《完結》愛されたいわたしは幸せになりたい

綾月百花   

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69   兄様の笑顔

 兄様がアリス夫人に襲われてから3ヶ月が過ぎた。

 生死を彷徨った兄様は、やっとベッドに座っていられるようになった。

 右目は失明して、包帯を巻かれているが炎症はやっと治まった。

 大きな出血は肩と胸にあったが、体には、数え切れないほどの刺し傷があった。

 アリス夫人が、どれほどの殺意を持って刺したのか、物語るものだった。

 出血も多く、輸血もされた。

 乳母を亡くしたショックもあり、精神的にもかなり不安定になって、治療は時間がかかったが、今は落ち着いている。

 毎日、わたしはシオンと一緒に病院に通った。

 拒絶される日もあったし、歓迎される日もあった。

 けれど、兄様の心の根底には、孤独と寂しさがある事は分かっていた。

 だから、わたしも負けなかった。

 兄様がもう一度、笑顔を見せてくれるように努力した。

 今は兄様は、普通に会話ができるようになっている。

 シオンが言うには、以前より明るくなったと言っていた。

 兄様が、裁判に出られるようになるまで、アリス夫人の裁判は延期されている。

 アリス夫人は、わたしが正確に右目の眼球破裂をさせたので、兄様と同じように失明している。

 治療を受けた後から、牢屋に閉じ込められている。

 裁判の日までの仮の牢屋は、宮殿の地下にある。

 最低限の食事が与えられるだけだ。

 やっとアリス夫人は、明日、牢屋から出される。

 そう、やっと裁判が行われるのだ。

 今回はシオンが皇帝陛下の代わりに原告側に着くことになっている。


「兄様、明日は、わたしも一緒に参ります。一緒にアリス殿を裁きましょう。乳母を殺された恨みを晴らしに行きましょう」

「アナは、思い出したのだな」

「はい、わたしの記憶はあの邸に閉じ籠もっていたのです。あの夜、わたしは王宮の隠された扉を開けて、一人で抜け出したのです。こっそり、秘密の通路を探していたのです。色々準備に時間がかかって、やっと抜け出したのが、あの日だったのです」

「全く、アナは病気のフリをして、部屋に閉じ籠もっていたのを、どれだけ心配していたか」

「わたしはドゥオーモ王国で、王宮には必ず抜け出す為の通路がある事を知りました。ドゥオーモ王国の王宮の中にある抜け道は、全て把握しております。抜け出した先は、どこか、そこに何があるかも、しっかり把握しておりました。だから、帝国である宮殿にも、必ず抜け道があるはずだと探しておりました。場所もある程度、予想をしておりました。一番手こずったのは、オイルランプです。電気が点くのに、今時、オイルランプは戦の準備の品に紛れているくらいだと思ったのですが、わたしがオイルランプを欲しいと言えば、疑われます。なので、宮殿をよく観察したのです。動物は眩しい灯りを怖がります。だから、厩にあるかもしれないと思ったのです。オイルランプの灯りならば、明るすぎず、馬も怖がりません。散歩の途中で、厩の中を探したのです。そうしたら、思った通り有ったのです。灯りは手に入れましたが、夜に乙女がコートを着ていてもネグリジェで出かければ、不埒な者が現れる可能性があるので、自衛のために剣かナイフが欲しかったのです。シオンはくれませんでしたから、とても不安でした」

「俺はナイフをくれと言われて、怖くなったぞ。自害するつもりだと思った。剣でもいいと言われて、益々、不安になった」


 兄様はお腹を抱えて笑っています。

 わたしの冒険譚で笑ってもらえるなら、これからも時々、抜け出してみるのもいいかもしれませんね。


「アナ、明日の裁判の後は、宮殿を抜け出した罰を与える。あの抜け道は緊急事態が起きた時にしか使われない。使用人も騎士も知らない通路だ。その道をアナは、皆に報せたことになる。父上も激怒している。覚悟しておけ」

「えええ!分からないようにきちんと閉めて出てきました。知られたとしたら、シオンの探し方が悪かったのですよ」

「俺の責任にするつもりなのか?」

「当然です。隠れん坊で負けを認めないのは、シオンの悪い癖だわ。昔から変わっていないのね」

「なんだと!」

「あああ、もう、腹が痛い。夫婦喧嘩は宮殿でしてこい。隠れん坊をしたいのなら、宮殿の庭でやってこい。笑いすぎて、腹が痛い。もう帰れ」


 兄様はお腹を抱えて笑っている。

 わたしは、とても嬉しかった。

 シオンも優しい眼差しをしている。


「では、帰るか?」

「はい、帰ります」

「アル、明日は迎えに来る」

「頼む」


 兄様とシオンは、手を挙げた。

 男同士の仲のいい友人の別れの挨拶です。

 わたしは、兄様に手を振った。


「兄様、またね」

「ああ、まただ」


 シオンがわたしの手を引く。

 部屋から出ると、兄様はまだ笑っていた。


「シオン、ありがとう」

「アルは、友人だ。今は兄上になるのか?」


 シオンは優しく微笑んだ。
 
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