銀杖のティスタ

マー

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13 師匠のお見舞い

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 僕が入院してから1週間。

 各地で強盗襲撃事件を起こしていた犯人は全員逮捕されたらしい。
 新聞やニュースによると、下半身が氷漬けになった状態で見つかったとか。

 半グレ集団一斉検挙の報道は、あれから何日も続いていた。
 しかし、被害者の大半が魔族・半魔族であることは伏せられている。
 マスコミは昔から魔族の存在に否定的なので、仕方のないことだ。

「……これってやっぱり、ティスタ先生がやったんですか?」

 病院のテレビを見ながら、僕は先生に聞いてみた。

「はて、なんのことやら」

 何度聞いても、知らぬ存ぜぬの一点張り。

 地元警察も手を焼いていた半グレ集団は、とある魔術師の介入によって壊滅。
 その後、全員が逮捕されたニュースが世間をしばらく騒がせた。

 こんなニュースも時間が経てば忘れ去られるのだろう。
 僕自身、こんな大ケガをして入院している理由がどうでもよくなっていた。

 なぜなら、毎日のようにティスタ先生がお見舞いに来てくれるからだ。

「さて、今日も座学の時間です」

「はい、よろしくお願いします」

 先生は、魔術に関する面白い話をいくつも聞かせてくれた。

 魔族の歴史。
 近代魔術の進歩。
 たまに魔術に関わる面白エピソードを教えてくれたりもする。

 こんな話をずっと聞いていると魔術の修練をしたくなるけど、ケガが完治するまでは魔術の使用を禁止されている。僕は魔力による自然治癒力が高いので、魔力を節約しているだけで自然に傷が治っていくからだという。

 魔術が使えない退屈な入院生活中、先生は学びの時間を設けてくれた。今までは実践して魔術を学んでいたけど、こうして知識を蓄えていくのもかなり面白い。

 僕が期待に胸を躍らせていると、ティスタ先生はカラフルなイラストが描かれたスケッチブックを広げた。

「さて、魔術といえばコレでしょう」

 スケッチブックには「地・水・火・風」の文字。
 いわゆる「四大元素」である。

 これらは世界を形作るものであり、この中に「空」も混ざって「五大元素」とも呼ばれている。

「はい、僕も知っています。魔術の基礎だと――」

「これ、今のキミは気にしなくていいですっ!」

「えぇっ!?」

 先生が床に向けてスケッチブックを乱暴にぶん投げた。
 意味がわからずに困惑していると、先生は説明を続ける。

「そもそも、魔族が作り出した魔術を人間の基準に当てはめること自体がおかしいのです。常識に囚われず、イメージを拡張するのが大切!」

「なるほど……」

「よくあるファンタジー作品などの設定では定番ですが、四大元素や五大元素、普通に魔術を使う分には関係無いのです。魔力で「何ができるか」を理解することの方が優先です」

 先生は「ライターで火を起こす時、ライター本体の構造や使用する燃料の成分を考えないのと同じ」と例えた。ライターが自分の肉体、燃料が魔力、火は魔術によって起きた現象だと考えればわかりやすい。

「魔力元素の組み合わせによって使える魔術もありますが、それを考えるのはキミが見習い魔術師を卒業してからの段階です。今は自分が使える魔術を洗練させることだけを考えてください」

 基礎が完璧になってから応用に移る。
 勉強やスポーツと同じということだ。
 
「最初は身近なもの……例えば、水に魔力を込めて浮き上がらせたり、形を変えたりするのが基本的な見習い魔術師の基礎です。危険度が低いので、初心者には最適な訓練になります」

「なるほど……」

「水に限らず、魔力を込めればコントロールできるものは意外と多いです。熟練の魔術師でも、岩に魔力を込めて質量攻撃を仕掛ける場合もありますから」

 多くの魔力を使わなくても、武器なるものが無数にある。

 周囲にある水分、足元に転がる岩、大気――魔力の量が大きければコントロールできる質量も大きくなるので、あらゆるものが凶器に成り得るのだ。

「単純な話、魔術師の戦いは魔力の量と出力で勝敗が決まります」

 火で水を消すことができれば、逆に水を火で蒸発させることも可能。

 魔術師の戦いというのは、なにか特別な条件が無い限りシンプルな決着が多いらしい。

「基本的に魔術師と戦うとき、魔術を使用した争いになることは少ないです。魔術師なら相手の魔力量を自然と察することができるので、最初から勝負が見えているわけですから。負けるとわかっていて戦うことはないでしょう?」

「なるほど」

「やむを得ず戦闘になった場合、魔力で肉体を強化して殴り合いや斬り合い、時には拳銃などの近代兵器を使用することもあります。キミが思っている以上に、魔術師は体を鍛えたり、武器を所持していたり、格闘技などのスキルを身に着けている者が多い業種なのですよ」

