《完結》愛されたいわたしは幸せになりたい

綾月百花   

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15   帝国へ

 馬車が止まった。

 布団から起き上がろうとしたが、お腹が痛くて、そのまま布団に横になっていた。

 挨拶をしなくてはと思っても、気力が湧かずに、やらなくてはならない事ができない。

 馬車をノックされて、後ろに掛けられた布の扉を開けられた。

 暗闇に光が差した。


「マリアナ王太子妃、お加減が悪いと聞きました。お加減は如何ですか?」

「……はい」


 やはり起きなければ、ならないかしら?

 そう思っていると、馬車の中に人が入ってきた。


「失礼」


 クラクシオン皇太子殿下の声が、近くでした。


「そのままで結構ですよ。気分は悪くはないですか?」


 わたしは頷いた。

 横向きに横になっていたわたしの背中に、手を通すと、クラクシオン皇太子殿下は、わたしを抱き上げてくださった。

 こんな失礼なことはいけない。

 けれど、動こうとすると、お腹が痛む。


「くっ」


 苦しげな声が出てしまって、「じっとして」と囁かれた。

 馬車の後ろに階段があるのか、そこを下りていく。

 急に明るい場所に出て、眩しくて、目を閉じると、大切に腕に抱かれて、「もう大丈夫だよ」と囁かれた。


「医師を」

「そんなに大袈裟な事は……」

「私が迎えに行くべきだった。すまない」

「どうして、貴方が謝るの?」

「お迎えの仕方が悪かったようだ」


 クラクシオン皇太子殿下は、目映い宮殿の中に入っていく。

 そのまま長い廊下を歩いて行く。

 階段を上がって、また廊下を歩いて行く。

 暫く行くと、「こちらの部屋にどうぞ」と声がした。


「ラルファ、靴を脱がせて、掛布を捲ってくれ」

「はい」

「メイドは、まだか?」

「すぐに参ると思います」


 靴を脱がされると、ベッドに寝かされた。

 清潔なシーツの香りと、沈み込むほど柔らかな敷布に、体を受け止められ、わたしはやっと体から力を抜くことができた。


「腹を蹴られたのか?」


 わたしは首を左右に振ったが、お腹を押さえていた手を包まれ、手を退けさせられた。


「ドレスに靴後がある。この大きさは男性だな。まさか、ペリオドス王太子か?」

「いいえ」と答えて、静かに頷いた。

「気分を害してしまったようです」

「下腹部の方は、女性の靴のようだな。いくつも重なっているな」

「ジュリアン様が、倒れているわたしのお腹の上で跳ねられたのです」


 隠しても、見れば分かるだろう。

 護衛の騎士が、こんな暴力を働くわけがない。

 わたしに手を上げられるのは、わたしの夫しかいない。それから、第二夫人くらいだろう。

 クラクシオン皇太子殿下の手が、わたしの唇の端に触れている。


「殴られたのだな」


 髪を撫でられ、目に涙が浮かぶ。

 ノックの音がして、扉が開いた。

 メイド服を着た女性と白衣を着た男性が部屋の中に入ってきた。


「まずは、診察をしますが、その前に、動けるならドレスを脱がせてください」

「動けますか?」


 メイドに聞かれて、わたしは頷いた。


「ご迷惑を掛けて、すみません」


 情けなくて、涙が零れる。


「迷惑だとは思っていない。起きられそうなら、手伝おう」


 クラクシオン皇太子殿下はそっと体を起こしてくれる。


「さあ、着替えを頼む」

「畏まりました」


 メイドが近づいてきて、クラクシオン皇太子殿下と場所を代わった。

 一度、男性達が外に出ると、メイド達はテキパキと、わたしのドレスを脱がせて、濡れた温かなタオルで、顔も拭かれ、体も手足も拭かれた。

 軽くはたいただけのお化粧は、完全に取れてしまったような気がする。

