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6 帝国からの視察
フラッオーネ帝国のクラクシオン皇太子殿下一行が、馬車ではなく、馬に騎乗して、ドゥオーモ王国の国境を通過したという連絡が早馬で来て、それからさほど時間が変わらないうちに、一行はドゥオーモ王国の王宮に到着した。
国王陛下と話し合いをしていた通り、クラクシオン皇太子殿下を王宮に招き、護衛できた騎士達には、騎士団の武道館を開放した。
さすがのペリオドス様も居留守はできずに、ご挨拶に出てきているが、なんと第二夫人のジュリアン様をエスコートして、わたしは置いてきぼりです。
「ようこそ、遠路はるばる、お越しくださいましてありがとうございます」
国王陛下が挨拶をすると、クラクシオン皇太子殿下は礼儀正しくお辞儀をした。
「急な申し出に関わらず、受け入れて戴きありがとうございます。水はどの国でも貴重ですからね。新しいダムができて、堤防も作られたと聞けば、見ておきたいと思いまして」
「それは、そうでしょうとも」
国王陛下の隣には、今日は着飾った王妃様がおいでになる。
黙っていれば、この王妃様も上品に見えるから、黙っておくのは正しいことだと思うのだ。
「こちらが、我が息子、ペリオドスでございます」
国王陛下は、ペリオドス様を紹介した。
ペリオドス様の腕に手を絡めているのは、ジュリアン様だ。
今日のジュリアン様は、華やかなドレスを着て、宝石で飾り、美しい装いをしている。
「ペリオドスと申します。この国の王太子です。お見知りおきを」
「よろしく頼む」
クラクシオン皇太子殿下は手を差し出した。
ペリオドス様は、握手をなさった。
やっと仕事をしてくれて、ホッとした。
「ペリオドス王太子、隣の女性が奥様でしょうか?」
「ええ、ジュリアンと申します」
ジュリアン様は第二夫人なのに、第一夫人のフリをして、カーテシーをしている。
国王陛下の目が怒りを沸々と湧き上がらせている。
その事に、当の二人は気づいていない。
「私の記憶が正しければ、王太子妃の名前は、マリアナ様と伺っておりますが」
「マリアナは、わたくしでございます。クラクシオン皇太子殿下、お初にお目にかかります。王太子妃のマリアナです。今後とも、よろしくお願いします」
わたしは持っているドレスの中で一番美しいドレスを着て、髪も自分で結い、何の飾りもない質素な姿でカーテシーをする。
「貴方が本物の王太子妃ですか。噂はかねがね伺っております。大変、民衆にも人気のある王太子妃だとか。ダムや堤防の工事の時も足を運ばれたとか」
「はい」
「是非、案内を頼む」
クラクシオン皇太子殿下は手を差し出した。
握手だろう。
わたしは、その手に手を重ねた。
ギュッと握られて、胸がドキドキとした。
殿方の手に触れたのは、初めての事でした。
クラクシオン皇太子殿下は、わたしと同じ濃紺の瞳をしていて、髪は刈り込んだ金髪だ。
とても精悍な顔立ちをしている。
きっと帝国でも人気の皇太子殿下なのだろう。
握手をした手が離れていった。
それを寂しいと感じて、わたしは戸惑った。
こんな感情は初めての事だ。
「王太子妃のフリをしている女性は、誰だ?」
「第二夫人でございます」
わたしは、深く頭を下げた。
「これは、ペリオドス王太子は、正式な場所で第二夫人をエスコートして、大切な正妻の王太子妃を放っているのですか?」
そうですわ。
「いえ、私が愛しているのは、このジュリアンですので」
恥知らずのペリオドス様は、胸を張り言い放った。
「そうですか。相思相愛なのですね」
その恥知らずのペリオドス様の言葉を、クラクシオン皇太子殿下は、素直に受け取った。
微かな、落胆。
この人なら、助けてくれるかもしれない。
わたしの境遇に、同情してくれるかもしれない。
わたしは、出会ったばかりのクラクシオン皇太子殿下に、多大な期待をしていたようで、恥ずかしくなった。
「それは、もう、そうですわ。私達は真実の愛で結ばれていますので」
ジュリアン様は、相思相愛と言われて、両手を胸の前で組んで、大袈裟に真実の愛という言葉を使って微笑んでいる。
