瑠菜の生活日記

黒岩 姫

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叶わぬ恋で女子大集合

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 「瑠菜ちゃん、瑠菜ちゃん。起きて。お出かけしましょう。」

 とてもきれいな声で、瑠菜は目を覚ました。
 きぃちゃんやサクラではない女の人の声。
 優しさがにじみ出ているような。

 「……えっ……?あ…………ウメさん?」
 「おはよう、瑠菜ちゃん。」
 「あ、……おはようございます……。」
 「フ……。」
 「……。」

 瑠菜は勢いよく体を起こし、ベッドの横にしゃがみこんで瑠菜の顔を見ているウメを見た。
 まだ眠いのか頭が回っていないようにも思うが、いつもよりはいいほうだ。
 いつもは楓李と雪紀が手を焼くほど寝起きが悪すぎて、不機嫌だったり二度寝は当たり前なのだが、今日に関しては上半身をさっと起こして喋れている。

 「ほら、早く顔を洗って準備しましょう。」
 「あ……はい。はい、あの……その前にちょっと……、かえ来て。」

 部屋の入り口で声を殺して笑っている雪紀と楓李に瑠菜はニッコリと声をかける。
 呼ばれた楓李は部屋の中へ、何かを察した雪紀は巻き込まれまいとウメを連れてさっさと部屋から離れていく。
 
 「機嫌よさそうで何より。」
 「なんでおか……ウメさんが起こしに来るのよ。」
 「さっきまで機嫌よかったくせに。」
 「うん、なんかスッキリ目が覚めた……じゃなくて!」
 
 怒りながらも瑠菜はすっきりと目が覚めたことを認めていた。
 しかし、まだ気が動転しているようであたふたとしている。
 楓李はそんな瑠菜を見て、軽くキスをした。

 「っ……何?」
 「顔洗ったら戻って来い。髪結んでやるから。」
 「……ん、うん。」

 瑠菜は手渡されたタオルを持って洗面所へと向かった。
 お風呂と洗面所が各部屋に備え付けられていてよかったと心から思う。
 少なくともこの火照った頬のまま部屋から出るのは気が引ける。

(よかった。いつも通りで。)

 楓李のニカっと笑った顔を見て瑠菜は安心した。
 昨日の今日。
 別れ話をした後全く話せずに今日が来てしまった。
 瑠菜はこのまま楓李と話せなくなることが何よりも心配だったのだ。

 その後、瑠菜は顔を洗って楓李に髪を整えてもらったり着替えをした。
 そして、雪紀と楓李、ウメとともに一日中出かけ、夕方になるとウメを病院まで送り届けた。

 「あー、楽しかったわ。じゃあ、楓李君をよろしくね。瑠菜ちゃん。」
 「はい。誠心誠意、楓李さんを支えます。」
 「俺がお前の世話をしている気もするが……。」
 「それは気のせい!」

 別れ際に胸を張ってそういう瑠菜と頭を抱えている楓李を見て雪紀はケラケラと笑った。
 ウメはそんな三人を見て少し安心していた。
 
 「楓李君にも大切な人ができたのね。しっかり守りなさいよ。」
 「えっ……。」

 ウメは右手で楓李の頬を触り、もう反対側の頬にキスをした。
 この行動には雪紀もびっくりしていたが、時が止まったように何も言わなかった。

 「またね。」

 少しだけ顔を赤くしている楓李にウメは手を振る。
 そしてウメを見送った後、瑠菜はいつにもなく不機嫌そうな表情でぼそりとつぶやく。

 「変態最低熟女好き。」
 「母親……らしいが?」
 「ふんっ。」
 「やきもち?」
 「私のほうがかえのこと好きだもん。」
 「人の後ろでイチャイチャすんな。」

 瑠菜の天然ボケボケなツンデレは楓李を少し満足させた。
 雪紀の運転する車の中で、瑠菜だけがずっと不機嫌だったのは言うまでもなく。














 「やったぁ、受かった。」
 
 11月の初め、瑠菜は両手をあげて強弱のない口調で言う。
 どうも気持ちがこもっていないように感じるのは、瑠菜にとってこれがただの通過点であり、受かっていて当たり前という場所だからなのだろう。

 「おぉ、大学受かったのか。よかったな。」
 「え?おめでとうございます。瑠菜さん。」
 「がんばってたもんね。おめでとう、瑠菜。」
 「うん、ありがとう。まぁ、これからが大変なんだけど。」

