銀杖のティスタ

マー

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14 魔術と呪術

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 千歳さんはベッド脇のパイプ椅子に座りながら大きな溜息を吐いた。今回の件で色々と後始末が大変だったらしい。

「結論から言ってしまうと、ティスタは大丈夫だよ。別に悪い事をしたわけではないからね。むしろ、街で幅を利かせていた半グレを一斉に検挙する理由が出来たんだ。警察から感謝状が来てもいいくらいさ」

「それじゃあ、どうして先生は……」

「人間は、自分が理解できないものに対して極度に怖がるんだよ。もしかしたら、次はティスタが罪も無い一般市民に対して魔術を使うんじゃないかってね」

「そんな事を先生がするはずが無いです! あ、いたた……」

「おいおい、無理をするなよ」

 大声を出した途端、全身に痛みが走る。千歳さんは苦笑い。

「私もキミと同じ意見だよ。ティスタはそんな事をしないのは、一緒に仕事をしてきた私や弟子のトーヤ君がよく知っているものな。でも、世間の人達はそうは思ってくれない」

 ティスタ先生の人柄を知らない者達は、彼女の事を「人間には無い異能を持った恐ろしい存在」としか思わない。それが今の世間の一般的な認識。魔族達にも同じような認識を向けられている。

「人間が群れる理由っていうのは、安心や安全を得るため。だから、そんな自分達の領域を犯そうとするかもしれない存在を簡単には受け入れられない。平気で排除しようとする。全ての人間がそうではないと思うけれどね」

「……はい」

 僕はそれをよく知っている。群れから排除される側の半魔族だったから。

「ティスタが酒に溺れちまったのも、これが理由だった。信じた人間に何度も裏切られて、かつてティスタの弟子だった魔術師達も人間に絶望して、今ではどこに行ってしまったのかもわからない。あの子はずっと群れから離れた一匹狼だった」

 ティスタ先生の過去を語る千歳さんの表情は暗い。彼女が魔術師としてどんな人生を歩んできたのかを知っているからなのだろう。

「そんなクソみたいな生活をしていた中、キミみたいな弟子が現れたわけさ」

「僕、ですか?」

「最近のティスタは、以前のように生き生きとしているよ。まるで全盛期の時みたいさ。キミのおかげだ。ありがとう」

「いや、僕の方こそ助けてもらってばかりで……」

「自覚は無いだろうけれど、キミもティスタを救っているんだ」

 僕が出会う前のティスタ先生は、思っていた以上に現実に打ちひしがれていたらしい。人間から受けた魔術師や魔族・半魔族への扱いは、僕の想像以上に過酷だったに違いない。

「それで、半グレの拠点に乗り込んでお礼参りまでしちゃうんだから。キミの事を相当に気に入っているのだろうなぁってさ!」

「最近ニュースになっていたアレですよね。やっぱりティスタ先生がやったんですね」

「おうよ、鬼気迫るカチコミだったよ。私と三日三晩の殺し合いをした時のヤツに戻ったと思ったね」

 殺し合いという恐ろしいワードを聞いて、僕は冷や汗を流す。

「あの……気になっていたんですけれど、千歳さんとティスタ先生が殺し合いっていうのは、冗談とかではなく?」

「もちろん本気で殺り合ったよ。昔、この国で暮らす魔族や魔術師の扱いについて意見が真っ二つに割れたことがあった。その時だ」

 魔術師や魔族の全てを国外へと追放して新天地で生活をさせるか、この国で人間と共に生活を続けさせて最終的には融和を目指すか。2つの派閥は真っ向から対立して、遂には決闘のようなものが取り行われたという。

「魔術師同士で殺し合いを……?」

「ん? あぁ、いや違うよ。私は魔術師じゃなくて「呪術師」だから」

「え?」

「そうだ、言ってなかったっけ。私とティスタは、まったく逆の立場だったんだ」

 ティスタ先生は、魔族と人間の融和を目指していた魔術師。
 千歳さんは、魔族の徹底排除を目的としていた呪術師。

 2人は全く逆の立場だったという。

「魔術師と呪術師は、昔から犬猿の仲でさ」

「それがどうして、今では一緒の仕事を?」

「私個人が、魔術師側の主張に思うところがあったから。だから今は魔族と人間の中立の立場になった。あのまま人間だけの味方をしていたら、人間が好きじゃなくなりそうでね」 