 もともとわたしの化粧品は、子供の頃に用意された子供用だ。

 白粉と薄紅の口紅。それだけしか持ってはいない。

 汗でも化粧は取れるし、顔を洗ったら簡単に落とせる物だ。

 わたしへの予算は、結婚前からもともとなかったから、ドレスも化粧品も最低限の物しか買ってはもらえなかった。


「お嬢様、上腹部に痣がありますね」

「下腹部にも痣がありますね」

「頭にも傷があります」

「痛かったですね」


 結い上げられていた髪も下ろされて、軽く櫛を入れてくれる。


「新しいお水を、お顔を冷やすためのタオルも新しい物を」

「はい」


 五人のメイドは、手早く動く。

 絹のネグリジェを着せて、足下に掛布を掛けた。
 
 一人のメイドが、扉を開けて、「準備ができました」と声をかける。

 部屋の中に医師が入ってきた。


「診察します」

「恐れながら、先生。上腹部と下腹部に痣がありました。頭にも傷がありました」

「では、お腹を見せてもらうよ」


 メイドは掛布を掛けながら、ネグリジェを捲っていく。

 メイドは、的確に痣があった場所を医師に見せた。


「少し、触るよ」

「はい」

「蹴られたとき、吐いただろう?」


 わたしは頷いた。

 医師は、お腹の診察をすると頷いた。


「次は頭だったね」


 メイドは、ネグリジェを元に戻してくれる。

 手際のいいメイドに、さすが帝国のメイドは質が違うと感心してしまう。

 髪を避けて、傷を診ると、「これは、どうしたの?」と医師が聞いた。


「殴られた時に、壁にぶつかりました」

「縫うほどじゃないけど、頭も安静だ」


 消毒をしてガーゼを張ってくれた。

 それから、頭を隅々まで診ていく。

 髪を避けながら、頭を慎重に診ていく。

 とても親切な診察の仕方だ。

 頭の診察が終わると、頬に触れて、唇の端のまわりもしっかりと診察した。


「顔は殴られたんだね」


 わたしは頷いた。

 唇の端も消毒をして、ガーゼを張る。

 なんだか大袈裟なような気がするが、真面目な顔の医師に文句は言えない。


「入ってもいいぞ」


 医師が声を掛けると、クラクシオン皇太子殿下と宰相様が部屋の中に入ってきた。


「どうだ?」

「腹は思いっきり蹴られたのだろう?蹴られた場所は、上腹部と下腹部にあった。胃も腸も腫れている可能性がある。暫く安静だ。食べ物は消化のいい物に」

「はい」


 メイドが答えた。


「頭は殴られた時に、壁にぶつけたらしい。ここも安静だ。顔は殴られたらしい。見るからに、時差があるように思えるが、暴力は継続的にされているのか?」

「いいえ、前日に第二夫人に叩かれました。口の近くは、今朝、ペリオドス王太子に」

「だそうだよ」

「手を出すとは、許せん」

「どうか、国際問題にはしないでください」


 わたしは頭を下げた。


「君は暴力を許すのか?」

「許せませんが、夫婦の問題ですし、万が一、わたしが二人に殺されたとしても、それはドゥオーモ王国の事です」


 クラクシオン皇太子殿下と宰相様は、すごく怖い顔をなさった。

 その顔を見ていられなくて、わたしは目を反らした。


「心の傷は、一番重傷のようだ」


 医師は言って、クラクシオン皇太子殿下の背中に手を置いた。


「少し休ませてあげよう」


 医師はクラクシオン皇太子殿下と宰相様を連れて、外に出た。


「顔は、冷やしてあげてね。お腹が空いたら、食事は消化のいい物を」


 そう言い残して、部屋か出て行った。

 メイドは、頬を冷やしてくれる。


「自分でします」

「どうぞ、甘えてください」


 左右からメイドが頬を冷やしてくれる。

 こんなに優しくされた事がないので、どうしたらいいのか戸惑ってしまう。


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