森へ

aiuchi

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引っ越し

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 夕暮れ、空に黒い無数の斑点が見えた。何十匹・何百匹というトンボが群れをなして飛んでいる。夏が過ぎたばかりの今の季節にトンボが飛んでいることは珍しくなく、悟は少し眺めただけで興味を失った。しかし加奈子の、
「トンボが消えちゃった」
 という言葉を聞いて空を見上げると、先ほどまで鬱陶しいぐらいに密集していた虫の集団は影も形もなかった。その時になってようやく、トンボが森へと飛んでいった事に悟は気づいた。

 またある時、道ばたにわらの混じった茶色い土らしきものが落ちている事もあった。それを発見した悟が近づいてみると、鼻を突くような臭いがする。何だろうと思っていると、近くで牛が歩いていた。牛は歩きながら糞を落としている。悟は顔をしかめて鼻をつまむ。茶色い土の正体はそれだったのだ。
 牛がのんびり歩いている光景はまさに牧歌的ではあったが、その行き先にはまたしてもあの森があった。
 どこか悪いのか、牛の歩みは遅かった。牛が元々そんなに早く歩かないとしても、それ以上に。

 馬、蛇、カラス、鷹といった生き物も森へと入っていく。馬や牛などはどこの牧場からやってきたのか、悟には見当もつかなかった。いずれも年老いていたり、何らかの病気によるものか、覇気がないものばかりだった。
 そうやって生き物が入っていく所は目にしても、出てくる所は一度も見られず、そんな話も悟の耳には入ってこない。
(どうしてこんな事になったんだろう)
 悟は何度も考えたが原因は何も分からない。悟にはただ黙ってそれを遠巻きに眺める事しかできなかった。

 いつものように家族四人で食卓を囲んだ後、母親がうつらうつらしていた妹を寝かせに行く。
 悟が居間でテレビを見ていると、父親が話があると言ってきた。真剣そうな顔つきの父親を見て、仕方なく悟はテレビの音量を小さくして父親に向き直った。
「父さんな、街の方に転勤になるかもしれん。それでな、いつまでか分からんし、いっそのこと家族全員引っ越そうかと思ってるんだ」
「え?」
 悟にとっては寝耳に水だった。
 父親は諭すような口調でこう付け足した。
「ほら、加奈子の病気の事もあるだろう?」
 今まで妹の病気が悪化したりするたびに、田舎では病院に通うのも大変だという話を少年は聞いていたし、そうした妹や両親の疲れた姿も見てきたが、それのために自分の生まれ住んだ場所から引っ越すというのは考えたこともなかった。
 街は遠かった。
「い――」
 悟は反射的に嫌だと言ってしまいそうになった。
 しかしはっきり言葉に出ていなくても、態度や表情から、父親は少年が住み慣れた街を離れるのを拒絶しているという事を感じ取った。その為一度の説得では無理だろうと、
「すぐに引っ越すかどうか決まるわけではないから、考えておいてくれるだけでいい」
 と述べるにとどまった。
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