《完結》愛されたいわたしは幸せになりたい

綾月百花   

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8   ダムと堤防の視察

 クラクシオン皇太子殿下に馬車で視察に行くのか、馬で行くのか尋ねた。

 馬車で行くとなれば、かなりの距離を歩かなければ堤防は見られない。その点、馬なら、素早く移動ができる。

 クラクシオン皇太子殿下は馬での視察を希望した。

 堤防で数人のシェフが料理を作る手はずをつけて、メニューも考えてもらった。

 初夏なので、食中毒だけは気をつけてもらわなくてはならない。

 さすがのペリオドス王太子殿下も今回ばかりは、参加するだろう。

 わたしは前もって、ダムと堤防の資料を手渡した。

 隠す必要もないので、わたしが作った設計図まで載せて、作り方の手順まで書き込んだ資料は、わたしの手作りだ。


「これは、貴方が自ら書かれたのですか?」

「はい、わたしが設計致しましたので」


 クラクシオン皇太子殿下は、とても驚いたお顔をしていた。

 わたし以外に誰が作るのだろう?と、わたしも驚いた。けれど、王宮には、文官も宰相もいるのだから、王太子妃のわたしが作る必要はないのかもしれない。

 けれど、この国はわたしに仕事を押しつける風習があるのだ。

 王妃様が、そう指示しているのは知っているけれど、それを止めるのが国王陛下だけで、その場では返事をなさるが、結局のところ仕事はわたしの所に回される。

 王妃様は、わたしのどこが気に入らないのだろう?

 5歳でわたしを買い、次期王太子妃にするために、育てたのだから。

 5歳の子供に恨みを持つはずがないと思うのだけれど?

 楯突いたこともないので、嫌われる要素も浮かばない。

 わたしは乗馬服を着て、厩に行き、わたしの愛馬、メルを連れてきました。

 今日は長い髪を一つに背後で結んで、まるでメルの尻尾のようです。

 お洒落ができるリボンさえないので、なんの飾りもありません。

 クラクシオン皇太子殿下は、自国の馬を連れてきています。

 宰相様も馬を引いています。

 クラクシオン皇太子殿下の近衛騎士も準備ができているようです。

 護衛の騎士達も集まってきました。

 来ないのは、ペリオドス王太子殿下だけです。

 本当に困った人です。

 一台の馬車が動き始めました。

 まさか、一人だけ馬車で行くつもりなのかしら?

