時の果ての朝~異説太平記~

マット岸田

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8-5 北畠小夜(5)

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 そのまま武蔵の国府に入り、鎌倉を中心にして関東の情勢を探るためにそこにしばらく軍を留めた。
 鎌倉に集う板東八ヵ国の武士。それだけでなく、奥州軍の進軍に合わせてそれぞれ鎌倉を伺っている新田義興と北条時行の情報も入って来る。
 どちらもそれぞれ二万を超える軍勢を擁しており、味方と見ればそれなりの戦力であるが、本当は敵のような物だった。ただ、鎌倉攻めに関しては恐らく素直にこちらに従った戦をするつもりだろう。
 小夜は一度軍勢を落ち着けた後、勇人を呼び出した。
 勇人は師行と共に馬の脚を馴らすため騎馬隊を駆けさせていたようだったが、使いを出すとさほど時も置かずにやって来た。

「どうかした?」

「ちょっと、頼みたい事があってね。師行さんの下での戦は、どう?」

「一瞬たりとも気が抜けないよ。眼で見える物、耳で聞こえる物、朝雲を通して伝わって来る物、気としか言いようが無い物。全てを把握して次の動きを決めなくちゃいけない。僕が失敗すれば、師行殿の騎馬隊が負ける事になる」

 苦笑してそう語る勇人は、しかしやはり穏やかな表情と眼だった。師行の下での苛烈な戦いを感じさせる物は何も無い。
 緩急を付ける。それが極まった所で出来るようになったのだろう。今は力を抜いていい時なのか、それとも張り詰めていないといけない時なのかが、考える前に肌で分かるようになっている。
 戦に馴れた人間は大なり小なりそう言った感覚を身に付けてはいる。しかしあの戦場での戦いぶりを見ていれば、勇人がもう馴れや経験などではない、ある種の境地に達しているのは察しが付いた。
 恐らく今の勇人であれば、事前に何の気配も発さず、一呼吸で人を斬れる。そして斬った後には、わずかな余韻も残さない。
 そしてその武人としての境地は、戦場での指揮にも影響を与えているはずだ。

「それで、頼みたい事って?」

「使者に立ってほしい。鎌倉の斯波家長に。会うまでの手筈は、忍び達に任せて構わない」

 そう言っても、勇人には驚いた様子はなかった。ただ自然とそうなったように、眼の光が強くなる。

「内容は察しが付いているけど、どうして僕に?」

「書状を送って済むような事じゃない。私の考えを理解して斯波家長に直接語ってくれる人間がいる。今短期間でも軍勢から離れられて、それが出来るのは勇人しかいない」

「一度殺し掛けた相手、なんだけどな。その後で殺され掛けもしたけど」

 苦笑しながらそれでも勇人は頷いた。

「彼はそんな事は気にせず受けてくれると思う。ただ、もし私の見込みが最初から外れてたら、生還は難しくなるかもしれない」

「大丈夫だよ。多分小夜だけじゃなく、師行殿の見立ても入っているんだろ?」

 強い眼の光のまま、それでも軽い口調で勇人は言った。

「師行さんから、何か聞いた?」

「君にこの上洛での本当の敵と味方について、少しだけ進言した、とだけ。色々聞きたい事はあったけど、余計な事を言ったら殴られそうだったから聞けなかったな」

「多分、勇人の想像であってるよ。その辺りは」

「早めがいいよな。出るのは」

「そうだね。多分五日ぐらいで鎌倉に向けて進み出すと思う」

 兵糧の余裕がある訳ではない。そして北条時行と新田義興の動きは不穏だ。
 時間を掛けて念入りに調略を進めるような事では無かった。これは自分と斯波家長が互いをどう見ていて、そしてこの国の在り様をどう見ているか、と言うだけの問題だ。

「分かった。忍びはいつも通り左近に頼むよ。彼に伝える、内容は?」

「夜までには、私の中で纏めておくけど、多分ほとんど勇人に任せると思う。必要なら、書状にもするけど」

「なら、今晩に発つよ。書状は、いらない」

「うん、お願い。気を付けて」

 夜を徹して進む、と言うのは今さら驚く事でも無かった。
 話が終わった、と思ったのか、勇人は頭を下げて出て行った。
 夜まで、わずかな時間であっても無駄にはしないのだろう。
 それは、小夜も同じである。
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