【完結】安心してください。わたしも貴方を愛していません

綾月百花   

文字の大きさ
28 / 61

28   白紙にしたほうがいいのかもしれません

しおりを挟む
 ノックの音がしたと思ったら、イグが部屋の中に入ってきて、わたくしを抱きしめてくださいます。


「お茶会で辛いことがあったと母上から聞いた」

「そうね」


 わたくしは、どう説明していいのか分からず、ため息で返事をしただけです。

 人の悪口は言ってはならないとお母様が言っておいででした。

 悪口には悪意が込められ、悪魔が宿ると、幼い頃に教わりました。

 悪魔は、悪口を言った者を食べてしまうそうです。

 それは、お母様が読んでくださった子供の絵本でのお話でしたが、わたくしは、その話がとても怖かったので、今でも時々思い出します。


「わたくしと婚約して、イグの評価が落ちますわ。わたくしは、貴族学校さえ出ていないのですもの。貴族学校に通っていない者は、恥なのですって」

「マリアは、その時期に白い結婚詐欺事件に巻き込まれていたではないか、マリアが悪いわけではない」

「でも、皆さんがそう思ってくださいませんわ。白い結婚詐欺事件自体、印象が悪いのですよ?わたくしだけが責められるだけなら、我慢いたします。でも、イグや王妃様まで悪く言われるのは、やはりよくないわ。王家の恥とまで言われましたわ」


 涙がこみ上げ、咄嗟に、ハンカチを目元に当てます。


「わたくしが商人などしているから、皆さんに迷惑を掛けてしまうのですわね。でも、この研究は遊びで始めたものではございません。この研究のために、たくさんの人が働いているのです。その者達の賃金を払うために、化粧品も売っています。皆さんに買っていただけるように、売り上げは少ないですけれど、低価格を付けています。わたくしは贅沢をするためにこの仕事をしているわけではございません」

「マリアが頑張っていることは、僕は知っているよ」

「イグ、お願いがあります。わたくしに付けている専属騎士をお返しいたします」

「どうしてだ?」

「王太子の近衛騎士を目指してきた腕利きの騎士がなっていると聞きました。その様な立派な騎士を、わたくしに配置するなど、王家の損失ですわ」

「その様なことを言われたのだな?」

「はい」


 わたくしは、また涙を拭う。


「ライアン、ティラン、入れ」

「はっ」


 二人の騎士は、部屋の中に入ってきた。


「専属騎士の二人は、お茶会で交わされていた会話を聞いていたであろう」

「はい」


 二人は声を合わせるように返事をする。


「誰が言っておった?」

「イグ、いいのよ?」

「ライアン、誰だ、答えよ」

「メアリー・カスカータ侯爵令嬢です。殿下、少し私情を宜しいでしょうか?」

「言え」

「メアリーは私の遠い親戚ですが、家族間で懇意にしております。彼女の邸に先日、食事に招かれた時に、私は彼女に今回の配属のことを話しました。その事を口にされたと思われます」

「ライアンはメアリーに愚痴をこぼしたのだな?」

「はい、すみません」


 ライアンは、深くお辞儀をした。


「私の近衛騎士になりたかったが、私の妻の専属騎士にはなりたくなかったと解釈するが」

「酒が入っていたのです」

「だが、それが本心なのだろう?」

「申し訳ございません」


 ライアンは再び頭を下げた。


「私はライアンを信頼していた。だから、大切な妻を守って欲しかった。残念だよ、ライアン。ライアンは、私の妻の専属騎士の任務を解く。次の配属は、追って伝える。謹慎を申しつける。出て行け」

