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第七章
2 謁見
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☆
俺の周りには騎士達が取り巻いている。
何かしでかしたら、すぐに取り押さえられて、首を刎ねられるかもしれない。
そう思うと、緊張して、手作りの斜めがけの鞄の紐をギュッと掴んでしまう。
俺は王宮の謁見の間に連れて行かれたようだ。
豪華な部屋だ。
「ここにおかけください」
騎士は俺に椅子に座るように言った。
王座は立派な椅子が置かれて、そこから離れた場所から王座に向かって両側に椅子が並べられている。
一番前の席に俺は座って、俺の周りに騎士達が立っている。
王座の後ろのカーテンが揺れると、オブリガシオン国王陛下が現れた。
出会った時と同じ顔をしている。
俺はすぐに深く頭を下げた。
「ラクイナミューネ、いつ来るかと待っていた」
その言葉に、俺は驚いた。
俺を待っていたと、言ったような気がする。
聞き間違いだったら、どうしよう。
嬉しい気持ちと不安な気持ちが、俺の感情を複雑にする。
「あの……わたしは王宮で幽閉されていたので、隙を見て逃げ出したのです。市井に降りて働きながら、オブリガシオン様にお目にかかれるように旅をしていました。やっと馬と乗馬服を借りるお金が貯まったので、こうしてお訪ねしました」
「それで何をしに訪ねてきた?」
「それは……元の体に戻していただきたくて」
「その体は気に入らなかったのか?」
「……わたしはこの先、市井で静かに暮らしていきたいと思います。……呪いの体では、不都合があるので」
「好きな者でもできたのか?」
「そうではありません」
オブリガシオン様は淡々と、尋ねてくる。
俺は勤めて冷静な声を出そうと、気をつける。
そうしないと、子供のように泣き出しそうだった。
「詳しく理由を聞かせよ」
「……わたしが市井に降りた日に、わたしは男達の慰み者になりました。呪いの体だからと、……うっ……」
思い出すと涙が流れてくる。
あの日の屈辱は、きっと一生忘れないだろう。
「俺が作った体を壊されたのか?」
「……違います。玩具にされたのです。……もうあの様な事が起きないように、元の体に……戻して欲しいのです」
俺は椅子から降りて、泣きながら土下座していた。
犯されたときの、どうしようもない絶望感が押し寄せてきて、今まで誰にも言えずに忘れようとしてきた気持ちが溢れてくる。
「俺を好きだと言った気持ちは、この2年近くで綺麗に消え去ったのか?」
「……好きでした。今でもその気持ちはありますが、身分が違いすぎます。わたしは捨てられた身でございます。身分はありません。気持ちだけでは叶わない事もございます」
オブリガシオン様が王座から降りて、俺の前に片膝を付いた。
俺は益々、床に頭を押しつける。
「顔を上げよ」
「汚い顔をしております」
涙で汚れた顔など、見せられない。
穢されたこの身を晒すことも、本当は許されないのかもしれないのに、オブリガシオン様は俺の腕を引いた。
「いいから顔を見せなさい」
ゆっくり、俺は顔を上げた。
漆黒の瞳が、俺をじっと見ていた。
「あの時、帰した事を後悔していたのだ」
「……オブリガシオン様」
オブリガシオン様は白いハンカチを取り出すと、俺の涙を拭き取ってくれる。
「よく戻って来てくれた」
「待っていてくださったのですか?」
「ああ、影も送って探らせた」
「わたしの前で自害したのです。わたしに『オブリガシオン様の元に戻るか?』と聞いてくださったのに。目の前で死んでしまったのです」
「そうか」
オブリガシオン様は俺にハンカチを握らせると、俺の手を引いた。
その力強さに、俺はオブリガシオン様と共に立ち上がった。
「辛い想いをさせてしまったのだな?」
「もういいのです。こうしてここに来られましたので」
「ラクイナミューネ、俺の妻にならぬか?」
「……え?」
俺は紡がれた言葉が信じられなくて、オブリガシオン様をじっと見つめる。
オブリガシオン様は、目を細めて微笑んでいる。
「聞こえなかったのか?結婚して欲しいと言ったのだ」
「……穢れたわたしなど、オブリガシオン様に相応しくはありません」
俺は恐れ多くて、後ずさりする。
けれど、俺が後ずさりした分を埋めるように、オブリガシオン様は俺に近づいてくる。
逃げ出さないように手首を捕まれた。
その手首を引き寄せて、俺の指先に口づけをした。
俺はポカンとその様子を見る。
まるでゲームの一画面のように美しい。
「ラクイナミューネ、返事を聞かせて欲しい」
「本気でおっしゃっているのですか?今のわたしは、市井で宿屋のメイドをしているのですよ?政略結婚にもなりませんよ?」
「ただのラクイナミューネで構わない」
「……わたしはただのミューネです」
「そうか、ミューネか?」
「はい。王宮でそう呼ばれるようになりました。市井ではハルと名を偽って暮らしております」
「ミューネでもハルでも構わない。其方のことが忘れられなかったのだ」
俺は頷いた。
「オブリガシオン様、お気持ちが変わらないのならば、わたしを側に置いてください」
「結婚するのだな?」
「……はい」
こんなに都合良く事が運ぶことが信じられない。
今まで、辛いことばかりあったのに……。
信じてもいいのだろうか?
まさか、前世の時と同じくスペアーかもしれないな?
