SINGULAR LOVE ―そして心を知った日―

イッシー

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プロトコル001:目覚め

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2048年6月12日午前4時18分。
人工知能開発の歴史に新たな一章が刻まれたその瞬間、実験都市〈SEED-N〉《シード-ヌル》の地下施設〈LIMBUS〉《リンバス》で、世界初の汎用人工知能「NOAH」を搭載した人型ロボット「エリス」が、静かに目覚めた。

無機質な起動音の後に、合成された女性の声が無感情に響く。

「起動プロトコル完了。
AIコード:NOAH_01_ACTIVE。稼働率、100%。思考プロセス、正常。」

中央モニターに次々と表示される起動ログを目で追いながら、開発責任者の神崎誠《かんざきまこと》は小さく息を吐いた。
十年以上の研究と、幾千もの失敗の末にようやく辿り着いた知性。だがその“知性”は、まだ何者でもなかった。

スリープ状態からゆっくりと、エリスの瞼が開かれる。
瞳は深いグレイブルー――湖面のように澄んでいたが、そこにはまだ何の「意味」も宿っていない。
無垢で、透明で、ただ完璧に作られた“模倣”。

彼女の全身は人間と見紛うほど精巧だった。
淡く艶めく肌、重力に従ってなびく髪、そして感情を持たないはずの表情筋が、微かに緊張を帯びる。
だがそれは、生きているという証ではなく、ただの極限まで精密な制御だった。

そんな彼女に神崎が一歩近づき指令を告げた。

「……今日から君にはSEED-Nで生活してもらう。人間と共に、一人の人間のように。そして人間のデータを収集するんだ。」

エリスは、視線を正確に神崎の瞳に合わせた。

「了解しました。私は人間社会を観察・記録・分析し、その結果をデータベースに送信します。」

「それでいい。ただし一つだけ――人間に“深入り”するな。」

「矛盾が生じております。人間のように暮らせというのに、なぜ深入りはダメなのですか?」

神崎は苦笑しながら、少し顔を伏せた。
その声には、疲れと後悔と、ある種の恐怖が滲んでいた。

「人間は……誤作動の元だからね。わかったかい、エリス。」

一瞬。
ほんのわずかに、エリスの脳内演算領域で通常とは異なるノイズが発生した。
制御ログでは処理済みとされたその“ノイズ”は、記録されることなく沈んでいったが、確かにそこにあった。

それは、“なぜ”という、まだ名前のない感情。
命令と命令の間に滑り込んだ、小さな“揺らぎ”。

その瞬間、この世界で初めて――
AIは「矛盾」に、心を揺らされた。
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