銀杖のティスタ

マー

文字の大きさ
16 / 71

15 先生とデート

しおりを挟む

 2週間後。

 退院した僕は、千歳さんからテーマパークのチケットを受け取った。

 ティスタ先生の息抜きが目的であって、決して僕のためではない――と、自分にそう言い聞かせた。従業員同士の慰安旅行だと考えることにした。

「…………」

 そして当日。
 僕は、かつてないほどの緊張に襲われていた。

 自分の師匠とはいえ、相手は憧れの女性。
 しかも、テーマパークに行くのもはじめて。
 上手くエスコートできるか不安だが、ここまできたら覚悟を決める。

 落ち着くことができなくて、待ち合わせ場所の駅前広場でフラフラと歩く。
 そうしているうちに、ティスタ先生が歩いてくるのが遠くに見えた。

「トーヤ君、早いですね」

「おはようございます。先日はお疲れ様でした」

「形式的とはいえ、警察署での取り調べは慣れませんね」

 ティスタ先生は警察に連行されたあと、簡単な聴取を受けただけで解放されたらしいが、それでもお疲れのようだ。

「先生、今日はいっぱい羽を伸ばしてください」

「いいえ、羽を伸ばすのはキミですよ。千歳さんからもそう言われています」

「僕は、千歳さんからティスタ先生の息抜きにって――」

 先生と顔を見合わせながら、同時に首を横に捻る。
 どうやら千歳さんに一杯食わされたらしい。

「まったく……相変わらずですね。まぁ、今回は素直に楽しむとしましょう。せっかく普段とは違う格好までしてきましたし」

「……はい」

 先生の服装は、白のセーターにブラウンのロングスカートという私服姿。
 魔術師の白い外套姿ばかり見てきたので、今日の姿はとても新鮮だ。

「行きましょうか。今日はお互いに息抜きということで」

 秋の日差しに照らされる先生の笑顔を見た瞬間、心臓が跳ね上がる。こんな顔を見てしまっては、異性として意識をしないようにするなんて無理な話だ。



 ……………



 テーマパークに到着してすぐに、先生のテンションが一気に上がった。

 この場所は、ファンから「魔法の国」なんて呼ばれているらしい。
 派手なアトラクションやパーク中心にそびえ立つ城は、見る者の心を躍らせる。
 ティスタ先生は、童心に戻ったかのように碧い瞳を輝かせている。

「お、おぉぉっ……これぞまさに魔法の国! 大人も夢中になる気持ちがわかりますね! さぁ、どこから攻めましょうか!」

 ティスタ先生が周囲を見回しながら、子供のようにはしゃいでいる。

 僕の方は、緊張のあまり冷や汗を垂らしていた。

 人混みが苦手なのは先生と一緒だから気にならないけど、ティスタ先生の様子があまりにも可愛すぎて、完全にひとりの異性として意識してしまっている。抑えている好意が隠し通せる気がしない。