 雪紀やしおん、近くに座っていたあきは瑠菜に声をかけ始めた。
 スマホを使って一人で見るタイプの合格発表だったが、やはり祝福されるとうれしくなるものだ。
 瑠菜が満足げに仕事へ戻ろうとすると、楓李が瑠菜に近寄ってきた。

 「瑠菜、おめでとう。頑張ったな。」
 「うん、ありがとう。あっ……電話だ。」

 瑠菜はもっと撫でていてもらいたかったが、電話が鳴ったため部屋を出て行った。
 また電話が終わってから撫でてもらうように頼めばいいと思ったためだ。
 しかし、部屋に戻っても楓李はいなかった。
 いつもなら仕事が入ったのだろうと気にしなかっただろう。
 いつもなら。
 この時の瑠菜は違った。
 いやな予感がして仕方なかったのだ。

 「あれ?かえは?」
 「……瑠菜、電話なんだって?」
 「あぁ、社長が資料を届けてほしいって。机の上に置いておくだけでいいからって。ねぇ、お兄。社長、また新しくなるの?」
 「そうか。……あき、一緒に行って来い。」
 「了解。」
 「なんで?ねぇ、かえは?」
 「さぁな。」

 瑠菜は少ししつこいくらいに楓李について雪紀に聞いた。
 しかし、雪紀は瑠菜の質問には一切答えずに仕事をする。

(……いやな予感……。)

 「っ!」
 「っ瑠菜!」

 雪紀に呼び止められたことも気にせずに、瑠菜は楓李の部屋へと走り出した。
 いつもなら階段はゆっくりとの上らないと踏み外すと言っているのにもかかわらず、音を立ててバタバタと上る。
 
 「減ってる……。」
 「瑠菜さん……、大丈夫ですか?」
 「……なんで?」
 「わっ!」
 「なんでこんな時すらも……私を……。」
 「瑠菜さん……ちょっ!雪紀さん、来てください!早く!」

 物が一つもないわけではないが、きれいに片付けられていて瑠菜がよく使うもの以外なくなった部屋。
 瑠菜は心配して追いかけてきてくれたしおんに、倒れこむ。
 しおんの声が遠くなる。
 体が熱くなっていくのもわかる。

(騒ぎすぎた……。)

 瑠菜はそう思いながら眠りにつくように意識を失っていった。















 「あ……。」
 「起きたか?」
 「うん……ん。」
 「俺はもう行かねぇといけねぇから、はい。」

 瑠菜が目を覚ますと雪紀が座っていた。
 瑠菜はぼんやりとしか見えていないが、体温計を渡されたようなので体温を測る。
 ピピピッと音がしてそれを雪紀に渡すと、雪紀は頭を抱えた。
 
 「……9.6か。とりあえず寝てろよ?」
 「……どこ、行くの?」
 
 瑠菜がどこかへ行こうとする雪紀の服をつかんで引き留める。
 雪紀はその手をそっとつかみ、布団の中へと押し込んでから頭を抱えた。

 「上代社長の体調が悪くてな。俺が行かねぇといけねぇんだ。」
 「……薬ちょうだい。体きついし頭回んない。」
 「俺はお前を治せねぇよ。今まで楓李がお前の世話してたんだから……まぁ、冷えピタくらいなら置いてってやるけど。」
 「……もう寝る。」

 きつい、きつすぎて頭が回らない。
 瑠菜は何度も寝返りを打ちながら眠りについた。
 いや、そこまで深い眠りにはもちろんつけていないのだ。
 その証拠に誰かが瑠菜の手をつかんだことが分かった。

 「……かえ?」

 瑠菜は相手が誰かもわからないままそう聞いた。
 相手は何も言わない。
 家にいる誰かが、楓李じゃないことを瑠菜に悟られないようにそうしているのかもしれない。
 もしかしたら本当に楓李が来たのかもしれない。
 わからないが、瑠菜はきゅっと誰かの手をつかんだ。
 どんな強い薬を使うよりも、瑠菜は楓李がいてくれるだけで安心して体が楽になる気がした。
 瑠菜は、その手を握ってようやく深い眠りにつくことができた。















