時の果ての朝~異説太平記~

マット岸田

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7-19 建速勇人(7)

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 不意を衝いた事で、敵の囲みをまず破った。しかしそのまま見逃してくれるほど甘い相手では無いだろう。ここからは後ろから追われる形になる。
 左近とちあめは、駆けながらまた木々の中に姿を消した。二人は鬱蒼と茂った木々の合間を縫いながら、道と変わらない程の速さで走る。そして姿を隠しながら、小夜を守る構えだ。
 一人や二人敵を通しても、左近とちあめなら小夜を守り切れる、と判断したので勇人は少し歩調を落とした。全員が何も考えず全力で駆ければ、小夜が一番後ろになるのだ。
 距離を取り後ろに回った自分を見て小夜がわずかに不安げな顔を向けて来たが、勇人は小さく笑顔を作って返すと、体を半分だけ後ろに向けた。
 後方から包み込むような気配と共に、敵が迫って来ていた。数は、やはり四人。闇の中、姿を現しているのは、だ。
 勇人は完全に後方へと振り向いた。同時に襲って来る斬撃。四人が二人二組になり、それぞれ左右から斬り込んでくる。
 一組ずつではそれぞれ完璧と言っていいほど息の合った攻撃だった。しかし、二組で見れば、左右でわずかに呼吸がずれている。
 勇人は敢えて右側へと大きく踏み込むと、姿勢を低くし、斬撃を放った。その動きは、元々あるか無しかだった相手の呼吸のずれをさらに大きくする。
 四つの斬撃が体のすぐ側を通り過ぎた。すれ違い、向き合う。四人の内一人が膝を付き、そのまま倒れた。五人目。
 戦場で朝雲に乗り、味方の兵達と共に戦っていた時とはまるで勝手が違っていた。この敵は、複数で一人を囲んで斬る事に躊躇が無く、そのための鍛錬も積んでいる。
 そしてやはり手練れだった。四人の攻撃を受けながらでは、まとめて数人を斬り倒す、と言う事も容易くは出来ない。
 倒れた一人を無視するようにして、今度は三人が三方向から斬り付けて来た。
 二人一組で動く。二人の内片方が戦えなくなれば、残った一人は別の二人と合流して三人一組になる。恐らく四人以上になれば、また二組に分かれるのだろう。
 三人同時の斬撃を相手にはかわす以上の事は出来なかった。剣で受けたり、こちらから斬撃を放ったりすればその隙を衝かれる。かわしながら後ろに飛び退る。
 木を背にする形になった。こちらが守りに入ったと思ったのか、相手はそのまま、また三人同時の攻撃を仕掛けて来ようとする。相手が呼吸を合わせるまでの一瞬の隙。そこを衝き、背にした木を蹴った勢いのままに中央の相手に斬り込んだ。斬り倒す。