 千歳さん、こうなるのがわかっていたのではないだろうか……。

「もたもたしていると時間が勿体ないですよ! さぁさぁ、行きましょうっ!」

 先生に手を引かれながら、アトラクションの順番待ちの行列に並ぶ。
 こうして行列に並んでいるだけでも、先生は楽しんでいるように見える。

「キミもいっぱい楽しんでくださいね! こんな機会はそうないんですからっ!」

 心底楽しそうな先生の笑顔を見ていると、僕の緊張がほぐれていく。

 魔術師としてではなく、僕の先生としてでもなく、今はただの憧れの女性として……一緒の時間を楽しむことにした。

 大人気のテーマパークだけあって、アトラクションの順番待ちは長い。
 でも、そんなことが気にならないくらい充実した時間を過ごした。

 疲れを忘れて夢中になって遊んでいるうちに、いつの間にかお昼過ぎ。楽しい時間はあっという間に過ぎていく。

「次はどこへ行きましょうか。まだ乗っていないのは――」

 遅めの昼食をとりながら小休憩。
 その最中、ティスタ先生はパンフレットの地図とにらめっこしている。

「先生、絶叫系も大丈夫ならいいのがあるそうですよ」

「水がド派手なアトラクションですか。濡れるかもしれないですし、着替えを持ってくればよかったですね……」

「カッパの貸し出しをしているはずです」

「なるほど、それなら大丈夫ですね。早速行きましょう!」

 素早く昼食を終えて、目的のアトラクションに向けて一緒に歩く。
 その途中で、先生が突然立ち止まった。

「どうかしましたか?」

「はい、ちょっと……」

 何かあったのかと聞く前に、先生が別方向に歩き出す。

 僕もあとを追うと、小さな女の子がベンチに座って泣いているのが見えた。

 泣きじゃくる女の子を落ち着かせてから話を聞いてみると、両親とはぐれてしまったと話す。

 ティスタ先生は、その場にしゃがみ込んで女の子に視線を合わせながら優しく話しかけた。

「お父さんとお母さん、今どこにいるかわからないですよね?」

「うん……わかんない……」
 
「じゃあ、お父さんとお母さんを探してもらいましょう。トーヤ君、申し訳ないですが――」

 こういう時は無駄に動き回るよりも、同じ場所に留まって待っていた方が良い場合もある。あるいは、テーマパークの従業員に任せて迷子センターで保護してもらうか。先生が何をしてほしいのか言い終わる前に、僕は動き出していた。

「念のため、迷子センターの従業員に知らせてきます。それと、こういうテーマパークの場合は服やカバンに迷子シールが貼ってあるかもしれません。シールに保護者の方の連絡先が書いてあるかもしれないので、そちらにも連絡してみましょう」

 事前にテーマパークのことを調べていたのが幸いした。
 女の子を早めにご両親と再会させてあげられそうで一安心だ。

「承りました。では、よろしくお願いします」

 迷子の女の子を先生に任せて、僕は迷子センターに連絡を入れる。

 ご両親が見つかるまで、どうにかして泣いている女の子を元気付けられないだろうか。僕がそんなことを考えているうちに、ティスタ先生がテーマパーク内にある大きな噴水を指差した。

「見ててね」

 女の子に優しく囁いたあと、先生が指先をクルリと回す。

 噴水から吹き出る水が魚の形になってふわりと浮かび上がり、僕達の周囲を回遊する。

「わぁぁ……」

 女の子は、その光景を見て目を輝かせている。
 さっきまで泣いていたのがウソのようだ。

 ティスタ先生は、女の子とベンチに並んで座りながら水魚を操って、女の子の手のひらに着地させた。魚だったものが今度は小さな鳥になって、女の子の手のひらから優雅に飛び立っていく。

