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7-1 楓
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河原で、二人の男が向き合っていた。
まだようやく日が昇り始めた頃の、薄暗い時間だった。二人ともそれより少し前から、示し合わせるようにここに来ていたようだ。
しばらく目を馴らし、ようやく顔が確認できるほどの距離を保って、楓はその辺りの石に腰を降ろした。
勇人と左近である。二人とも真剣を手に構えていた。特に気配を絶ってもいないので楓が来ている事には当然気付いているだろうが、それを気にしてもいないようだ。
反対側に同じようにしてちあめと五郎がいるのが見えた。眠そうに欠伸をしている五郎はもちろん、ちあめもやはり気配を隠す事もせず、二人を見守っている。
左近が踏み込み、斬りかかった。勇人はそれを受ける事はせず、見た目にはほとんど体を動かす事もしないままかわすと、左近とすれ違う。
すれ違う瞬間に、勇人はほんのわずか揺らすように太刀を使い、一瞬だけ左近に切っ先を突き付けていた。そのわずかな動きが左近を怯えさせ、踏み込みを躊躇わせていたのが楓には見て取れた。
二人の間に張り詰める気が身を打ったのか、五郎が欠伸をぴたりと止めて、眼を見開くと二人の動きを追っていた。
また向き合い直し、左近が踏み込む。同じ光景が何度か繰り返された。しかし踏み込む度に左近が構えも呼吸も乱して行っている。勇人の切っ先に対する恐れを殺して踏み出そうとしているが、それがどうしても出来ない。出来ないという事がますます左近の平静を失わせ、動きを悪くさせている。
左近の動きがほとんどただ剣を振り回しているだけになったように見えた時、初めて勇人の方から踏み込んだ。左近の剣を叩き落とし、さらに一閃する。
勇人の振るった太刀は左近の首元を掠めただけに見えた。ただそれでも、ほんの一寸先の死の気配を左近は十分に感じ取っただろう。
左近が膝を突いた。それで終わり、と言う風に勇人が背を向ける。膝を突いた左近にちあめが駆け寄って行く。
楓は多賀国府の方に戻って行く勇人の横に並んだ。五郎も少し遅れて付いてくる。
「とうとう勇人さんが人を鍛える側に回るなんてね。師行さんが見たら何て言うか」
「からかうなよ。自分でも滑稽だとは思ってるんだ」
苦笑しながら勇人は答えた。征西から戻ったその姿は、心身共に別人かと思うほどに逞しくなっているのが見て取れる。
「左近、どうにかなりそう?」
「結局、本人の心の問題だと思う。最初に左近を鍛えた人間が、左近の生まれ付きの性格に合わせてわざと最後は臆病になるように左近を育てた。それは忍びとしては多分正しい育て方だったんだろうけど、今左近は男として壁にぶつかってる」
忍びとして働くだけなら、今まで通り左近は臆病さと紙一重の慎重さを活かして状況を見極め、そして賭けに出なくてはならない場面でちあめを頼ればいい。それでちあめも左近を守りつつも、自分の力を最大限に出す事が出来る。
その左近のやり方が悪いと思った事は楓は一度も無かったし、それが出来るのが他の忍び達には無い左近とちあめの強みだと思っていた。
しかし左近自身は、そう考えてはいなかったという事か。
「あの鍛錬は、その臆病さを殺すため?」
「いや。臆病さを殺すだけなら、多分そう難しい事じゃないと思う。無謀になればいいだけだからね。今は、本当に怖がるべき所をぎりぎりで見極められるように鍛えてるだけさ」
同じ剣をかわすのでも、ほんの一寸身を退いただけでかわせるのと無駄な距離を跳んでしまうのとではまるで違った。一寸でかわせる攻撃を見切ってかわせるようになれば、そこからすぐに反撃に転ずる事も容易になる。
「勇人さん自身、びっくりするほど腕を上げてるね。何でもないようにやってるけど、動いてる相手の首元を真剣で掠めるなんて、普通に出来る事じゃないよ」
「師行殿なら涼しい顔で皮一枚まで斬るさ」
