《完結》愛されたいわたしは幸せになりたい

綾月百花   

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18   真実

 メイドに頬を冷やされて、痛みもずいぶん治まってきた。

 丁寧にお礼を告げて、ゆっくり休ませてもらった。

 昨夜、眠ってなかったので、眠ってしまった。

 目が覚めたらお腹が空いていた。

 メイドを呼ぶための鈴はいただき、ベッドの横にある小さなテーブルに置いてある。けれど、果たしてお腹が空いたと言って、メイドを呼んでもいいのだろうか?

 ベッドから起き上がると、掛布の上にガウンが掛けられていた。

 そのガウンを羽織ると、ネグリジェは見えない。

 この姿なら、誰かが部屋に入ってきても恥ずかしくはないだろう。

 それにしても、ネグリジェもガウンも手触りのよいシルク素材で、光沢も素晴らしい。わたしのドレスよりもいい物だ。

 帝国は、こんなに高価な素材の品をお客様に提供することに驚いた。

 ドゥオーモ王国のネグリジェは、普通の綿素材だ。

 白ではなく生成りだ。

 ネグリジェの素材を染めると、値段がぐっと上昇するので、一番安い物を選んでいた。

 そのネグリジェも、何年着ているか分からない物だ。

 生地は柔らかくなり、着心地はいいが、見栄えが悪くなる。

 けれど、新しい物は買えない。

 ドゥオーモ王国の客人の寝間着は、白い綿素材だ。

 一応、それなりに見える物を準備しているが、さすがにシルク素材までは買えない。予算が足りなくなってしまう。

 小国と帝国の違いを、ネグリジェ一枚で、まざまざと感じさせられた。

 お部屋は広く置かれた家具も安物ではないと見ただけで分かる。

 ベッドは、二人は軽く眠れそうだ。

 その横に置かれたサイドテーブルも、丸くて上品だ。

 ベッドの横に置かれたランプも、背が高く鎖が下がっている。

 試しに鎖を引いてみたら、カチリと音がして、温かみのある電気が点った。

 電気の傘には、所々、透かしがあり、そこから灯りが漏れ出して、部屋の中に模様が浮かぶ。

 もっと暗くなれば、ロマンティックなお部屋になるに違いない。

 外を見れば、出窓があり、窓も開けられるようになっていた。

 出窓には、赤いアネモネの花が生けられている。

 花言葉は、貴方を愛する。

 なんてロマンティックなのだろう。

 そんな言葉を、誰からも言われた事はない。

 この花を飾った人は、きっとロマンティックな人なのだと思った。

 窓辺には、二人掛けの丸テーブルのテーブセットが置かれている。

 メイドはお茶が淹れられると言っていた。

 ポットと呼ばれる背の高い入れ物には、お湯が入っていると、メイドが教えてくれた。

 茶器セットが置かれている。

 茶葉入れも、薔薇の絵が描かれたお洒落な入れ物になっている。

 目が覚めて、喉が渇いていたら飲んでも構いませんと言っていたが、同時に、私達を呼んで戴けたら嬉しく思いますと付け足して、お辞儀をしてメイド達は出て行った。

 わたしにはメイドはいなかったので、距離のつかみ方が分からない。

 窓の外を覗くと、外に噴水があった。

 なんて素敵な景観だろう。

 宮殿の敷地は広く、庭園もあるようだ。

 夜が迫った夕方、夏の西日の中でも、綺麗な花が咲いている。

 扉がノックされ、開いた。


「あっ」

「起きたんだね。気分はどうかな?」


 入ってきたのは、クラクシオン皇太子殿下でした。

 手には、赤いアネモネを一輪、持っている。


「これを貴方に」

「わたしにくださるの?」

「そのつもりで温室から、摘んできた」

 そっと手渡されて、頬が熱くなる。

 ロマンティックなお方は、クラクシオン皇太子殿下でした。


「この花言葉を知っているのか?その顔を見ると、知っていると思うのだけれど」

「けれど……」


 わたしを愛するなんて……。

 烏滸がましくて、それ以上、言葉にすることはできません。


「私の気持ちは、花に込めた」

「ですが、わたしは既婚者です」

「白い結婚だと知っているが」

「……どこで?」


 極秘事項なのに。

 誰が話したのだろう。

 わたしが、うっかり話してしまったことはないと思うけれど。


「ペリオドス王太子が話しているのを、私の影が聞いていた」

「影ですか?」

「最近では、ドゥオーモ王国の王宮に潜んでいたし、旅の間もずっと貴方の近くにいたはずだ」

「そうですか?」

「事実でしょう?」

「ええ、わたしはどうやら、あの方の奴隷だそうです。今朝、離婚をして欲しいとお願いしましたが、拒絶されました。わたしには、ずっと執務をさせるつもりのようです。真実の愛に目覚めて、ご自分だけ、ジュリアン様と仲良くされているのに、わたしは一生、奴隷なんて、どれだけわたしを侮辱するのでしょう」


