王女殿下のヒットマン

マット岸田

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第八話 疑問

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「だいたいな。何か聞きたい事はあるか?」

「そうですわねえ」

 イーリスが車から降りる。ソルヤも顔だけ窓から出していた。

「あなた達、どうしてソルヤ殿下が狙われているのかご存知かしら?」

「知らん」

 突然少女に質問され出した事に困惑気味な顔を見せながら一人が答える。やはり話すのはこの男一人だった。日本語が満足に話せるのがこの男だけなのかもしれない。

「正直にどうぞ。ワタクシ、こっちの殿方ほど気は長くありませんの」

 MP-443を一丁拾い、イーリスはそれをその男に向けた。

「本当だ。俺達は突然日本に送られてソルヤ殿下を連れ戻すように上に命じられただけだ。対外諜報局は今回のクーデターは実際に発生するまでほとんど関わってなかったんだ」

「でも少しぐらいは噂など流れているでしょう?」

「本当に唐突な命令だったんだ。クーデターが発生して王宮を抑え、殿下がすでに国外脱出してる事が分かって急に将軍は殿下の確保を命じたんだ」

 男は必死と言う様子で喋っていた。どうやら本当に上に命じられるままに動いていただけで、クーデター政権に対する忠誠心は強くないらしい。

「じゃあ次。国内で殿下確保のために動いているそちらの戦力は?」

「今大使館にいる人間で荒事がこなせるのは俺達も含めて数人だけだ。ただ……」

「ただ?」

「数日以内に工作部第一課の強行班が日本に入って来ると言われている。そいつらが来れば俺達はお役御免だ」

「あら、また物騒なお名前が。確か国外で人質救出や要人暗殺をやるエルヴァリ対外諜報局唯一の実戦部隊ですわね。もっとも実戦投入された事は公式には今まで無かったはずですが」

「そんな部隊まで日本に送り込んでくるとは本当になりふり構わず、だな。国際問題になる事を恐れてないのか」

 シガリロに火を着けると私は口を挟んだ。
 男が口ごもる。ここまでの任務にこの男も疑問を感じているような、そんな様子だった。

「その連中の人数と装備、名前、国内入りのルート、後通信コードなども聞きたいですわね」

「それは」

 男が一度口を閉じ、それから開いた。

「さすがにそこまでは言えん。仲間を売る事になる」

「なるほどご立派ですわね。それじゃあまずは足から行きましょうか」

 男が覚悟したように目を閉じ、イーリスが狙いを付け、私がどうするかしばし考えた所でソルヤが口を開いた。

「待って」

「はい」

 止められるのを分かっていたかのようにイーリスが銃口を上げる。

「そこまでしなくてもいい、よ。彼らはエルヴァリの諜報員として仕事をしているだけなんだから」

「主筋のはずのソルヤはかの将軍に売り渡せても仲間は売れない。そのダブルスタンダードは中々ワタクシには不快なのですけどね」

「依って立つはずの物が倒れたんだから、仕方ないと思う。彼に取っては王家よりも自分が所属している組織の方が大切だったんだよ」

「お優しい事」

 男が戸惑ったようにソルヤを見た。

「ただ、一つだけ聞いてほしい」

 ソルヤも車を降り、私の影に半ば隠れながら、それでも男たち全員を見回した。

「今言った通りあなた達が本国の状況を何も知らず、理由も考えずただ上からの命令に従っているだけであるのなら、もう一度、今のエルヴァリがどんな状況にあるのか、ちゃんと確かめてほしい。そしてエルヴァリの公僕として、より多くの民のためになる選択肢を己で考えて選んでほしい。その結果、クーデター政権に与して私を捕える事が本当に民達のためになると思うのなら、それでもいい」

 ソルヤはエルヴァリ語でそう言った。
 男達が戸惑ったように顔を見合わせる。

「もちろん私も死にたくはないから、次があったらその時は君達を殺すつもりで抵抗する、けどね」

 冗談とも本気ともつかない表情だった。
 イーリスは男達に興味を失ったようにボックスカーの中を漁り、ノートパソコンを一台引っ張り出して来る。

「たいした事は知らないようですし、これぐらいですかね。で、生かして返して差し上げるんですか?」

「ひとまず今回は放免と言うのが王女殿下の御裁可じゃ仕方あるまい。イーリス、ついでにギアをニュートラルにしてサイドブレーキを外しといてくれ」

「はいな」

 イーリスが笑いながら言われた通りにする。

「良し、不逞なる反逆者共に与したスパイ諸君」

 私は男達が捨てた物を拾い集めた後、エルヴァリ語で男達に言った。ソルヤが驚いたように私の顔を見る。

「そのまま四人で自分達の車を崖まで押して落とせ。それで今回だけは見逃してやる」

「待ってくれ、この車は大使館の物だし、中には色々な機材が」

 エルヴァリ語で話しかけても、答えるのは同じ男だった。

「それはお前らの命よりも大事か?」

 舌打ちをして、男達が言われた通りに車を押し始めた。勢いを付けたボックスカーがガードレールも無い崖から下に落ちて行く。

「乱暴だなあ」

 ソルヤが呆れたように呟いた。

「殺し合いよりは軽く済んださ」

「確かに」

 車一台とそこに積んである機材、銃四丁。
 失った物を国外で新たに調達するのはそれなりに時間が掛かるはずだ。
 どの程度影響があるかは分からないが、多少は敵の動きは鈍くなるだろう。