「はい」


 ライアンは、敬礼してから、部屋から出て行った。


「ティラン、外で待て」

「はい」


 ティランは敬礼をすると、部屋から出て行った。


「どうするの?」


 心配になって、イグに聞くがイグは答えなかった。


「仕方がないわ。わたくしを守れ……なんて言われたって、みんな嫌に決まっているわ。ネルフもメアリー様の侍女だったんですって、わたくしは奪うつもりは微塵もなかったのよ。母の侍女に頼んだの。そうしたら、姪も一緒に連れて行くって手紙が来たの。それがネルフよ。ネルフはメアリー様の侍女だったけれど、メアリー様に触れたこともなかったと言っているわ。メアリー様には、侍女が五人もいたから、ネルフには仕事がなかったと言っていたの。ネルフのことは、母の侍女の姪の話ですもの。信じているの。信じたいの」


 胸が痛くて、また涙が零れる。


「貴族学校だって、行けるのをすごく楽しみにしていたのに、急に結婚が決まって、諦めなければならなかったの。結婚をしたら、白い結婚で、わたくしの人生は、もう終わったと思ったわ。それが白い結婚詐欺事件になって、結婚は白紙になったけれど、世間では、白紙になんてなっていないのよ。汚れた経歴で、やはり、わたくしの人生は、13歳で終わったのかもしれないわ。イグも王妃様も陛下も優しいけれど、わたくしは寂しいわ。イグ、この結婚を白紙にしましょう」


 イグが目を見開いた。


「どうしてだ?」

「イグにも王家にも、わたくしの存在は穢れにしかならないわ」

「僕はマリアを愛している」

「わたくしもイグを愛しているわ。でも、王家が汚れてしまうわ」

「王家のどこが汚れるんだ?」


 わたくしは、言葉に詰まって、ただ涙をこぼした。

 寂しくて、悲しくて、自分ではどうにもならない波に翻弄されてしまう。


「世間がそう思っているのよ。王家がこんな穢れた女を娶ってはいけないわ。幸い、まだ結婚式のドレスも作っていないわ。今なら、違約金はかからないわ。お父様に言って、婚約の時の準備金を返していただくわ」

「マリア、少し、冷静になってくれ。僕と愛し合っているのに、別れる必要があるのか?」

「……だって」


 涙が止まらない。

 堰を切ったように、流れて落ちる。


「お母様に会いたい」


 泣きすぎて、体が震える。

 イグが抱きしめてくれるけれど、体の震えは少しも治まらない。

 呼吸も苦しくて、息ができない。


「お母様に会いたい」


 どうして、わたくしを残して死んでしまったのかしら?

