?」
 「瑠菜、もう部屋帰れ。」
 「……はい。」

 気持ちが高ぶった瑠菜は、息が上がり、胃が逆さになったような苦しさを感じたため雪紀の言うとおりにした。
 これ以上ここにいても話すことはできないし、聞いても頭には入らないと判断したのだ。

 「楓李、お前には仕事の話がある。」
 「さっきあなたに出て行けと言われましたが?」
 「悪かった。ただ、これは瑠菜にも関係ある。お前も彼氏なら知っといた方がいいだろう。」
 「……わかりました。」

 瑠菜について行こうとした楓李に雪紀は声をかけた。
 気持ち悪いくらいの笑顔を浮かべた雪紀に楓李は目元をぴくぴくさせる。

(知っててやってるなら殴りたい。)

 もちろん、楓李も瑠菜も雪紀に付き合っていることは言っていない。
 雪紀の勘で言っただけだったが、楓李の表情がしっかり裏付けた。

 「リナの中にはコムと同じ遺伝子がある。」
 「?……コムに娘っていたか?」
 「いや、いない。あいつの双子の姉が、産んだ子供がリナ。簡単に言うとコムの甥っ子だな。」
 「それで、瑠菜に親を知っているのかと聞いたのか。」
 「あぁ、知っていた方がよかったというべきか、知らぬが仏だというべきか。リナも知らないなら別にいいだろうが。」

 雪紀は楓李の目の前の台に少し分厚い紙の束を置いた。

 「DNAで調べたのか。」
 「コムの家系と似た特徴をあのガキが持っていたから一応な。」
 「それで、調べてもらったと……俺はコムが双子だということも知らなかったけど。」
 「コムがどこまで自分のことをあいつに話したのかは知らねぇよ。ただ、あいつのコムへの依存度的に知らないほうがいいだろうな。次こそ自分の命を投げ出しかねないし。」
 「だな。」

 雪紀の話を聞いて、楓李はうなずきながらリナの資料を見ていた。
 どこから持ってきた情報だろうと不思議に思うくらい細かい個人情報がびっしりと書かれている。

 「これ……?」
 「あぁ、そいつが母親でコムの姉だな。俺もコムから聞いたくらいしか情報は持ってねぇけど。結構似ていたらしいし、得意なことも苦手なこともほぼ一緒だったらしいぜ。」
 「会ったこともないのか?」
 「ないな。」
 「この会社内には?」
 「いない。もっと言うと、その資料にもある用にコムとは縁を切っている。」

 楓李が資料のページをめくっていくと、確かにその記述があった。

 「結婚詐欺師……。」
 「今は全く動いてねぇけどな。」
 「なんでそんなことわかんだ?」
 「相談が来てないだろ?昔はよくコムに対して苦情とかが来ていたが。今は全く来てねぇし。」

 双子で同じ顔つきなら勘違いで苦情が来てもおかしくはない。
   コムの写真を見た被害者は特に勘違いするだろう。
 今でも結婚詐欺を続けていたら会社へ苦情が来てもおかしくはないし、そう考えると今はやめたと考えたほうがよい。
 楓李は読み終わった資料を置いて雪紀を見る。

 「なんだ?」
 「失恋か。」

 楓李は唇の端をニッコリと上に持ち上げて捨てるようにつぶやいた。

 「あぁ?」
 「今回は二週間で振られたってことか?」
 「チッ。」

 雪紀がにらんでも、楓李はひるまない。
 本気では怒っていないだろうと思っているし、何より楓李の雪紀に鍛えられてきた喧嘩の腕は悪いほうじゃないという自信から楓李はにっこりとした口のまま堂々と雪紀のほうを見る。

 「お前の失恋に瑠菜を振り回すな。」
 「別に振り回してねぇよ。」
 「そうか?こはくが死んでからここに呼び出す回数が増えたと思うが。」
 「あいつが心配なだけだ。」
 「お前が短期間で振られるのは今に始まったことじゃないだろう?心配って言えば何でも許されると思うな。」

 雪紀が瑠菜を呼び出して部屋で二人っきりになるのは、雪紀が振られた時が多かった。
 楓李はそれを見ていて、おおよそ何をしているかは想像がついていた。
 もちろん、楓李の言葉は雪紀の胸にぐっさりと深く刺さった。

 「目上の人間にそんな口をきいていいと思ってんのか?」

 雪紀は、部屋を出て行こうとする楓李にそう言った。

 「瑠菜のためならな。」
 「そういうことばかりやってたら首になるぞ。」

 楓李は雪紀のその言葉を聞いて、雪紀の方を振り返って鼻で笑った。

 「瑠菜のために、首になるなら本望だ。」

 そういって楓李は雪紀の部屋を出てそのまま瑠菜の部屋へと入った。





 瑠菜が雪紀の部屋を出て三十分くらいだろうか。
 瑠菜はひたすら吐き気と戦っていた。
 水を飲んだり息をするたびにむせ、胃の気持ち悪さはずっと続いていたのだ。

 コンコンコン。

 「瑠菜、大丈夫か?」

 楓李の声だった。
   心配してきてくれたのだろう。
 瑠菜はすぐにそう思ったが、今にも吐きそうで返事ができなかった。
 それをわかってか、楓李は瑠菜の返事を聞かずに部屋へと入ってきた。
 今の瑠菜にはありがたいが、きぃちゃんたちが聞いたら相当怒られるだろう。

   女子の部屋に了承もなく入るのは犯罪者だと言ってもいいらしい。
 楓李は一瞬それがよぎりながらも、瑠菜の様子を見て黙って看護をし始めた。
 水を持ってきたり、瑠菜の背中をさすったり、瑠菜の状態や状況に応じた行動をした。