「僕も護身術くらい身に着けておいた方がいいでしょうか……」

「そうですね。今回のような襲撃に対応するなら、必要かもしれません。今の日本は、魔族に対する風当たりが強いのが現実ですから」

 ティスタ先生は大きく溜息を吐きながら、床に放り投げたスケッチブックを拾い上げる。

「実際、魔術師や魔族を襲撃する事件が全国で多発しています」

「ちょっと前に、魔族の子供を保護している施設を襲撃する事件がありましたよね……」

「そうですね、悲惨な事件でした」

 魔族や半魔族の死者が出た事件はいくつかある。
 民族浄化という免罪符で命を奪うこともあった。
 今でこそ魔族差別は落ち着きつつあるが、半魔族の僕にとって忘れ難い事件だ。

「すみません、他の話をしましょう。次は――」

 ティスタ先生が手に持っていたスケッチブックを捲ろうとしたところで、病室のドアからノック音が聞こえてくる。

 病室に入ってきたのは、スーツに身を包んだ白髪頭の男性と若い男性。
 2人はおもむろに胸ポケットに手を入れると、警察手帳を見せてくる。

「ティスタさん。先日、この街のビルで起きた事件についてお聞きしたいことがあるんですが……ちょっといいですかね?」

 飄々とした白髪頭の警官の顔を見て、ティスタ先生は笑顔を見せる。

「思っていたより遅かったですね。では、行きましょうか」

「先生、どちらへ……?」

「警察署で取り調べを受けてきます。先日の件ですよね、警部補殿?」

 白髪頭の警官は、気まずそうに笑いながら頷く。
 その笑みには、わずかな恐怖が滲んでいた。

「すみません、トーヤ君。座学の続きはまた今度に」

「大丈夫ですか? 警察って……」

 ティスタ先生が犯罪をするとは思えない。
 先日の件というと、半グレ集団が壊滅したという事件だろうか。

「平気ですよ。取り調べも形式的なものになりますから。ね、警部補殿~?」

「いやぁ、勘弁してくださいよティスタさん……」

 白髪頭の警官は大きな溜息を吐きながら俯く。
 その後ろにいる若い警官の表情は引き攣っていた。
 ティスタ先生を怖がっているようにも見える。



 ……………



「先生、大丈夫かな……」

 窓の外の景色を眺めながら呟く。

 警官は「街のビルで起きた事件」と言っていた。

 やっぱり、あの件にはティスタ先生が絡んでいたに違いない。
 ……先生自ら動いたのは、僕が襲われたことが理由だろうか。
 そう考えると、原因は僕にある。

 しかし、今の僕にできることはない。

 ベッドに寝転がりながら悶々としていると――

「やぁ、調子はどうだい。これ、よかったら」

 病室に入ってきたのは千歳さん。

 お見舞いの品として持って来てくれたコンビニの袋には雑誌やマンガが入っている。退屈な入院生活の間、少しでも気を紛らわせるために色々とお見舞いの品を持ってきてくれたみたいだ。

「ありがとうございます」

「お気になさらず。従業員のメンタルケアも所長の仕事だからね」

 千歳さんはベッド脇に座ると、僕の怪我の様子を心配そうに見てくる。

「魔族や半魔族は傷の再生が速いとは聞いていたけれど、本当だね」

「はい、先生の話では来週中には退院できそうです。ご心配をお掛けして申し訳ありません」

「いや、謝るのはこちらの方だ。未成年のキミを夜遅くに徒歩で帰らせてしまったから。状況が落ち着くまでは、私かティスタが車でキミを送り届けるから安心してくれ」

「……すみません、甘えさせていただきます」

「あぁ、それでいい。いっぱい頼りなさい。まだ若いんだから」

 千歳さんはそう言って、僕の頭を撫でてくれた。

 いつだったか、今は亡き母に同じように頭を撫でてもらった記憶がフラッシュバックして目頭が少し熱くなる。

 ……周りの人に助けてもらってばかりだ。
 ティスタ先生に最初に会ったときだってそうだった。
 僕は、自分ひとりでは何もできない。

 先生が警察に連行されるときも、僕は黙って見送ることしかできなかった。

「……そういえば、ティスタ先生が警察に連行されたのは知っていますか?」

「知っているよ。その件についても話そうと思ってた。ついでにティスタからいろいろ教えておいてくれと頼まれているんだ」

「教えるというのは?」

「あの日、何があったのか。キミは当事者だし、知る資格があるだろうから」

 最初に千歳さんの口から語られたのは、ここ数日で何が起きたか、ティスタ先生が何をしたかについてだった。
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