銀杖のティスタ

マー

文字の大きさ
38 / 71

37 魔術師殺しのガーユス

しおりを挟む

 人間の魔術師には、かつていくつかの氏族が存在していた。

 ティスタ先生も「銀魔氏族」という魔術師一族の末裔。代々強大な魔力を持って生まれてくる者が多かったという由緒正しき魔術師の家系だった。

 魔術師の一族は、魔力・魔術を恐れた人間の手によってその大半が滅ぼされてしまったという悲惨な過去がある。

「その「魔術師殺し」と呼ばれている人間も、かつては赤魔氏族せきましぞくと呼ばれる熱と炎の魔術を操る一族のひとりだった」

 一族の中でもひと際強い魔力を持っていたその男は、一族を滅ぼした人間へ報復を与えた。その時の死者は1000人超。魔術を利用した大規模テロの被害を受けた地は、数年たった今でも地面に火が燻ぶっている地獄のような状態らしい。

「名前は「ガーユス」――魔術師殺しをするようになる前は、誰もに慕われる人格者だったと聞いているわ。人間に一族を滅ぼされたことをきっかけに、今では国際指名手配犯。凶悪なテロリストへ成り下がってしまった。人間だけではなく、人間を守ろうとする魔術師すら容赦なく殺す化け物よ。今はもう、頭のねじが外れてしまっている」

 リリさんは目の前のテーブルに資料を並べる。

 資料には、赤い長髪に赤い瞳、顔の右側に大きな傷跡のある男性の写真が貼り付けられていた。

「何年も尻尾を掴めなかったというのに、今になって何故か足取りが掴めたのだけれど……」

「……御師様、それは少し不可解です。この男がそんな詰めの甘いことをするはずがありません」

 先程までの様子とは打って変わって、ティスタ先生の表情はとても険しい。それに、まるでこのテロリストに会ったことがあるかのような言い方だ。

「トーヤ君にも説明しておきましょう。私は、このガーユスという男と二度戦ったことがあります」

「ということは、このテロリストは本気の先生と戦って生き残ったんですか?」

 魔術師として最高峰の実力を持つティスタ先生と互角ということ。並みの魔術師では太刀打ちできるはずもない。

 しかし、先生の口から語られたのは恐ろしい事実だった。

「私は、このガーユスという男に一度負けています。二度目に戦った時は、千歳さんとの共同戦線。その時になんとか捕まえて、特別収容所へと送ったのですが……すぐに脱走してしまったんです。正直に言うと、私ひとりでは絶対に勝てない相手です」

 淡々とそう口にしたティスタ先生の言葉を聞いて、僕の頬に冷や汗が伝う。

 長い間、国際指名手配をされているのに未だに捕まらない理由は、単純に「捕まえられる者がほとんどいないから」ということらしい。



 ……………



 国際指名手配をされている魔術師が日本へと入国したという事実は、既にリリさんによって日本のあらゆる機関に伝達されているらしい。

 警察はもちろん、日本に在住している魔術師にも情報は伝わっていて、水面下で厳戒態勢を敷いているのだそうだ。

 リリさんも今日からしばらく日本で過ごしながら、魔術テロ対策の本部へと顔を出すのだとか。

 僕とティスタ先生は一通り話を聞いた後、飛行魔術で飛び立とうとするリリさんを見送るために雪の降り積もったグラウンドへと向かった。

「ありがとう、トーヤさん。話せてよかったわ。最後はちょっと物騒な話になってしまったけれど、もし危ない目にあったら躊躇せずに逃げること。無理をしないこと。一流の魔術師を目指すのなら、無闇に危険に近寄らないことを忘れないようにして。ティスタ、あなたもよ。全部独りでやろうとしないで、たまには私に頼りなさい」

 リリさんは僕達に最後のアドバイスをくれた後、その場からふわりと浮かび上がりながら手を振って青空へ向かって凄まじいスピードで飛び去って行った。ここへ来る時も音速飛行をして来たなんて話を聞いた時は冗談かと思っていたけれど、本当のことだったらしい。

「うわぁ、速い……もう見えなくなってしまいましたね」

「やれやれ、久しぶりに会ったというのに相変わらず忙しない……」

 リリさんが飛び去った後、姿が見えなくなってしまった青空を見上げながらティスタ先生は嬉しそうに笑っていた。久しぶりの再会は、先生にとってはとても有意義なものだったようだ。