「六人目」

 息を吐きながら口に出した。すでに呼吸は上がっている。鍛錬であればこの程度の動きで呼吸が乱れる事は無い。生きた人間との斬り合い、と言うのはこう言う物だった。しかし直に体がこの斬り合いに馴染んでくる。
 戦う自分に酔いしれるな、と勇人は自分に言い聞かせた。今自分が考える事は小夜をどう守るかと言う事だけで、それを果たせなければどれだけ見事に戦おうと無意味なのだ。
 戦場の高揚の中で自分を見失ったあの関東での失敗を繰り返したくは無かった。
 二人になった敵はそれでも動きを乱す事無く二人一組を作る。また、斬り込む。そう思った時には、しかし勇人は身を引いていた。
 風を切る音。矢。身をかわし、さらに一本の矢を剣で叩き落とした。新手。八人。二人一組が、四つ。その内半数は弓を構えている。
 矢は先を行く小夜の方にも向いていたが、それは難なくちあめが叩き落としているのが見えた。矢の速度は、音よりも遅い。だから眼では死角になるような矢であっても、闇夜であっても、耳だけで位置を全て把握して、ちあめは全て防ぐ事が出来る。
 言葉にすればそう言う事になるが、そんな技は当然鍛錬で身に付けられるような物では無かった。ちあめはそんな事が出来る人間だ、としか言いようがない。
 木々が並ぶ森の中だった。自分がこのままの位置で敵を抑えれば直に小夜は弓で狙えなくなるだろう。
 目の前の敵は十人。これまでに六人倒しているのだから、残りは二十五人を少し超える程度か。その内何人がここに向かって来ているのか。あるいは別の方向から小夜へと近づいているのか。左近の配下の五人は、どこで何人を引き受けているのか。
 そんな事を考えながら弓を構えている者の方へと走った。剣で立ち塞がって来るのが四人。後ろから斬撃を放って来るのが元からいた二人。
 跳躍し、空中で体の向きを変えた。後ろから追いすがっていた二人が目前にいた。斬撃。七人目。立て続けに斬撃を放ったが、もう一人にはかわされた。やはり手練れである。そして深く踏み込み過ぎると、残った四人からの斬撃に対応できない。
 そのまま一人斬り倒した事で開いた方向へと駆けた。釣られて追って来る気配を感じ、すぐに向き直るとその勢いのままに横に剣を振った。八人目。飛んできた矢をかわし、再び剣の四人と相対する。弓の内二人は小夜達を追ったようだった。
 横からの斬撃。来る気配は分かっていた。かわす。不意を打ったつもりであったろう斬撃をわずかに余裕持ってかわした事は相手の意表を衝き、逆に斬り返せた。一人を斬り倒す。九人目。しかし一人が限界だった。正面の四人も仕掛けてくる。新たに出て来たのが四人。その内一人が倒され、すぐさま三人一組を作り直している。
 これで、残りは約二十人。
 もっとだ、もっと僕に来い。口の中で呟いていた。
 七人からの斬撃。そして弓。反撃する余裕は全く無く、かわし続けた。しかし必死にかわしながら、どこか冷静に敵の動きを見切り続けようとする自分がいた。二人組が二つ。三人組が一つ。弓は味方の邪魔にならないように合間に飛んでくるだけなので、ほとんど無視できた。
 やはり二人、三人での呼吸は見事でも、組同士の連携には甘い所がある。
 半ば逃げるようにかわしながら、再び木の側まで移動した。斬撃。転がる事によって紙一重でかわす。いや、皮一枚だった。木が邪魔になり、敵の連携に若干の乱れが出来たのが見て取れた。膝を付いたまま剣を横に振るう。十人目。立ち上がる勢いに任せてさらに一人。十一人目。
 そこで鬼丸国綱を鞘に納め、倒した敵の刀を取った。どんな名刀でも人を斬る度に刀には血と脂が付き、切れ味は落ちる。そのまま使い続けると刃こぼれし、最後は使い物にならなくなるのだ。戦いはまだ長引きそうだった。このままだと鬼丸国綱にも限界は来る。
 首だけを狙って相手を倒し続ける事が出来れば刀への負担は最小限になるが、こんな戦いの中ではさすがにその余裕はない。
 五人と向き合う。五人はまた乱れる事無く三人と二人の組を作っている。呆れるほどの統率だった。しかしその分、どこか硬直した攻めでもある。
 弓の二人も仕込み刀に持ち替えている。
 また別方向から襲ってくる気配。しかしそれには別の気配がぶつかった。
 左近の部下だろう。夜の森の中を移動しながら、敵とはまともにぶつかる事を避け、戦っている気配がする。しかしいつまでもぶつかり合いを避けられるほど、相手も甘くはない。
 乱戦になった。左近の部下が五人。それを追うようにあらたに現れた敵が十人。姿を現していない敵は、これで残り十人。何人が小夜へと向かうのか。
 左近の部下達は正面からの斬り合いになれば長くは持たないだろう。とにかく自分が戦いの中心になるように勇人は駆けまわった。左近の部下達が攪乱した相手を、二人、三人と斬り倒して行く。十二、十三、十四。それ以上は、倒した相手を数える余裕は無くなっていた。斬り付けた所で、それで倒せたのかどうかも分からない。
 死闘の中に不意に静寂が訪れた。味方で立っている者は自分以外に二人。相手は六人残っていて、いつのまにか一人増えている。その一人はやはり僧形だが、錫杖ではなく太刀を履いていた。
 一瞬思い浮かべたのは五辻宮だった。しかし、知らない顔だ。あの公家よりも、ずっと荒々しい物を感じさせる顔つきをしている。
 左近が言っていた相手だろう。
 男がゆっくりと太刀を抜く。いや、本当は一瞬で抜いたのだろう。同時に桁外れに強い気が身を打った。全身の汗が引き、呼吸だけが激しくなる。
 手練れ、と言う言葉では収まらない相手だった。勇人は持っていた敵の刀を捨て、再び鬼丸国綱を抜いた。
 敵も味方も、他の人間はその場の気に呑まれたように動きを止めている。

