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第5章 白熱!アコンダリアトーナメント

第83話 ハンサム刑事みたいな侍はカフェに居る

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 男を追いかけているうち、ビーチを見下ろすようにそびえ立っていた、中世の都会のような街の中に入っていた。
 周りは木と赤いレンガで作られた大きな民家が立ち並び、その奥にはヴァルガンナに置いてあったような時計塔も立っている。
 しかしタクマ達はそんなものには目もくれず、ノエルを助けると言う一つの目的の為、中年の男を追いかけた。

「おっとここは通行止めでござる」

 吾郎は男よりも素早く先に周り、一直線の道を塞ぐ。すると男は靴裏のゴムで急ブレーキをかけ、すぐ右の路地へと走った。

「ところがどっこい!」
「ここも通行止めだぜよ」

 だが、その先には既にメアとリュウヤが待ち構えていた。
 そして、男はまさかと思い、左の方へと顔を向ける。
 そこには案の定、ライダースーツのような忍び装束を纏ったおタツが、忍者刀を出して待ち構えていた。
 
「これで逃げ場はないでありんすよ」
「誰だか知らないけど、ノエルを返せ!」

 北東などに空いた逃げ場を塞ぐようにして、タクマ達は男のもとへ近付く。
 すると男は、またタクマ達の後ろを指差し、「あ!」と叫んだ。しかし、何も起こらなかった。
 それもその筈。

「2度同じ技が効くかこの愚か者!」
「さっさと往生しやがれセクハラ親父ィ!」

 リュウヤとメアは、叫びながら突撃した。
 だがその瞬間、メアとリュウヤは何者かに取り押さえられ、地面にキスをする。
 
「リュウヤ!メア!」
「ボスに楯突くものは、例え観光客でも許しません!」

 黒いスーツを纏い、サングラスをかけた、怪しい組織の部下らしき男達はそう語る。
 その間に、男達はおタツや吾郎、タクマも取り押さえた。

「お前らサンキューな!」
「タクマさぁぁぁぁん!!」

 背中で手を押さえられたタクマの名を叫ぶノエルの姿が、時計塔の奥へと小さくなっていく。
 タクマ達は黒服の男達に危害を加える訳にも行かず、ただ離れていくノエルを黙って見送った。見送るしかなかった。

「連れて行かれてしまったのぅ」
「てか、何でノエルが狙われたんだ?」

 メアとリュウヤは、拘束してきた黒服からすり抜けるようにして立ち上がり、何故ノエルが狙われたかを考える。
 その間おタツは、自分を拘束していた黒服の首に苦無を突きつけ「何故お前さん方のボスとやらが、ノエちゃんを狙ったでありんす?」と、後ろに般若の守護霊らしきものを出して口を破ろうとしていた。
 辺りを見ても、怪しい黒服はこの男だけ。他は仕事を終えて逃げたのだろう。

「何故、ウチらの仲間を拐ったでありんす?」
「こ、この事は私の方からお詫び申し上げます。わ、ワケはあちらのカフェでお話ししますのでどうか命だけは……」

 男はサングラス越しからでも分かるくらいの涙を流しながら、「ワタシニモムスメガ……」と呟く。
 メア達はため息を吐きつつも、何故ノエルが連れ去られたのか、訳を聞く為にカフェへ入った。


【カフェ ボル・ゾッグ】
 その内装は中世ヨーロッパ時代の建造物とは思えないほど、白く美しい木材の壁で覆われていた。
 周りには白いテーブルやカウンターがあり、厨房には古典式なコーヒーを挽く機械が置いてある。

「いらっしゃいませ~」

 エプロンと首輪を付けた少女が、入店したタクマ達をもてなす。
 その少女は特に普通の人間とは変わらない筈なのだが、龍のような尻尾が生えており、その右手の甲にはVとGを合わせたような焼印が刻まれている。

「さっさと座らんかいこのダコ助!」
「ひぃっ!」

 仲の良かったノエルを連れ去られ、イライラしているメアは、暴力的に黒服の男を椅子に座るよう言う。
 黒服の男はさっきの男達の中で最もヘタレなのか、どう考えても年下である筈のメアに恐怖する。

