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4 聖女の誘拐
5 誘拐(5)
しおりを挟む馬車が止まり、誰かが私を肩に担いだ。
誘拐されて、三晩ほどだ。途中で休憩があったが、ずっと走ってきていた。
「そっとだ、起こすなよ?」
言われたように、静かに丁寧に運ばれていく。
あ、空気が変わった。
人の気配も多く感じられる。アリエーテの体は、どこかの建物の中に入り、ベッドに横たえられた。
「このまま目覚めるまで待とう」
そっと掛布をかけられた。部屋は暖かく、適度な湿度もあり寝心地は悪くない。
温かな布団に潜り込むように、体が勝手に動きアリエーテが深い眠りに入ったのが分かる。危害は与えられないような感じだ。眠っているアリエーテの代わりに、私は目を光らせている。もし何かしてきたら、アリエーテが眠っていても、アリエーテを守り抜く。そうして朝を迎えた。アリエーテの意識が浮かび上がってくる。私は何度もアリエーテを呼んだ。
『由香、どうしたの?』
『アリエーテ、目を開けずに聞いて欲しい』
『いいわ』
『アリエーテはプリュームと露天風呂に入った後に、何者かに捕まり眠り薬を飲まされたの。誘拐されて、四日目の朝よ』
『誘拐?そんなに眠っていたの?』
『薬を飲まされていたの。体は平気?頭を怪我しているわ』
『体は重いわ、気分も良くない。頭は少し痛いわ』
『私がアリエーテに目立つドレスを着せたからかしら?』
『四日も眠っていたのなら、ここは異国。ドレスは関係ないわ』
『馬車に連れ込まれてからは、大切に扱われていたけれど』
由香は、ここで聞いた会話を話した。
『王宮の浄化が必要なのね』
『詳しくは分からないけれど、王宮が破滅的だと言っていたわ』
『誘拐は許せませんけれど、私の力が必要ならば、私はしなくてはいけません』
『……アリエーテ』
『大丈夫、気をつけますわ』
アリエーテは目を開けた。
「聖女様、気がつかれましたか?」
そこにいたのは、普段着を着た男性と女性だった。
裕福な家だと分かる。
こぎれいな服を身につけ、部屋も豪華な客間のようだ。
「ご気分はいかがですか?」
「とても悪いわ」
「申し訳ございません」
頭に触れると、包帯が巻かれていた。
「痛みますか?」
「ええ、痛いわ」
「申し訳ございません」
優しげな面差しをしている。
「お食事の用意をいたしてきます」
女性は深く頭を下げると、部屋を出て行った。
いきなり祈りを捧げようかと身構えていたが、そこに控えていた人たちが悪い人ではないことは分かった。
「ここはどこですか?」
「デザロージュ王国でございます。私はウルメス・コル・ミエンブロと申します。デザロージュ王国の議長です。一緒にいたのが、私の妻のローズと申します」
「デザロージュ王国の議長さんが、私になんの用があって、誘拐などしたのですか?」
「乱暴な行いは、謝罪しかありません。我が国の国王と王妃、その子供達までもが、悪魔にでも憑依されたかのように、急に冷酷非道な仕打ちを行い始めたのです。公爵家を始め、下々の者にまで、すぐに処刑を言い渡し、もう既にかなりの人々が殺されております。王宮に勤めている使用人は殺されるか、逃げ出す始末。自ら側近に手を下す事もあります。どうか我が国をお救いください」
部屋には使用人が入ってきて、オレンジ色の飲み物を持って、着替えの洋服も用意されている様子……。
「こんな乱暴な事をせず、国を通して依頼をして下されれば、私は自ら赴きましたが……」
「我々も冷静な判断ができなくなってきております。本当に申し訳ございません」
「感染をしているのですか?」
「はい。議員の中でも、子殺しをした者も出てきています。感染症の様に乱暴な気持ちが伝染しているのかもしれません。聖女様を殴り、頭に傷を負わせた青年も、元々は心根の優しい騎士でございますが、不意に手を上げてしまったと。今は自宅謹慎させております」
「私の力で治まるのか分かりませんが、力を尽くしてみます」
起き上がろうとするが、目眩を起こし、起きられない。先ほどいた女性が、そっと背中を支えて、枕やクッションで背もたれを作ってくれた。使用人を使わず、奥方がわざわざ、手を貸してくれる。この家は、安全なのだろうか?
