瑠菜の生活日記

黒岩 姫

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夏の終わり②

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 「サクラ姉ちゃん。」
 「お姉ちゃん。」
 「うぅ……ん……。」
 「サクラ、起きなさい。」
 「はいっ!」

 瑠菜に声をかけられてサクラは飛び起きてしまった。
 それを見てちびっ子三人はキャッキャ、キャッキャと手を叩いて笑っている。

 「はいっじゃないわよ。この段ボール運ぶの手伝ってちょうだい。」
 「あ、はい。わかりました。」

 瑠菜にあきれたように言われてサクラは急いで段ボールの置いてある座席へと走った。
 段ボールの大きさは少し大きめでそれが三箱ほどあった。

(中に入れちゃいそう。)

 サクラはそんなことを思いながら段ボールを持ち上げた。

 「あ、それ外に運ぶ?」
 「え?あ……えっと……。」

 赤いメッシュの入った真っ黒髪の男がサクラに声をかけたが、サクラはびっくりしすぎて声が出なかった。
 男は笑いながらも困ったように首をかしげて後ろにいる瑠菜をちらりと見た。

 「瑠菜さん、これどこに運びますか?」
 「ん?あぁ、外に持っていけば楓李が指示してくれるわよ。私もどこに持っていくかはわからないから。とりあえず、楓李か雪紀の近くに持っていけばいいと思うわ。」
 「了解です。」
 「え?いや、私が持っていくので。」
 「女の子にこんな重いのは持たせられないので僕が持っていきますね。行こうか。」

 男は笑顔でそう言いながら、段ボールを重ねてそのまま外へと出て行ってしまった。
 サクラはぼーっとした顔で頬を赤く染めながら瑠菜に縋り付いた。
 ちびっ子たちはその男に誘われてついて行ってしまったので車内には瑠菜とサクラの二人しかいない。

 「る、瑠菜さん。さっきの人は?」
 「え?ああ、楓李の弟子よ。途中で乗ってきたんだけど、その時にはもう寝てたのね。龍子君の兄弟子だって。」
 「な、名前は?」
 「本人に聞けばいいでしょう?真後ろにいるんだから。」
 「え?……。」

 サクラがそっと上を見上げてみるとそこにはさっきの笑顔の男が立っていた。

 「……僕の名前?さっきも言ったんですけど……瑠菜さん、覚えてくれてないんですか?」
 「自分で自己紹介した方がいいでしょ?」
 「それもそうですね。僕の名前は青龍。青い龍です。よろしくね、サクラちゃん。」

 青龍がサクラに手を差し出すと、サクラはその手をつかみもせずにダッシュで車の外へと走って行ってしまった。

 「ありゃ……僕嫌われてますかね?あ、瑠菜さん。段ボール運び終わりましたよ。」
 「ありがとう。中は全然重くなかったでしょう?」
 「三つ一気に持っても片手で行けるくらいには重さはなかったですよ。」
 「まぁ、大きな荷物だったからありがたいけど。」

 瑠菜はそう言いながら車の外へと出る準備を始めた。

 「瑠菜さんは、僕のことどれくらい知ってるんですか?」

 青龍は外に出ようとしている瑠菜を呼び止めるようにそう言った。
 瑠菜は一瞬無表情になってからまたにっこりと笑った。

 青龍にはその一瞬の無表情すらも怖く感じてしまう。

 「……あなたは、龍子君の実兄ってことくらいかしら。あとは昔から楓李の弟子。でもあまり近くにいるイメージはないわね。そこまで楓李のこと好んでない?」
 「調べたんですか?」
 「当たり?ただの仮説だったんだけど。さっきの段ボールも雪紀兄の所に持って行ったでしょう?」
 「見てたんですか。別に嫌ってるわけではないのですが。」
 「主人を変えてないところを見ると、やめる前に龍子君が弟子として入ってきちゃった?実兄ってことも隠してるのかしら。」
 「正解です。さすが、楓李さんが大切にする方ですね。他とは頭の回転が違います。」

 青龍はあきらめたように瑠菜を見て言った。
 瑠菜に対して隠し事が通じないということを思い知らされる。

 「で?私は龍子君にあなたのことを話してもいいのかしら?」
 「……ダメです。やめてください。龍子には、いつか自分で言うつもりなので。」
 「そう、わかったわ。あぁ、そうそう。サクラが何してきてもハメ外しすぎないでね。」
 「え?」
 「消すわよ。」

