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第2章 不思議な僧侶と世紀末的砂けむり事件

第27話 激しい朝練と拷問的な朝食

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 それから翌朝、タクマは勢いよく体を起き上がらせ、目を覚ます。
 それと同時に昨日受けたダメージのせいか、タクマの体に痛みが走った。

「イテテ……にしても、アルゴでの事といい今回といい、何で骨折レベルの衝撃を受けてるはずなのに骨の一本も折れないんだ?」

 タクマは皆が寝ている事を良しとして、少し大きめの独り言を呟く。
 すると外の方から、風を斬るような音が微かに聞こえてきた。誰かが剣の練習でもしているのだろうか。
 周りを見ると、寝ているメア達の中で、ブレイクだけが居ない。多分彼の出している音に違いない。
 タクマはそう考え、テントの隙間からブレイクの様子を覗いた。
 ブレイクは木の棒で素振りをしている。

「553、554、555!駄目だ、こんなんじゃオニキスには勝てねぇ!」

 ブレイクは昨日焚火をした際に使った岩に座り込み、頭を抱えてぼやく。
 すると、ブレイクはタクマが見ている事に気付き、こちらに近付いてきた。

「やっと起きたか、朝の運動やんぞ」

 そう言った後、ブレイクは近くにあった良質な長い木の棒をテントの入り口前に投げた。
 タクマはその木の棒を手に取り、「一体何をするんですか?」とブレイクに訊く。
 しかしブレイクは、その事に対して何も言わず、いきなりタクマに襲いかかってきた。
 何とかタクマは避けることができ、急な出来事に眠気は覚めたが、あまりの勢いによってコケてしまう。

「目は覚めたか?腹の虫が泣き出すまでに、起きてられるかなっ!」

 そう言い、ブレイクは木の棒を構えてタクマの攻撃を待つ。
 遠慮せずかかってこい、そう言う事らしい。

「なるほど、じゃあ行かせてもらいます!」

 タクマは大地を蹴ってブレイクに突撃し、木の棒を横に振る。
 しかし、ブレイクはそれを受け止め、反撃の回転斬りをかました。
 タクマは防ぎきることができずにそれを食い、一瞬ふらつく。

「本気でやりすぎですよ、痛いじゃないですか」

 タクマは脇腹を抱えながら言う。
 だが、ブレイクはタクマを休ませる時間も与えずに、今度は縦の回転斬りを放った。
 今度は何とか防ぐ事ができたが、その状態でブレイクは「これはただの運動じゃねぇ!」と燃えるような声で言い放った。

「敵は絶対空気が読めねぇ!眠かろうが寝起きだろうが、待ったなしで殺りに来る」
「だからって、これは……ぐっ!」
「俺だからって緩めるな!宿屋だからって油断するな!お前も全力で来やがれ!」

 そう言った途端、ブレイクの攻撃するスピードが速くなる。タクマはそれを防ぐのに必死で攻撃をする暇すら無い状態になっていく。
 しかしブレイクは、それでも攻撃の手を緩めずに「どうしたどうしたぁ!それじゃあ今日から耐えられねぇぜ!?」と叫んだ。
 手も足も出ない。タクマはそう思いつつ、防御をしながらブレイクの攻撃を観察する。
 すると、その攻撃にパターンがある事に気付いた。
 縦、横、そして勢いを利用した回転斬りの3パターン。そのルーティンが順ぐりと繰り返されている。

「そろそろ一本くらい持ってってもいいんじゃねぇのか?」

 ブレイクはタクマがパターンに気付いた事を察したのか、そう言った。
 縦、横、回転斬り。縦、横、回転斬り。
 「そうか!」と、タクマは言い、縦に振り下ろされた棒を左右へ回って回避した。
 横へ振り下ろされた棒をジャンプで回避し、そして最後の回転斬りを、大縄をするかのようにもう一度飛び上がって回避する。
 するとブレイクは一旦距離を取り、「なかなかやるなぁ」と額の汗を拭った。

