裸足のシンデレラ

綾月百花   

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第十三章(後半)

2   妊娠   妊娠悪阻

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 仕事を辞めて退屈するかと思ったら、わたしは信じられないほど体調が悪くなった。

 匂いに敏感になって、すぐに吐いてしまう。

 水を飲んでも吐いてしまうから、食事も食べられない。体も怠くて、ベッドから起きられない。すごく眠くて、起きていられない。

 仕事をしていたら、職場に迷惑をかけてしまったと思う。


「少しは食べないと体に悪いだろう?」

「無理」


 部屋に運ばれてくる料理の匂いで、まず吐き気が来て、吐いてしまうからトイレから出られない。

 飲み物は経口補水液に変わって、ほんの少しずつ口に含んで、ゆっくり飲む。


「冷たい物が食べやすいそうだ。プリンを作ってもらった。食べられそうか?」

「試してみる」


 なんとか食べられた。けれど、すぐに吐いてしまった。

 ホテルの専属栄養士がわたし専用のメニューを考えてくれる。けれど、どうしても食べられない。


「空腹にしすぎると、余計に気分が悪くなるらしい」


 光輝さんも調べて、色々考えてくれる。

 部屋には、絶えず食べ物が置かれるようになった。

 冷蔵庫の中にはプリンやゼリー、パンやサブレ。

 気分転換にDVDが流されている。せっかくなので英語で見ている。

 ソファーに横になって、映画を見ながら寝ていると、光輝さんがブランケットを掛けてくれる。

 体重はどんどん減って行く。

 38㎏だった体重が33㎏になった時に、光輝さんは円城寺先生に連絡して相談していた。


『すぐに連れて来い。つわりは妊娠悪阻という立派な病気だ。入院の準備をしてこい』

「分かった」

 光輝さんは、素早く入院の準備を始めた。


「わたし、入院するの?」

「まだ分からんが、真希さんが言うのだから、必要になるかもしれない」

「光輝さんは円城寺先生と仲がいいの?」

「俺の大学の先輩だ。同じ円城寺家で昔から顔見知りだ」

「そうなんだ」

「着替えられそうなら、普段着に着替えなさい。ゆったりした物がいいだろう」

「はい」


 わたしはソファーから起き上がった。

 フラリと目眩がして、パタリとソファーに横になった。


(動けない)


「やっぱり自分で動くな。転んだら大変だ」

「はい」


 わたしにも光輝さんにも母親はいない。

 互いに頼れる相手がいないので、わたしの世話をすると光輝さんは仕事が溜まっていく。

 わたしの具合が悪いと、気になって仕事にならないらしい。


「もう少し経つと、スイカが食べられるぞ」

「スイカの解体ショー見たいな。スイカなら食べられそう」


 メロンは食べられたけれど、やはり吐いてしまった。

 わたしは光輝さんに支えられながら、久しぶりに自分の部屋に入った。



「下着はタンクトップとパンティーを入れたよ。タオルは叔母さんとこで準備された物。歯ブラシと歯磨き粉は旅行用のやつね。櫛も入れた。化粧ポーチ。プラのコップとスプーンと割り箸。前の物が残っていたから。シャンプーとボディーソープは入院が決まったら買ってくる」

