上 下
42 / 61
5   北の王国の流行病

11   流行病(11)

しおりを挟む



 アリエーテは昏睡状態で病院のベッドで深い眠りに落ちていた。
 どんなに呼びかけても起きない。
 アリエーテの家族にすぐに連絡が行き、家族が面会に来てもアリエーテは身動き一つしない。たくさんのチューブに繋がれたアリエーテの姿を見たプリュームは、泣き出した。タクシスもルーメンも泣いている。父のマルモルだけは、「まだ生きている」と言って、涙は堪えている。
 イグレシアは家族に謝罪した。

「無茶な任務をさせてしまった」と……。

 任務を命令したのは、国王陛下だが、イグレシアは自分にもっと力があれば、守れたかもしれないと思っている。




 流行病は終息した。
 モレキュール王国から手紙を持ってきたレヨンも回復し、故郷に帰っていった。
 自宅で亡くなっている者もいて、騎士団が一軒ずつ安否を確認しに歩いた。院内感染も祈りの翌日収まり、亡くなった者は火葬された。




 寒い冬が過ぎて、アルシナシオンはプリュームに嫁に来いと言ったが、プリュームは、アリエーテが目を覚まさないからと断った。しかし両親に勧められ、結婚式が行われた。
 アリエーテが作ってくれたドレスを着て、プリュームは、泣いてばかりいた。
 せっかく美しいドレスを着ても、心は沈んでいた。双子の姉は、先に出されたから姉になったに過ぎない。順序が逆ならプリュームが姉になっていたかもしれない。生まれる前から一緒にいたアリエーテがいないと、プリュームは、寂しくて仕方がない。
 プリュームは、アルシナシオンと結婚したが、家が近所なので、ほとんど実家に戻り、今までとあまり変わらない生活をしている。変わったとすれば、アリエーテに会いに病院に行くようになったことだ。アリエーテもプリュームも健康だったので、病院とは縁のない生活をしていたのに……。




 イグレシアは、アリエーテが救った馬を呼び寄せた。
 王宮で大切に飼おうと思った。アリエーテが目覚めたとき、命を助けた馬が近くにいたら喜ぶような気がした。名前はアリエーテに付けてもらおうと思っている。
 栗色の毛並みのいい雄の馬だった。凜々しく優しい目をしていた。
 王宮の広い庭を走らせる。四頭の馬は、じゃれ合うように走っている。




 イグレシアはアリエーテの病室には毎日通い、アリエーテの手を握る。

「そろそろ結婚しよう。春が来たよ」

 返事はない。

「アリエーテ、僕は寂しくて仕方がない。早く目覚めてくれ」

 近隣の国には、聖女は死んだと噂が広がった。
 北の国からは謝罪とお礼の手紙が届いた。
 そんな手紙を見ても、イグレシアの心は救われなかった。
 両親からは見合いの話が出たが、すべて断った。
 手を繋げば温かい。唇を合わせても温かい。目を覚まさないだけで生きている。脳波の異常はないらしいので、眠っているだけだ。いずれ起きてくる。

「イグ、おはよう」と声をかけてくれるような気がする。

 そんな日を待っている。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

貴方の子どもじゃありません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:19,876pt お気に入り:3,881

ざまぁ対象の悪役令嬢は穏やかな日常を所望します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:24,418pt お気に入り:9,131

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:39,613pt お気に入り:5,331

公女が死んだ、その後のこと

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:8,889pt お気に入り:4,083

お飾り公爵夫人の憂鬱

恋愛 / 完結 24h.ポイント:24,579pt お気に入り:1,825

貴方達から離れたら思った以上に幸せです!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:206,917pt お気に入り:12,102

欲しいのならば、全部あげましょう

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:1,405pt お気に入り:86

処理中です...