 わたしは、怒りと悲しみに、つい、黙っていなければならない、国の事情まで話してしまった。


「でも、話したら、スッキリしました。わたしはこれからも、機械のように執務だけをこなして、できるだけ早めにこの世を去りたいと思っておりますの。睡眠も食事も与えられないのに、仕事だけは山のようにあるので、そのうち病気になりますわ。その日を楽しみに過ごそうかと思います」


 わたしは、心の裡を話したら、心の底からスッキリしました。

 笑顔も自然に出ました。

 けれど、わたしの話しを聞いていたクラクシオン皇太子殿下のお顔は、苦痛に歪んでおります。

 こんなお話はすべきではなかったと思っても、後の祭りです。


「ごめんなさい。勝手な話しをしてしまって」

「いいや、マリアナの内心を聞かせてもらってよかったと思う。俺は、マリアナを取り戻すために、ドゥオーモ王国を訪問して、こうして、帝国にマリアナが来るように手引きした。結婚も無効にするつもりでいる」

「クラクシオン皇太子殿下?」


 何を言っているのだろうか?

 皆目、理解できない。

 他国の結婚を無効にできるのだろうか?

 帝国の力なら、何でもできるのかしら?それでも、無理だと思うのだ。

 わたしの顔にそう書いてあったかのように、クラクシオン皇太子殿下は、優しく微笑んだ。

 濃紺の瞳は、まるで宝石のタンザナイトようだ。

 とても澄んでいて、綺麗だ。

 わたしの瞳の色とよく似ているが、わたしの瞳は澄んでいないと思うの。

 濃紺の瞳は、ドゥオーモ王国にはいないようで、どこでも会ったことはない。

 もしかしたら、母様がお持ちだったかもしれない。


「昔はシオンと呼んでくれていた」

「昔ですか?」


 わたしは考える。

 けれど、わたしの記憶は5歳の馬車の事故で母様を亡くす場面しか覚えていない。

 名前は母様がずっと呼んでいたから覚えていたようだったけれど、他のことは、父様のことも含めて、今までどのように、何処に住んでいたのかも忘れてしまった。

 目を覚ました時、わたしはベッドに横になっていた。

 その時、侍女が男性を呼んできた。

 その人が父親だと思ったのだ。

 侍女が、『ノンブル侯爵様』と呼んだ。

 だから、わたしはノンブル侯爵令嬢だと思ったのだろう。

 わたしは無傷ではなかった。頭に怪我をしていた。

 体と頭に痛みがあり、動くことは不可能で、暫く、ベッドで安静にしていた。

 そうして、新しい家族という人達が来て、わたしは王家に連れて行かれた。


「マリアナが忘れてしまった過去の話だ。マリアナは帝国に住んでいた。母君と父君と一緒に。父君は帝国にいる。正確にはいた。今はもう亡き人だ」

「え?でも、わたしの父様はドゥオーモ王国のノンブル侯爵だと記憶しております」

「忘れた後に、植え付けられた記憶だ。ノンブル侯爵の妻は難病に罹り、帝国に住む母君が主治医になっていた。事故が遭ったとき、ノンブル侯爵家に回診に行った時であった。後に、夫人は儚くなったらしい。ドゥオーモ王国の国王陛下から母君、カナール夫人とマリアナは亡くなったと報せが来た。帝国から迎えに向かったが、事故現場にはカナール夫人の遺体しかなかった。マリアナの消息は掴めなかった。その後も、帝国から捜索隊が出ていた。7年後、成長したマリアナの姿を見たという。父君の前を通り過ぎていったマリアナを見て、ショックを受けていた。ドゥオーモ王国の国王陛下とまるで親子のように歩いている姿を見て、安全に救出するのは不可能だと落胆して帝国に戻った。帝国に戻ると父君は倒れられた。
医師の見立てでは、長年の過労から体を壊したようだ。治療を行ったが、日に日に病状は悪化していった。マリアナを救出できなかった無念を、我が皇帝陛下に伝えて息を引き取った。
そうこうしているうちに、マリアナは結婚したと報せが来た」

「父様のお名前は?」

「ファベル・プロートニク公爵。俺の叔父にあたる」

「叔父様?……もしかしたら、クラクシオン皇太子殿下とは親戚ですか?」

「ああ、幼いマリアナとよく遊んだ」

「……何も覚えていません」

「記憶喪失だと知った時は、ショックを受けた。マリアナと俺は婚約していた。奪われた花嫁を奪い返すために、皇帝陛下と共に策を練った。安全に連れ戻すために時間がかかったが、今が時期だと思ったのだ」

「でも、国王陛下は、父はノンブル侯爵だと、わたしに伝えました。え?あれ?ノンブル侯爵に多額なお金を払っていました。父に会いたいかと聞かれましたが、名前までは言っておいでになかった。極秘書類には、名前と金額が書かれていただけだったような気がします。後は、わたしを貰い受けると」