 わたくしは泣き疲れて、そのままイグの腕の中で意識を手放してしまったようだ。

 目を覚ますと、ベッドに寝かされていた。

 辺りが暗くなっている。

 誰もいない部屋で、わたくしは、また泣いていた。


「お母様に会いたい」

「会いに行こうか?」


 不意に声が聞こえて、わたくしは体を起こした。

 イグが椅子に座って、わたくしが目覚めるのを待っていたようだ。


「どこに母上はおるのだ?」

「お父様の領地にある墓地にいますわ」

「それなら、明日の早朝、会いに行こうか?」

「連れて行ってくれるの?」

「このまま放っておいたら、この地から会いに行きそうだから、僕が一緒に行こう」

「でも駄目よ。殿下が動けば、騎士団が動くわ。迷惑を掛けてしまう。わたくし、一人で行けるわ」

「殿下ではなく、イグだろう。互いに愛称で呼び合う仲になったであろう?マリア」

 もう呼ぶ資格がないような気がします。

 わたくしはベッドに座ったまま、俯いて、自分の指先を見ていた。

 母の指にそっくりなわたくしの指だ。

 父に似なくてよかったと母がよく言っていた。

 すらりと伸びた綺麗な指先だ。

 頬に涙が流れる。

 そっとベッドが沈み込んで、抱き寄せられた。

 いつの間にか、普段着に着替えたイグは、わたくしを胸に抱いて、背中を優しく撫でてくださる。


「涙が止まるまで、こうしていよう」


 わたくしは頷いた。

 胸を借りた。ボロボロに傷ついた心を癒やして欲しい。

 そう思うことすら我が儘かもしれないけれど、今は抱きしめていて欲しい。


しおりを挟む
感想 182

あなたにおすすめの小説

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

白い結婚を告げようとした王子は、冷遇していた妻に恋をする

夏生 羽都
恋愛
ランゲル王国の王太子ヘンリックは結婚式を挙げた夜の寝室で、妻となったローゼリアに白い結婚を宣言する、 ……つもりだった。 夫婦の寝室に姿を見せたヘンリックを待っていたのは、妻と同じ髪と瞳の色を持った見知らぬ美しい女性だった。 「『愛するマリーナのために、私はキミとは白い結婚とする』でしたか? 早くおっしゃってくださいな」 そう言って椅子に座っていた美しい女性は悠然と立ち上がる。 「そ、その声はっ、ローゼリア……なのか?」 女性の声を聞いた事で、ヘンリックはやっと彼女が自分の妻となったローゼリアなのだと気付いたのだが、驚きのあまり白い結婚を宣言する事も出来ずに逃げるように自分の部屋へと戻ってしまうのだった。 ※こちらは「裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。」のIFストーリーです。 ヘンリック(王太子)が主役となります。 また、上記作品をお読みにならなくてもお楽しみ頂ける内容となっております。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く

ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。 逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。 「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」 誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。 「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」 だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。 妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。 ご都合主義満載です!

本日、貴方を愛するのをやめます~王妃と不倫した貴方が悪いのですよ?~

なか
恋愛
 私は本日、貴方と離婚します。  愛するのは、終わりだ。    ◇◇◇  アーシアの夫––レジェスは王妃の護衛騎士の任についた途端、妻である彼女を冷遇する。  初めは優しくしてくれていた彼の変貌ぶりに、アーシアは戸惑いつつも、再び振り向いてもらうため献身的に尽くした。  しかし、玄関先に置かれていた見知らぬ本に、謎の日本語が書かれているのを見つける。  それを読んだ瞬間、前世の記憶を思い出し……彼女は知った。  この世界が、前世の記憶で読んだ小説であること。   レジェスとの結婚は、彼が愛する王妃と密通を交わすためのものであり……アーシアは王妃暗殺を目論んだ悪女というキャラで、このままでは断罪される宿命にあると。    全てを思い出したアーシアは覚悟を決める。  彼と離婚するため三年間の準備を整えて、断罪の未来から逃れてみせると……  この物語は、彼女の決意から三年が経ち。  離婚する日から始まっていく  戻ってこいと言われても、彼女に戻る気はなかった。  ◇◇◇  設定は甘めです。  読んでくださると嬉しいです。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

【完結済】自由に生きたいあなたの愛を期待するのはもうやめました

鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
 伯爵令嬢クラウディア・マクラウドは長年の婚約者であるダミアン・ウィルコックス伯爵令息のことを大切に想っていた。結婚したら彼と二人で愛のある家庭を築きたいと夢見ていた。  ところが新婚初夜、ダミアンは言った。 「俺たちはまるっきり愛のない政略結婚をしたわけだ。まぁ仕方ない。あとは割り切って互いに自由に生きようじゃないか。」  そう言って愛人らとともに自由に過ごしはじめたダミアン。激しくショックを受けるクラウディアだったが、それでもひたむきにダミアンに尽くし、少しずつでも自分に振り向いて欲しいと願っていた。  しかしそんなクラウディアの思いをことごとく裏切り、鼻で笑うダミアン。  心が折れそうなクラウディアはそんな時、王国騎士団の騎士となった友人アーネスト・グレアム侯爵令息と再会する。  初恋の相手であるクラウディアの不幸せそうな様子を見て、どうにかダミアンから奪ってでも自分の手で幸せにしたいと考えるアーネスト。  そんなアーネストと次第に親密になり自分から心が離れていくクラウディアの様子を見て、急に焦り始めたダミアンは───── (※※夫が酷い男なので序盤の数話は暗い話ですが、アーネストが出てきてからはわりとラブコメ風です。)(※※この物語の世界は作者独自の設定です。)

処理中です...