「あ、アメリカンコーヒー一つ、ウィンナー二つ、エスプレッソ三つおねがいします」
「さぁ、何故ノエル殿を連れ去ったか、理由を聞かせてもらおうか」

 吾郎は白いテーブルの向かい側から、まるで取り調べをするハンサム刑事のように力強く訊ねる。
 その様子を見て、店員の少女はかしこまりましたと、口を引きつらせつつも言った。その少女にタクマは「ご迷惑おかけします」と、白熱しちゃっているメア達の代わりに頭を下げた。


 それから数分後、頼んでいた6杯のコーヒーが、取調室の一角と化したテーブルに置かれる。店員の少女は、四人に睨みつけられて小さくなっている黒服を見て、また苦笑いする。そこにまたタクマは「本当にごめんなさい。すぐ終わりますんで」と頭を下げた。
 すると黒服の男は、周りの圧に対しての限界がやって来たのか、ついに理由を語る。

「実は、アコンダリアトーナメントのオープニングセレモニーで歌う筈だった歌姫が、急に体調を崩しまして……」
「だから、あのセクハラ親父は可愛いノエちゃんにビビッと来て、連れてった。つー訳だな?」

 リュウヤは、はぁ、とため息を吐きながらそう言う。すると黒服の男は、もう彼らの地雷を踏まない為か、黙って頷いた。
 だが、メアはその答えに不満を抱いたのか、最後までウィンナーコーヒーを飲み干し、机をバン!と叩こうとする。流石に静かなカフェで騒ぐのは迷惑だし、既に迷惑をかけているというのに、更に迷惑をかけさせない為、タクマはメアの肩を揉みながら「どーどーどーどー」と、動物を落ち着かせるようにして落ち着かせた。

「な、何すか?殴るんすか?や、やめて……叩かんで……」
「何故妾ではなかったのじゃ?」

 何をされるか分からない恐怖に怯えて縮こまっていた男は、まさかの質問にサングラス越しでも分かるくらい目を丸くして驚く。

「確かに、メア殿も美しい。何かノエル殿でないといけない理由でもあったでござるか?」
「さぁ吐くでありんす。正直に」

 おタツは冷静なように見えて凶暴的なオーラを放ちながら、反射的に手を上げている黒服に訊く。
 すると男は、ゆっくりと口を開いた。

「タ、タヌキはタイプではないと……」

 その発言を聞いて、タクマは凍りつく。何故ならタヌキは……
 するとメアは笑顔で「ほぉ、あったまきた」と冷静な声で言った。

「おタツ、やっちゃお」
「ウチは右頬、メアちゃんは左で良いでありんす?」
「オーケーじゃ。さぁ覚悟するのじゃ……」

 おタツとメアは拳に力を入れ、カラクリ人形のようにカタカタと震える黒服の男の頬に狙いを定める。
 すると男はこれ以上の拷問は嫌なのか、6枚のチケットを盾のようにして出した。

「待ってくれメア、おタツさん」
「何でありんす?今いい所なのに」
「ねぇお兄さん、そのチケットは何?」

 タクマは殴りかかろうとしていた二人を抑え、代わりに黒服の男が取り出したチケットを一枚取った。
 そこには、「アコンダリア武闘会 入場チケット」と書かれている。

「お、お詫びとしては難ですが、こ、これで手を打って……」
「OK」

 リュウヤは黒服の男の話が最後まで終わる前に、即決して残り5枚のチケットを奪い取るようにして受け取る。

「リュウヤ殿、それでどうするつもりなのでござる?」
「オープニングアイドルってんなら、コイツさえあればノエちゃんとこには行けるだろ?」

 リュウヤは5枚のチケットを扇子代わりにして顔を仰ぎ、口をにやつかせながら言った。
 
「そうか、そこからおタツさんを筆頭に楽屋へ忍び込めば助けられる!」

 タクマは成る程!と口を大きく開けて手を叩く。するとリュウヤは、タクマの方に両手の人差し指を差し「しょーゆー事」と言う。

「ならば善は急げ。すぐにでも武闘会会場へ行くでござる!」
「こ、コーヒー代は僕が払……い……ま……」

 黒服の男は顔を上げながら言う。
 だが、その目の前に、さっきまで居たはずの騒がしかったタクマ達は居なかった。

「……ここが貴方達の最期ですヨ」

 黒服の男は、机に顔を伏せ、クククと不気味な笑みを浮かべる。
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