「だが観察がまだ足りねぇ、今の容量でもっぺんやるからよく観察しやがれ!」

 そう言うとブレイクは、もう一度タクマの方へと棒を持って走り出した。
 そして、言った通りにさっきのような攻撃を繰り出してくる。
 しかし今度は、さっきのように避けるのが難しい。そう、テンポが速くなっていたのだ。
 しかも、さっきから棒に当たる度、メシメシと悲鳴を上げている。

「そろそろキツい……」

 タクマがそう呟いた時、タクマの持っていた木の棒がバキッ! と大きな音をたてて真っ二つに折れてしまった。
 だが、それでもブレイクはお構いなしで攻撃をしかけてくる。

「弱音は負ける確率を上げるっ!今のが木の棒でよかったなぁ!」

 と、ブレイクは風を斬り裂く音と共に言った。
 ブレイクは完全にタクマの骨を潰すつもりなのだろうか、今度は棒を持っている手をピンポイントで狙ってきている。
 棒を折られたタクマはもう無理にでも避ける事しか出来なかった。
 するとブレイクは、小さめな声で「気付いたら蹴りでもパンチでもしていいんだぜ?」と、タクマに助言する。

(蹴りでも……一体さっきと何が違うってんだ!)

 そう考えていた時、タクマは隙を突かれ、ブレイクに手をしばかれてしまった。

「だぁっ!!」

 タクマの悲痛な叫びが森にこだまする。
 そして、その声に気付いたのか、メア達も起きてテントから出てきた。

「朝から騒がしいのぅ、ホント男というのは理解できんわい」
「そうですよねぇ、私達を見習って欲しいですよね」
「お主が言うか」

 メアとノエルは、今のこの状況に見向きもせずにコントを始め、川の水で洗顔を始めた。
 何やってんだかと思いたいが、ブレイクはタクマの手を狙い続けている。

「おいおい、これでも攻撃するタイミングは与えてるんだぜ!?」

 ブレイクはそう言い、10秒ほど動きを緩めて見せた。タクマはその隙に、ブレイクがどのような動きをしているのか、何処を狙っているのか、それを観察した。
 ただ、手だけを狙って闇雲に振り回している。
 その事に気付いた瞬間、タクマは閃いた。

(ブレイクさんは俺の“手”だけを狙っている、他は狙ってない。そして、その手に持っているのは木の棒、つまり武器……だったら!)

 タクマは、前回学んだジャンプ斬りを応用して、棒を持つ手を背中に回し、そこから棒を空高く投げる。
 すると、ブレイクは急に消えた的に焦ったのか一瞬立ち止まった。

「そこだぁ!」

 タクマは叫び、その隙を突いて腹を一発殴った。
 しかし、それと同時にタクマの人差し指から「ゴキュ」と言う変な音が聞こえ、その数秒後に突き指をしたような痛みが走ってきた。

「痛ぁぁぁぁ!!」
「なかなかの出来前だ、けど……大丈夫か?」
「な、何とか……」
「まぁいいや、次のレッスンは昼くらいにやろう。まずは飯食うぞ」

 ブレイクは、タクマの指を撫でた後にメア達の所まで行った。


 ──それからタクマは、テントの片付けを手伝った。
 そして、テントを畳終えたと同時に、食事の準備が出来たのか、朝食を持ったメイジュが声をかけてきた。

「失敗しちゃったけど、朝ご飯だよ」

 そう言ってメイジュは、串に刺さった魚型の黒い塊を全員に配る。その塊を見て、メアとノエル、タクマの三人は目を合わせた。
 「まさか、こんなダークマターを食べろって事か?」と言うように。
 しかしブレイクは「うめぇ!やっぱ運動した後の飯は格別だぜ!」と言って、美味しそうにそのダークマターを食べている。
 本当に食べて大丈夫か?しかし食べない訳にはいかない。でも、胃が「絶対に食うなよ!」と訴えかけてくる。

「見た目はこんなんだが、まぁ食ってみろ!ぜってぇクセになる味だからよ」

 ブレイクは、食べるのをためらっているタクマ達に言った。
 タクマ達は覚悟を決め、身の部分であろう所にかじりついた。
 すると案の定、口の中になんとも言えない苦味が広がった。