 「瑠菜さん、大丈夫ですか?」
 「お見舞い来たよぉ!」
 「失礼します。」

 瑠菜が倒れてから数日。
 未だに体がだるくて一時間も座っていられない瑠菜のもとへサクラとリナ、みおりが来た。
 みなこも一緒に来ている。
 雪紀からお見舞いの了承を得たのだろう。

 「ありがとう。仕事は大丈夫?」
 「もちろん、私がいるのだから当たり前です。」
 「サクラが一番失敗してるじゃん。」
 「リナ君、うるさいですよ。」

 リナとサクラのけんかが始まると、瑠菜はいつも通りだなぁとみなこを膝にのせて笑っている。
 そんな様子を静かに見ていたみおりは二人よりも前に来て瑠菜を見た。

 「どうかした?みお。」
 「龍子さんが手伝いに来られなくなったので最近は少し大変です。あの二人だけの力では限界があります。」
 「なぜ、龍子君は来られなくなったの?」
 「楓李兄さんが、龍子さんに引き継ぎをしたらしいです。」
 「そう、それは困ったわね。」
 「……瑠菜さんは、いなくなりませんよね?」

 みおりは真剣に言う。
 騒いでいたサクラやリナも静かになって瑠菜の返事を待った。
 瑠菜はみなこを見てニコッと笑った。

 「……サクラ、今度仕事を教えるわね。」
 「え?あ、はい。」
 「ちょっ……瑠菜さん?それって……。」
 「上には私が伝えるわね。」

 瑠菜はそう言って目をつむった。

 瑠菜がこれ以上ここにいる必要はない。
 コムが死んだこともわかっているのだから。
 もともと高校に入ったらやめるつもりでいた。
 今やめても文句は言われないであろう。
 だからこそ、瑠菜はサクラへ仕事を引き継ぐことにした。

 「瑠菜、やめちゃうの?」
 「手伝いはする。猫の手が欲しいほど人手が足りていないのは確かだし。ただ、君ら三人にすべてを任せるだけ。」
 「え?そういうことなんですか?……じゃあ、嫌です!」
 「君らのことは信じてるから、頑張ってね。」

 瑠菜はそう言って本を閉じるように手をパンッとたたいた。

 「え?」
 「よし、この話はおしまい。今日は来てくれてありがとう。もう体がきついから寝るね。」
 「あっ……はい。おやすみなさい。」
 「うーにゃ?うーう、あ。」

 瑠菜はみなこをみおりに預けるとそのまま毛布の中へともぐりこんだ。

 みおりは納得しきっていない顔をしていて、リナは笑っているが無理やり感を隠せていない。
 そして任された当の本人であるサクラは、うれしいような悲しいような表情をしている。
 まぁ、誰が何と言おうと、この日瑠菜はこの仕事をやめたのだ。
















 ここまでとんとん拍子に進んでいて読んでいる人の中には退屈している人も多いだろう。
 楓李がいなくなり、瑠菜が熱を出し、雪紀は社長の看病をしているため自力で熱を下げた瑠菜は楓李が龍子に仕事を引き継いだことを知って自分もサクラに仕事を引き継いだ。
 ここまでで11月の半分もたっていない。
 
 瑠菜としても急なことばかりで何も考えないままに仕事をやめた。
 仕事をやめてから、瑠菜はぼーっとした日々を送っていた。
 小学五年生のころからずっとあの場所で仕事をしていて、相当久方ぶりの暇な休みだった。
 電話が来ることもないし、メールが鬼のように届くわけでもない。

(こういう日っていつも何してたっけ?……いつもは楓李と……部屋で借りてきた映画見たり、本読んで……。)

 「……本、読もうかな……。」

 瑠菜は重たい体を起こすと本棚の中を物色した。

 「この本ってどんなだっけ?」

 瑠菜は一冊の本を手にとって中をペラペラとめくる。
 内容を覚えていない理由は楓李が途中で邪魔をするからだ。
 楓李の膝の上で本を読んでいた瑠菜はいつも途中で気が散ったり楓李にちょっかいをかけられて集中できない。
 映画もそうだ。
 最後まで見たためしがない。
 内容も覚えてないことが多く、何度も同じ映画を二人で見た。

 「……連絡……してみようかな。」

 瑠菜はそう言ってスマホを手に取った。
 楓李から来た最後のメッセージは「別れよう」という言葉だった。
 その後、瑠菜がどんなに「嫌だ」と言っても既読すらつかない。
 そのメッセージは瑠菜が熱を出したその日に届いたもので、瑠菜がメッセージを返せたのはその二日後。

