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4   託された望み

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 どちらかの両親と別れるとき、いつも身を引き裂かれるように心が痛む。 
 どちらも両親と名乗り、パパ、ママと呼ぶ。 
『お預かりします』と言っているところを、ずっと小さなときに耳にしたこともあった。 
 オレはなんだろう? 
 本当は誰の子なんだろう? 
 万里江さんがオレを抱きしめて、涙を滲ませる。 
「元気でね」「いい子でいるのよ」と、六歳の時から同じ言葉で、オレと別れを惜しむ。 
 それを見て、浅子さんも目にいっぱい涙を浮かべる。 
 オレはどうしていいのか分からなくて、ふたりの間で立ち尽くす。 
 いつもは薫が救い出してくれた。 
 腕に抱き込み『見ちゃだめだよ』って。 
 猛さんと寛さんは強く抱擁している。 
「ごめん」と猛さんが誤った。「仕方ないさ」と寛さんが苦笑を浮かべた。 
 車が到着し、挨拶もさせないまま、オレが帰りたいと言わなかったら、こんなやり取りは目にしなかったかもしれない。 
「優ちゃん、荷物は?」 
 ふたりの母親から逃げ出して、早々に車に乗り込んだオレに、万里江さんが言った。 
「なにも持っていきたくないんだ。ここに置いて行ってもいい?」 
 オレはもう親たちと目が合わせられない。 
 いつものことなので、大人たちは大目に見てくれる。 
「でも、スマホ、あれもいいの?」 
「・・・うん、もういらない」 
「そう、薫・・・寂しがるわね」 
「・・・」 
「早く思い出してあげてね」 
「・・・うん」 
 泣き笑いで告げる万里江さんに、無理やり笑みで応えた。 
 互いに名残惜しげに二手に分かれ、オレの乗った車は動き出した。 
 明香里はいつものように、家政婦の昌代さんにしがみついている。 
 堂坂の豪邸が遠ざかって行く。 
 この瞬間、いつもオレの胸にぽっかりと穴が開く。 
 親に捨てられる。もらわれる。 
 真実など教えてもらえないけれど、六歳の誕生日から、オレの中で渦巻いている。そして、不安や寂寥に呑み込まれて、感情が壊れそうになるのだ。 
 暗闇に浮かぶ一条の光。 
 蜜色の優しい眼差しでオレを照らし、温かな薫風に包み込み救い出してくれたのは薫だった。 
 薫を失った今、オレはひとりでこの重圧に耐えなければならない。 
 今より自分が壊れる予感がした。 
 本当に薫は寂しがってくれるのだろうか? 
 オレがいなくなって、ホッとするほうに、百円・・・って、誰と賭けるんだよ? 
(薫・・・) 
 車はどんどん堂坂の家から遠ざかる。 
(薫はまだ待っているのかな?) 
 遠くにこんもりとした山が見える。点々とお洒落な建物が見える。一か月弱通った学園もだんだん遠くなっていく。 
(最後に勝負くらいすればよかったかな) 
 オレは後部座席に俯せに倒れこんだ。 
 度重なる緊張と疲労で、すぐに瞼が重くなる。 
「優ちゃん、眠るの?」 
 浅子さんが後部座席を振り返った。 
 顔を伏せているので表情はわからないが、オレの様子を窺っている。 
 いつものことなので、オレは顔を上げず返事だけする。 
「うん」 
「寒くないかしら、何かかけましょうか?」 
「いらない」 
「そう?」 
 浅子さんはオレの無愛想な返事に戸惑いながらも、平静を装っている。 
 これも、いつものことだ。 
「・・・ねえ、本当のパパとママは誰?」 
「なに言って・・・。それも忘れちゃったの?」 
「うん」 
「寛さんと私よ。それに、万里江さんに猛さんでしょう?」 
「そう・・・」 
 小さい頃は『優ちゃんにはパパとママがたくさんいていいわね』と、言われ、喜んだ時期もあったが、知りたいのは真実だ。 
「おやすみ」 
「うん」 
 一度だけ、オレの頭に触れ、浅子さんは体を戻した。 
 

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