《完結》愛されたいわたしは幸せになりたい

綾月百花   

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14  帝国へ 辻馬車の中で

 王太子妃マリアナ様が食後に嘔吐したと出発間近な一行に報せは走った。

 ペリオドス王太子は流行病かもしれないと騒ぎ、ジュリアン様は同じ馬車に乗ることを拒んだ。

 わたしを休めるという配慮は微塵もなかった。

 至急で手配された馬車は、宿場町で使われている辻馬車一台だった。

 わたしはその馬車に乗せられた。

 辻馬車は乗合馬車なので、椅子は左右にある。

 騎士達は布団を用意し、わたしは辻馬車の中央に敷かれた布団に横になるように言われた。

 わたしには侍女はいない。

 なので、一人だ。

 わたしの顔を見て具合が悪いと思ったのか?

 雇われた辻馬車の御者は、「何かあれば、鈴を鳴らしてくだされ」と大きな鈴を枕元に置いてくれた。

 出掛ける前に鏡で見た顔は、両頬が腫れて、赤くなっていた。その上、唇も切れている。

 見る者が見れば、その顔は誰かに殴られた顔に見えるが、誰もそんなことを考えたくもないに決まっている。

 熱があると思った方が楽だと思ったのかもしれない。

 昼には帝国に到着するというのに、この顔で挨拶をしなければならないと思うと、本気で帰りたくなってきた。

 いや、王宮に帰るのも嫌だ。

 このままどこかに逃げ出してしまいたい。

 一生、ペリオドス様の奴隷として仕事をさせられるならば、生きた屍と同じではないか?

 5歳で王宮に連れてこられたわたしには、たくさんの家庭教師が付けられ、話し相手は大人ばかりだった。

 王宮には小さな庭園があったが、わたしは部屋から外に出ることを禁じられていた。

 理由は、わたしが記憶喪失で、一人で歩き回るのは危険だと言われた。

 王宮内も一人では歩いてはいけないと国王陛下に言われていた。

 自然とわたしは、自室にいるしかなかった。

 わたしは病気だと言われていたが、自覚症状はなかった。

 ただ記憶がないだけで、体のどこかが病気だとは思えなかった。

 外に出てみたい。

 庭を走り回りたい。

 いつもわたしは、そう思っていた。

 同じ王宮に同じくらいの子供がいると知ったのは、ずいぶん後だった。

 王宮の中を走り回る男の子の存在。

 それが誰か知りたくなって、男の子の後を追いかけたことがあった。


「おまえは誰だ?」


 子供のくせに、ずいぶん不遜な態度だと思った。


「マリアナと申します」


 わたしは丁寧にお辞儀をした。


「ふーん、そう。俺はこの国の王子であるぞ。名前はペリオドス」

「わたしは王太子妃になるために、王宮で勉強をしているのよ。わたしは貴方と将来結婚するのね」

「俺はおまえと結婚するのか?へえ、マリアナ、名前も可愛いけど、顔も可愛いな」

「ペリオドス様も素敵ね」


 あれは、わたしが10歳頃だったかしら。

 王妃教育も進んでいた。

 将来の旦那様とは、どんなお顔をしているのだろうと興味が湧いていた頃だった。

 ペリオドス様は、わたしより4つ年上だった。

 当時、14歳と言うことになる。

 14歳にしては、落ち着きのない男の子だった。

 わたしがペリオドス様と偶然顔を合わせ、一緒に過ごしていることを知った王妃様は、隠すのを止めて、わたし達を会わせるようにしたようだった。

 王妃様がお茶会を開いて、一緒におやつを食べる時間が作られた。

 わたしには与えられなかった宝石のような美しいクッキーやケーキが日替わりで出てくるようになった。

 一緒にお菓子を食べて、お茶を飲むだけだ。

 必ず、王妃様がいるので、わたしからは話はできなくなった。

 一方的にペリオドス様がおしゃべりをして、わたしは頷くだけだった。

 ペリオドス様が変わられたのは、一年後くらいだったと思う。

 子供っぽいペリオドス様が、急に大人の女性に興味を持ち始めた。

 わたしは自分の家庭教師に、なんとなく聞いてみた。


「きっと閨の教育がなされたのでしょう」と教えてくれた。


 それから、ペリオドス様はいろんな女性とお付き合いを始めた。

 自然にお茶会をする頻度は減っていった。

 ある日、


「マリアナは妻で、愛する者は他に作る。真実の愛を探すのだ」


 ペリオドス様は、こんな事を言った。

 王妃様はクスッと笑った。

 いったいどんな教育を受けられたのだろうと思った。

 愛する者は、わたしではないという事実。

 わたしは出会って一年で、ペリオドス様に絶望したのです。

 ペリオドス様は、わたしに興味を失い、お茶会は自然消滅した。

 ペリオドス様と王宮で会うこともなくなった。

 自然と言葉を交わすことも、なくなった。

 それを寂しいと思った事もあったが、今まで一人だったので、元に戻っただけだと思った。

 暴力を振るわれたのは、初めてだった。

 人は変わっていくのだと、今日は改めて思った。

 お妃教育だけは、無情にも続けられた。

 そのうち、国王陛下がわたしの実力をみたいと言いだし、執務が回されるようになってきた。

 11歳の頃だった。

 農地に水が湧いたという。

 国王陛下に、わたしならどうするか聞かれた。

 わたしは思った事を口にした。

 国王陛下は満足した顔をした。

「マリアナの思うようにしてみなさい」と告げられた。

 それから、国王陛下と共に村に出かけるようになった。

 川を作り、池を作り、池は魚の養殖場にした。川から流れる水が惜しかったので、田園に水がわたるように、小さな川をたくさん作った。

 ペリオドス様も一緒に村に出掛けたが、彼は公務が嫌いだった。

 公務意外にも執務も嫌いで、逃げ出す事ばかり考えているようだった。

 そのうち、サボる癖を付けていった。

 父親である国王陛下の言葉でも、聞き流す。

 益々、わたしはペリオドス様に落胆していった。

 そんな時、ペリオドス様はジュリアン様に出会ってしまったのです。


『これぞ、運命の出会いであるぞ』と、興奮したように言葉にした。


 そうして、急いで結婚の儀が行われた。

 ジュリアン様を第二夫人にするための、わたしとの結婚だ。

 白い、真っ白な結婚。

 ペリオドス王太子はわたしに触れたこともない。

 手にすら触れたこともない。

 エスコートされたこともない。

 こんな人の為に命を懸けろと言われても、返事はするけれど、実際にできるとも思えない。したいとも思わない。

 女性上げるなど、紳士としてどうなんだろう?

 ドゥオーモ王国の王太子なのに、王太子妃に手を上げ、子を授かるための腹を蹴る。

 衝撃でぶつけた頭が痛むのに、わたしはガタガタといつもより揺れる馬車の中で、頭を抱えて、そっと涙を拭った。

 打たれた頬も痛いが、ぶつけた頭も痛い。蹴られた腹も痛い。ついでのようにわたしの腹の上で何度も跳ねたジュリアン様の悪意も悲しいし、下腹部も痛む。

 離婚したい。

 もう捕らわれるのは嫌だ。

 自由になりたい。


 
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