勇人が肩を竦めて答えた。確かに師行ならその程度の事はやるだろう。
「師行さんとは、戻ってから向かい合ってみた?」
「一度だけ。槍と太刀で」
「少しぐらいは褒めるような事言ってくれた?」
「いや。京にいる間にとてつもなく強い相手と剣と剣でぶつかった。その相手の事を引きずっているのが僕の構えに残ってたみたいで、それを怒られただけだったな」
「へえ」
「何で向き合っただけでそこまで分かるんだろうな、あの人は」
「今さら今さら。戦でまだ目に見えてもいない相手の事すら分かっちゃう所があるような人なのに」
「それもそうだな」
多賀国府が見えて来た。
小夜は陸奥に戻ってから陸奥各地で起こる叛乱の討伐に奔走していた。結城宗広と伊達行朝を始めとした有力な武士達も自領を抑えるのに手いっぱいで、小規模な叛乱は小夜の麾下と師行、そして時家の兵が中心になって対処していっている。
いや、実際には余力のある武士達は他にもいるのかもしれない。ただ、征西で陸奥の武士達に掛かった負担は相当な物で、これ以上兵を出す事を命じれば却って身内からも叛乱を出しかねない、と小夜が考えている節もあった。
留守中の陸奥を一手に任されて激しい戦を繰り返していたとは言え、遠征をしなかったと言うだけで南部には余力が残っている部分もあるのだ。師行の弟の政長も糠部群に留まって、陸奥最北の有力な足利方の武士である曾我と戦っている。
勇人も戻ってからは小夜や師行に従って、出陣を繰り返していた。
「君の方は小夜とは話してみたのかい?」
「一晩ぐらいはね。死に掛けた事で色々言われて、私も色々言ったかな」
陸奥守として配下の忍びを使う事と、一人の友人として自分と付き合う事。小夜の中では時に相反するその二つに折り合いを付けるために必要な時間だったのだろう。
無論実際には、一晩で折り合いを付けられるような事では無かった。自分のためにそれだけの時間を割いてくれた。楓にとっては、それで充分でもある。
「体の調子はどうだい?見た目は悪くなさそうだけど」
「もう万全、と言いたい所だけど。やっぱり元通りには行かないかな」
傷は塞がり、痛みが出る事もほとんど無いが、明らかに以前と比べれば呼吸をする力が落ちていた。同じように体を動かしていても、すぐに息が切れてしまうのだ。鍛錬を重ねていればいずれ戻る、と思っていたが、一向にその気配も無い。
忍びとしての働き方を変えなくてはならないだろう。今のまま元の仕事をしようとしても味方の足を引っ張るだけだ。
そう思っても以前のような焦燥を感じる事は不思議となかった。いや、本当は不思議でも何でもなかった。死に掛けた自分を助けるために師行が必死になってくれた。その事を考えるだけで他の事はどうでも良くなり、満たされるような気持になるのだ。
それはつまりそう言う事だろう。単純な物だ、と我が事ながら笑いたくなる。
「小夜の事、どう思う?」
後ろから付いて来ている五郎にわずかに気を向けた後、楓は訊ねた。五郎は相変わらず少しの距離を保って付いて来ている。自分が聞いてもいい話をしているかどうか、何となく分かるようになっているのだ。
「どう、って?」
「疲れてないかな、って。久々に会ってそう感じた。特に正成さんの事は、覚悟はしていてもやっぱりきつかったみたい。あのままだと、いずれ折れちゃうかもしれない」
湊川で楠木正成が死んだ、と言う報せは伊勢の北畠親房と瓜連城の楠木正家を通してそれぞれ入って来ていた。その事に関して小夜は表向きは大きな反応は見せなかった。
「正成殿の事は、何とか止められないかと思って僕もやってみた。けど、駄目だった。それにも通じる事だけど、小夜の事も誰にもどうしようもないんじゃないか、と思い始めてる。あの子自身が、自分で戦う理由を考えて、どれだけ苦しくても戦う覚悟を決めている。それが変えられない限り、どうしようもない」
「皆、今のままじゃ駄目かもしれない、とどこかで思ってるのに同じように考えてるね。自分達は小夜の元であの子が命じる事をこなしていけばいい。それ以上の事を考えるのは小夜一人に任せるしかない、って。宗広さんも和政さんも、ううん、親房さんすら最後はそう考えてる。師行さんだけはちょっと別かも知れないけど、それでも自分から何か言う事はしないと思う」
