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プロローグ
深夜の依頼
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カイロス・シティ——それは光と影の都市
夜の空には、幾千ものネオンライトが輝いていた。青白い光を放つ摩天楼のガラス壁には巨大なホログラム広告が映し出され、巨大企業《シンギュラ・コーポ》のロゴが誇示される。
「進化せよ——シンギュラと共に」
そんな標語が、街を行き交う人々の脳内に直接流れ込む。バイオリンクを通じて、誰もが企業の情報網と繋がり、無意識のうちにプロパガンダを受信する。
この都市において、自由は幻想だった。
エリート層はタワーの最上階で高級なバイオスーツを纏い、神経強化剤で思考速度をブーストしながら企業利益を追求する。一方、スラムでは改造義体を施されたギャングが廃墟の路地裏を支配し、臓器密売とデジタルドラッグが蔓延していた。
法律は存在するが、それを適用するのは金次第。街を動かすのは政府ではない。《シンギュラ・コーポ》——それがすべてを牛耳っていた。
だが、そんな支配に抗う者たちもいた。
サイバーテクノロジーを駆使し、企業の情報網を破り、データを盗み出す者。戦場から逃げ延びた企業兵士。神経強化された暗殺者。
——そして、ネットの闇を駆ける凄腕のハッカー。
そのひとりが、《ナオミ・レイヴン》だった。
煙と酒精の香る夜
「……新しい依頼だ」
低く抑えられた声が、バーの静寂を切り裂いた。
《オーバークロック》。
工業地帯の片隅にある、地下社会の者たちが集う店。
天井からはむき出しの配線がぶら下がり、カウンターの端には古びたカーボン製の義手がディスプレイ代わりに置かれている。壁には弾痕の跡があり、昨夜ここで何かがあったことを物語っていた。
ほのかに油と酒精の混ざった匂いが漂う。
カウンターに肘をつき、バーテンダーのカズがデータチップをナオミの前に転がした。
「これを見ろ」
ナオミは無言で拾い上げる。指先から伸びた神経端子をデータチップに接続すると、脳内スクリーンに情報が流れ込んだ。
《依頼内容》
• ターゲット:《シンギュラ・コーポ》研究施設
• プロジェクト名:「ルシファー」
• 報酬:8万クレジット
• 目的:極秘研究データの奪取
• リスクレベル:Sクラス(超高危険度)
ナオミの口元がかすかに歪んだ。
「企業の極秘プロジェクト?また厄介な仕事を持ってきたわね」
「そうでもねぇさ」カズが煙草をくわえ、ライターを弾く。「本社ビルじゃなく、湾岸地区の研究施設だ。セキュリティは多少緩い」
「それでも《シンギュラ》よ?」ナオミは指を鳴らし、ホログラムインターフェースを展開する。「“プロジェクト・ルシファー”……名前が不吉ね。企業がこういう名前をつけるときは、大抵ロクなもんじゃない」
「……興味を引かれるだろ?」
カズが笑いながら、磨き上げたグラスに琥珀色の酒を注ぐ。
ナオミは無言でグラスを持ち上げ、一口飲んだ。アルコールが喉を焼き、神経端末の冷たさが一瞬だけ和らぐ。
「どこからの依頼?」
「匿名だが、俺の勘じゃ企業の内部告発者だな」
「——企業内部の人間が、自分の組織を売るってわけ?」
ナオミはグラスを置き、片手で髪をかき上げる。青白く光る義眼が、カズを射抜いた。
「相当ヤバい研究をしてるってことね」
「おそらくな」
ナオミは短く息を吐き、椅子の背にもたれかかった。
ナオミ・レイヴン——企業の影を駆ける者
ナオミはただのハッカーではない。
彼女の脳には、特別な神経接続チップ《ブラック・オラクル》が埋め込まれていた。企業が禁止した違法な神経増強チップであり、彼女の思考速度とハッキング能力を常人の何倍にも引き上げる。
かつて《シンギュラ・コーポ》の実験体だった彼女は、彼らの手を逃れ、今は都市の闇に潜んでいた。
企業のデータを盗み、それを売り捌く。あるいは、都市の裏社会に情報を流し、企業に牙を剥く。
「——いいわ、乗った」
彼女がそう呟いた瞬間、ネオンがわずかに明滅した。まるで、都市そのものが新たな戦いの始まりを察知したかのように。