 ペリオドス王太子殿下も馬には乗れるはずです。

 わたしは馬車に近づきました。


「殿下、今日は馬で参ります」


 馬車の窓が開いた。

 馬車の中には、ペリオドス王太子殿下とジュリアン様がいらした。


「ジュリアンは馬に乗れないのだ。私とジュリアンは馬車で追いかける。おまえは、先に行け」

「……」


 開いた口が塞がりません。

 馬に乗れないのなら、ジュリアン様は、今日は王宮で待つのが常識でしょうに、わざわざ付いてくるなんて、非常識ですわね。

 わたしは、馬を引き、クラクシオン皇太子殿下にお詫びに参りました。


「ペリオドス王太子殿下は馬車で行くそうです。わたしが案内致します。出発致しましょう」

「では、頼む。マリアナ王太子妃」

「はい」


 わたしは馬に乗った。

 皆さんも馬に乗り出す。

 準備が整ったところで、わたしは走り出した。

 わたしと併走するように、クラクシオン皇太子殿下が並ぶ。


「ペリオドス王太子殿下は、いつもあんな状態なの?」

「ええ、視察もわたしが一人でしております」

「そうか、噂通りだ」

「そんな噂が帝国まで届いているのですか?」

「まあ、私にはいろんな部下がいるからね」

「そうですか」

「今日は天気がいい。馬で走るのは、気持ちがいいな」

「そうですわね」


 クラクシオン皇太子殿下のお召し物は、濃紺に白いラインの入った乗馬服だった。

 わたしの乗馬服も濃紺なので、お揃いの物に見えなくはないが、わたしの乗馬服は、やはり見窄らしい。

 もう何年も着ている物なので、色も褪せている。


「ドゥオーモ王国では、王太子妃の扱いが、かなり酷いようだね」

「……そんなことはないかと」


 答えた声が、僅かに震えてしまった。


「奴隷よりはマシかと思いますわ」

「比較が、奴隷とは」


 比較対象が悪かったことに、言われて気づいたが、いったん、言葉に出した物は消しようがありません。


「この視察が終わったら、是非、我が帝国に招待したい」

「帝国にですか?」

「興味はないか?」

「ありますが、ペリオドス王太子殿下はあの調子ですので、第二夫人も行きたいと言われると思いますわ」

「いいではないか。連れてこれば」

「……寛大な配慮、ありがとうございます」


 王子と一緒に旅に出たくはないが、それを口にするのも憚られた。

 わたしに言える言葉は、謙虚なお礼くらいだ。

 まずは、堤防を馬で駆けて、駆けながら説明していく。

 馬車は、どこにいるのか皆目分からない状態だ。

 本当に、情けない。

 堤防の視察が終わると、ダムに向かった。

 ダムの視察の前に、昼食が準備されている。

 夏野菜のサラダに、コーンのポタージュ、鶏の蒸し焼きを挟んだサンドイッチ。

 コーンのポタージュは、飲みやすいように、カップに入れられている。

 サンドイッチは甘辛のソースで味付けされた物らしい。

 ペリオドス様はジュリアン様とダムにいた。

 相変わらず、顔を寄せてお話をなさっていました。

 本当に、仲がよろしいわね。

 そんなに話すことがあるのね。

 ジュリアン様は、今日も美しいドレスに、煌びやかな宝石で飾っておられる。

 キラキラ眩しい太陽の下で見ると、美の妖精に見えてしまう。

 微かな嫉妬。

 あれほど美しく着飾ってみたい。

 似合わないとは思うけれど、愛した人が飾ってくださったら、きっと内面から輝けるような気がしますの。

 愛されていいわね。

 美しいドレスも羨ましい。


「マリアナ王太子妃、貴方も一緒に食べましょう」

「クラクシオン皇太子殿下、お気遣いありがとうございます」


 行く場所のないわたしを、誘ってくださったクラクシオン皇太子殿下に感謝ですわ。

 わたしには、ペリオドス王太子殿下とジュリアン様の間には入れません。

 一人でこっそり木陰に行こうかと思っておりましたの。

 敷物を敷いてお昼を戴いた。

 クラクシオン皇太子殿下の宰相様も近衛騎士達もとても優しく、この国で一人でいるわたしを迎え入れてくださった。

 談笑しながら食べた昼食は、とても美味しいと感じられた。

 王宮の食事には、ちゃんと味があったのね。

 サラダもスープも甘辛のサンドイッチも、とても美味しかった。

 ペリオドス様はジュリアン様とご一緒にお食事を終えたのか、堤防の上を散歩していらっしゃいます。

 本当に、協調性がないのか、帝国の皆さんをおもてなしする気持ちもないようです。

 皆さんもチラリとペリオドス様のお姿を見られています。

 口にされませんが、言いたいことは想像できます。

 食事を終えると、わたしは皆さんとダムの外装を見に行きました。

 その時、ペリオドス様は、「先に戻る」と告げて、去って行かれました。

「もう、飽きたの」「もう、帰りたいわ。日焼けしてしまいますもの」等と、ジュリアン様の甲高い声が聞こえていたので、先に戻ることにしたのでしょう。

 クラクシオン皇太子殿下は、ペリオドス王太子殿下の背中をじっと見ていた。

 王太子の仕事を一切しない王子に、呆れたのかもしれないですね。

 それでも、わたしには彼を引き留める事はできません。


「次は、ダムの構造を見に行きましょう」

「ああ、頼む」


 しっかり案内したので、王宮に戻ったのは、夕方になっていた。

 厩に愛馬を預けて、わたしは部屋に戻ると、自分でお湯を貯めて、お風呂に入った。

 ドレスに着替えるにしても、汗をかいた体に、新しいドレスを着るのが嫌だったのだ。

 わたしの部屋には、侍女はいなかった。

 王妃様が手伝う必要はないと判断したのだろう。

 コレルは王妃様の手下なので、いない方が落ち着く。

 夕食の時間まで、まだ少し時間がある。

 ゆっくり湯船に浸かって疲労をながした。

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