「君はどうなんだい?一人の友人として、小夜と話せるだろ」
「私は、駄目だよ。私は本当は相手が考えてる事を読んで、それに合わせて喋ってるだけだからね。色々言葉を飾って、誤魔化してるけど、私自身からは特に何も新しい事は出て来ない。自分を見つめ直す事なら多少は役に立てるかもしれないけど、今の小夜に必要なのはそれじゃない」
「君で無理なら」
「勇人さんがいる」
勇人の言葉を遮って楓は言い切った。勇人は何か言おうとして、それから少し考え込むような顔をする。
「誰もが、小夜は特別だと思ってる。あの子は特別で、自分があの子のために出来る事はそう多くない、って。それは正しいのかもしれないけど、やっぱり、それじゃ哀しいと思う」
「初めて顔を合わせた時と同じような事を言うな」
「あの時とは勇人さんは何もかも違うけどね。あの時は、勇人さんも小夜を支える人間の一人になれるんじゃないか、って思ってただけだったし」
「今は?」
「どこかで勇人さんだけは小夜にとって少し特別な人間になってるんじゃないか。そう思ってるかな」
その特別さが勇人が先の時代から来たと言う事からなのか、勇人自身の非凡さからなのか、あるいは単なる男女の感情からなのかまでは分からなかったが、見当違いではない自信はあった。
「僕なんかじゃ、と言ったらまたあの時と同じように殴られるかな」
「今はもう私が手を出しても掠りもしないでしょ」
勇人はすぐには返事をせず少し足を止め、遅れてやって来る五郎を手招きした。五郎が早足で追い付いてくる。
勇人が征西に従っている間、五郎の事を楓は頼まれていたが、特に気を回す必要もなく、多賀国府で下男として熱心に働いていた。勇人の真似をするように、毎日棒も振るっていたようだ。
「最初は強くなって戦場であの子を守ればいい、とだけ思ってた。けど、どんどん難しい事が増えていくな」
五郎に声が聞こえるがどうかの所で勇人は小さく呟いた。男でしょ、と楓は小さく呟き返した。
まだようやく日が昇り始めた頃の、薄暗い時間だった。二人ともそれより少し前から、示し合わせるようにここに来ていたようだ。
しばらく目を馴らし、ようやく顔が確認できるほどの距離を保って、楓はその辺りの石に腰を降ろした。
勇人と左近である。二人とも真剣を手に構えていた。特に気配を絶ってもいないので楓が来ている事には当然気付いているだろうが、それを気にしてもいないようだ。
反対側に同じようにしてちあめと五郎がいるのが見えた。眠そうに欠伸をしている五郎はもちろん、ちあめもやはり気配を隠す事もせず、二人を見守っている。
左近が踏み込み、斬りかかった。勇人はそれを受ける事はせず、見た目にはほとんど体を動かす事もしないままかわすと、左近とすれ違う。
すれ違う瞬間に、勇人はほんのわずか揺らすように太刀を使い、一瞬だけ左近に切っ先を突き付けていた。そのわずかな動きが左近を怯えさせ、踏み込みを躊躇わせていたのが楓には見て取れた。
二人の間に張り詰める気が身を打ったのか、五郎が欠伸をぴたりと止めて、眼を見開くと二人の動きを追っていた。
また向き合い直し、左近が踏み込む。同じ光景が何度か繰り返された。しかし踏み込む度に左近が構えも呼吸も乱して行っている。勇人の切っ先に対する恐れを殺して踏み出そうとしているが、それがどうしても出来ない。出来ないという事がますます左近の平静を失わせ、動きを悪くさせている。
左近の動きがほとんどただ剣を振り回しているだけになったように見えた時、初めて勇人の方から踏み込んだ。左近の剣を叩き落とし、さらに一閃する。
勇人の振るった太刀は左近の首元を掠めただけに見えた。ただそれでも、ほんの一寸先の死の気配を左近は十分に感じ取っただろう。
左近が膝を突いた。それで終わり、と言う風に勇人が背を向ける。膝を突いた左近にちあめが駆け寄って行く。
