《完結》愛されたいわたしは幸せになりたい

綾月百花   

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54   お食事会

 宮殿に戻ると、次々に馬車が宮殿に到着する。

 今、このとき、帝国の王宮に勤めている騎士は、ほぼ全員が招集されている。

 宮殿を守る者。皇帝陛下と皇后様を守る者。皇子達、皇女達を守る者。

 来賓でシオンが呼んだ友人達を守る者。

 国民に極秘で開かれた結婚式で、これから噂が飛び交うだろう。

 教会にいた者達が、全て宮殿に到着すると、皇帝陛下が大声で笑い出した。


「実にいい結婚式だった」

「そうですわね。身内だけの結婚式は、温かく、感動だけが残りますわ」


 皇后様もご機嫌のようだった。

 シリピリー様とアメリア様も、笑っている。


「スリリングでしたわ」

「本当に、こんなにドキドキした結婚式は初めてよ」


 皇子達もやはり笑っていた。


「兄上、この上なく、よい結婚式でした」と第二皇子のモレークラ様が、やはり腹を抱えて笑っている。

「兄上、最高です!」


 第三皇子のメルーリオ様も、腹を抱えて笑っている。

 宰相のラルファ様とアロージョ医師と人気デザイナーのテスタ様も笑っている。

 こんな和やかな結婚式は、そうそうないだろう。

 護衛の騎士達は、突然、計画された結婚式に急遽準備に追われて、大変だったと思うけれど、終わってみれば皆さん、ホッとされている。

 シオンの近衛騎士達は、談笑を始めている。その中に近衛騎士団長のクラース殿の姿もある。

 ふと、アメリア様の事が気になったが、クラース殿がいても、アメリア様はもう気にしていないようだ。

 その事に安堵した。

 まだほんの数日前の事なのに、気持ちの整理をきちんとしている所は、見習わなくてはならないと思った。

 さすが皇女様だ。


「さあ、昼食にしましょう。今日は結婚式ですから、シェフ達が腕によりをかけた料理が並びますわ」


 皇后様がいち早く、しゃきっとなさった。


「ほら、貴方、いつまでも笑い転げていないで、さっさと移動しますわよ」

「ああ、皇后、あはは、だが、まるで鬼ごっこでもしているような気分だったな」

「まあ、貴方、幾つになったと思っていらっしゃるの?もう子供でもないのに」

「子供の頃に戻ったような気分になったと言うことだ」


 皇子達も皇女達も皆さん、頷かれています。

 確かに国民にも貴族達にも内緒で挙げた結婚式でしたから、素早く移動して、姿を騎士で隠され、速やかに移動してという結婚式は、子供が遊ぶ鬼ごっこと似ているのかもしれません。

 でも、皆さんが喜んでくださって、とても嬉しいです。


「では、行こうか?」

 シオンがわたしの手を握って、ウエディングドレス姿で、移動していく。


「今日の食事は、中ホールの準備がされております」


 宰相のラルファ様がコホンと咳払いをして、普段のお顔に戻っておられます。

 もう、シオンの親友の仮面は外して、宰相のお顔をしております。

 お部屋に移動すると、わたし達が中央に座り、その周りに机が並んでおります。

 普段より美しく装飾されたお皿に、豪華な料理が並べられております。

 少量ずつ並べられたお皿は、食べ終わると新しい料理が載ったお皿が置かれていきます。


「アナ、美味しいか?」

「ええ、とても美味しいです」


 シオンの呼びかけを聞いた皆さんは、「記憶が戻ったのか?」と騒がれましたが、そんなに簡単に記憶は戻りません。


「いいえ、結婚をしたら、昔の呼び名に替えると約束していたのです」


 わたしは、微笑んだ。


「そうか、少し期待をしてしまったが、幼い頃の記憶は、そうそう覚えてはいない。5歳の頃の記憶など、普通は衝撃的な物以外は、忘れてしまうものだ。そう気にすることではない」

 皇帝陛下は、穏やかにおっしゃった。

 記憶がないことは、確かだが、皇帝陛下が言うことも一般的には事実だと思う。

 わたしの場合は、5歳で誘拐されて、拉致されていた事が、一番の難題だった。

 母様を亡くしたのは、覚えている。

 わたしを強く抱きしめて、わたしの名前を呼び続けて、目の前が真っ赤に染まり、母様の声が聞こえなくなったのです。それと同時に、わたしも吸い込まれるように意識を失った。