 瑠菜がそう言うと、青龍は体の芯から寒気がした。

 楓李の場合は冷たく淡々とした言葉と鬼のように怖い表情で怒っているのがわかる。
   しかし、今の瑠菜は怒っているのかすらもわからない。
   そのくせ、楓李に怒られる何十倍もの恐怖を感じる。
 楓李からの愛情を錯覚してしまうくらい、瑠菜からは愛情を感じられなかった。

 瑠菜が外へと出て行くのを見て青龍は引き留めようとしたが、恐怖で言葉を出すどころか身動きすらも取れない。

 「……。」
 「怖いだろ?あいつ。」
 「っ、自分の彼女にそれ言いますか?」
 「顔こわばってんぞ。どうした?いつもの作り笑いは。」

 瑠菜と入れ替わりで車内へと入ってきた楓李に声をかけられて、青龍は緊張の糸が切れた。
 楓李は忘れ物を取りに来たらしく、自分のカバンを持ってケラケラと笑っている。

 「……さすが瑠菜さんです。びっくりしてしまいました。」
 「だろ?見た目と違ってすごいんだよ。あいつは。で、お前俺のこと嫌いだろ?」
 「え?」






 

 「う・み・だー!」
 「ここは穴場だから、人がいなくていいわね。」

 しおんとサクラ、クゥ、リィは波打ち際まで走って行って嬉しそうにしている。
 それを見て瑠菜は少し幸せそうに笑って、雪紀やケイが立てたパラソルの下にしゃがみこんだ。

 「龍子君はどうしたの?行かなくていいの?」
 「え……あ、いや……。大丈夫です。」

 瑠菜は座りもせずにただ立ったままでいる龍子に声をかけたが、そわそわとしていて上の空の返答をされてしまった。
   瑠菜はそんな龍子を少しの間観察していたが、すぐそれに飽きてレジャーシートの上に大の字で横になった。
 パラソルのおかげで空は見えないが、波の音や一部の人たちがはしゃいで楽しそうにしている声が聞こえてくる。
 それが不思議と心地よく感じてしまう。

 「楓李様!」

 瑠菜が、遊びに行かず瑠菜から離れようとしないスゥと一緒にうとうとしていると、龍子が急に叫んだ。

 起き上がってみると、青龍の肩を貸してもらいながらびっこをひいて歩いて来る楓李がいた。

 「ありゃりゃ、この椅子に座って。」
 「楓李様に何した?おい。」

 楓李の膝から血が出ているのを見て、瑠菜は椅子を用意する。
 青龍はすぐに楓李をそこへ座らせ、手当の準備をする瑠菜の邪魔にならないよう立ち回った。
 そんな青龍に龍子は殴りかかるが、あっさり青龍によけられている。

 「つまずいただけだ。車から降りるときに。」

 怒る龍子を静かにさせるため、楓李は頭を抱えながら言った。

 龍子はそれを聞いてあっけにとられたような表情をする。
 どこまで龍子にとって楓李はすごい人なのだろうと瑠菜は不思議に思ってしまう。

 「バカねぇ。何浮かれてんのよ。」
 「誰だってあれは喜ぶだろ。嫌われてると思ってた相手に好かれてたなら。」

 楓李が青龍の方を見ると、青龍は何とも言えない顔のまま後ろを向いた。

 「ふーん。良かったわね。でも、だからってこんな怪我してたんじゃ海にも入れないでしょ?」
 「もともと入るつもりねぇよ。」
 「うわっ。ざっくり。」
 「言うな。」
 「良く歩けたわね。いったそお。」
 「うるせぇ。」

 瑠菜が楓李をからかっているのを見て、青龍も龍子も驚いた。
 冷酷なイメージが強い楓李のそんな姿を見るのは初めてだったのだ。

 「俺だって……楓李様のこと。」
 「お前らー!スイカわりするぞー!」

 龍子が何か言おうとしたが、雪紀にさえぎられてしまった。
 ぶっとい棒と、スイカを波打ち際から少し離して置いて大きく手を振っている。
 楓李と瑠菜は行こうとしない龍子と青龍を見て、ため息を吐いた。

