時の果ての朝~異説太平記~

マット岸田

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4-2 斯波家長

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 主だった家臣達は皆、家長自らが六の宮と陸奥守に拝謁する事に反対していた。
 ただ一人反対してなかったのは白銀だったが、それも止めても無駄だと分かっているからだろう。
 今は、敵味方と言う訳ではない。この機に、暗殺を試みて来るような相手でもない。家長はそう思っていたが、家臣達の立場からすれば万が一の事を考えざるを得ないのだろう。奥州管領として陸奥に入ったのであればこちらから六の宮と陸奥守の元に出向くのは筋ではあったが、しかしその気になればそうしない理由はいくらでも付けられるのだ。
 家長としても二人に拝謁する事に何か特別な打算がある訳ではなかった。ただ、この先戦う相手の顔は直接見ておきたい、と思っただけだ。
 伴は四名だけった。
 多賀城の中で向き合った陸奥守北畠顕家は、驚くほどに小柄で華奢だった。三つ年下のはずの自分と、さほど変わらない大きさに思える。
 見知った顔では北畠親房がいて、結城宗広がいる。他にも京から下向した公家や、奥州の武士と思しき人間が何人かいる。中央に座しているのは六の宮だが、この場の中心が陸奥守であるのは一目で分かった。鎌倉の武士には、陸奥守が親房の傀儡であろうと侮っている者もいたが、しかし実際に向き合ってみれば、とてもそんな可能性が頭に上る相手ではない。
 秀麗な顔立ちよりも何よりも、その強い光を放つ目に家長は圧倒される気分になった。全てを見通すような目。それだけでなく、ともすれば引き込まれてしまいそうな深さもある。

「名は良く聞いているが、こうして会うのは初めてであるな。斯波家長殿」

 まずは家長が型通りの挨拶を六の宮に述べた後、柔らかい笑みを浮かべながら、陸奥守は口を開いた。

「それがしも陸奥守様のご活躍は、この数年どこに行っても耳にしておりました」

「家長殿とは是非一度会いたいと思っていた。恐れずここに出向いてくれた事を嬉しく思う」

「宮様と陸奥守様に拝謁するのに何を恐れる事がありましょうか」

「其方の配下達はずっと警戒しているようでな。今の足利尊氏の振る舞いを見れば、其方がここで斬られるのではないかと恐れるのも当然であろうが」

 陸奥守の言葉に、配下達の間に緊張が走った。家長は陸奥守を見つめ返したが、その顔は柔らかな笑みを浮かべたままだ。

「逆賊北条時行を破り、鎌倉を回復された尊氏殿に、どのような咎があると?」

「綸旨を待たず出兵し、さらに今なお朝廷の意を無視して、鎌倉に留まり続けている。これは謀反の兆しと思われても仕方ないのではないか」

 何故陸奥守はこのような事を聞いてくるのか、家長は束の間、考えた。だがすぐに言葉の裏を読もうとするような考えは捨てた。陸奥守はただ単純に自分の考えを聞きたいのだろうと、その目を見ていれば思えた。

「鎌倉に寄って立った北条時行を放置しておけば、その勢力は京を脅かし、国を揺るがすまでに膨れ上がったでしょう。ご無礼ながら陸奥守様は、朝廷の沙汰をいつまでも待っているだけであの騒乱が収まったとお考えでしょうか?」

「いや」

「朝廷の意に逆らい、主上と国を守るために勝手に兵を動かす事が謀反であるなら、尊氏殿は謀反人でしょう。放っておけばまた叛乱の種となるのに、朝廷の意に従って鎌倉を放置して京に戻るのが忠節であるなら、やはり尊氏殿は謀反人でございます」

「朝廷が誤っているから正しい者が謀反人になる。そう言うのだな」

「御意」

 家臣の一人が何か言いかけたが、家長ははっきり答えた。

「家長殿は、朝廷が誤っている根は何であると考える?」

「北条執権が倒れても力は武士にあります。故に政も武士が為すべきです。恐れながら今の主上はその現実を見ず、不自然に武士を抑え付けようとしておられます」

「武士の力が強すぎる。それこそが世を乱す原因ではないのか」

「武士の力はこの国に必要です。蒙古襲来の折にこの国を守ったのは朝廷ではなく武士でありました」

「はっきり言う物だ」

 陸奥守が少し声に出して笑った。

「だが、蒙古襲来の後、必死に戦った武士達に恩賞として与える土地が無かったがために、この国は乱れた。武士が武士である限り、また海を越えて攻めてくる者が現れれば、同じ事が起きるのではないか?土地に寄って立ち、戦いの恩賞として土地を欲する武士と言う力は、この国を海の向こうから守るには向いていない。私は、そう思う」

「それは蒙古襲来の折の鎌倉幕府に、武士の力でこの国を異国から守ると言う考えがまだ無かったからでしょう。何しろこの国が統一されて以来、ほとんど初めて受けた異国からの大規模な侵略であったのですから。同じ轍を踏まぬように、異国からの侵略とも戦える新たな武士の組織を作れば良いのです」