「誤魔化しておったのだ」

「でも、国王陛下だけが、わたしの味方でした」

「贖罪だったのかもしれぬ。帝国の侯爵と言えば、皇帝の姻戚のある家柄だ。もしもの時の人質だったかもしれぬ」

「人質?そんなぁ……」

 わたしは、ヘナヘナとその場に座り込んだ。

 クラクシオン皇太子殿下は、わたしを抱き上げて、椅子に座らせてくれた。

 ついでに、茶器を並べ、お茶を淹れている。

 部屋の中が、紅茶の香りに包まれていく。

 いい香りだ。

 お茶を淹れる所作が美しい。

 男性なのに、とても繊細で、カップを扱う指先もとても上品だ。

 お茶が注がれて、わたしの前にカップが置かれた。


「熱いから気をつけて」

「はい」

「今後の事だが、マリアナにはここに住んでもらう」

「でも、いいのですか?」

「明日にも、両親の墓に連れて行く。その前に、俺の父に会ってもらう」

「皇帝陛下ですか?緊張します。記憶をなくしたわたしが、会ってもいい相手ではないような気がします」

「何を言う?記憶喪失だとしても、生まれは変わらぬ。帝国の血を引いた姫であるぞ」

「姫ですか……なんだか夢を見ているようです」


 クラクシオン皇太子殿下は、わたしの頭を撫でだした。


「辛い思いをたくさんしてきたのだ。ここで心と体を休め、本来あるべき場所に戻るべきではないか?誘拐して、人質にした国には、もう戻す事はできない。わかるね?」


 わたしは頷いた。


「あちらの、国王陛下には、それなりの罰を与える」

「国を滅ぼすの?」

「そんなことをしたら、マリアナが悲しむ。その為に、マリアナに国務をさせていたのだろう。堤防を造り、ダムを造り、人々が住みやすいようにしてきたのは、マリアナだ。ドゥオーモ王国を攻めれば、少なからず国民が亡くなる。それをマリアナは望んではいないであろう?」

「できれば、お許しください。わたしは、幼い頃から国務をして、国民が幸せになれるように心血を注いできました」

「それがドゥオーモ王国の国王陛下の目的であっても、マリアナが悲しむことはしない」

「ありがとうございます」

「さあ、お茶が飲み頃だよ。飲んでごらん。美味しいお茶だよ」

「はい」


 わたしは、クラクシオン皇太子殿下が淹れてくれたお茶を飲んだ。

 とても香りがよく、美味しい茶だ。


「とても美味しい。こんなに美味しいお茶は初めてかもしれません」

「この国の貴族の間では、一般的な紅茶だ。子供の頃に飲んだと思うが、紅茶の味では、さすがに記憶は戻らないか」

「ごめんなさい。わたしの記憶に残っているのは、母様が亡くなっていく姿だけです。母様が真っ赤に染まって、母様はご自身が意識を失うまで、わたしの名前を呼んでいました。母様の腕の中で、わたしも意識を失ったのです」

「母君は、命をかけて、マリアナを助けたのだな。まさに医師の鏡だ」

「この国には肖像画などは残っていませんか?」 


 母様に会いたい。

 本物の父様にも会いたい。


「肖像画もあるが写真が残されている。明日、見せよう」

「ありがとうございます」


 わたしは、深く頭を下げた。

 クラクシオン皇太子殿下は、わたしの両手を掴んだ。


「マリアナは、俺の婚約者だ。もっと気楽に話せばいい。頭も下げる必要はない。俺のことは、シオン、もしくはクラクシオンと呼んでくれ」

「いきなり無理です」

「敬語もなしだ」

「困ります。わたしは、今の今まで、ドゥオーモ王国の王太子妃として、この帝国に来たのです。まだ王太子妃だと思いますし」

「ほんの少しだけ待っていてくれ、すぐに自由の身にする」

「お願いします」

 わたしは、やはり、深くお辞儀をした。

 そんなわたしを見ながら、クラクシオン様は寂しそうにしていらっしゃいました。

「では、食事を運ばせよう。ここで、一緒に食べよう」

「一緒にですか?とても緊張します」

「これから、共に食事をしよう。そのうち、客人も追い出す」

 わたしは、苦笑を浮かべた。

 クラクシオン様は、きっと思いがけない罰をお与えになるのだと、クラクシオン様のお顔見ていたら想像をしてしまった。

 国は滅ぼさないが、わたしを殴って、蹴りまで入れたことは、きっと許さないだろう。

 クラクシオン様が二度手を叩くと、メイドと白い服を着たシェフが部屋に入ってきた。

 テーブルの上のティーカップを片付けて、消化の良さそうな料理が並んでいく。

 ドゥオーモ王国では、見かけない高級なフルーツもある。

 テーブルいっぱいに並んだ料理を見たら、嬉しくなってきた。

 こんなに美しく、たくさんの料理は初めてだ。


「こんなに豪華な料理をありがとうございます」


 わたしは、クラクシオン様と皆さんに頭を下げた。

 皆さんも、深く頭を下げられた。


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