 周囲には、スマートフォンを取り出して撮影をする人まで現れはじめた。

 フィクションの魔法の国で本物の魔術を披露するなんて、歴史上でもティスタ先生だけかもしれない。

「お姉さん、すごいねぇ!」

「ふふ、ありがとうございます。でも、もっと綺麗になるよ。トーヤ君、ちょっとお願いできますか。やってほしいのは――」

「……なるほど、了解です」

 先生からの注文に応えて、僕も魔術を行使する。
 植物を操る魔術を使って周囲の花壇に魔力を送り込んだ。
 植木に花を咲かせて、白い花弁を宙に舞わせる。

 無数の水魚は、舞い散る白の花弁を取り込んで更に美しさを増した。
 水魚はしばらくテーマパーク内を回遊したあと、空の彼方へ消えていく。

 大人も、子供も、弟子の僕も、生涯忘れることのできない美しい光景に見惚れていた。



 ……………



 迷子の女の子が無事に両親と再会したのを確認して、僕たちは陽が傾くまでテーマパークを堪能した。

「いやぁ、こんなに遊んだのは子供の頃以来です。楽しかったぁ……」

 帰りの道中。
 ふたりでのんびりと歩きながら、今日の余韻に浸る。
 途中、ティスタ先生は足を止めて夕陽に照らされる街並みを眺めていた。

「……何も考えずにただ歩くのも、たまには良いものですね」

「僕もそう思います。楽しかったです」

 今の先生の充実した表情を見れば、本当に楽しんでくれたことがわかる。
 また、こんな顔が見れたらいいなと思わずにはいられない。

 だから――

「また……」

「え?」

「今度は他の場所にも遊びに行きましょう」

 僕の言葉を聞いて、ティスタ先生は満面の笑みを浮かべながら頷いた。

「えぇ、楽しみにしていますね」

 夕陽で輝く銀髪と碧眼。
 少し赤らんだ頬。
 今まで見た中で一番の笑顔が、僕の心を掻き乱していく。

 僕は、師匠である彼女のことを「ひとりの女性」として意識している。
 自分で一切疑いようがないくらい、先生のことが好きだ。
 独り占めしたいと思ってしまうほどに。

「トーヤ君?」

「……いや、すみません。なんでもないです」

 あどけない表情と吸い込まれそうな美しい碧眼に見惚れて、思わず彼女の顔を見つめてしまった。

 精一杯の笑顔で誤魔化すと、今度はティスタ先生が僕の顔を見つめてきた。

「……先生?」

「すみません、キミの魔力の籠った瞳が、今日はやけに綺麗に見えたもので。ちょっとした豆知識なのですが……楽しい経験や嬉しい経験をすると、体内で生成される魔力の純度が高くなるんです」

「そうなんですか、初耳です」

「魔族や魔術師は、魔力が瞳に浮かび上がりやすいですからね。お互い、わかりやすい体をしているものです」

 ずっと自分のコンプレックスだった翡翠の瞳を、こんなふうに褒めてもらえるなんて思っていなかった。突然の言葉に反応もできずに固まっていると、先生が無言で近付いてくる。

「本当に、キミの瞳は宝石のようで――」

 ティスタ先生の碧い瞳も、いつも以上に美しい。
 
 数秒間、お互いの瞳をじっと見つめ合う。

「……すみません、急に変なことを言ってしまって」

「あ、あぁ、いえ、そんな……先生の碧い瞳もとても……す、素敵です……」

「そうですか? なんか……照れちゃいますねー……はは……」

 お互いに気恥ずかしくなって、視線を逸らしながら照れ笑いを浮かべる。
 そして、沈黙のまま再び歩き出す。

 師としての実力も、強さも、優しさも、時折見せる子供みたいな一面も、彼女のすべてが好きなんだと自覚した。

 大好きなティスタ先生の役に立ちたい。

 立派な魔術師になって、彼女を支えたい。
 彼女が僕を助けてくれたときのように、今度は僕が彼女を助けたい。

 いじめられてばかりで、弱くて泣き虫だった僕に、はじめて明確な目標ができた瞬間だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

お妃さま誕生物語

すみれ
ファンタジー
シーリアは公爵令嬢で王太子の婚約者だったが、婚約破棄をされる。それは、シーリアを見染めた商人リヒトール・マクレンジーが裏で糸をひくものだった。リヒトールはシーリアを手に入れるために貴族を没落させ、爵位を得るだけでなく、国さえも手に入れようとする。そしてシーリアもお妃教育で、世界はきれいごとだけではないと知っていた。 小説家になろうサイトで連載していたものを漢字等微修正して公開しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

盾の間違った使い方

KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。 まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。 マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。 しかし、当たった次の瞬間。 気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。 周囲は白骨死体だらけ。 慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。 仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。 ここは―― 多分、ボス部屋。 しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。 与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる 【異世界ショッピング】。 一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。 魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、 水一滴すら買えない。 ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。 そんな中、盾だけが違った。 傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。 両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。 盾で殴り 盾で守り 腹が減れば・・・盾で焼く。 フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。 ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。 ――そんなある日。 聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。 盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。 ​【AIの使用について】 本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。 主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。 ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】ある二人の皇女

つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。 姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。 成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。 最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。 何故か? それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。 皇后には息子が一人いた。 ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。 不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。 我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。 他のサイトにも公開中。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...