《完結》愛されたいわたしは幸せになりたい

綾月百花   

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28   浪費妻


 暑い。

 汗が張り付く。

 帝国に来てから、風呂に入っていない。

 どうして、こうも忙しいのだ?

 朝、宰相が部屋に俺たちを起こしに来る。

 すぐに朝食になり、魚料理が並べられている。

 またか……と出された物を食べる。

 ジュリアンは呆然としている。

 そのジュリアンに「食べろ」と命令して、ジュリアンは涙を浮かべながら、食事を水で飲み込んでいる。

 どんなに健康な物だとしても、こう毎日、毎食、魚料理ばかりだとさすがに嫌気がさしてくる。

 ジュリアンが嫌がるのを、無理矢理食べさせるのも、大概面倒になってきた。

 マリアナなら、なんの文句もなく食べるだろう。

 あの女は5歳にして、礼儀作法、食事マナーが完璧にできていたと聞いた。

 言葉も何カ国語も話せたらしい。

 だが、記憶がない娘らしい。

 確か、マリアナは父が連れてきた娘だと思う。

 母である王妃は、マリアナを卑しい娘と言っていたが、実際、どんな関係で王宮にいたのだろうか?

 父の子か?

 だが、父には最愛の第二夫人がいて、子供も正妻の母より多くいて、夜は離宮で過ごしていた。

 夕食も俺は母と食べていたが、俺がマリアナを見つけてから、父とマリアナも一緒に食べることが多くなった。

 俺が見つけなければ、マリアナの存在は隠されていたに違いない。

 父は、マリアナを大切にしなさい。いずれおまえの妻になるのだと言った。

 俺がマリアナを見つけたのは、確か14歳の頃だったか?

 いつから王宮にいたのか、俺は知らない。

 親子なら、結婚は勧めないだろう。

 不思議な女の子だった。

 出会った頃は笑顔の多い、よく話をする子だった。

 俺の後を追いかけてきて、可愛い子だった。

 母上に、内緒で会っていることを知られたときは、母上は忌々しげな顔をした。

 そう俺には見えた。

 二人で会うなら、お茶会を開いてあげましょうと、お菓子やケーキが並べられお茶が置かれるようになった。

 お茶会が行われるようになってから、マリアナは無口になった。

 笑顔も見せない。

 面白い友達ができたと思ったのに、つまらない女になった。

 母上は、第一夫人はマリアナだが、好きな女の子ができたら第二夫人に招いてもいいと言った。

 真実の愛について、母は話した。

 好きな相手と結ばれて、生まれた子を第一夫人の子として育てれば、何の問題もないとおっしゃった。

 俺は真実の愛を求めて、いろんな女性とお付き合いを始めた。

 見つけたのは、ジュリアンという女だ。

 淡いピンクの髪が珍しく。赤い瞳も目を引いた。

 お人形のような女の子を、綺麗に飾ってみたくなった。

 ドレスを贈ったら、喜んでくれた。

 そのドレスを身につけたジュリアンは、思ったとおり可愛かった。

 ただジュリアンは男爵家の三女だった。

 王家に迎えるには、家柄はよくない。

 父は反対したが、母は許してくれた。

 愛のない結婚をさせるなら、俺が好きになった女の子を側に置いてやれば、心は安らかになるでしょうと。

 父には第二夫人がいた。

 父と母は、愛し合っているようには見えなかった。

 政略結婚だったと知ったのは、俺が大人になってからだ。

 父は、俺が子供の頃から、夕食の時間になると第二夫人の元に戻っていく。

 第二夫人には俺と変わらない年齢の子供がいる。

 王女が二人に、年の離れた王子が一人。

 父は第二夫人の子と俺を遊ばせることはしなかった。

 だから、名前も顔も知らない。

 俺の母も、第二夫人の話はしなかった。

 母と第二夫人は仲が悪かったのだろう。

 父の真実の愛は、第二夫人の元にあったのだ。

 それなら、俺も真実の愛は第二夫人であるジュリアンに注げばいい。

 歪んだ考え方だと思ったが、俺は執務が嫌いだった。

 俺の嫌いな執務も公務も難なくこなす、幼いマリアナの存在は便利な使用人のような気もしていた。

 仕事をせずとも、マリアナがこなす。

 面倒な視察もマリアナは、器用にこなす。

 賢く、機転の利くマリアナに任せておけば、全て上手くいくのだ。

 形だけの妻は、そうして出来上がった。

 しかし、今、マリアナの存在が恋しい。ここにマリアナがいたら、きっとジュリアンの暴走を止めることができるのではないかと思う。

 ジュリアンは値段の書かれていないショーケースの前に、もう3時間ほど居座っている。


「ねえ、リオス。これ似合うと思わない?」


 何度同じ事を聞くのだろうか?