「まずは、体力を付けて、療養してください」
「そうね、体が重くて、とても動けそうにないわ」
「本当に、申し訳ございません」
ウルメスはひたすら頭を下げている。議長ということは、ここは公爵家。家柄もいいのだろう。
「聖女様、ベッドから降りられそうなら、ソファーに移動なさりますか?」
「手を貸していただけますか?」
「もちろんでございます」
ローズはアリエーテの手を取ると、アリエーテの体の向きを変え、使用人が「お手伝いします」と申し出て、足をベッドの下へと下ろしてくれる。左右から体を支えられ、ソファーに移動した。
「我が国の特産のオレンジジュースでございます。ビタミンも豊富なので、弱った体にも良く効くと思います」
「いただきます」
常温だが、甘酸っぱく美味しい。色がオレンジで鮮やかで見るからに元気になれそうだ。
ずっと食事を摂っていなかったので、オレンジジュースを飲んだら急にお腹が空いてきた。目の前に見たこともない食べ物が並べられた。
「軟らかく煮た穀物です。食べやすい味だと思います。どうぞお召し上がりください」
「……はい」
木のスプーンを手に持って、少しすくってみる。口に入れると、さっぱりとした口当たりの味付けだ。
由香はトマト味のリゾットに似ていると思ったが、アリエーテは初めて食べる味に戸惑いながら、それでも空腹を満たしていく。デザートにプリンが添えられている。栄養があり空腹も満たしてくれる。
お腹が膨れると、ようやく落ちついた。
「こちらのお宅の方々は大丈夫なのですか?」
「今のところ、変な兆候は見られません」
「何か原因になる事がありませんでしたか?」
「私たちは、よく分からないのです。国王陛下が議会に出てこなくなり、様子を伺いに王宮の陛下の部屋に出向くと、様子がおかしく、よく観察すると、王妃様も攻撃的になって、目の前で喧嘩を始める始末。夫婦喧嘩とは違いますね。殺し合いに近いものでしたので、二人を引き離し、別部屋に移しました。王子や姫君達もいますが、皆、異様に目をギラつかせて、攻撃的になっています。陛下の側近が一人殺され、使用人に至っては、かなりの数の死者や怪我人が出ています。議員の中にも凶暴化してきた者もおります。流行性の風邪のように伝染しているような気配もあります。国民の事件や事故も増えています」
「……何でしょうか?」
アリエーテは取り敢えず考える。
「私の祈りで救えるか分かりませんが、試しに祈りをしてみたいと思います」
いつものように立ち上がると、目眩を起こし、そのまま倒れるようにソファーに頽れる。
「我々のお迎え方が悪く申し訳ございません。聖女様の体力を奪うようなお迎え方をしたのは、我々でございます。まず、体力を戻しそれからで構いませんので、どうかよろしくお願いします」
「ええ、祈りを捧げたい気持ちはありますが、身体が弱っているようです」
はぁと、アリエーテため息をついた。
「この家の者だけ先に清めてみましょう。私は動けませんので、集めてください」
「ありがとうございます」
使用人が家の中を走り回って、家の中にいる人たちを集めて、アリエーテに与えられた部屋に入ってきた。
「皆、集まりました」
「わかりました」
アリエーテは祈りを捧げた。天上が明るくなり、空間が清浄化されていく。
戦場で行った祈りの、小さいバージョンだ。この家に滞在するなら、安全でなくてはならない。祈りを終えると、家の住民は一端、倒れている。徐々に起き上がり、すっきりとした顔をしている。
「ありがとうございます。身体が楽になったように感じます」
「今夜は、皆さん、早めに休んでください。眠くなると思います」
「はい。聖女様の仰せのままに」
部屋に集まった屋敷の住人は、皆、深く頭を下げた。
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