「に、苦い……」
「何をどうしたらこんなおぞましいものが……」

 メアとノエルは、そのあまりの苦さに跪く。
 そしてふとタクマの方を向くと、タクマもブレイクと同様に「いや、これはこれで行けるな」と言いながら食べていた。
 2人は、はっきり言って不味いダークマターを美味しそうに食べる様子に、目が飛び出るほど驚いた。

「タクマ、やっぱり昨日食ったアレのお陰だな」
「あんま思い出したくはないけど、そうらしいですね……アハハ……」

 ──そして、朝食を食べ終えたタクマ達は、昼までにアルゴへ行く事を目標に、川辺を後にした。

「さてと、川を辿ればいつかアルゴに着く筈!だから今日は、昼までにアルゴに行くぞ!」

 ブレイクは、いつにも増して気合の入った大声で右の拳と共にカチドキを上げた。
 その大声に驚いたのか、周りの木々が揺れて鳥が逃げてゆく。

「お主は相変わらず元気じゃな」
「何か、私達まで元気を貰えますね」
「元気こそが剣の次に俺が使う最強の武器だからなぁ!ハーハッハ!」

 ブレイクは、またも懲りずに大声で言う。
 鼓膜に害を成す程ではないが、今日だけは暑苦しいに他ない。
 そして、ブレイクがふと周りを見ると、さっきまで近くに居た筈のタクマ達が、もう先へ行っている事に気付き、必死で追いかけた。

「ちょ、分かったから置いてかないでくれー!」
「ごめんね、兄さんは寝起きが凄く良すぎて、いつもこんななんだ」
「いえいえそんな、毎日トラウマになりかけるよりかはマシですって」

 タクマは何もと言えない感じで苦笑いし、メアの方を向いた。

「ちょ、何故妾を見るのじゃ!」
「いや、その横から取って付けたようなサイドテール、どうなってんのかなーって」
「ゴムで縛ってるだけじゃ馬鹿者!と言うか、誤魔化さずにハッキリと寝相が怖いと言えい!」
「あ、自覚はあるんですね」

 ノエルは、何だかんだ言って、地味に仲良しな2人を見てクスクスっと笑う。
 そんな話をしていた時、何故か急に辺りが揺れ始めた。
 全員地震だと思ったが、何かが違う。
 まるで凄まじい力によって、体を地面に押し付けられているような感じがする。

「何じゃ!?これは一体!」
「う、動けません……」

 メアとノエルは今にも倒れ込みそうなくらい押され、タクマも身動きが取れなくなってしまう。
 周りでは、この地震の影響なのか、鳥達がゆっくりと地面に墜ちていく。

「でもここから逃げないと、こんな時の川は危険だ……」

 そんな中、タクマは気合で立ち上がり、メアとノエルの手を掴んだ。そして、二人と肩を組み合い立ち上がった。

「タクマの言う通り、逃げるべきだな。立てるかメイジュ」
「あ、ありがとう兄さん」

 ロード兄弟の方も立ち上がり、ゆっくりではあるが川を辿っていった。
 それにしても、これまで小さい森だと思っていたものが、今となっては広すぎて逆に恐ろしく感じてしまう森と化している。
 まだ20メートルしか歩いていないにも関わらず、疲れて足が動かない。

「くそっ!何がどうなってやがる!」
「駄目だ……もう限界……」

 限界に達してタクマ達が倒れ込んだと同時に、体を押し付けている強い力と揺れが収まる。
 そして、その反動でタクマだけが後ろへと派手に転んだ。

「どうやら、収まったようじゃな……」
「このまま倒れていたら、潰れてましたね」
「この強さなら内臓の一つや二つは潰れるだろうね」
「おいこらメイジュ、女の子相手に身がすくむような事言わないの」

 息を切らしながら、三人はそう話し、メイジュはブレイクのチョップを食らった。
 それよりも、この重力が強くなった感じは普通じゃない。もしかしなくともZの企みか……?
 タクマも密かに考えながら、ブレイクと共に休み休み、川を辿った。
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