 「行こう。龍子君。」
 「青龍も行くぞ。」
 「え?足、大丈夫ですか?」
 「いいから行くぞ。」

 瑠菜が龍子の手を引っ張っていくと、楓李も青龍を呼んで雪紀たちの所へ向かった。

 「んじゃ、じゃんけんで割るやつ決めるか。」

 最初はグーとみんなで言って、雪紀やケイ、きぃちゃん、瑠菜、楓李は手を後ろに隠した。

 「え?」
 「やったぁ!」

 青龍と龍子がパッと瑠菜や楓李を見て混乱を隠せない中、サクラはじゃんけんに勝って大喜びしていた。

 「なんで手を隠すんですか?」
 「年取ると目が回った時きついんだよ。」
 「僕と二歳しか変わらないでしょう?」

 青龍は楓李の言葉にツッコミを入れながらサクラを見た。
 サクラも青龍もじゃんけんの時に出した手の形のままでいる。

 「じゃあ、サクラちゃんと青龍君。じゃんけんして。」

 きぃちゃんはスイカが早く食べたいらしく、さっきの一階で勝ち残った二人をせかしている。
 もちろん、青龍に楽しむつもりがほぼないため、サクラにどうぞとゆずる。

 「えぇ、だめですよ!じゃんけんしましょう。」
 「え?」
 「はいっ!ジャンケーン。」

 サクラのスピードについて行けず手をグーにしたままの青龍に対し、サクラは容赦なくパーを出した。
   あっけにとられる青龍の周りでは、最初のじゃんけんで手を出さなかった大人や三つ子たちが腹を抱えて笑っている。

 「ちょっ……それずる……。」

 青龍が少し悔しく思ってサクラの方を見て抗議しようとすると、サクラは少し意地悪そうな子供っぽい笑顔で首をかしげていた。
 瑠菜はそんな二人を見て面白いものでも見つけたとでもいうように笑っていた。 

 「なんか青龍、顔赤くね?」
 「あついもんねぇ。」
 「ん?」
 「ん?」
 「……っまぁ、夏だしな。」

 瑠菜は静かに息を吐くようにフフッと笑うと、しおんのもとへとゆったりとした動きで歩きだした。

 「右だ!右、右、右。」
 「左よ!バカ。サクラちゃん左に九十度!」
 「しー君、しー君。」

 キャーキャーと大の大人が騒いでいる中、瑠菜はしおんの肩に触れながらしおんを呼んだ。

 「はい。何ですか?瑠菜さん。」
 「暑いからもうパラソルの中に戻るわ。スイカは……一人分だけ持ってきてもらっていい?」
 「?あぁ、はい。わかりました。えっと……スゥちゃんのですね。」

 しおんはこの家に住む全員の好き嫌いを覚えていて、瑠菜がスイカを一人分持ってくるように言ったのを不思議に思った。
 瑠菜はスイカをそこまで好んで食べない。
 食べろと強制されれば食べるが、強制されない限り食べないのだ。

 「楓李さんも食べますか?スイカ、持っていきますよ。」
 「あぁ、よろしく。」 

 何も考えずに瑠菜の後ろをついてきたであろう楓李に、スイカを食べるか聞いてからしおんはお皿を二つ用意した。

(まだまだ割れそうにはないですけど……。)

 十回ぐるぐるバッドで周ってからふらふらの状態で右へ左へと周りの言葉に翻弄されているサクラを見て、しおんはそう思っていた。
 しおんがそんなことを考えているとき、瑠菜は楓李とスゥを連れてもといた場所に戻っていた。
 瑠菜が二人を誘ったというより、勝手に二人がついてきたのだ。

 「あ、そういえばいつもかえにぃの近くにいるのにいないね。」

 大きめのレジャーシートに三人並んで座っていると、スゥは急にそんなことを言った。
 気が弱い割に周囲の様子をしっかり見ているらしい。

 「ん?誰のこと?」
 「りゅーちにい。」
 「そういえば、龍子君来ないね。」
 「あいつは青龍がいると俺には寄ってこないからな。」
 「すねてるのかな?」
 「だとかわいいんだがな。見てたらそうでもないような。」
 「大変だねぇ。先輩。」
 「ねぇえ。」

 楓李がため息をつきながら言うと、瑠菜がからかうように言って、それをスゥがまねをした。
 そのスゥの言い方やしぐさがとても可愛くて、ほほえましいなぁと楓李と瑠菜は思った。

