上 下
210 / 294
第9章 怠惰魔城に巣食いし怪人

第209話 動き出す影

しおりを挟む
 ギルドから功績を認められて、更に1ヶ月が過ぎた。その間タクマ一行は、次なる冒険の為、オーブの情報収集をしつつ、上級クエストの攻略に励んでいた。
 オニキスとの一件が終わったとしても、残るオーブは3つ。仮にα達が持っているとしたら、また強大な罪源の仮面と戦う事にもなる。更に、罪源単体だけでなく、謎多きα一味やアナザーまでもが絡んでくる。そのため、8人皆必死に鍛錬を続けた。

「食らえ!秘密兵器、ルギウス・カノン!」
「覚悟っ!〈王手〉ッ!」

 アリーナと吾朗は、連携技の練習として、蜘蛛の魔物『アディンソン』の討伐をしていた。
 アリーナのバズーカ砲と同時に、吾朗の天照を放つ連携技。名前はまだない。だが、バズーカの威力が相まって、蜘蛛は爆発四散した。
 その頃、ナノとおタツ、リュウヤとメア、ノエルとタクマのコンビで、連携技を編み出していた。しかし、アリーナ達のように上手くは行かなかった。

「うぅ、また失敗や」
「そう落ち込まないで、さぁもう一度行くでありんすよ!」

 続いてナノとおタツ。2人は薔薇型ドリアード『ブラッディメアリー』を相手に連携技を使った。
 ハンマーで地響きを引き起こすと同時に、おタツは飛び上がる。続けてナノが敵を殴り、その上からおタツが斬りかかった。しかし、どう言う訳かおタツの攻撃は見切られてしまい、ブラッディーメアリーの茨によって返り討ちに遭ってしまった。

「きゃあっ!」
「タツ!メアちゃんごめん、後頼んだ!」
「お、おい!戦闘中にどこ行くのじゃ!わっと!」

 リュウヤは自分の持ち場を離れ、おタツの救出に走ってしまった。そして、取り残されたメアはティグノウス似のモンスター『ヌエノウス』を前にたじろいでしまう。
 しかし呼び戻そうにも、リュウヤは奇襲を仕掛けに行ってしまい、意味がなかった。

「上級魔物を放って行ってしまうとは、オシドリ夫婦なのは良い事じゃが……」

 メアはナイフを構えて見合いつつ、そっとぼやく。とその時、ヌエノウスは突然咆哮を上げた。すると、それを聞きつけたティグノウスがなんと3体も現れた。
 次第に頭の血液が下がり、顔が青ざめていく。

「のわぁぁぁぁぁぁ!!タクマぁぁぁぁ、助けてくれなのじゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 こうなってしまっては、もうどうしようもない。なのでメアも仲間を呼ぶ作戦──というよりは逃げ──に走った。
 他のメンバーも奮闘している事は言わずもがな知っている。だが、メアは必死すぎるあまりママを呼ぶ要領でタクマの名を叫んだ。
 すると、運のいい事にメアの叫びを聞きつけたタクマがやって来た。

「メアー!大丈夫かー!」
「メアさーん!ちょうど良かったですー!助けてくださーい!」

 ん?助けてくれ?嫌な予感がする。
 そう思った矢先、タクマの後ろからゴリラのような腕を持つカエル魔獣『ガマコング』が姿を表した。
 敵を殴る事だけの為に発達した剛腕な前足。それでいて何も考えてなさそうなカエルの体。サイズは二階建ての一軒家と同じくらい大きく、ナメてかかれば即天国行きだと言うのは、誰がどう見ても思うだろう。

「連携失敗して怒らせちゃったー!」
「ふざけるでないわ!なに変なもの連れ込んでおるのじゃー!」
「変なものじゃありません!カエルさん可愛いじゃあないですか!」
「たわけ!あんなムキムキガエル聞いた事ないわ!アレの何が可愛いのじゃ!」
「でも、ある意味コイツは好機かも!」

 言うとタクマは、予め計算していたかのように90°に直角旋回し、出来るだけ遠くに逃げて行った。何をしたいのか分からないが、メア達も後を追う。
 すると、先程まで3人を追いかけていた両者は目を合わせたまま動かなくなってしまった。と思った矢先、咆哮を上げて縄張り争いをおっ始めた。
 ヌエノウスを筆頭に、ガマコングの腕に齧り付く。ガマコングはそれを振り払い、拳で反撃を繰り出す。それにより仲間のティグノウスがやられ、ヌエノウス側はじわじわと不利になっていった。

「えーっと、アレは?」
「よく分かんないけど、今がチャンスだ!」

 予定は変わってしまったが、2人より3人で戦った方が強いのも事実。3人は武器を構えて連携の陣を組んだ。
 先にタクマが走り出し、攻撃を仕掛ける。すると、争いの邪魔をされたと腹を立てた両者がタクマに狙いを定めた。続けて、メアとノエルは一緒に西へ走り込んだ。