 千歳さんもティスタ先生と同様に、たくさんの苦労をしてきたらしい。

「……すまない、暗い話になってしまったね。せっかくなら実りのある話をしよう。トーヤ君、キミは魔術と呪術の違いを知っているかい?」

「いえ、正直呪術に関してはさっぱりです。呪いを扱う……という認識でいいのでしょうか」

「その通り。魔術と違って、魔力の無い人間でも扱える。人間が作り出した古来からの異能。その辺はティスタが纏めておいてくれたよ」

 千歳さんはティスタ先生が置いていったスケッチブックを開いて、僕に見せてくれた。

 魔術は拡張性が高く、熟練すれば安定性が高いが才能に左右されやすい。
 呪術は誰でも扱う事が出来るが、リスクも伴う危険なものもある。

 そして、その大元は「同一の異能だった」とも書かれている。

「魔術や呪術、この世のあらゆる異能の全ての大元は同じだったとされている。それが時代と共に様々な異能に変わっていったんだ。人間の世界であるもので例えるなら武術だね。柔術・剣術・空手・合気道とか、色々あるだろう」

「なるほど」

「似たような力が同一だったなら、似たような背格好をしている人間と魔族は、元を辿っていくと実はそのルーツは一緒なのかもしれないなんて言われてもいる。今の人間は、そんな事はお構いなしで魔族を嫌っているけれどさ」

「…………」

 色々と考えさせられる話を聞かせてもらった。魔族に対する差別感情は、今のままでは決して無くなることはない。

 僕自身、何か出来る事は無いかと考えるけれど、きっと今は見つからない。ティスタ先生や千歳さんが見つけられなかった道が見つかるとは到底思えない。僕達の思い付かない、何か別の大きな切っ掛けがあれば――。

「さて、トーヤ君。ここからが本題なんだが」

「え?」

 千歳さんは怪しげな笑みを浮かべながら、周囲に聞こえないように配慮した小さな声で聞いてくる。

「老婆心ながら気になっててさぁ。ティスタの事を女性としてどう思う?」

「どう思う、というのは……?」

「魔術学院への推薦を断ってまで、ティスタにだけ魔術を教えてほしいって頼んだんだろう? 普通なら有り得ない事だから、そんなにティスタと一緒にいたいのかなと思ってね」 

 僕のティスタ先生への好意が露骨過ぎたのか、千歳さんはもう察している様子。隠す理由も無いので、正直に話す事にした。

「そう、ですね。下心が無いと言ったら嘘になります。ティスタ先生は、魔術師としても、女性としても、大変素敵な方なので……」

「うんうん、そうか。正直で結構。おばさん、そういう子は大好きだよ。じゃあ退院が出来たらコレをあげよう」

 千歳さんは胸ポケットから2枚のチケットを取り出した。普段は遊びに行く事が無い僕でも知っているくらい有名な遊園地のチケットだ。

「仕事先で貰ったんだけど、私はこういうところには行かないからさ。キミ自身の息抜きも兼ねて、ティスタを連れて行ってあげてくれないかな。あの子、子供の頃から魔術に没頭してきたからこういう場所に行った事が無いんだよ。頼める?」

「ぼ、僕なんかでよければ……でも、先生は一緒に行ってくれるでしょうか」

「可愛い弟子の頼みなら、ティスタは良い返事をしてくれるよ。色々あって疲れているだろうから、あの子にはちょっと肩の力を抜くようにキミからも言っておいてほしい。」

「所長から直々の命令なら、逆らえませんね」

「わかっているじゃないか。デートを楽しんできてくれ」

「で、デート……」

「まずは、ちゃんと怪我を治してからだけどね! じゃあ、よろしく!」

 千歳さんはそう言った後、颯爽と仕事に戻っていった。デートなんて初めての経験、僕は先生を上手くエスコートする事が出来るのだろうか。
 
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