 頭の傷は、ずっと痛くて、ベッドで横になっていた。

 髪はなくなっていた。

 メイドが、怖々、鋏で頭の傷の縫合を切っていった。

 痛くて、怖くて、泣いていた。

 包帯の代わりに、大きな布、あれはショールだと思う。

 それを巻かれた。

 剥げた頭は隠されたけれど、悲しさは消えなかった。

 起き上がろうとしても、体も痛むので、動くこともできなかった。

 寝ているだけでも、人は排泄がある。

 わたしは寝込んでいる間、おしめをされた。

 起こして、用を足しに連れていってくれる人がいなかったのだ。

 あまりにショックな事だった。

 我慢しても我慢しても、最終的に漏らしてしまう。

 その時の絶望感と喪失感は今でも鮮明に覚えている。

 誰もいない部屋で、痛くて、悲しくて、一人で泣いていた。

 怪我が治った後も、王宮は寂しくて、侍女に甘えて懲罰室に閉じ込められる事件があり、5歳という年齢はわたしにとって衝撃的だった。

 その後のドゥオーモ王国での生活も療養の後は、ひたすら勉強をさせられていた。

 家庭教師が何人もつき、休憩時間もろくになく、日々が終わっていく。

 部屋に運ばれてくる食事を、毎食、一人で食べる。

 守ってくれる人は、国王陛下だけだった。それでも、毎日、国王陛下に会えるわけでもなく、わたしは一人だった。

 話し相手もいない。

 自然と言葉を発することは忘れていった。

 この環境は異常だと感じても、過去の記憶がなく、どうして異常なのかも分からなかった。

 そんな生活が11年。

 わたしは記憶力がよかった。

 良すぎたから、辛いことも忘れなかった。

 やはり11年は長すぎたのだ。

 母様を亡くし、父様も亡くして、兄様は怒らないはずもない。

 存在を忘れてしまった兄様という人。

 どんな兄だったのだろうか?

 どんな家族だったのだろうか?

 皇帝陛下や皇后様のように笑い転げるような家族だったのだろうか?

 わたしは美味しい食事を食べながら、流れてくる涙を指先で拭って、それでも、涙が溢れてきた。

 こんなに幸せで、皆さんが笑顔の時に、涙なんて流したらいけない。

 そう思っても、涙が溢れてきて、シオンがハンカチを差し出してくださった。


「どうした?」


 わたしは首を左右に振る。

 説明できる言葉はない。

 ただ寂しかったのだ。

 今は幸せだが、忘れてしまった家族の事が寂しかったのだ。そして、過去の辛かった事を今、思い出してしまった。


「クラクシオン、少し、散歩をしてきたらどうだ?」

「では、失礼します」


 皇帝陛下のお言葉に、シオンはお礼で応えて、わたしの手を引いた。


「少し外の空気を吸ってこよう」

「……はい」


 わたしは皆様にお辞儀をして、シオンに手を引かれて部屋から出た。

 近衛騎士が付いてこようとするのを、シオンは手で断り、二人でテラスに出た。


「涙は我慢しなくてもいい。泣きたいだけ泣きなさい」

「皆さんが笑顔の時にごめんなさい」

「気にするな」


 シオンはわたしを背後から抱きしめて、じっとしている。

 わたしはシオンのハンカチで涙を押さえていた。

 秋の風は、少し肌寒く感じるけれど、シオンの体温で、体が冷えることはない。

 もう今は幸せだから、過去は忘れてしまおう。

 忘れた過去と一緒に、忘れてしまおう。

 今日、わたしは生まれ変わったのだ。

 大丈夫、大丈夫。

 これからは幸せになれる。

 シオンと一緒に家庭を築くのだ。

 自分に言い聞かせているうちに、少しずつ昂ぶっていた感情が落ち着いてきた。

 何度か深呼吸をして、わたしは振り向いて、シオンを見上げた。


「もう平気。ごめんなさい」

「そうか」


 シオンがわたしの目元にキスを落とす。

 左右の目元にキスをして、唇に触れるだけのキスをした。

 わたしは、少し唇を開いた。

 シオンの舌が入ってきて、わたしの舌と絡み合った。

 初めての経験で、わたしはシオンにしがみついて、目を堅く閉じていた。

 息苦しくなってきた頃、唇が離れていった。


「嫌じゃなかったのか?」

「初めてだったから、ビックリしただけよ」

「そうか」


 シオンはわたしをまた抱きしめた。


「わたし、5歳前の記憶は無くしたけれど、ドゥオーモ王国で暮らし始めた頃の、事故後からの記憶は鮮明に覚えているの。寂しくて辛かった事を思い出してしまったの。無くしてしまった家族が、どんな家族だったのか、考えたら悲しくなってしまったの。大切な結婚式の日にごめんなさい」

「俺の目から見たアナの家族は、さすが医術の専門家だと思える家族だった。両親は人の命を助けるために、日夜、努力を惜しまなかった。アナは賢かったから、母上について一緒に出掛けることが多かったと思うが、アルギュロスは凡人だった。医者にもなっていない。だから、子供の頃からアルギュロスはアナを苦手だと思っていたかもしれない」

「皆で笑い転げるような家庭ではなかったの?」

「そこまでは、分からないが。両親とも医師だったから、両親とも病院に出掛けることが多かったと思う。アナの家には乳母がいて、子守は乳母がしていたと思う」

「楽しい思い出はなかったかもしれないわね?」

「俺はアナと楽しい家庭を作りたいと思っている。皆で笑い合える家庭を作ろう」

「はい」

「では、戻るか?」

「はい、皆さんになんと言えばいいか」

「笑顔で戻っていけばいい」

「シオン、ありがとう」

「行こうか?」

「はい」


 シオンはわたしの手を握り、歩き出した。

 室内に戻ったわたし達を、皆さんは拍手で迎えてくれた。

 皆さんは果実酒を飲んでいるようだった。

 食事が途中だったわたし達の前には、続きの食事が並んでいく。

 どれも美味しくて、わたしは自然に笑顔になっていた。

 メイドがわたしのお化粧を急いで直して、泣きべそ顔は綺麗に隠された。

 その後、皆で写真を撮ってもらった。

 それから、皆さんと楽しい時間を過ごした。

 昼過ぎから始まった宴は、夕方まで続いた。

 日が沈む頃、招待していたシオンの友人達も帰り、皆さん、日常に戻って行かれました。


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