「あの、先生。例の危ない魔術師についてなんですが――」

「えぇ、そのうち詳しく話しておく必要がありますね。とりあえず今は、お世話になったみんなへの挨拶をしませんと」

 ティスタ先生が視線を向ける先を見ると、魔術学院の生徒達が僕達の見送りをするためにグラウンドに集まってくれていた。

 クラスメイト達から「またいつでも遊びに来てくれ」という優しい言葉を掛けてもらって、僕は思わず泣きそうになってしまった。

 まるで今生の別れのように、みんなで目に涙を溜めながら握手をして再会の約束をした。

 半魔族の僕を受け入れてくれたこの学院の生徒達との思い出は、きっとこの先も忘れることは無いだろう。



 ……………



 短期留学を終えた僕は、ティスタ先生と共に東北地方のお土産を買うために街へと向かった。

 千歳さんにお願いされていた日本酒などを購入した後、少しだけ観光をすることにした。学院は周囲に何もない静かな場所だったけれど、街へ出ると意外に人は多い。

 そして、ティスタ先生はこうした場所でも相変わらずだった。

「東北の地酒はいいですねぇ! 口当たりが柔らかくて、甘くて美味しい!」

 お土産屋で日本酒の試飲をした先生は、すっかり酒飲みスイッチが入ってしまったらしく、帰りの新幹線を待つ駅のホームで日本酒を飲み始めてしまった。

 ティスタ先生からの「せっかくなら名物駅弁を食べながらお酒を飲みたい!」というお願いで、帰りは転移魔術ではなく新幹線での帰宅となった。

 学院の特別講師という立場上、飲酒を控えていた反動かもしれない。

「先生、あまり飲み過ぎないでくださいね」

「大丈夫ですよぉ、キミがいますから……」

 隣に座る僕の肩に頭を乗せながら、先生は大層ご機嫌な様子。

 できれば例の「魔術師殺し」なんて恐ろしい異名を持つ者の話を聞いておきたかったのだけれど、これは後日にした方がよさそうだ。

「いざとなったら、アルコールを高速分解する魔術を使うんでぇ……」

「え、そんなのあるんですか!?」

「んふふ、肝臓フルスロットルですよー」

「大丈夫なんですか、それ……あ、新幹線が来ましたよ。ほら、先生……ちょ、ちょっと……恥ずかしいので人前で抱き着かないでください……」

「人前じゃなければいいんですかぁ?」

 頬を赤く染めてニコニコと笑うティスタ先生を抱えて新幹線に乗り込み、僕達は千歳さんの待つ便利屋事務所へと戻った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

お妃さま誕生物語

すみれ
ファンタジー
シーリアは公爵令嬢で王太子の婚約者だったが、婚約破棄をされる。それは、シーリアを見染めた商人リヒトール・マクレンジーが裏で糸をひくものだった。リヒトールはシーリアを手に入れるために貴族を没落させ、爵位を得るだけでなく、国さえも手に入れようとする。そしてシーリアもお妃教育で、世界はきれいごとだけではないと知っていた。 小説家になろうサイトで連載していたものを漢字等微修正して公開しております。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

盾の間違った使い方

KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。 まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。 マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。 しかし、当たった次の瞬間。 気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。 周囲は白骨死体だらけ。 慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。 仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。 ここは―― 多分、ボス部屋。 しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。 与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる 【異世界ショッピング】。 一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。 魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、 水一滴すら買えない。 ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。 そんな中、盾だけが違った。 傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。 両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。 盾で殴り 盾で守り 腹が減れば・・・盾で焼く。 フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。 ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。 ――そんなある日。 聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。 盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。 ​【AIの使用について】 本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。 主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。 ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】ある二人の皇女

つくも茄子
ファンタジー
美しき姉妹の皇女がいた。 姉は物静か淑やかな美女、妹は勝気で闊達な美女。 成長した二人は同じ夫・皇太子に嫁ぐ。 最初に嫁いだ姉であったが、皇后になったのは妹。 何故か? それは夫が皇帝に即位する前に姉が亡くなったからである。 皇后には息子が一人いた。 ライバルは亡き姉の忘れ形見の皇子。 不穏な空気が漂う中で謀反が起こる。 我が子に隠された秘密を皇后が知るのは全てが終わった時であった。 他のサイトにも公開中。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...