クラクシオン皇太子殿下は、わたしの立場はどうやら、どうでもいいようです。
期待したわたしが馬鹿でした。所詮、他国の問題ですものね。
「クラクシオン皇太子殿下、視察は明日に致しましょう。今日はお疲れでしょうから、お部屋に案内致します」
国王陛下は、クラクシオン皇太子殿下に声を掛けて、案内を宰相に任せようとしたが、
「案内は、マリアナ王太子妃にお願いしたい」と、クラクシオン皇太子殿下は申し出た。
「わたしが案内致します」
わたしはお辞儀をする。
どんな雑用でもするのが、わたしのお仕事です。
指名があれば、尚更です。
「では、こちらです」
クラクシオン皇太子殿下とその護衛、一緒に来た宰相を連れて、部屋から出た。
王宮内を案内しながら、一番大きな客間をクラクシオン皇太子殿下に案内した。
「宰相様と護衛騎士のお方のお部屋もありますので、案内いたします」
「それでは、頼む」
宰相様は、まだ若く、クラクシオン皇太子殿下と歳は変わらないと思う。部屋を出ようとしたら、クラクシオン皇太子殿下も一緒に付いてくる。
宰相様の部屋の場所も知りたいと思ってもおかしくはない。隣のお部屋ですけれど。護衛騎士達のお部屋もお隣にしてあります。
帝国の皇太子殿下に何かあれば、国際問題になってしまう。
皇太子殿下をお守りするのが彼らの使命なので、クラクシオン皇太子殿下の部屋の周りは、宰相様と護衛の騎士達のお部屋になっています。
わたしの部屋も客間にあるので、少しだけ間を取ったが、それほど遠くはない。
お部屋に案内して、もう一度、クラクシオン皇太子殿下のお部屋に戻りました。
クラクシオン皇太子殿下は使用人も連れてきているので、お部屋に入ると、同じ王宮内にいるのに、まるで別の場所にいるように感じます。
「お茶を飲んでいかれませんか?マリアナ王太子妃」
「でも、お疲れでしょうから」
「貴方とお話をしてみたいと思っておりました。貴方の母上に命を助けられた事があります」
「母様に?」
「どうぞ、ソファーに腰掛けてください」
「はい」
わたしは、クラクシオン皇太子殿下の前に座らせてもらった。
そっとわたしの前に、紅茶が出された。
帝国から持ってきたのか、茶器もこの国の物ではなかった。
「幼い頃、私は体が弱く、長くは生きられないと言われておりました。その噂を聞いた貴方の母上は、私の主治医になってくださいました。病はみるみるうちに回復して、今ではもう病に罹ることもありません」
「母様は、女傑と言われた医師でしたので。私が5歳の時に他界致しました。馬車の車輪が外れて横転したのです。母様はわたしを庇い亡くなりました。その時の事故の後遺症で、わたしはそれ以前の記憶を失っています。わたしも少なからず怪我を致しました。その療養中に父は直ぐに後妻をもらいました。わたしより年上の女の子もおりましたが、わたしは王家に売られたので……」
余計なことを口にして、ハッと口元を押さえた。
「クラクシオン皇太子殿下、今のことは、どうかお心の中だけに留めておいてください。わたしは偶然、その時に交わされた極秘の契約書を読んでしまって、それで全てを知っておりますが、わたしが知っていることを誰も知りません」
わたしは、ソファーから立ち上がると、深く頭を下げた。
「黙っていよう」
クラクシオン皇太子殿下は優しい声で、そう言ってくださいました。
極秘の文章を読む許可を得ているが、自分の生い立ちがあまりにも酷く、心の中に棘の様に引っかかったまま取れないのだ。
しかもわたしは、愛していたはずの母様の記憶もなくなっている。最後に見た母様は、わたしを抱きしめて血を流し、わたしの名前を呼びながら儚くなった。わたしはその姿しか覚えていない。母様の葬式にも出てはいない。
母様との優しい時間も忘れてしまったのなら、他の全ても忘れてしまっていたらよかったのに、きっと母様が教えてくれたマナーや勉強などは覚えているのだ。
5歳にして、天才という称号などいらないから、母様との思い出が欲しかった。
「それでは、わたしは、これで失礼したします。夕食の時は、宰相が迎えに参りますので」
これ以上、余計な事を話さないように、再び頭を下げた。
今度は、引き止められなかったので、急いで部屋から出て行った。
