銀杖のティスタ

マー

文字の大きさ
23 / 71

22 忌み地での修練②

しおりを挟む

 それから1時間、千歳さんと会話をしながら荒れた道を歩き続けた。

 ヒビの入ったアスファルトの道、雑草の伸びきった獣道、更に廃村を越えた先にあった山道を登って辿り着いたのは――

「ここが目的地だよ」

 千歳さんはその場に立ち止まって、前方を指差した。

「はぁ、はぁっ……な、なんですか、これ……」

 息を切らしながら、目の前の光景を見て呆然とする。千歳さんが僕に見せたかった景色は、美しくも恐ろしいものだった。

 巨大なクレーター……まるで何か強力な爆弾でも炸裂したのではないかというほどの規模。直径2kmの大穴がぽっかりと空いている。

 クレーターの表面にはいくつもの氷柱が伸びていて、クレーターの中は針山地獄の様相を呈していた。

「前に私とティスタが三日三晩の殺し合いをしたって話をしたのを覚えているかい? ここがその場所なんだ」

 千歳さんは背負っていた登山用のリュックを降ろすと、中からレジャーシートを取り出して地面に引いて、淡々とお弁当箱と水筒を取り出して、昼食の準備を始めた。

「昔話に花を咲かせるのなら、場所も大切かなって思ってさ」



 ……………



 目の前の非現実的な光景を眺めながら、千歳さんが作ってくれたお弁当を食べる。その間、千歳さんはかつての魔術師と呪術師の争いの歴史を教えてくれた。

「難しい話ではないんだ。魔術師は革新派、呪術師は保守派って感じでね」

 人間と魔族の共存を願う魔術師、人間を守るために魔族の排除を目的としていた呪術師。真っ向から対立した双方が出した解決方法というのが、なんともわかりやすく時代遅れな「決闘」という手段だったという。

「呪術師の総本山から私に向けて「魔術師を皆殺しにしろ」と言われた時は、大層呆れたもんだよ。結局、強引な手段しか取れないんだってね。だからといって、私も具体的な案があったわけじゃなかったからさ。もう殺し合うしかなかったわけ」

 日本に在住する魔族の扱いに関して、最初は魔術師と呪術師の全面戦争で結論を決めてしまおうとしたらしい。そんなバカなことをするくらいならと、魔術師側は1対1の決闘を申し入れてきたのだとか。

 決闘なんて時代錯誤もいいところの手段を提案したのは、魔術師側もこの国に生きる魔族や半魔族のために最大限出来ることをしようとしてくれた結果らしい。

 全ての魔族と半魔族を守るために戦った魔術師。
 人間のテリトリーを守るために戦った呪術師。

 双方の中で最も大きな力を持った者同士の決戦の場――僕の眼前に広がる巨大なクレーターがその跡地なのだ。  

「……で、その決闘で初めてティスタと会ったんだ。あの子、その時はまだ10代だった。いやぁ、あの時は我を忘れて戦うのを楽しんだものだよ」

「は、はは……」

 恐ろしいことを笑顔で言う千歳さんを見て、僕は苦笑いしかできない。

 結局、三日三晩も地獄のような戦いを続けたティスタ先生と千歳さんは、互いの実力が拮抗して決着がいつまで経ってもつかないと判断。

「お互いに「こりゃあ殺すのは無理だな」ってわかって、最後は同意の上で引き分け。そこで私とティスタは折衷案を考えたんだ」

 人間に対して影響を与えないほどの力の小さな魔族は、引き続き日本での滞在を許す。ただし、それ以外の強大な力を持った魔族は国外退去。

 この国が魔族に対して出来る最大限の譲歩だった。

「……正直、上手くいくとは思っていなかった。同じ人間の移民ですらまともに受け入れられていないのに、魔族が馴染めるわけがないってね。でも、予想に反して魔族はこの国に馴染んでいった。どうしてだと思う?」

「うーん……この国が魔族にとって居心地が良かったから、とかでしょうか」

「それもあるね。青森の霊山を中心に日本には特殊な場所が多いから。でも、理由はもっと単純だったんだ。魔族が優しくて良いやつが多かったのさ」

 魔族には大らかな心を持つ者が多く、よほどの理由が無ければ魔族が人間に手を出す事は無かったらしい。実際、魔術を利用した犯罪は多くても、その9割超が人間の手によるものなんだとか。