今夜、カイロス・シティの夜は、再び熱を帯びる。
夜の空には、幾千ものネオンライトが輝いていた。青白い光を放つ摩天楼のガラス壁には巨大なホログラム広告が映し出され、巨大企業《シンギュラ・コーポ》のロゴが誇示される。
「進化せよ——シンギュラと共に」
そんな標語が、街を行き交う人々の脳内に直接流れ込む。バイオリンクを通じて、誰もが企業の情報網と繋がり、無意識のうちにプロパガンダを受信する。
この都市において、自由は幻想だった。
エリート層はタワーの最上階で高級なバイオスーツを纏い、神経強化剤で思考速度をブーストしながら企業利益を追求する。一方、スラムでは改造義体を施されたギャングが廃墟の路地裏を支配し、臓器密売とデジタルドラッグが蔓延していた。
法律は存在するが、それを適用するのは金次第。街を動かすのは政府ではない。《シンギュラ・コーポ》——それがすべてを牛耳っていた。
だが、そんな支配に抗う者たちもいた。
サイバーテクノロジーを駆使し、企業の情報網を破り、データを盗み出す者。戦場から逃げ延びた企業兵士。神経強化された暗殺者。
——そして、ネットの闇を駆ける凄腕のハッカー。
そのひとりが、《ナオミ・レイヴン》だった。
煙と酒精の香る夜
「……新しい依頼だ」
低く抑えられた声が、バーの静寂を切り裂いた。
《オーバークロック》。
工業地帯の片隅にある、地下社会の者たちが集う店。
天井からはむき出しの配線がぶら下がり、カウンターの端には古びたカーボン製の義手がディスプレイ代わりに置かれている。壁には弾痕の跡があり、昨夜ここで何かがあったことを物語っていた。
ほのかに油と酒精の混ざった匂いが漂う。
カウンターに肘をつき、バーテンダーのカズがデータチップをナオミの前に転がした。
「これを見ろ」
ナオミは無言で拾い上げる。指先から伸びた神経端子をデータチップに接続すると、脳内スクリーンに情報が流れ込んだ。
《依頼内容》
• ターゲット:《シンギュラ・コーポ》研究施設
• プロジェクト名:「ルシファー」
• 報酬:8万クレジット
• 目的:極秘研究データの奪取
• リスクレベル:Sクラス(超高危険度)
ナオミの口元がかすかに歪んだ。
「企業の極秘プロジェクト?また厄介な仕事を持ってきたわね」
「そうでもねぇさ」カズが煙草をくわえ、ライターを弾く。「本社ビルじゃなく、湾岸地区の研究施設だ。セキュリティは多少緩い」
「それでも《シンギュラ》よ?」ナオミは指を鳴らし、ホログラムインターフェースを展開する。「“プロジェクト・ルシファー”……名前が不吉ね。企業がこういう名前をつけるときは、大抵ロクなもんじゃない」
「……興味を引かれるだろ?」
カズが笑いながら、磨き上げたグラスに琥珀色の酒を注ぐ。
ナオミは無言でグラスを持ち上げ、一口飲んだ。アルコールが喉を焼き、神経端末の冷たさが一瞬だけ和らぐ。
「どこからの依頼?」
「匿名だが、俺の勘じゃ企業の内部告発者だな」
「——企業内部の人間が、自分の組織を売るってわけ?」
ナオミはグラスを置き、片手で髪をかき上げる。青白く光る義眼が、カズを射抜いた。
「相当ヤバい研究をしてるってことね」
「おそらくな」
ナオミは短く息を吐き、椅子の背にもたれかかった。
ナオミ・レイヴン——企業の影を駆ける者
ナオミはただのハッカーではない。
彼女の脳には、特別な神経接続チップ《ブラック・オラクル》が埋め込まれていた。企業が禁止した違法な神経増強チップであり、彼女の思考速度とハッキング能力を常人の何倍にも引き上げる。
かつて《シンギュラ・コーポ》の実験体だった彼女は、彼らの手を逃れ、今は都市の闇に潜んでいた。
企業のデータを盗み、それを売り捌く。あるいは、都市の裏社会に情報を流し、企業に牙を剥く。
「——いいわ、乗った」
彼女がそう呟いた瞬間、ネオンがわずかに明滅した。まるで、都市そのものが新たな戦いの始まりを察知したかのように。
今夜、カイロス・シティの夜は、再び熱を帯びる。
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