そのまま、執務室に入っていくと、机の上には書類が山のように積まれていた。
わたしは、溜息をつき、執務をすることにした。
国王陛下と話し合いをしていた通り、クラクシオン皇太子殿下を王宮に招き、護衛できた騎士達には、騎士団の武道館を開放した。
さすがのペリオドス様も居留守はできずに、ご挨拶に出てきているが、なんと第二夫人のジュリアン様をエスコートして、わたしは置いてきぼりです。
「ようこそ、遠路はるばる、お越しくださいましてありがとうございます」
国王陛下が挨拶をすると、クラクシオン皇太子殿下は礼儀正しくお辞儀をした。
「急な申し出に関わらず、受け入れて戴きありがとうございます。水はどの国でも貴重ですからね。新しいダムができて、堤防も作られたと聞けば、見ておきたいと思いまして」
「それは、そうでしょうとも」
国王陛下の隣には、今日は着飾った王妃様がおいでになる。
黙っていれば、この王妃様も上品に見えるから、黙っておくのは正しいことだと思うのだ。
「こちらが、我が息子、ペリオドスでございます」
国王陛下は、ペリオドス様を紹介した。
ペリオドス様の腕に手を絡めているのは、ジュリアン様だ。
今日のジュリアン様は、華やかなドレスを着て、宝石で飾り、美しい装いをしている。
「ペリオドスと申します。この国の王太子です。お見知りおきを」
「よろしく頼む」
クラクシオン皇太子殿下は手を差し出した。
ペリオドス様は、握手をなさった。
やっと仕事をしてくれて、ホッとした。
「ペリオドス王太子、隣の女性が奥様でしょうか?」
「ええ、ジュリアンと申します」
ジュリアン様は第二夫人なのに、第一夫人のフリをして、カーテシーをしている。
国王陛下の目が怒りを沸々と湧き上がらせている。
その事に、当の二人は気づいていない。
「私の記憶が正しければ、王太子妃の名前は、マリアナ様と伺っておりますが」
「マリアナは、わたくしでございます。クラクシオン皇太子殿下、お初にお目にかかります。王太子妃のマリアナです。今後とも、よろしくお願いします」
わたしは持っているドレスの中で一番美しいドレスを着て、髪も自分で結い、何の飾りもない質素な姿でカーテシーをする。
「貴方が本物の王太子妃ですか。噂はかねがね伺っております。大変、民衆にも人気のある王太子妃だとか。ダムや堤防の工事の時も足を運ばれたとか」
「はい」
「是非、案内を頼む」
クラクシオン皇太子殿下は手を差し出した。
握手だろう。
わたしは、その手に手を重ねた。
ギュッと握られて、胸がドキドキとした。
殿方の手に触れたのは、初めての事でした。
クラクシオン皇太子殿下は、わたしと同じ濃紺の瞳をしていて、髪は刈り込んだ金髪だ。
とても精悍な顔立ちをしている。
きっと帝国でも人気の皇太子殿下なのだろう。
握手をした手が離れていった。
それを寂しいと感じて、わたしは戸惑った。
こんな感情は初めての事だ。
「王太子妃のフリをしている女性は、誰だ?」
「第二夫人でございます」
わたしは、深く頭を下げた。
「これは、ペリオドス王太子は、正式な場所で第二夫人をエスコートして、大切な正妻の王太子妃を放っているのですか?」
そうですわ。
「いえ、私が愛しているのは、このジュリアンですので」
恥知らずのペリオドス様は、胸を張り言い放った。
「そうですか。相思相愛なのですね」
その恥知らずのペリオドス様の言葉を、クラクシオン皇太子殿下は、素直に受け取った。
微かな、落胆。
この人なら、助けてくれるかもしれない。
わたしの境遇に、同情してくれるかもしれない。
わたしは、出会ったばかりのクラクシオン皇太子殿下に、多大な期待をしていたようで、恥ずかしくなった。
「それは、もう、そうですわ。私達は真実の愛で結ばれていますので」
ジュリアン様は、相思相愛と言われて、両手を胸の前で組んで、大袈裟に真実の愛という言葉を使って微笑んでいる。
クラクシオン皇太子殿下は、わたしの立場はどうやら、どうでもいいようです。
期待したわたしが馬鹿でした。所詮、他国の問題ですものね。
「クラクシオン皇太子殿下、視察は明日に致しましょう。今日はお疲れでしょうから、お部屋に案内致します」
