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3 殿下が優しすぎて怖いです
3 山の中の老婆
しおりを挟む滋養の薬の予備はたんまりあって、それを袋に入れると、準備は整った。
ワンピースにかかとの低い靴を履き、歩くときは念のために兄に手を引かれる。
「まず、私がお加減を伺ってきます。殿下はお待ちください」
「ああ、わかった」
兄に手を引かれ、扉をノックする。
「どちらさまでしょうか?」
「リリアンです」
「どうぞ、お入りください」
「お邪魔します。今日は兄と一緒ですが、申し訳ございません。足を怪我しまして、手を引いてもらっています」
「どうぞ、奥へ」
付き人が、長老の前まで招いてくれる。
「いつもありがとう。リリアンさん」
「今日もお薬を持ってきました。体の具合はいかがですか?」
「肺の方は落ち着いています。滋養のお薬は毎日淹れております」
付き人が、答えてくれる。
「お婆さま、少しお手に触れますね」
「はい」
脈拍を診て、聴診器で胸と肺の音を聞く。
「辛いところはありませんか?」
「最近は具合が良くてね。いつもありがとう」
「それは良かったです」
「お婆さま、少しお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、いいよ」
「私、アウローラさんと学校で同じクラスなのです。最近、学校にいらっしゃらなくて。心配しているのですけど。何か知りませんか?」
「リリアンさん、アウローラには近づかないで欲しい。リリアンさんが危険だ。足の怪我は、アウローラの黒魔術だ。昨日、その札を見つけて魔術を解いた。痛かっただろう?」
「ええ、とても痛かったですわ。やはりお婆さまが助けてくださったのですね。ありがとうございます」
「お礼を言われるような事はしていない。孫をきちんと導けなかった私の責任だ」
老婆は深く頭を下げた。
「妹を助けていただき、感謝します」
兄が、まず頭を下げた。
「アウローラさんが言っていたことですが、殿下のお子を産んだと言うのは本当ですか?」
「本当だ。黒魔術を使って受精させ、出産した。1歳半の時に王子そっくりの姿に変えて、アウローラと同等の魔術を分け与えた。アウローラの魔術はすべて禁術だ。代々受け継がれてきた本で学んだのだろう。アウローラは王国を乗っ取るつもりでいる。王子を我が物にしようと企んでいる」
「それを国王陛下に伝えてはもらえませんか?」
「こんな老婆の言うことを信じるのか?」
「実際に、殿下は操られ、学園の殿下の席に魔方陣が描かれていた。先日は王宮で騒ぎを起こし、殿下と同じ顔をしたアウローラの子が、たくさんの騎士に怪我をさせた。真実を知りたいと、国王陛下も王子殿下も思っております」
兄が最近起きたアウローラのあれやこれを話して聞かせた。
「アウローラ、なんと愚かな……」
老婆は、首からさげたタオルで目元を覆った。
リリアンは少し迷ったが、心のわだかまりを取りたくて、老婆に聞きたいことがあった。
「お婆さま。わたし、二度目の人生を送っているような気がします。もしかしたら、お婆さまが生き返らせてくださったのではないですか?」
長老は微笑んだ。
「アウローラは、リリアンさんを煽ってリリアンさんを怒らせ、一番恥ずかしい死に方をさせると言っていた。だから、死んでも生き返るように、魔術を重ねた」
「ありがとうございます。前世のわたしは狂っていました。今、冷静に考えると、どうしてそこまで執着して、怒り狂っていたのかわかりません」
「アウローラの黒魔術だ。孫のしでかしたことは、私が責任を取らなくてはいけない。魔術を教えたのは私だ。正しい魔術の使い方を教えてきたつもりだが、あの子は私の意思を受け継いではくれなかった」
リリアンは頷いた。
「お婆さま。国王陛下にお会いしてくださいますか?」
「こんな老いぼれでも役に立てるなら、力になりたい」
「ありがとうございます」
長老は、長老の世話をする付き人を連れて、騎士団が準備した馬車に乗り込んだ。
「僕たちも行こう。殿下もさあ」
「ああ、そうだね」
殿下は浮かない顔をしていた。
馬車に乗り込むと、殿下はリリアンの手に手を重ねた。
「リリアン、二度目の人生とはなんだ?」
「私は来年の3月に殿下に剣を向けた不敬罪で斬首刑にされました。今は過去をやり直しています」
殿下も兄も驚いた顔をしている。
「前世とは違うシナリオで、同じ過ちを犯さないように、気をつけて暮らしておりますが、アウローラは、わたしがどうしても邪魔なのでしょう」
リリアンは、微笑して俯いた。
「命令を下したのは僕なのか?」
「仕方がありません。あの時のわたしは、今のアウローラのように狂っておりました」
「こんなに大切に思っているリリアンを、僕は殺したのか?」
「わたしも殿下もアウローラに、操られていたのでしょう」
「老婆には感謝しなくは……」
「そうですね……」
兄も頷いた。
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