それでも、俺はやっぱりオブリガシオン様が好きなようだ。
差し出された手を握ってしまう。
「さあ、ミューネ、部屋に案内しよう。お風呂に入って汗を流しなさい」
「……はい」
オブリガシオン様は俺を抱きしめてくれた。
乗馬服のままの俺を……。
温かくて、すごく幸せだと思えた。
俺の周りには騎士達が取り巻いている。
何かしでかしたら、すぐに取り押さえられて、首を刎ねられるかもしれない。
そう思うと、緊張して、手作りの斜めがけの鞄の紐をギュッと掴んでしまう。
俺は王宮の謁見の間に連れて行かれたようだ。
豪華な部屋だ。
「ここにおかけください」
騎士は俺に椅子に座るように言った。
王座は立派な椅子が置かれて、そこから離れた場所から王座に向かって両側に椅子が並べられている。
一番前の席に俺は座って、俺の周りに騎士達が立っている。
王座の後ろのカーテンが揺れると、オブリガシオン国王陛下が現れた。
出会った時と同じ顔をしている。
俺はすぐに深く頭を下げた。
「ラクイナミューネ、いつ来るかと待っていた」
その言葉に、俺は驚いた。
俺を待っていたと、言ったような気がする。
聞き間違いだったら、どうしよう。
嬉しい気持ちと不安な気持ちが、俺の感情を複雑にする。
「あの……わたしは王宮で幽閉されていたので、隙を見て逃げ出したのです。市井に降りて働きながら、オブリガシオン様にお目にかかれるように旅をしていました。やっと馬と乗馬服を借りるお金が貯まったので、こうしてお訪ねしました」
「それで何をしに訪ねてきた?」
「それは……元の体に戻していただきたくて」
「その体は気に入らなかったのか?」
「……わたしはこの先、市井で静かに暮らしていきたいと思います。……呪いの体では、不都合があるので」
「好きな者でもできたのか?」
「そうではありません」
オブリガシオン様は淡々と、尋ねてくる。
俺は勤めて冷静な声を出そうと、気をつける。
そうしないと、子供のように泣き出しそうだった。
「詳しく理由を聞かせよ」
「……わたしが市井に降りた日に、わたしは男達の慰み者になりました。呪いの体だからと、……うっ……」
思い出すと涙が流れてくる。
あの日の屈辱は、きっと一生忘れないだろう。
「俺が作った体を壊されたのか?」
「……違います。玩具にされたのです。……もうあの様な事が起きないように、元の体に……戻して欲しいのです」
俺は椅子から降りて、泣きながら土下座していた。
犯されたときの、どうしようもない絶望感が押し寄せてきて、今まで誰にも言えずに忘れようとしてきた気持ちが溢れてくる。
「俺を好きだと言った気持ちは、この2年近くで綺麗に消え去ったのか?」
「……好きでした。今でもその気持ちはありますが、身分が違いすぎます。わたしは捨てられた身でございます。身分はありません。気持ちだけでは叶わない事もございます」
オブリガシオン様が王座から降りて、俺の前に片膝を付いた。
俺は益々、床に頭を押しつける。
「顔を上げよ」
「汚い顔をしております」
涙で汚れた顔など、見せられない。
穢されたこの身を晒すことも、本当は許されないのかもしれないのに、オブリガシオン様は俺の腕を引いた。
「いいから顔を見せなさい」
ゆっくり、俺は顔を上げた。
漆黒の瞳が、俺をじっと見ていた。
「あの時、帰した事を後悔していたのだ」
「……オブリガシオン様」
オブリガシオン様は白いハンカチを取り出すと、俺の涙を拭き取ってくれる。
「よく戻って来てくれた」
「待っていてくださったのですか?」
「ああ、影も送って探らせた」
「わたしの前で自害したのです。わたしに『オブリガシオン様の元に戻るか?』と聞いてくださったのに。目の前で死んでしまったのです」
「そうか」
オブリガシオン様は俺にハンカチを握らせると、俺の手を引いた。
その力強さに、俺はオブリガシオン様と共に立ち上がった。
「辛い想いをさせてしまったのだな?」
「もういいのです。こうしてここに来られましたので」
「ラクイナミューネ、俺の妻にならぬか?」
「……え?」
俺は紡がれた言葉が信じられなくて、オブリガシオン様をじっと見つめる。
オブリガシオン様は、目を細めて微笑んでいる。
「聞こえなかったのか?結婚して欲しいと言ったのだ」
「……穢れたわたしなど、オブリガシオン様に相応しくはありません」
俺は恐れ多くて、後ずさりする。
けれど、俺が後ずさりした分を埋めるように、オブリガシオン様は俺に近づいてくる。
逃げ出さないように手首を捕まれた。
その手首を引き寄せて、俺の指先に口づけをした。
俺はポカンとその様子を見る。
まるでゲームの一画面のように美しい。
「ラクイナミューネ、返事を聞かせて欲しい」
「本気でおっしゃっているのですか?今のわたしは、市井で宿屋のメイドをしているのですよ?政略結婚にもなりませんよ?」
「ただのラクイナミューネで構わない」
「……わたしはただのミューネです」
「そうか、ミューネか?」
「はい。王宮でそう呼ばれるようになりました。市井ではハルと名を偽って暮らしております」
「ミューネでもハルでも構わない。其方のことが忘れられなかったのだ」
俺は頷いた。
「オブリガシオン様、お気持ちが変わらないのならば、わたしを側に置いてください」
「結婚するのだな?」
「……はい」
こんなに都合良く事が運ぶことが信じられない。
今まで、辛いことばかりあったのに……。
信じてもいいのだろうか?
まさか、前世の時と同じくスペアーかもしれないな?
それでも、俺はやっぱりオブリガシオン様が好きなようだ。
差し出された手を握ってしまう。
「さあ、ミューネ、部屋に案内しよう。お風呂に入って汗を流しなさい」
「……はい」
オブリガシオン様は俺を抱きしめてくれた。
乗馬服のままの俺を……。
温かくて、すごく幸せだと思えた。
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