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通り名?
しおりを挟む出立から一転。あれよあれよと馬車に揺られて街を移動した。
そして辿り着いたのは『イルミナ』という街だったのだが、噂で聞いていた通り、他の街のギルドとは想像を絶する規模だった。
野宿を含み約二日をかけて移動したが、リーゼもハクも疲れ知らずである。リーゼなんか竜人故に空を華麗に舞い楽しそうに移動していた。もう少し大きかったら父さんを抱えて飛んで欲しいくらいだ。
閑話休題。
話をイルミナに戻すが、街中には屈強な冒険者が散見されていた。
タグを見る限り、皆がAランクやBランクなど高い水準らしく、俺みたいなDランクには会わないままギルドの入り口まで来てしまった。
明らかな場違い感に胃がキリキリ痛くなってくる。
「な、なぁ……本当に大丈夫か?」
「何がです?」
「……いや、Dランクとか馬鹿にされるんじゃないかって」
「あはは、気にし過ぎだよとーちゃん」
(〝Dランクが許されるのは子供だけだよ?〟とか煽ってたのはお前だろうがリーゼ)
少しムカっとしたが、まあ所詮ランクなんて飾りである。俺の実力はAランクだ。もし変な輩に絡まれても娘を守るくらいの甲斐は持ち合わせている。
「んじゃ、とりあえず入るか」
重たい扉に手を掛ける。
開けた先には、ギルド特有の酒と活気の入り混じった空気が充満していた。
懐かしさと同時に、忘れかけていた独特の緊張感が肌伝いに蘇る。
「お、見ない顔だな兄チャン」
ギルドの酒場の目立つ位置に座る男がこちらを見る。
インナーからはみ出た下っ腹、そして誰にアピールしているのか分からない真っ赤なモヒカンが目を引いた。
正直、絡まれるとめんどくさいと思いつつ、無視は出来ないので適当に返した。
「どうも。俺達は他の街から来た冒険者パーティだ」
「冒険者パーティだあ? どれどれ……はぁ? Dランクぅ? おいおい勘弁してくれよ、せめてBランクになってから来な」
あちこちでゲラゲラと笑い声が沸く。
「言っとくがここにはDランクが受ける様なヌルい依頼はねぇぞ? 仮にあったとしても他の街なら既存のランクの皮を被った別物、つまり危険なモンだ。リスクを犯して得なんかありゃしねぇ」
イリアから聞かされていたがランクの中でも明白な差が存在する。限りなく上のランクに近いもの。それらを集中的に取りまとめているのがイルミナのギルドだ。
つまり、ここのAランク任務はSランクと遜色ないと言えるだろう。
「別に構わないさ。それを目当てでこの街に来たんだ」
「言うじゃねぇか。ならちょいと俺と手合わせしろや。俺はこのギルドの顔でもあるゲラフってんだ」
ゲラフと名乗った男はのそりと椅子から立ち上がった。肉付きのいい巨漢だが、酔いのせいか顔の殆どが赤く染まっている。
「ギルドの顔ねぇ」
リーゼは悪戯げに笑うと、俺の脇を小突いてきた。
「とーちゃんチャンスじゃん。ここで一発キメちゃえば簡単に“箔”が付くよ?」
しかしイリアは首を横に振り前に出た。
「待って下さい。ギルドの顔訳? そんなもの聞いた事もありません!」
「それはお前達の田舎のルールだろ? どこのギルドにも居るんだよ。考えてみろよ、弱いくせに見栄を張りたがる死にたがりの新参を出さない為だぜ? 優しいだろ俺様は」
「いいえ胡散臭いですね。どうせギルドとは別に、報酬から独自に徴収でもしているのが関の山でしょう」
「はん! 勘のいいガキは嫌いじゃねえぜ」
その言葉を聞き、イリアの纏う空気が変わった。
「では、此方もそれ相応の対応をさせていただきますが」
腰の剣に手を掛け殺気を帯びた瞳を向ける。ピンと空気が張り詰め、一瞬にしてギルド内を静寂が支配した。
対峙していたゲラフの顔はみるみる青く染まっていく。イリアの放つ殺気から実力を悟ったのだろう。
ゲラフは一歩下がり戦意を消し去って推し黙る。勝てない勝負をしない辺り、このゲラフという男は無法者でも流石は高ランク冒険者と理解できた。
暫く静寂が続き、ゲラフはハッとして目を見開いた。
「あ……あんたは、もしかして」
その指はイリアーーーーでは無く、後ろにポツリと立っているハクを指し示した。
「……ボク?」
「あ、あんたもしかして、あの〝白馬帝のハク〟じゃねぇのか!?」
「はくば……え、なんて?」
「白馬帝だよ白馬帝! てめぇ連れなのに知らねぇのか!?」
「いや知らないって。ハク、そうなのか?」
「……わかんない」
ハク本人もキョトンとしている。
すると、リーゼがハクを後ろからハグして続ける。
「そのオジサンの言う通り、ハクって割と有名なんだよね。通り名までは知らないけど、冷酷無比な戦闘スタイルは各地に知れ渡っているって聞くよ」
「マジかよ」
「……てれる」
「おいおい……白馬帝と同じパーティって事は、角の生えてるアンタはもしかして〝爆殺竜姫のリーゼ〟か!?」
「わぉなにそれ、超強そうじゃん」
「爆殺って……」
もっと良いネーミングがあっただろう。
しかし、ウチの娘達は相当スペックが高いらしい。他の街のギルドに異名が轟くともなれば実力は折り紙付だ。
「お、おほん!」
イリアが咳払いをする。
そして、ゲラフをチラチラと見ながら、これ見よがしにアピールをしていた。
「…………」
「あの……」
「ん?」
「わ、私にもこう……その、ほら、ね!?」
「……あ! そうかそうか。アンタが〝保護者のイリア〟だな。なるほど保護者っぽいわ」
「ほ、ほごっ……保護者!?」
「ぶふッ!」
いかん、思わず吹いてしまった。
しかし気にする事はないぞイリア。その二人に比べると地味に見えてしまうものだ。保護者とはいえパーティをまとめるリーダーには違いない、きっと、いや多分。
「おっほん」
とりあえず俺の娘はギルド界隈に名の知れていると分かった。
不本意ではあるが、この後の行動を円滑にする為に、その名誉を使わせてもらおう。
「ふっふっふ……どうだ、俺の自慢の娘達は?」
「はぁ、あんたの娘? どう見てもこんなデカイ子供がいる歳じゃねぇだろう」
ゲラフくん、テンプレみたいな回答をありがとう。だがその返答は読んでいたぜ。
俺はミュージカルばりに大袈裟に手を広げ、ギルドの天井を仰ぎながら答えた。
「俺にも色々と事情があるのさ。考えてみろよ、こんな凄い娘がいる俺だ。目立ち過ぎた故に裏組織から命を狙われていてな。陰謀から逃げる為に顔を変えている、実はこう見えても四十前だ」
「そ、そうなのか? 確かに言われてみれば、年相応の威厳があるような気がしてきたぜ……」
意外とピュアだねゲラフくん。
「さて、俺達には時間がない。さっさとランクを上げたいんだ……通してもらうぜ?」
「も、もちろんだとも。ハクさんやリーゼさんの父親なら文句はねえ!」
「あの、私は……」
「へい、保護者のイリアさんも失礼しやした!」
「保護者ってのはやめてってば!」
何やかんやあったが、とりあえず第一関門は突破できたらしい。
後は強い魔物の討伐依頼をこなすだけだ。
現役の頃を思い出しつつ、俺はイリアが予約していた依頼を受ける為にカウンターへと向かった。
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