(返信、遅かったもんね……。うん、仕方ない。)

 瑠菜はできる限りのことをしたつもりだ。
 しかし、もともと「別れたい」と言い出したのは瑠菜のほうだ。
 振られても仕方ないだろう。

 「……ねぇちゃん、ちょっといい?」

 瑠菜は恋に関することは疎いほうだと自分でも思っていた。
 それならどうすればいいか。
 恋について詳しい人に聞けばよいのだ。














 「瑠菜ちゃんから誘われるとは思ってもみなかったわ。」
 「お久しぶりです!瑠菜さん。」
 「お久しぶりです。」
 「なんでみんないるわけ?三人だけだと思ってたのに。」

 ここはきぃちゃんのカフェ。
 きぃちゃん、サクラ、みおり、アリスがそれぞれ瑠菜に声をかける。

 「久々の女子会くらいしてもいいでしょう?」
 「そうよ。久しぶりなんだから。あっ、甘いものでも持ってきましょ。」

 この四人の中でもきぃちゃんは一番楽しそうにしている。
 ジュースやお菓子を並べて幸せそうだ。

 「サクラ、仕事の調子はどう?」
 「あ、えーっと……。」
 「瑠菜さんがいなくなってお客さんが半分以下になったので何とかなってます。」
 「そう……。」
 「で、でも……応援してるよーとか言って毎日来てくださる方とかもいて。」
 「新しいお客さんは来ていないのでマイナスです。」

 取り繕おうとするサクラの横でみおりは事実を述べる。
 瑠菜にだけはちゃんとした姿を見せたかったサクラは下を向いてしまう。
 お客が離れるなんて今に始まったことではないのにもかかわらず、サクラとしては瑠菜のようにこなせていないという認識をしているのだろう。

 「まぁ、私の時も半分くらいにお客さん減ったし。コムさんがすごかったっていうのもあるんだろうけど。」
 「え?そうなんですか?」
 「うん。半分減っただけならいいんじゃない?悪口とか、石投げられたりしないなら。」
 「ま、まぁ……それはないですね。」

 サクラは戸惑ったように言った。
 事実、サクラには今のところ被害がない。
 雪紀の監視の下、龍子や青龍もサクラを守ろうと必死だ。
 
 「サクラちゃーん、ちょっと手伝って。」
 「はーい。あ、いってきます。」
 「いってらっしゃーい。」
 「……瑠菜さん。」
 「ん?」

 サクラが行ったことを確認しながら、みおりは瑠菜の横にぴったりとついて小声で声をかけた。
 
 「実は、サクラがいろいろ言われているのを何度か聞いていて……。」
 「それくらい今に始まったことじゃないわよ。」
 「そうよ。私もだったし。」
 「はい、それを聞いていたので青龍と龍子君、私で守ってはいます。でも、それではちょっと限界で。」
 「みおりが守ってるの?」
 「え?あ、は……はい。」
 「……成長したのね。強くなっちゃって。」
 「話をずらさないでください。」

 瑠菜がしみじみ言うと、みおりは恥ずかしそうに言った。

 もともと、周りの人間とともにサクラをいじめていたみおりがサクラを守っていることは瑠菜にとってうれしいことでしかなかった。
 アリスも驚いたようにみおりを見ているところを見ると、サクラをいじめていたといううわさを多少ながらに耳にしていたのだろう。

 「帰ってきてください。サクラだけでは限界です。」
 「どうしようかねぇ。」
 「瑠菜さん!」
 「なになに?面白い話?」

 ウキウキとしたきぃちゃんに聞かれて、みおりは口ごもった。
 サクラの前でこの話をしていると、サクラをけなしている気がしてしまうためできるだけサクラがいないところでこの話をしたいらしい。

 「おいしそう。」
 「そうなのよ、これ。いいでしょ?お高かったんだから。で、瑠菜ちゃんは何を話したかったの?」
 「あ、そうそう。これ見て。」

 瑠菜はそう言いながら丸いテーブルの上に楓李とのトーク画面を出した。
 サクラとアリスが瑠菜の横にちゃっかり座っているのはもう当たり前だ。

 「え?別れたんですか?」
 「最初に別れ話をしだしたのは私だけどね。」
 「あら……よくあの楓李が……。」
 「熱出してて返信できなかったらこうなってたのよ。」
 「今でも既読無視してるなんて、いい根性してるわね。あのバカ何やってんの?」
 「……仕方なくやっていると思いますが……。」