「でも、魔族から伝わった魔術を悪用する人間が現れはじめると、当然魔族への風当たりも強くなった。それが今の状況。事前に魔術犯罪を止めようにも、警察は基本的に後手に回る事が多い。連中は「何か起きてから」が行動開始だからね」

 自由に動くことが出来て、魔術を使った犯罪を抑制することができれば――

「もしかして、千歳さんやティスタ先生が便利屋を始めたのは、誰よりも早く魔術を利用した犯罪を抑制するため……?」

「あぁ。それも目的のひとつだよ。基本的には街の便利屋さんってスタンスは崩さないけれど、有事の際にフットワークが軽いのはメリットだからね」

 ティスタ先生のような優秀な魔術師が素早く行動できる環境として用意したのが街の便利屋だったということらしい。先生や千歳さんのような人達が存在しているだけで、魔術犯罪への抑止にもなる。

「私が出張が多いのは、各地で同じような目的を持った仲間を集めているんだ。さすがに私とティスタだけでは手が回らないことも多いから」

「なるほど」

 僕の考えている以上に、千歳さんと先生は先のことを考えて行動をしていたらしい。でも、良いことばかりではなかったようだ。

「ティスタも便利屋を始めた当初は張り切っていたんだけれど、大人になって人間の汚い部分を見ていくうちにやさぐれちゃってさ。トーヤ君が来るまでは引きこもって酒を飲んでるか、街をふらついてはパチンコ屋でサボったりって感じで」

 それでも先生は、魔術に対してだけ真剣な姿勢を崩すことはなかった。どんなに辛いことがあっても、どれほど裏切られようとも、人生を捧げてきた魔術だけは捨てることが出来なかった。

「あの子は若い頃から真面目過ぎたし、感受性も強かった。しかも、今まで出会ってきた魔術師の中でも一番と言っていいほど優秀だった」

 優秀だからこそ、誰よりも早く理解できてしまった。人間と魔族の融和も、人間の魔術に対する理解を求めるのも、優秀な魔術師を育てることも、今の人間の世界では不可能であるということを。

「――で、そんなクソみたいな現実に打ちのめされている時にトーヤ君のような将来有望な弟子が来てくれたわけさ。ティスタも嬉しかっただろうし、熱心にもなるよね」

 ティスタ先生にとって僕が弟子入りしたことが転機になったというなら、弟子としてこれほど嬉しいことは他に無い。

「僕にとっても先生との時間は特別なので、そう思って頂けていたらとても嬉しいです。先生が僕を守ってくれたように、僕も先生を守れるような魔術師になれるように頑張ります」

「……なんだか聞いているこっちが恥ずかしくなるなぁ」

「えっ!?」

 千歳さんはニヤニヤとしながら水筒を取り出して、ホットコーヒーをコップに注いで僕に渡してくれた。

「それじゃあキミも強くならないとね。コーヒーを飲んで落ち着いたら、実戦訓練だ!」

「……実戦?」

「私と楽しいプロレスごっこしようぜ!」

 まるで「鬼ごっこしよう」といったノリでプロレスという単語を出されて、僕はコーヒーの入ったコップを持ったまま固まる。どうやら、千歳さんの本来の目的はハイキングなどではなかったらしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

お妃さま誕生物語

すみれ
ファンタジー
シーリアは公爵令嬢で王太子の婚約者だったが、婚約破棄をされる。それは、シーリアを見染めた商人リヒトール・マクレンジーが裏で糸をひくものだった。リヒトールはシーリアを手に入れるために貴族を没落させ、爵位を得るだけでなく、国さえも手に入れようとする。そしてシーリアもお妃教育で、世界はきれいごとだけではないと知っていた。 小説家になろうサイトで連載していたものを漢字等微修正して公開しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

盾の間違った使い方

KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。 まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。 マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。 しかし、当たった次の瞬間。 気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。 周囲は白骨死体だらけ。 慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。 仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。 ここは―― 多分、ボス部屋。 しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。 与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる 【異世界ショッピング】。 一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。 魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、 水一滴すら買えない。 ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。 そんな中、盾だけが違った。 傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。 両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。 盾で殴り 盾で守り 腹が減れば・・・盾で焼く。 フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。 ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。 ――そんなある日。 聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。 盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。 ​【AIの使用について】 本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。 主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。 ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】ある二人の皇女

つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。 姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。 成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。 最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。 何故か? それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。 皇后には息子が一人いた。 ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。 不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。 我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。 他のサイトにも公開中。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...