楓は多賀国府の方に戻って行く勇人の横に並んだ。五郎も少し遅れて付いてくる。
「とうとう勇人さんが人を鍛える側に回るなんてね。師行さんが見たら何て言うか」
「からかうなよ。自分でも滑稽だとは思ってるんだ」
苦笑しながら勇人は答えた。征西から戻ったその姿は、心身共に別人かと思うほどに逞しくなっているのが見て取れる。
「左近、どうにかなりそう?」
「結局、本人の心の問題だと思う。最初に左近を鍛えた人間が、左近の生まれ付きの性格に合わせてわざと最後は臆病になるように左近を育てた。それは忍びとしては多分正しい育て方だったんだろうけど、今左近は男として壁にぶつかってる」
忍びとして働くだけなら、今まで通り左近は臆病さと紙一重の慎重さを活かして状況を見極め、そして賭けに出なくてはならない場面でちあめを頼ればいい。それでちあめも左近を守りつつも、自分の力を最大限に出す事が出来る。
その左近のやり方が悪いと思った事は楓は一度も無かったし、それが出来るのが他の忍び達には無い左近とちあめの強みだと思っていた。
しかし左近自身は、そう考えてはいなかったという事か。
「あの鍛錬は、その臆病さを殺すため?」
「いや。臆病さを殺すだけなら、多分そう難しい事じゃないと思う。無謀になればいいだけだからね。今は、本当に怖がるべき所をぎりぎりで見極められるように鍛えてるだけさ」
同じ剣をかわすのでも、ほんの一寸身を退いただけでかわせるのと無駄な距離を跳んでしまうのとではまるで違った。一寸でかわせる攻撃を見切ってかわせるようになれば、そこからすぐに反撃に転ずる事も容易になる。
「勇人さん自身、びっくりするほど腕を上げてるね。何でもないようにやってるけど、動いてる相手の首元を真剣で掠めるなんて、普通に出来る事じゃないよ」
「師行殿なら涼しい顔で皮一枚まで斬るさ」
勇人が肩を竦めて答えた。確かに師行ならその程度の事はやるだろう。
「師行さんとは、戻ってから向かい合ってみた?」
「一度だけ。槍と太刀で」
「少しぐらいは褒めるような事言ってくれた?」
「いや。京にいる間にとてつもなく強い相手と剣と剣でぶつかった。その相手の事を引きずっているのが僕の構えに残ってたみたいで、それを怒られただけだったな」
「へえ」
「何で向き合っただけでそこまで分かるんだろうな、あの人は」
「今さら今さら。戦でまだ目に見えてもいない相手の事すら分かっちゃう所があるような人なのに」
「それもそうだな」
多賀国府が見えて来た。
小夜は陸奥に戻ってから陸奥各地で起こる叛乱の討伐に奔走していた。結城宗広と伊達行朝を始めとした有力な武士達も自領を抑えるのに手いっぱいで、小規模な叛乱は小夜の麾下と師行、そして時家の兵が中心になって対処していっている。
いや、実際には余力のある武士達は他にもいるのかもしれない。ただ、征西で陸奥の武士達に掛かった負担は相当な物で、これ以上兵を出す事を命じれば却って身内からも叛乱を出しかねない、と小夜が考えている節もあった。
留守中の陸奥を一手に任されて激しい戦を繰り返していたとは言え、遠征をしなかったと言うだけで南部には余力が残っている部分もあるのだ。師行の弟の政長も糠部群に留まって、陸奥最北の有力な足利方の武士である曾我と戦っている。
勇人も戻ってからは小夜や師行に従って、出陣を繰り返していた。
「君の方は小夜とは話してみたのかい?」
「一晩ぐらいはね。死に掛けた事で色々言われて、私も色々言ったかな」
陸奥守として配下の忍びを使う事と、一人の友人として自分と付き合う事。小夜の中では時に相反するその二つに折り合いを付けるために必要な時間だったのだろう。
無論実際には、一晩で折り合いを付けられるような事では無かった。自分のためにそれだけの時間を割いてくれた。楓にとっては、それで充分でもある。
「体の調子はどうだい?見た目は悪くなさそうだけど」
「もう万全、と言いたい所だけど。やっぱり元通りには行かないかな」