「その組織が武士で作られる必要はない」

「武士で無ければ、誰が戦うと言うのです?」

「誰でも良い。武士であっても良いかもしれない。ただ土地に縛られ、土地のために戦う者達であってはならない」

 家長と陸奥守の視線が、正面からぶつかりあった。

「武士が命を懸けて戦えるのは、先祖伝来の、そして子孫に残す土地があるからでございます。その武士の誇り無くして、国を守るための力は保てませぬ」

「主上がおられ、朝廷がある。民がいて、この国がある。それを守るために戦える者達で作った組織で無ければ、国は守れぬ。己の土地のため、では行かぬのだ。それでは、いつまで経ってもこの国から争いは消えぬ。今各地を乱している北条の残党達も、武士の誇りに従い、己の土地を取り戻すために戦っているのであろう?」

「恐れながら、陸奥守様も主上と同じく、現実を見ておられぬ様に見受けられます」

 二呼吸の間をおいて、家長は口を開いた。その呼吸の間に、陸奥守の言葉に付いて深く考えている自分がいた。

「そのような理想のために、人は命を懸けては戦えますまい」

「武士が命を懸ける誇りも、この国の歴史の初めからあった訳ではあるまい。ならば新たな誇りも、生み出せるのではないか。事実倒幕のために戦った者達のいくらかは、土地のためではなく勤王の志のために戦ったのだ」

 家長は陸奥守の左右に並ぶ武士達を見た。皆、陸奥守の言葉に異論があるような顔をしてはいない。彼らはその誇りのために戦う事を肯じた者達だと言う事か。

「武士と言う物をこの国から無くすおつもりでございますか、陸奥守様は」

「少なくとも土地に縛られた武士には、変わってもらわねばならぬ。それが武士が武士で無くなる事であると言うのならば、武士と言う物を無くす事であるかもしれぬな」

「武士を土地から切り離し、その誇りを奪う。新たな誇りを生み出す前に、そのための戦いだけで、この国が荒れ果てますぞ」

 そう言いながら家長は、少し羨望にも似た感覚を、陸奥守に憶えていた。自分はここまで純粋に、国と言う物に付いて考えた事があったか。どこまでも武士の身分とその家系の中に留まってはいなかったか。

「そうか。家長殿は、そう思うか」

 陸奥守の視線から強い光が消えた。自分と言う人間を見切られた、と言う気がした。不快な気分はあまりない。同時に陸奥守は、理想とぶつかり合う現実の武士達と言う存在を、家長を通して見もしただろう。

「武士の在り様について家長殿と語り合えたことは嬉しく思う。ぜひ、奥州の安定のために励んでほしい」

 柔らかく笑いながら陸奥守は言った。家長は黙って頭を下げる。
 自分が武士ではなく公家の家に生まれていたのならば、この公家と同じ理想を抱けただろうか、と束の間、家長は考えた。同時に、ここまで理想を語れるのは、陸奥守が公家の身分だからだ、と言う思いもあった。武士と土地は、それに養われている一族郎党と言う生きた人間とも確かにつながっているのだ。
 それが争いを生むのは、武士の棟梁の沙汰が公平で無いからだ、と家長は思っていた。
 多賀城から出た所で、白銀が姿を現した。

「どうでしたか、陸奥守との謁見は」

「互いに、本音で話してしまった、と思う。そして、互いに敵だと言う事も確認出来た」

「それはそれは。供の皆さんはさぞや冷や冷やなさった事でしょうね」

 白銀が現れ、家長と話し始めると周りの家臣達は遠慮するようにわずかに距離を取った。忍びとしか出来ない話をしている、と思っているのかもしれない。白銀の方は家長の重臣達を前にしても気後れした様子は全くない。
 軍勢の方に戻りながら、陸奥守との会話の内容を白銀に話した。白銀は呆れたように首を横に振る。

「まるで二人とも童のように、自分の考えを正面からぶつけ合われたのですね。堂々と今の親政を批判され、謀反する、と宣言されたような物ではありませんか」

「そうだな。だが必要な事だったと思っている。何故私が陸奥守と戦わねばならないか、はっきりした」

「生き方が違う、私にとっては、ただその一言で済む事ですよ、そんな事」

「それだけで済むのか、白銀は」

「住んでいる土地が違ったり、仕えている主君が違ったりするだけで下々の者は殺しあわなくてはいけない世ですからね、今は」

 白銀の言葉には、実際に自分の命を懸けて戦っている人間としての正しさと重みがあった。だが、全ての人間がそれだけで済ませていては、いつまで経っても争いは終わらないだろう。

「好きになれそうな人間でしたか、陸奥守は」

「また語り合いたい、と思う程度には」

 実際には、もう自らが顔を合わせて語り合う事は二度と無い相手だろう。
 ひょっとしたら陸奥守は、家長を言葉で説得して動かせるかどうか試していたのだろうか。多賀国府の方を振り向きながら家長は最後にそう思った。
 白銀と語っている内に、だいぶ多賀国府は小さくなっていた。
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