「おっと!はっ!ノエル、今だ!」
「分かりました!お願いします、《メガ・サンダー》!《メガ・フリズ》!」

 タクマの合図に合わせ、ノエルは間髪を入れずに2発の魔法を放った。そして、タクマは攻撃の途中で剣を上空に掲げ、雷の力を剣に宿した。避雷針だ。
 更に、フリズで地面が凍りついたことにより、両者は滑ってしまう。勿論、タクマ達も例外ではない。だが、タクマは氷の地面に慣れているため、踊るように剣を振った。
 そして、ダメージを稼いだ後、タクマは雷をノエルの方に放出した。ノエルはそれを防ぐように地面を殴り、草付きの土を巻き上がらせた。
 すると、雷が草に引火し、炎の壁が生まれた。

「よし来た!必殺《メガドゥンケル・ショット》!」

 メアは闇の力を纏わせた投げナイフを炎に潜らせ、ヌエノウス達にトドメを刺した。
 すると、同時に討伐が完了したのか、遠くで戦っていたリュウヤ達が戦利品を土産に戻ってきた。

「おーいお前らー!帰るぜー!」
「おっ、そろそろこんな時間か。さてタクマ、帰ったら早速飯の支度じゃ」
「ウチ、もうお腹ペコペコやで」
「おうおう。報酬金もたんまりあるし、今日は久々にギルド飯行くか」

 リュウヤはナノの頭を優しく撫で、これからパーティーに行こうと言わんばかりの熱量でカチドキを挙げた。
 それに合わせ、おタツとナノも「おーッ!」とカチドキに乗った。

 ──一方その頃、謎の研究室。
 オニキスと言う優秀なモルモットを失ったZは、その怒りから癇癪を起こしていた。
 辺りには失敗作の薬液やガラス片、そしてハズレの資料などが散らばっている。勿論、Z自身自分が癇癪持ちである事は理解しているのか、正解に近いと思われる資料と薬は特殊な保管庫の中に保存している。

「ふざけるナ!モルモットの分際で、飼い主である私に刃向かい、甘い液を吸って逃げやガッテ!これでは奴の体での実験ができないじゃあないカ!」

 ここまで壊してもなお怒りが収まらないのか、Zは近くにあった空のビーカーを投げる。
 すると、ビーカーは空中でピタリと止まり、ゆっくりと自分から机の上に降り立った。

『これはまた、派手にやったみたいだね。Dr.Z』
「あ、α様!?申し訳ございまセン、お見苦しい部屋を見せてしまって」
『いいって事さ。それより、研究の成果は出せたかい?』
「それが、後一つで完成しそうなのですが、最後の1ピースが何か分からズ……」

 Zは我を取り戻し、何事もなかったかのように材料を並べた。
 培養に成功した不死身の果実。大和の城から奪った白粉。その他αから頂いた薬品等々。科学に精通している訳ではないαからしてみれば、これらで何を作るつもりなのかは分からないが、とにかく力になれるようにと頑張った方だ。

『そうだ。君はリュウヤって子を知っているかな?』

 ふと思いついたように、αは訊いた。
 するとZは、愚問でも聞かれたようにフッと少し笑った後に「あのタクマ君に着いている料理人のガキですネ」と答えた。奴らとは因縁の相手でもあるから、知っていて当然だ。

「しかし何故今、あのガキの名前ガ?」
『じゃあ、彼がどれだけ致命傷になるような攻撃を喰らっても死なない事も、多分知っている筈だ』
「そう言えば、アコンダリアの時も、メルサバの時モ……」

 2人の言う通り、リュウヤはこれまで深い傷を負っているにも関わらず死ななかった。しかも、痛みが続くものの、傷が数日で修復される。まだタクマもZも、まして本人さえも理由の分からない謎だ。
 Zも、この謎については深く興味を抱いていた。だが、それとこれが何故、今関係するのだろう?

『君は、ずっと前に見せた2人の使徒をおぼえているかな?』
「使徒?確か、気怠そうな奴と食べてばかりのあの2人ですカ?」
『実は怠惰の器である彼は、少し面白い特性を持っていてね。彼ならばリュウヤ君の血を持ってこられるのだよ』
「成程。ではつまり、最後の1ピースは謎多き彼の血、と言う訳ですネ」
『そうさ。きっと君の研究を大きく進展させてくれるだろう』

 その言葉に鼓舞されたZは、情報感謝しまス、と上品に手を前に出してお辞儀をした。すると、Zは起き上がりながら笑い、赤黒い薬を自分に注入した。
 本来、オニキスに使うはずだった禁断の薬だ。しかし、肝心な実験動物が居ない今、元気を取り戻したZは何を思ったのか自分を実験台にしてしまったのだ。

『あまり、無駄な殺生をしてはならないよ?』

 Zの狂気を見守り、αはそっと呟き、闇の中へと消えた。
しおりを挟む

処理中です...