国王陛下は、クラクシオン皇太子殿下に声を掛けて、案内を宰相に任せようとしたが、
「案内は、マリアナ王太子妃にお願いしたい」と、クラクシオン皇太子殿下は申し出た。
「わたしが案内致します」
わたしはお辞儀をする。
どんな雑用でもするのが、わたしのお仕事です。
指名があれば、尚更です。
「では、こちらです」
クラクシオン皇太子殿下とその護衛、一緒に来た宰相を連れて、部屋から出た。
王宮内を案内しながら、一番大きな客間をクラクシオン皇太子殿下に案内した。
「宰相様と護衛騎士のお方のお部屋もありますので、案内いたします」
「それでは、頼む」
宰相様は、まだ若く、クラクシオン皇太子殿下と歳は変わらないと思う。部屋を出ようとしたら、クラクシオン皇太子殿下も一緒に付いてくる。
宰相様の部屋の場所も知りたいと思ってもおかしくはない。隣のお部屋ですけれど。護衛騎士達のお部屋もお隣にしてあります。
帝国の皇太子殿下に何かあれば、国際問題になってしまう。
皇太子殿下をお守りするのが彼らの使命なので、クラクシオン皇太子殿下の部屋の周りは、宰相様と護衛の騎士達のお部屋になっています。
わたしの部屋も客間にあるので、少しだけ間を取ったが、それほど遠くはない。
お部屋に案内して、もう一度、クラクシオン皇太子殿下のお部屋に戻りました。
クラクシオン皇太子殿下は使用人も連れてきているので、お部屋に入ると、同じ王宮内にいるのに、まるで別の場所にいるように感じます。
「お茶を飲んでいかれませんか?マリアナ王太子妃」
「でも、お疲れでしょうから」
「貴方とお話をしてみたいと思っておりました。貴方の母上に命を助けられた事があります」
「母様に?」
「どうぞ、ソファーに腰掛けてください」
「はい」
わたしは、クラクシオン皇太子殿下の前に座らせてもらった。
そっとわたしの前に、紅茶が出された。
帝国から持ってきたのか、茶器もこの国の物ではなかった。
「幼い頃、私は体が弱く、長くは生きられないと言われておりました。その噂を聞いた貴方の母上は、私の主治医になってくださいました。病はみるみるうちに回復して、今ではもう病に罹ることもありません」
「母様は、女傑と言われた医師でしたので。私が5歳の時に他界致しました。馬車の車輪が外れて横転したのです。母様はわたしを庇い亡くなりました。その時の事故の後遺症で、わたしはそれ以前の記憶を失っています。わたしも少なからず怪我を致しました。その療養中に父は直ぐに後妻をもらいました。わたしより年上の女の子もおりましたが、わたしは王家に売られたので……」
余計なことを口にして、ハッと口元を押さえた。
「クラクシオン皇太子殿下、今のことは、どうかお心の中だけに留めておいてください。わたしは偶然、その時に交わされた極秘の契約書を読んでしまって、それで全てを知っておりますが、わたしが知っていることを誰も知りません」
わたしは、ソファーから立ち上がると、深く頭を下げた。
「黙っていよう」
クラクシオン皇太子殿下は優しい声で、そう言ってくださいました。
極秘の文章を読む許可を得ているが、自分の生い立ちがあまりにも酷く、心の中に棘の様に引っかかったまま取れないのだ。
しかもわたしは、愛していたはずの母様の記憶もなくなっている。最後に見た母様は、わたしを抱きしめて血を流し、わたしの名前を呼びながら儚くなった。わたしはその姿しか覚えていない。母様の葬式にも出てはいない。
母様との優しい時間も忘れてしまったのなら、他の全ても忘れてしまっていたらよかったのに、きっと母様が教えてくれたマナーや勉強などは覚えているのだ。
5歳にして、天才という称号などいらないから、母様との思い出が欲しかった。
「それでは、わたしは、これで失礼したします。夕食の時は、宰相が迎えに参りますので」
これ以上、余計な事を話さないように、再び頭を下げた。
今度は、引き止められなかったので、急いで部屋から出て行った。
そのまま、執務室に入っていくと、机の上には書類が山のように積まれていた。
わたしは、溜息をつき、執務をすることにした。
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