(リナを弟子にすることへの不安か……もしくはいつもの発作だな。)

 もともと多くの弟子を作るつもりのなかった瑠菜は、弟子はサクラだけでも良いと考えていた。
 考えていた矢先にリナと出会い、弟子にしざるを得なくなってしまったのだ。
 弟子にするということは、その子の人生の一部を成り立たせる経験をさせることにもなるだろうし、その子の命すらも守らなくてはいけなくなってしまう。
 そこから来る不安は多かれ少なかれ瑠菜の中にあったであろう。

 「かえ……もう、大丈夫。」
 「……そうか。……なぁ、瑠菜。俺がリナを引き取ろうか?」
 「え?」

 瑠菜が途切れ途切れにゆっくりとしゃべると、楓李は言葉を選びながら提案した。

 「かえ……、リナが……欲しいの?」
 「いや、別に欲しいとかではないけど。……サクラだって、リナとそこまで仲良くはねぇし。瑠菜一人で二人まとめるのはきついだろ?」

 瑠菜は楓李のその言葉から心配されているということはわかった。
 確かに瑠菜自身、弟子を取るのはサクラで最後にしようとは思っていた。
 サクラがとてもよくできた子で、一人でどんな仕事もできて何も教えなくてもいいとなれば別だった。
   新しい子に教える時間が十分に取れるため、リナを弟子に入れることにも躊躇はしなかっただろう。
   しかし、今のサクラはとても手がかかる。
   いくら仕事を教えても毎日失敗して、瑠菜は一日に何度も頭を下げる。
   この状態で新しい弟子を育てるのは、サクラを見捨てたとみられてもおかしくはない。

 「できるよ。サクラが初めての弟子って言うわけでもないし。」

 瑠菜は負けず嫌いだった。
 この性格のおかげでどれだけ苦労をして、どれだけ天才児だと言われたであろう。

 それでもこれだけは言える。
   瑠菜は最初から何でもできるような子供ではなかった。
 すべては、今まで馬鹿にされて悔しいと思わせてくれた、もう会社にいない人たちのおかげだ。

 「でも、瑠菜。」
 「それに龍子君見ていたら男の子の弟子も欲しくなっちゃって。」

 瑠菜はにっこりと笑いながらそう言った。
 本当に、サクラを手伝う龍子を見ていた瑠菜は男手って大切なのだなぁとしみじみ感じていたのだ。

 「俺らに頼めばいらねぇだろ?」
 「頼めない時だってあるでしょう?サクラの手伝いに入れたいと思っていたのよ。私の手伝いじゃなくて。龍子君がサクラの横についてくれるようになってから、サクラが仕事で失敗する確率は半分まで下がったの。そしたら、私から龍子君に頼める個人の仕事って言うのが減らなくってね。二人で一つの仕事をしてもらったりもしているし、もう一人。もう一人だけなら入れてもいいと思ったの。」
 「……。」

 同期という立場に頼れる人がいるというのは、楓李の経験上からもよいと言えばよいことだ。
 それを考えると、三人は同年代であり年も近い。
   お互いに支えあえるし、わかり会えるだろう。
 楓李は、瑠菜やこはく、あきと過ごしたうえでそう断言できる。
 今まで四人で支えあって、カバーしながらここまで来たのは確かなのだ。

 「……わかった。でも、」
 「良かった。何かあったら呼ぶと思うけど。」
 「……できるだけ、そうしてくれ。」

 楓李はそういって、ベッドの上でニコニコとしている瑠菜に手を差し伸べた。
 わかってる、というように瑠菜が楓李の言いたかったことを言うので、楓李は少し驚いてしまった。
 今まで何度も頼ってくれと言われた瑠菜は、楓李が言いたいことなどすぐにわかる。
 本人は気づいていないが、瑠菜は少し抱えすぎてしまうらしい。
   何が問題かというと、本人は気づいていないため体調に支障が出てしまうことだ。
 今回のように。

 「俺が助けるから。」

 瑠菜は楓李からそういわれて目を丸くした。
 いつの日だったか、こはくが瑠菜に言った言葉。
 怪我をして、痛みなんかよりもこれから先のことが不安になってしまった瑠菜に、にっこりとひまわりのような笑顔で子供っぽく言うこはくが瑠菜の頭に浮かんだ。

(こはくも似たようなこと……いや、違う。)

 瑠菜は少しうつむいて思い出をかみしめた。

 「世界は、」
 「え?」
 「世界は自分たちだけで周っているわけではないから。一人じゃなくて、みんなで助け合うんだよ?」
 「……おまっ!」

 瑠菜はそういって、寂しそうに笑いながら息を吸い込んで顔をあげた。

 「ね、かえ。こはくもそう言っていたでしょう?」
 「いや、俺は……。」
 「何?あいつの真似じゃないとか言いたい?」
 「……あいつはすごいな。」
 「私が選んだのは、かえだよ。」
 「え?今なんて……。」

 瑠菜の言葉が聞き取れず、楓李が何と言ったのか聞こうとすると、瑠菜は楓李の差し出した手の上に自分の手をのせた。
   瑠菜はそんな楓李の言葉を無視した。
   お嬢様のような扱いを受けた瑠菜は満足げに立ち上がり、楓李の一歩後ろをゆっくりと歩いた。

 「お風呂は行ってこよぉ。」
 「あ……あぁ。」

 瑠菜は楓李の頬に軽くキスをすると、そのままルンルンで歩きだした。
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