 所持金がないことは、馬車の中で話したのに、もう忘れている。

 値段の書かれていない商品は、時価だと言うことは田舎者の俺でも知っている。

 そんな高額の物など買えるはずもない。


「如何でしょうか?」


 店主が聞いてきた。

 俺も大概飽きたが、店主も飽きただろう。

 それに俺たちをここに連れてきた宰相も。

 もう、とっくにお昼ご飯の時間も過ぎて、おやつの時間だ。

 腹も減ってきて、苛々してきた。

 ジュリアンは、この店に来たときと同じテンションで居続けている。


「こちらの商品は、エンゼル地方でしか採れない希少かつ貴重なルビーでございます。一般的なルビーは加熱処理が施されています。高温で熱することで、色が鮮やかになり、透明感が増します。ここに展示されているルビーは、ノーヒート、非加熱の状態のルビーでございます。もともとの色が鮮やかで透明感があり、加熱処理の必要のない、言わばすっぴん美人なルビーでございます。奥様と同じでございます。美しく化粧をしなくても美しい。まさに、奥様のためのルビーでございます」

 本当に、口が上手い。

 こんな事を言われたら、益々、ジュリアンのことだから欲しがるに決まっている。


「ドゥオーモ王国の王太子妃でしたら、これほどの物をお持ちいただきたいですね」

「彼女は王太子妃ではないので」

「そうでございますか?愛人で?」

「違う、第二夫人だ」

「第二夫人でしたら、王太子妃の次に愛されたお方でしょう」

「王太子妃は愛してはおらん」

「はあ、でしたら、最愛の第二夫人の為に、お側に置いて、身につけていただきたい。ルビーは宝石の女王と言われております」


 そこまで話して、俺は頭を抱えたくなる。

 ジュリアンの瞳がキラキラ輝いている。


「では、分割で如何ですか?」


 俺は店主を睨み付けた。

 それは、ドゥオーモ王国は貧乏で、この宝石の金額すら払えないと言われたと同義である。

 実際に、手元にある金額では、到底払えないのだが。


「手持ちの金がない。この金を使うと国に帰れなくなる」

「でしたら、帝国で一時的に金を貸しましょうか?」


 宰相が口出ししてきた。

 ちょっと黙ってくれ。

 国の問題だ。

 帝国の宰相でも、口出し無用である。

 だが、『黙れ!』とも言えない。

 さすがの俺でも、それは帝国を侮辱していることくらい分かる。


「そんな失礼な事などしては、父に叱られてしまいます」

「では、個人的にお貸し致しましょうか?」

「いいえ、第二夫人の我が儘ですので、お気持ちだけ戴いておきます」

 体裁を繕ったが、俺は今、宰相に侮辱されたのだ。

 この程度の個人的な資産もないのか?と。

 悔しいが、実際にない。

 ジュリアンに貢ぎすぎた。

 俺の予算までも、ジュリアンは手を出す。

 うっかりすると、その年の予算をすっぽりと抜かれてしまう。

 新しい乗馬服や正装さえ買えなくなってしまう。

 俺はジュリアンと出会ってから、自由になる金がなくなっているのだ。

 ジュリアンは可愛いが、この欲深さだけは気に入らない。

 俺の立場も理解してくれと、言いたくなる。


「ジュリアン、帰るぞ。今日は何も買わない。毎日、浪費をしてはならない。第二夫人として自覚しなさい」

「愛する者にさえ、プレゼントをくれないなんて、なんて酷いお方でしょう」

「昨日、幾らドレスで使ったと思っているんだ?帝国に来る前にも、多額の金を使ったばかりだろう。いい加減にしないと置いていくぞ」


 真実の愛で結ばれているから、ドレスは買ってやった。だが、これ以上は帰国するときに困る。

 ジュリアンを野宿させるわけにはいかない。

 食事もなしで帰るのは辛い。

 俺たちの問題だけではない。

 護衛に来ている者達にも食べ物を与え、寝床を与えるのが、主である俺の勤めだ。

 ジュリアンは可愛いが、俺は俺の立場も考えなくてはならない。

 俺は、ジュリアンを置き去りにして店内から外に出た。

 真夏の日差しに、目が眩む。

 背後から、バタバタと駆けてきた。あの走り方は、ジュリアンだろう。

 淑女の礼儀作法もできていない娘だ。

 もう少し、礼儀作法を学ばせる方が、ジュリアンの為であろう。

『ごめんなさい』と謝ってくるものだと思っていたが、ジュリアンから発せられた言葉は「この甲斐性なし!」だった。

「なんだと?」

 さすがの俺も頭にくる。

 ジュリアンの我が儘に付き合ってきたが、こんな事を言われたのは初めての事だ。


「ジュリアン、おまえは国家予算のどれほどを自欲のために使っているのか、知っているのか?」

「知らないわ。でも、私達は真実の愛で結ばれているのよ。だったら、私を一番に美しく飾るのが、貴方の勤めでしょう」

「俺はジュリアンに貢ぎすぎたと自覚したばかりだ。国で定められた金額だけで、ドレスを買い、宝石を買いなさい」

「ケチ!」

「そんな可愛くない事を言うのなら、昨日買ったドレスを全て返品するぞ」

「それは止めて、ごめんなさい」

「最初から、素直に謝りなさい」

「だって、あんな綺麗なルビーは見たことがなかったんですもの。可愛い私が身につけたら、きっともっと可愛くなれると思ったのよ」

「それなら、来年の予算が出たら、買いに来たらいい」

「また帝国に連れてきてくれるの?」

「ドゥオーモ王国と帝国は、それほど離れているわけではない。急がなくてもいいではないか?」

「なくなってしまうかもしれないのよ」

「その時は、新しい物が欲しくなるであろう」

「それもそうかしら」


 やっとジュリアンは微笑んだ。

 ジュリアンはいつも微笑んでいればいいのだ。

 多少、頭のできが悪くても、悪い事は悪いと教えてやればいいのだから。


「戻られますか?」

「ああ、腹も減った」

「では、宮殿に戻り、食事に致しましょう」


 宰相は、馬車に案内してくれる。

 まったく、我が儘な妻だ。

 そこが可愛いとまた思うが、ジュリアンの我が儘は少々、矯正しなくてはならないだろう。


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