傷は塞がり、痛みが出る事もほとんど無いが、明らかに以前と比べれば呼吸をする力が落ちていた。同じように体を動かしていても、すぐに息が切れてしまうのだ。鍛錬を重ねていればいずれ戻る、と思っていたが、一向にその気配も無い。
忍びとしての働き方を変えなくてはならないだろう。今のまま元の仕事をしようとしても味方の足を引っ張るだけだ。
そう思っても以前のような焦燥を感じる事は不思議となかった。いや、本当は不思議でも何でもなかった。死に掛けた自分を助けるために師行が必死になってくれた。その事を考えるだけで他の事はどうでも良くなり、満たされるような気持になるのだ。
それはつまりそう言う事だろう。単純な物だ、と我が事ながら笑いたくなる。
「小夜の事、どう思う?」
後ろから付いて来ている五郎にわずかに気を向けた後、楓は訊ねた。五郎は相変わらず少しの距離を保って付いて来ている。自分が聞いてもいい話をしているかどうか、何となく分かるようになっているのだ。
「どう、って?」
「疲れてないかな、って。久々に会ってそう感じた。特に正成さんの事は、覚悟はしていてもやっぱりきつかったみたい。あのままだと、いずれ折れちゃうかもしれない」
湊川で楠木正成が死んだ、と言う報せは伊勢の北畠親房と瓜連城の楠木正家を通してそれぞれ入って来ていた。その事に関して小夜は表向きは大きな反応は見せなかった。
「正成殿の事は、何とか止められないかと思って僕もやってみた。けど、駄目だった。それにも通じる事だけど、小夜の事も誰にもどうしようもないんじゃないか、と思い始めてる。あの子自身が、自分で戦う理由を考えて、どれだけ苦しくても戦う覚悟を決めている。それが変えられない限り、どうしようもない」
「皆、今のままじゃ駄目かもしれない、とどこかで思ってるのに同じように考えてるね。自分達は小夜の元であの子が命じる事をこなしていけばいい。それ以上の事を考えるのは小夜一人に任せるしかない、って。宗広さんも和政さんも、ううん、親房さんすら最後はそう考えてる。師行さんだけはちょっと別かも知れないけど、それでも自分から何か言う事はしないと思う」
「君はどうなんだい?一人の友人として、小夜と話せるだろ」
「私は、駄目だよ。私は本当は相手が考えてる事を読んで、それに合わせて喋ってるだけだからね。色々言葉を飾って、誤魔化してるけど、私自身からは特に何も新しい事は出て来ない。自分を見つめ直す事なら多少は役に立てるかもしれないけど、今の小夜に必要なのはそれじゃない」
「君で無理なら」
「勇人さんがいる」
勇人の言葉を遮って楓は言い切った。勇人は何か言おうとして、それから少し考え込むような顔をする。
「誰もが、小夜は特別だと思ってる。あの子は特別で、自分があの子のために出来る事はそう多くない、って。それは正しいのかもしれないけど、やっぱり、それじゃ哀しいと思う」
「初めて顔を合わせた時と同じような事を言うな」
「あの時とは勇人さんは何もかも違うけどね。あの時は、勇人さんも小夜を支える人間の一人になれるんじゃないか、って思ってただけだったし」
「今は?」
「どこかで勇人さんだけは小夜にとって少し特別な人間になってるんじゃないか。そう思ってるかな」
その特別さが勇人が先の時代から来たと言う事からなのか、勇人自身の非凡さからなのか、あるいは単なる男女の感情からなのかまでは分からなかったが、見当違いではない自信はあった。
「僕なんかじゃ、と言ったらまたあの時と同じように殴られるかな」
「今はもう私が手を出しても掠りもしないでしょ」
勇人はすぐには返事をせず少し足を止め、遅れてやって来る五郎を手招きした。五郎が早足で追い付いてくる。
勇人が征西に従っている間、五郎の事を楓は頼まれていたが、特に気を回す必要もなく、多賀国府で下男として熱心に働いていた。勇人の真似をするように、毎日棒も振るっていたようだ。
「最初は強くなって戦場であの子を守ればいい、とだけ思ってた。けど、どんどん難しい事が増えていくな」
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