「ありがとう」


 わたしはクローゼットを開けると、肋骨骨折していた時に着ていた洋服を出した。


「これ、大きいから」


 お腹も膨らんでいないので、何でも着られそうな気がするが、大きい物と言われたら、その洋服が一番大きい。リボンを外して着ると、その上から部屋着のカーディガンを着た。


「これでいい?」


 手首には髪ゴム。

 指輪は外して、光輝さんに手渡しした。


「なくさないでね」

「ああ、金庫にしまってくる」


 光輝さんはいったん部屋から出て行った。

 お出かけ用の鞄には、母子手帳とお財布と部屋の鍵が入っている。

 その中に、スマホと充電器、タブレットも入れた。

 お財布の中には診察券や保険証、免許証、クレジットカード、キャッシュカードが入っている。

 お金も5万ほど入っている。

 わたしは妊娠が分かった日から、ブログで日記を書いている。非表示だけれど、赤ちゃんの写真も載せている。

 光輝さんはすぐに戻って来た。

「少し待っていろ」と言うと、わたしをベッドに寝かせて、先に荷物を運んでいく。

 暫くすると光輝さんが部屋に戻って来た。



「おいで」

「歩けるよ」

「いいから」


 靴を履いたわたしを抱き上げて、駐車場の車まで運んでくれた。

「ゆっくり車に乗って」

「うん」


 わたしが車に乗り込む様子をじっと見ている。椅子にちゃんと座ると、ドアを閉めた。

 光輝さんは運転席に乗り込んで、病院までゆっくり走っていった。

 その間も、ずっと気持ちが悪くて、持たされたビニールに何度も吐いた。





 …………………………*…………………………






 円城寺先生が手配してくれていたようで、すぐに婦人科病棟に案内された。

 診察の後に、そのまま入院になった。

 個室が空いていたので、個室に入院した。名札は今回も外されている。

 すぐに点滴が始まって、気分が悪いのが治ってきた。


「体重減少と脱水を起こしていますので、暫くゆったりと過ごしましょう」

「はい」


 吐き気が治まってくると、今度は眠くなってくる。

 わたしが眠ると、光輝さんは車まで荷物を取りに行って、足りない物を買いに行ってくれたようだ。

 目を覚ました時には、光輝さんの姿はなかった。

 仕事が溜まっているので、仕方が無い。

 指輪のなくなった指を撫でて、枕元に置かれたスマホを見た。

 スマホの通知に、《起きたら連絡しろ》と出ていた。

 ラインを開いて、光輝さんに〈おはよう〉と書いた。

 すぐに既読になった。


 《具合はどうだ?》

 〈今は気持ち悪くない〉

 《安定するまで入院だと言われた。しっかり休んでくれ。仕事が溜まっているから、あまり傍にいられないが、1日一度は顔を見に行くから》

 〈無理しなくてもいいよ。いっぱい迷惑かけてごめんね。早めに元気になるね〉

 《それじゃ、またな。仕事を早めに終わらせる》

 〈頑張ってね〉


 その日から、わたしは病院暮らしになった。

 吐き気で食べ物が食べられないので、わたしの栄養は点滴で、後はベッドで安静にすることだった。

 日記を書いて、タブレットに入れてある映画を見る。

 英語で聞いて、発音も覚えていく。

 時間がある今だから、できることだ。

 そのうち会話も覚えて、セリフも一緒に言えてくる。

 光輝さんは、相当忙しいのか、夜に少し来てくれた。



「映画を見ているのか?」

「なんだか見尽くした感じ、セリフも覚えてきたよ」

「新しいのをダウンロードしてこようか?」

「お願いしてもいい?」

「どんなのがいい?」

「英会話の練習になりそうな面白くて日常会話が多いのがいいな」

「明日、持ってくる」

「ありがとう」


 わたしは二ヶ月も入院した。

 入院中にいつの間にか、妊娠中期に入っていた。

 季節はいつの間にか初夏になっていた。

 退院祝いは、スイカの解体ショーになった。

 ホテルの部屋でシェフは、丸いスイカを器用に切って、大口を開けたパンダに作り上げた。

 その様子をスマホの動画で映した。

 大量に出てきたスイカは、翌日にフルーツポンチとシャーベットにされた。

 お腹の中で、赤ちゃんが動くのが分かる。

 光輝さんは、わたしのお腹を抱きしめて、一緒に胎動を感じて、お腹の赤ちゃんに話しかける。


「パパだよ。もっと大きくなりなさい」


 食事が食べられなかったわたしは、まだ妊婦に見えないほど痩せていた。

 けれど、胎内の赤ちゃんは小さめながら、順調に成長をしている。

 戌の日に安産祈願に出かけて、光輝さん御用達のデパートで、妊婦のガードルやブラジャーを買ってもらった。

 ゆったりとしたマタニティーウエアーもお洒落な物を何着も買ってくれた。

 夏の親睦会にも着られるような物だ。

 スマホには、和真さんやティファさんからお祝いのメッセージが送られてきた。

 運動不足になるので、昼食後に光輝さんと散歩をするようになった。

 ホテルの周りに公園はないけれど、駅まで行ってそのまま歩いて帰ってくる。

 休みの日にはドライブをして、景色の良い場所でデートをする。

 二人の時間を大切に過ごした。




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