 瑠菜の説明を聞きもせずに四人はそれぞれ言う。
 ほぼほぼ楓李への悪口だ。
 特にアリスは口が悪いため不服なのがすごくわかる。

 「私もあいつには会ってないし……。」
 「スタンプとかたくさん送ったらどうですか?」
 「そうね……たくさん送っちゃいましょう。」

 珍しく息ぴったりのサクラとアリスに言われて瑠菜は試しだす。
 しかし、どれだけ送っても意味はない。
 あまりにも反応がないため、ブロックでもされているのではないかと思ってしまう。
 きぃちゃん以外がそう言いかけた。

 「やっぱり……。」
 「あいつがここまで瑠菜ちゃんを無視できるとは思えないわね。」
 「そうですか?」
 「なんでそんなこと言えるんですか?」

 サクラとアリスはほぼ同時に言う。
 きぃちゃんはそんな二人を見てにっこりと笑ってからお茶を飲んでそれに応える。
 
 「楓李君の瑠菜ちゃんへの愛はそんなんじゃないからよ。そんじゃそこらの男よりもあいつの好意は怖いからね。」
 「え?」
 「瑠菜ちゃんには前にも言ったかもしれないけど、楓李君は瑠菜ちゃんのためなら何でもするわよ。」
 「う、うん。言われたけど。」
 「でも、これはさすがに最低じゃないですか?」
 「アリスちゃん。楓李君はね、瑠菜ちゃんのためなら自分の気持ちも抑え込むわよ。それだけ、瑠菜ちゃんのことが好きなんだろうけど。」
 「……本当?」

 きぃちゃんが言う言葉に、瑠菜は首をかしげて心配そうにつぶやいた。
 きぃちゃん以外の全員がもう無理だと思う。
 それくらい徹底した無視だ。

 「あいつの気持ちはあいつ以上に知っているつもりだけど。」

 胸を張っていて大丈夫だというきぃちゃんに瑠菜は少し勇気をもらった。
 逆に、きぃちゃんのほうは楓李一人がしている行動ではないのではないかと仮説を立てる。

(あの子一人じゃここまではできないと思うのよねぇ。なんか怪しい。)

 楓李が急にやめたこともきぃちゃんの中では不思議でならなかった。
 辞めるのが瑠菜のほうならわからなくない。
 しかし、それよりも先に楓李が辞めるのはおかしなことだ。
 なぜなら、瑠菜は給料をもらっていないが楓李のほうはちゃっかりもらっているからだ。
 瑠菜は給料をもらうよりも手伝っているからと言いながら雪紀のお金を使うほうが得だと言って給料をもらわなかった。
 しかし、楓李のほうは自分のお金が欲しいからと言ってしっかり給料をもらっているのだ。
 楓李はこれから先もここにいて給料をもらい続けたほうが絶対に楽ができる。
 それを、楓李自身が気付いていないとはきぃちゃんは思えないのだ。

 「……うん。きぃちゃんの言うとおりだね。もう少し待ってみる。」
 「……そうね。ほら、みんなでおいしいもの食べましょう!」
 
 サクラとアリスはあまり納得していないような様子で、頷いていた。
 それも当たり前だ。
 サクラとアリスは瑠菜が一番大好きで、瑠菜を泣かせるような奴は許さない。
 相手がどんな人であろうとこの気持ちは変わらないのだ。

 「ねぇ、サクラ。龍子君とはどんな感じなの?」
 「え?……あっ……いや……。」
 「えっ……その反応まさか。」
 「な、仲はいいです!」
 「待って、なんかあったでしょう?まさか襲われたとか……。」
 「いやぁー……その、……はい。」

 次の瞬間、アリスの叫び声がカフェ中に響いた。
 急に立ち上がったかと思えば、すぐにしゃがみ込む。
 周りにお客はいないとはいえ、その声にびっくりしたきぃちゃんとみおりが心配した様子で駆け寄る。

 「どうしたの?」
 「大丈夫ですか?」
 「こ……こされた……。」
 「はい?」
 「まさか脱○女をサクラに越されるとは思ってもみなかったの!」

 瑠菜が分かっていたというようにこらえていた笑いを開放してお腹を抱えてひぃひぃ言っている横で、アリスは涙目でサクラをにらんだ。
 しかし、今最も幸せなサクラはにらまれても何も感じない。
 