「失敗したな」

 男が口を開いた。静かな落ち着いた声だった。しかし表情には緊張が現れている。

「何がです?」

 この息苦しさで声になるのか、と不安だったが、意外なほどはっきり、自分の耳に自分の声は響いていた。

「最初から、私自身がお主の相手をするべきであった。手強いがそれでも配下の者達だけで仕留め切れる、と判断したのが誤りだった。いや、数で押せばぎりぎりで倒せる相手だと、思い込まされていたのか」

「買い被りです。斬り合いの中どこで私の方が倒されていてもおかしくは無かった。それが却って敵を私へ引き付ける結果になったのは、皮肉としか言いようがありませんが」

 二人、三人で組を作る戦い方は、多対多で数の利を活かすには最適だったが、一人を相手にするにはどうしても最後の所で力を出し切れない所があった。
 それも自分がしのぎ切れた理由だ、と勇人は思ったが口には出さなかった。敵にそこまで語る理由はない。

「自分の命を惜しんだつもりはなかったのだがな。お主の必死の気迫に知らぬ内に気圧されていたか」

 この男が手勢達と共に最初から真っ直ぐ小夜に向かって来れば、相討ちを覚悟する以外に自分は戦い様が無かっただろう。
 会話はそれで終わった。どちらもこれ以上時間を掛けてはいられないのだ。
 男が踏み込んで来た。風。いや、斬撃。動く事なく、それを見切ろうとした。横一文字に、胴を薙いで来る。自分を両断しようとする一撃だった。それが分かった時、ほとんど何も考える事も無く、体が動いていた。かわす。刃がわき腹を掠めていた。いや、斬られたのか。どちらでも良かった。体が動く。剣が握れる。それだけでいい。
 向き合い直した。相手が上段に構え直す。相手の刀がどう動くのか、今度は最初からそれが見えた。踏み込む。顔の前を、風が通り過ぎた。
 馳せ違っていた。はらり、と何かが顔に引っ掛かって来た。前髪が二、三本。
 向き直った。やはり体は動く。剣も握れる。

「たった一度で、私の剣を見切ったのか」

 男が口から血を吐きながら言った。着ている袈裟が、右肩から赤く染まっているのが月明かりに照らされて見えた。

「見切れたのか、どうか。見えた、と思ったから動いただけです。本当の所は、分からない」

 仮に同じ事をもう一度やっても、同じように出来るかは分からなかった。
 どのみち、二度目は無い。それは手ごたえで分かっていた。
 一つ息を吐くと勇人は男の横を通り過ぎた。視界の端に、さらに何か言い掛けた男が、ゆっくりと倒れるのが映った。
 恐らく強敵だったのだろう。だが、勝利に浸っている暇などは無い。
 まだ、小夜を守るための戦いは終わっていないのだ。
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