「でも、彼らどうやって帰るの?」

「車が通りかかるの待つか、のんびり歩いて山を降りて行くだろうさ。日が暮れる前には街に着けるさ」

 ソルヤを車に促した。
 男達四人を路上に残し、車を出す。

「エルヴァリ語喋れたんだね、キザキ」

「一度行った国の言葉は、日常会話程度ぐらいなら喋れるようになる性質でね。王女殿下にわざわざ下手くそなエルヴァリ語を聞かせる気にはならなかったが」

「えらそうな事言ったの、聞かれちゃったね。私自身、何も出来ずに国から逃げてる立場なのに」

「連中の耳には届いたさ、多分。どう響いたかまでは、分からんが」

「逃がしたのは、甘かったと思う?」

「あの程度の連中なら、生かしておいてもどうにでもなる。本当に殺さなきゃいけない相手なら、俺はお前の意思に関係無く殺すさ」

「そう。そうだよね、プロって言うのは」

「今考えるべきなのはあんな連中の事よりも次の敵、工作部第一課強行班の事ですわ」

 イーリスが男達から取り上げたノートパソコンを開いた。

「唯一の実戦部隊、とか言ってたが、知っているのか?」

「ワタクシも公式に開示されている情報以外はあまり存じませんわね。ソルヤは何かご存知で?」

「ううん。あまり特定の政府機関には関わらないようにしてたから……」

「ま、その方が普通は王族としては賢明でしょうね……パソコン自体のロックは上手く外れている所ですが、政府機関へのアクセスはやはり毎回別にパスがいるみたいですね。しかもパソコンに記録させていません。雑魚の癖にこの辺のコンプライアンスだけは高いですわね。めんどくせー」

 パソコンを閉じるとイーリスは狭い車内で器用に肩を伸ばした。

「しかしスパイ活動ならまだしも、エルヴァリのクーデター政権は本気で特殊部隊をこの日本に投入するつもりですか。ばっかじゃねーですか。いくら世界情勢が仁義なき戦いの様相を呈してきているとは言え、さすがにそんな事して公になったら日本との関係が険悪になるどころか、まとまりつつある西側からの政権承認の話も吹っ飛びますよ」

「異常だな。敵のソルヤへの拘りようは」

 正気の沙汰では無かった。交戦中の相手国や、無政府状態になっている国で作戦行動を行うのとは訳が違うのだ。

「これで仮にソルヤがここから日本政府に保護を求めたら、力尽くでの身柄確保を諦めるのか、それとも日本の公的機関を標的にして特殊作戦を仕掛けて来るのかちょっと興味が湧きますわね」

 愉快そうに笑いながらイーリスが言った。

「まさか。そんな事をしたら、もう戦争じゃない。大勢、犠牲が出るよ」

「問題なのは相手が本当にその辺りの道理を全て無視してそれをやりかねない所だ」

「有り得ないよ。そこまでして私を狙う理由なんて、どう考えたって無いんだから」

「それは、俺達には本当には分からん所だ。向こうにどんな理由や都合があるかなんてな」

 私がそう言うとソルヤは考え込むように俯いた。

 人間は無意識の内に相手も自分と同じ価値観に従って動いていると思ってしまう。
 だが実際には、行動を決定する際の基準となる前提条件が、ある部分においてこちらとは根本から違う、と言う相手は必ずいるのだ。

 相手はソルヤを攫うためには何をしてくるか分からない。そう思って待ち構えた方が良さそうだった。

「ま、その辺は後でゆっくりパソコンを調べながら考えるとして、そろそろ帰りましょう。だいぶ時間を食ってしまいましたわ」

「そうだな」

「あ、ちゃんと夕飯の買い物は三人分して行くんですわよ、キザキ」

「お前、夕飯まで俺にたかるつもりか」

「それどころかしばらく泊まるつもりでしてよ。ワタクシがいた方がソルヤの護衛もやりやすいでしょう」

「寝る場所は無いぞ」

「帰りにワタクシのマンションにも寄って下さいな。マットを持って来ます」

「おい」

「それとも護衛を言い訳にソルヤとずっと一つ屋根の下二人きりの生活を続けるつもりですか。まあ破廉恥な」

 イーリスの言葉にソルヤが顔を赤くする。
 応戦不可能を悟り私は口を閉じた。
 イーリス自身がどこまでやる気なのかは分からないが、荒事の時にいれば役に立つのは確かだ。目と耳が増えるだけでもだいぶ違う。

 それに、私としてもソルヤと二人きりの生活をずっと続けると言うのは確かに居心地が悪い物があった。イーリスでもいないよりはましだろう。
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