 「おめでとう、サクラ。」
 「そんなに仲良かったのねぇ。まぁ……。」
 「……まだだったんですか……。」
 「えっ?……まさか……。」

 みおりの一言に気づいたアリスはもう一度ワナワナ震えだす。
 それを見て瑠菜はまた笑いだす。

 「えっ……あぁ、いや……その……。どうでしたか?サクラ。」
 「待って、待って。この中で経験してないのって……。」
 「アリス、大丈夫。いつかはするし、経験したいならそういうお店あるから。」
 「瑠菜さんはなんだかんだでひどいこと言ってるの気づいてます?」
 「アリスちゃんはまだ……と。」
 「きぃ姉さん、何をメモしてるんですか!」

 アリスは顔を真っ赤にして喚く。
 瑠菜ときぃちゃんからしたらうぶでかわいくて仕方がない。
 一方、年上であるアリスに越されたと言われるサクラとみおりはできる限り気配を消してかかわらないようにした。

 「あはははは!っ……サクラもみおりも、避妊だけはしっかりしなさいよ。」
 「わ、分かってます!っていうか、龍子君が……その……。」
 「引っ張っていってくれるならいいじゃない。」
 「生まれて初めてしっかりエロ本を読もうと思いました。」
 「えっ……読んだことないの?」
 「アリスはSM系が好きなんだもんね。」
 「え……すえむ……?」

 素っ頓狂な声を出すアリスに瑠菜が言うとサクラは息をのむようにして復唱する。
 そして、すぐにスマホを取り出して何かを調べると「わっ……」と小さな声を出した。

 「し、調べないでよ。バカ!」
 「おお、これはこれは……。」
 「……。」

 横からサクラのスマホに出てきた画像を見たきぃちゃんはじっと見て頷いている。
 瑠菜もチラッと見ているところを見ると興味はあるようだ。
 
 「……ちょっ……。私……無理です。」
 「いつかこんなことをされたいとか……。」
 「わー、やめてください。もうエッチなことできなくなります!」
 「……懐かしい。」
 「瑠菜さん、それはやった人の言葉です……って、やっていてもおかしくはないですね。」

 きぃちゃんはサクラをからかい、瑠菜の一言にみおりはツッコミを入れる。
 その間、自分の性癖暴露したアリスは恥ずかしそうに固まっていた。

 「瑠菜さん……もしかしてこういうの好きだったり……。」
 「さぁ、どうでしょう。」
 「瑠菜ちゃんはこう見えてMっけあるから。」
 「きぃ姉、冷静に私の性癖まで暴露しなくていいからね。あと、首絞めは無理だから。」
 「それ以外はいけると?」
 「きぃ姉?」

 瑠菜が今にもかみつきそうな笑い方をしていると、きぃちゃんは唇の右から左へと指を動かして口チャックをした。
 サクラとみおりは思ったよりも面白いらしく、顔を真っ赤にしながら電子書籍の漫画を見ている。

 「アリス、今度私のところに漫画持ってきてね。」
 「えっ……いや……。」
 「アリスのコレクション、読みたいなぁ。」
 「はいっ、分かりました。来週持ってきます!」

 アリスは最初はいやそうだったが、大好きな瑠菜に頼まれたことですぐに承諾した。
 その間約一分。
 寝返りの早さだけ言えば心配になるくらいだ。
 
 その後も女子会は続いた。
 そして、終わって解散をするときのことだった。

 「みお、楽しかった?」
 「青龍。迎え来てくれたんだ。」
 「サクラ、行き先くらい教えろ。」
 「あれ?龍子君、迎えに来てくださったんですか?ごめんなさい。」
 「龍子がどこ行くんだって聞くから連れてきちゃった。」
 「ありがとう。」
 「ありがとうございます。」

 瑠菜はみんなと話して気がまぎれたことでもすっきりとした気持ちになった。
 そして、何より後輩たちのそんな会話が楓李と自分の会話に似ていて懐かしく思った。
 最近は楓李のことで、もやもやした日が続いていたのだ。
 ひいきされずに聞いてもらえることが嬉しかったし、この気持ちを当たり前だと言われてほっとした。

(久しぶりに楽しい休みだったなぁ。)
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