 「夫婦みたいですね。」
 「え?」
 「そうか?」

 しおんは自分の分を含めた三人分のスイカをレジャーシートの上に置きながら言った。

 「はい。子供連れの夫婦みたいですよ。」
 「それならうれしいんだがな。」
 「そんなことないでしょ?」
 「は?」
 「……。」

 瑠菜が軽く否定したことで楓李がじっと睨むと、瑠菜は何も言わずに楓李から目をそらした。

 「アハハ、本当に仲いいですよね。うらやましいです。」
 「しー君がそんな風に言うの珍しいわね。」
 「そうですか?僕は恋人もいないですし、いつも思ってますよ。」

 しおんはスイカにかぶりつきながら雪紀たちの方を見て言った。
 しおんの中での目標が雪紀であることがとても分かりやすい、温かい目をしている。

 「瑠菜さんは青龍君のことどう思いますか?」
 「いい子じゃない?いろいろ手伝ってくれるし。」

 雪紀やケイが放っておいているサクラやリナの世話をしている青龍を見て瑠菜は言った。

 遠くから見ているだけでも良い人ということがわかる。
 兄というより母親のようだ。

 「カッコいいよね。ああやってっサクラとリナの二人を相手にするのにも相当体力いるし。しー君はどう思う?」
 「え?」
 「瑠菜、ん……。」
 「あ、ありがと。」

 瑠菜は楓李にガムを一つ口の中に入れてもらいながらしおんの返答を待った。
 しおんは少し考えこんでいる。

 「僕は……わからないです。瑠菜さんの感想が聞きたかっただけです。」
 「どうも思わないの?」
 「雪紀さんに昔言われたとおり、僕の心は壊れています。気持ちとかプライドとかもなければ、人への興味も薄いです。」

 瑠菜はそういって下を向いたしおんを見て首をかしげていた。
 もちろん瑠菜はしおんが雪紀に言われた内容を知らない。
   というか、覚えていないのだ。

 「しおん、それは……。」
 「そっかぁ。ま、ゆっくりでもいいもんね。いつか、大切なものができたら、しおん君はしおん君の気持ちってのを感じると思うよ。」
 「そう……ですかね。」
 「今、ちーくんうれしそう。」

 瑠菜に言われて少しだけ微笑んだしおんを見てスゥが言った。
 しおんはそれに対して何も言わなかったが、今度はいつも通りの笑顔でスゥを見た。
 スゥも笑ってしおんの方を見る。

 「瑠菜さん!聞いてください!」
 「ん?何?」

 瑠菜がしおんとスゥの様子を見ているとサクラが走ってきた。
 そこまで遠くはないが、砂のおかげで走りにくいからか息を切らしている。
 サクラは瑠菜を呼び出して、しおんや楓李から少し離れた所へと連れて行く。

 「青龍君ってかっこよすぎませんか?」
 「大人っぽいわね。」
 「楓李兄さんとどっちがかっこいいですか?」
 「……せいっ……あぁー。楓李に決まってんでしょう?」

 瑠菜はレジャーシートから離れていたため楓李には聞こえるはずもないのにわざわざ言い直した。
 楓李が怒ると怖いということを体の芯まで教え込まれているらしい。

 「瑠菜さん、私……青龍君のことが好きです。」
 「そっか。じゃあ、かわいくならないとね。」
 「はいっ!」

 サクラの元気な声を聞いて瑠菜はサクラの手をつかんで楓李の所へと戻った。

 「かえ。」
 「ん?」
 「サクラの髪、かわいくできる?少し短いけど。」
 「まぁ、できなくはないけど……。」
 「じゃあよろしく。」
 「よろしくお願いします!」

 楓李は何かを言いかけたが二人の言葉にかき消されてしまったため、ため、少し不機嫌になりながらもサクラの髪を結ってあげ始めた。

 楓李の手つきはサクラが思っていたよりもすごく優しかった。
 ガラス細工でも触るような手つきで数十分ほどたって楓李は終わりと一言言った。

 「うっわぁ!すごい、すごいです!」
 「やっぱりかえはすごいわね。」
 「かわいいです。」

 サクラの髪は短くて何もできないかと思われたが、小さくてきれいなお団子が二つ作られていた。

 「みんなに見せてきます!」
 「行ってらっしゃい。」

 サクラははだしのまま走って、海で遊んでいる雪紀たちのもとへと言った。

 「なぁ、瑠菜。」
 「ん?」
 「俺が他の女の髪触ってもなんとも思わねえの?」
 「……私もかわいくして。」
 「は?」
 「髪、いつもみたいに二つにくくって!」

 瑠菜が楓李の目の前で背を向けて座ると、楓李は少し笑った。
 瑠菜は嫉妬なんかしないのかと思ったが、サクラが結んでもらっているのを見ているうちに何か思うことがあったのだろう。
 頬を赤く染めた瑠菜を見て楓李はこのままここから連れ去りたいと思った。
 そして、楓李は瑠菜の手をつかんでしおんの方をちらりと見た。

 「ん?なんですか?」
 「散歩行くから、スゥ見ててくれるか?」
 「……はい、わかりました。スゥちゃんが起きる前に、早めに戻ってきてください。」

 しおんは隣で寝ているスゥを見た後に、早めにという言葉を強調して言った。
 楓李はそれに対して何も言わず、みんながいる海の方とは別の方向に歩いた。
 いつもよりゆっくりとしたペースで、瑠菜に合わせているようにも見える。

 「優しいよなぁ。あぁでないとだめなのか……。」

 しおんはそういってみんなが遊んでいる方向を見た。
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